いつも幼馴染を優先する婚約者の言い分がひどすぎる。
華やかな王立学園のクリスマスパーティー。シャンデリアの眩い光が煌めく大広間で、私――公爵令嬢のエリス・フォン・グランチェスターは、限界を迎えていた。
パンッ!と、音を立てて扇子を閉じる。
周囲の会話が一瞬で途切れ、張り詰めた緊張感が漂った。
「ルーカス様。本日がどういう日か、まさかお忘れではございませんわね?」
私の視線の先にいるのは、私の婚約者であり伯爵家の嫡男、ルーカス様だ。
育ちの良さを感じさせる整った顔立ちに、すらりとした高身長。
本来ならば誰もが羨むような理想の婚約者……のはずなのだが、問題は彼が押している”車椅子の存在”だった。
車椅子に座っているのは、子爵家の令嬢リリィさん。
ルーカス様の幼馴染であり、儚げな雰囲気をまとった可愛らしい少女だ。
「今夜は恋人たちのメインイベント、クリスマスパーティーですわよ? なぜ婚約者である私の隣ではなく、そちらのリリィさんの車椅子を押していらっしゃるのですか!」
私の詰問に、会場に集まった貴族たちがヒソヒソとヒソヒソ話を始める。
「またルーカス様はあの幼馴染を優先なさっているの……?」
「エリス様があまりにもお可哀想だわ」
「クリスマスパーティーで放置されるなんて……」
そう、ルーカス様はいつだってそうなのだ。
私とのデートの最中に「リリィが熱を出した」と連絡が入れば脱兎のごとく駆け出し、私の誕生会では「リリィが買い出しで重い荷物を持っているから」と姿を消した。
誰が見ても、誰がどう判断しても「幼馴染にうつつを抜かし、健気で美しい婚約者を蔑ろにする最低な男」そのものだった。
今日こそはハッキリと引導を渡してやる。
積もり積もった怒りを胸に、私は冷徹な声で問い詰めた。
「言い訳があるなら伺いましょう! なぜ私を差し置いて彼女を優先するのですか!? そんなに大事なら、そちらの彼女とご婚約なさったらどうですか!?」
会場全体がゴクリと唾を飲み込んだ。
誰もが急に始まった修羅場に注目している、下品な期待や興味、あるいは私の怒りに同情している様子だ。
そんな中、ルーカス様はフッと寂しげに目を細めると、車椅子に座るリリィさんの頭を優しく撫で、胸を張って私に向かって堂々と言い放った。
「エリス……分かってくれ! だってリリィは『負けヒロイン』なんだぞ!? かわいそうだろ!!!」
……。
…………はい?
静寂が静寂を呼んだ。
会場にいる誰もが耳を疑った。
私もまた、固く結んだ唇をぽかんと開けてしまった。
「な、何を仰っているのですか、ルーカス様……?」
「いいかエリス! よくリリィを見ろ!」
ルーカス様は車椅子のリリィさんを前に押し出し、熱弁を振るい始めた。
「『幼馴染』『病弱』『控えめな性格』『セミショートで茶色の髪』! どこからどう見ても、物語が終盤に差し掛かったら『ごめん、俺やっぱりエリスのことが好きなんだ』って言われて失恋確定の負けヒロイン要素が満載じゃないか!!」
「は……? え……?」
「いいか!? このまま俺たちが何の問題もなく結婚してみろ! リリィの『敗北の美学』が完成してしまうんだぞ!? 影で血の涙を流して泣くんだぞ!? 雨の降る日に『ルーカス様が幸せなら、私はそれでいいの……』とか言いながら無理に微笑んで身を引くんだぞ!? そんなの……あんまりじゃないか!!」
「ちょっと待ってください、ルーカス様……!」
「俺もリリィとはそれなりに長い付き合いだ。目の前でシステムの被害者になろうとしている幼馴染を見捨てて、自分だけ幸せになれると思うか!? できない! 俺にはそんな残酷なことはできないんだ!!」
熱量がおかしい。
瞳に炎を宿し、己の正義を信疑う余地なく叫ぶルーカス様。
ちなみに、渦中のリリィさんはというと……。
「あの……ルーカス様……? 私、昨日ちょっとドジ踏んで足を挫いただけですし……そもそもエリス様とお幸せになってほしいって心から思ってるんですけど……なに……なんの話ですか……?」
と、小刻みに震えながら引きつった笑みを浮かべていた。
しかし、ルーカス様の耳には何も届いていない。
「……」
私はポカンと開いた口が塞がらないままに放心していた。
本当は破談にして、この愚かな浮気男(暫定)を捨て蔑んでやるはずだった。
だが、ルーカス様の主張を聞いた瞬間、確かに走った。
――ビリビリビリッ!!!!
