短編 『何もしない日』
何もしない一日の始まり。
目が覚めて、私はぼんやりした頭でもそもそと動き、布団の中で携帯電話を見た。
時間は六時、いつもなら寝ている時間だ。休日に限ってこんな早くに目を覚ますのは何故だろう?
今日は時間を気にせず寝ていられるのに。
私は寝ていたい、何もしたくないのだ。
こんな早い時間、お話にならないよ。と、目を閉じる。
私はすぐに眠りについた。
夢を見る。
ぴょん、ぴょん、ぴょん。
夢の中で私はぴょんぴょん跳んでいた。
現実同様、夢の中でも何もしたくない気持ちでいたが、まあこれくらいなら『してもいい』の範囲内なのだろう。
とにかく私はひたすらぴょんぴょん跳んでいた。
次に起きたのは十一時。びくっと体が跳ねた勢いで壁に頭をぶつけて目が覚めた。眠いと痛いが混ざり合う。見てみると布団がめちゃくちゃになっていた。
ベッドの横に用意しておいたバナナを、布団にはいったまま食べる。
ずっと布団の中にいても不自由のないように、準備は寝る前にしてあった。
気だるいな。よし。まだ寝れそうだ。
眠気がまだ十分体を満たしている。そのことが嬉しい。
食べながら少しうとうとした私は、バナナを口に入れ損ねて、鼻にぶつけてしまった。鼻がちょっとひんやり。でもそんなことでは眠気はさめないのだ。
最後のバナナの欠片を飲み込むか飲み込まないか、そんな中私はまたも眠りについた。
今度は私は横になったまま転がっていた。文字通り、コロコロと。
起伏のない平坦な場所にいたのに、私はどこまでも転がった。景色が目まぐるしく変わる。ぐるぐる回って周りの風景なんかひとつもわからない。色とりどり、様々な形の物がぐるぐるになって通り過ぎ、回りながら私は「なんだこれは」とつぶやいた。
そこで夢から覚めた。
『なんだこれは』
夢と同じ言葉を心の中でつぶやいた。
夢の中で私は何もしていなかったが、それなのになんだか色々あった気がして、ちょっと疲れた。色彩豊かな景色のせいだ。ああ、なんとも楽しい悪夢であった。
時間はもう昼の一時半。おなかがすいたので、側に置いておいたパンをほおばり、ペットボトルのお茶を飲む。
上半身だけ起こして、枕元の壁によりかかりながら、ゆっくり時間をかけて咀嚼して食べきった。
ふう、一息つく。
まだ寝れるか?
私は自分に問いかけた。
まだまだ私は、何もしたくない。
それなのに、覚醒してしまった。大丈夫だろうか。答えを探すために目を閉じる。
……うん、寝れる。
さっきの眠りが中途半端で、まだ余力があった。薄くなった眠気が体のあちこちにちらばっている。
きっと寝れると自信をつけて、私はもう一度布団にもぐりこみ、意識して力を抜き、ゆっくり呼吸をする。
私は再び眠りについた。
気が付くと、私が布団の中にいた。
私は柔らかい布団に包まれて、眠る。眠りの中に落ちていく。
そんな私の様子を、私は見ていた。部屋のどの位置にいるかもわからない。ただ私は見ていた。
やがて、眠りに落ちた私と見ている私の意識が混ざり合い、吸い込まれて夢の中へ。
夢の中では、私が布団の中にいて、そんな私の様子を見ている私もいる。
布団の中の私が眠り、見ている私の意識と混ざり合い、夢を見る。
そしてまた夢で、布団の中に私がいて、それを見ている私がいて、眠り、混ざり合い、次の夢へ。
布団の中の私も見ている私も、夢から夢へと渡っていくが、結局は何もしていない。
お互いの役割をこなしているように見せかけて、十センチも動いていないし、ひとかけらも考えていない。
ただ漠然と繰り返し、混ざり合う。何度も、何度も。
夢は、形が変わらないまま薄れて、いつの間にか消えていた。
ぱちり。目をさます。
時計を見ると四時。
四時?結構深く眠った気がするのに、そんなに時間が経っていなかったのか。そう考えて外を見ると暗い。四時なのに。とうとう、世界が終わったのか。
私は心地よい混乱を経て、すぐに今が早朝だということに気づく。
朝の、四時!
私は思い切り伸びをした。
よく眠ったもんだ。
寝すぎて少しだるいけど、もう起きよう。
残ったパンをほおばって、お風呂に入って着替えたころには、外が明るくなっていた。
鳥の声が聴こえる。
なんだか楽しくなって、ニヤニヤしてしまう。
そうだ、早朝の誰もいない町を散歩に出かけよう。
私は靴をはいて外にでた。
こうして私の、何もしない一日は終わった。