衝撃の電流。
まさに私の脳裏に、天啓の雷が落ちたのだ。
(た、確かに――――――――っ!!!!)
私の思考回路に、突如としてこれまでのリリィさんの情報・状況が駆け巡っていく。
言われてみれば、そうだ!
リリィさんは可憐で、性格も良く、家庭的。
伯爵家であるルーカス様とも家格の釣り合いが(一応)取れる幼馴染という絶好のポジション。
なのに、後から現れた『公爵令嬢』という超絶スペックの私によって、彼女の恋路は最初から詰んでいるのだ!
もし私がメインヒロインとしてルーカス様と結ばれれば、彼女は『当て馬』『引き立て役』『負けヒロイン』として物語から退場させられる……!
なんてこと……!
なんて不条理なの……!
私は自分が「高位貴族で婚約者だから」と調子に乗り、この世界の歪んだ概念に苦しむ一人の少女の犠牲の上にあぐらをかいていたなんて……!!
「ルーカス様……!」
私の目から、はらりと涙がこぼれ落ちた。
「気づいてくれたか、エリス!」
「私、愚かでしたわ……! 己の幸福ばかりに目を奪われ、不条理な運命に弄ばれるリリィさんの苦しみに気づけないなんて……! リリィさんをこれ以上『負けヒロイン』として惨めに泣かせるわけにはいきませんわ!!」
「エリス……! さすが俺の婚約者だ! 分かってくれると信じていたよ!」
がっしりと固い手と手を握り合う私とルーカス様。
会場は別の意味で静まり返っていた。
貴族たちが「あの二人、急に何を言っているの……?」と引いている気配がするが、今の私達には関係ない。
「あのぉ……エリス様まで何を感動してるんですか……? 私、本当に普通の人間ですし、負けなんとかでもないですし、足の挫傷もあと二日で治るんですけど……」
引きつった顔で助けを求めるリリィさんに対し、私は優しくその手を包み込んだ。
「大丈夫ですわ、リリィさん。私とルーカス様が、あなたを絶対に『負けヒロイン』の悲惨な末路から救ってみせますわ!」
「話を聞いてーーーーーっ!?」
こうして、私とルーカス様の思い違いに満ちた、迷走の『負けヒロイン救済計画』が幕を開けたのだった。
◇◇◇
『負けヒロイン救済計画』が始動してからの学園生活は、怒涛の展開を迎えていた。
私とルーカス様は、連日のように密談を重ねた。
「いいですかルーカス様! リリィさんを『負けヒロイン』にしない唯一にして絶対の方法……それは、リリィさんにあなた以外の素敵な男性を見つけてあげることですわ!」
「なるほど! 彼女が別の男と結ばれて幸せになれば、彼女は『俺に振られた負けヒロイン』ではなく『別の物語の輝かしいメインヒロイン』になれるわけだな!」
「その通りですわ! 私たち二人で、全力で彼女に最高の良縁をセッティングしまくりましょう!」
「よし、エリス! さっそく候補の選定だ!」
こうして私とルーカス様は、学園中の男子生徒の身元、性格、将来性を徹底的に調査。
ターゲットを一人に絞り込んだ。
その男の名は、マルクス・シュタイン男爵令息。
目立つタイプではないが、真面目で誠実、薬草学が得意で、困っている人を放っておけない心優しい青年だ。
「完璧ですわ……! 穏やかな彼なら、儚げなリリィさんを温かく包み込んでくれるはず!」
「よし、作戦開始だ!」
そこからの私たちは、リリィさんとマルクス様を接近させるため、文字通り全力を尽くした。
ある日の放課後、図書室。
「リリィさん! ほら、あちらの棚の上の本を取ろうとして届かないフリをするのですわ! そこへマルクス様が通りかかり『取ってあげるよ』と手が重なるフラグです!」
「エリス様、声が大きい&露骨すぎます! そもそも私、身長足りてるので普通に届きます!!」
「何を言っているんだリリィ! 届かないフリをするのがヒロインの嗜みだろうが!」
「ルーカス様までわざわざ本を上の棚に押し込まないで!? 意地悪なハラスメントに見えますから!」
またある日の庭園。
「大変ですルーカス様! リリィさんが足を滑らせて階段から落ちそうになるハプニングが発生しますわ!」
「なにっ!? マルクス、受け止めろーっ!!」
「きゃああああっ!? ちょっとエリス様、なんで後ろから押し出すんですか!? 事故です! これただの事件です!!」
「グッジョブだエリス! 見ろ、マルクスが見事にリリィを受け止めたぞ!」
「ゲホッ……ゲホッ……! だ、大丈夫かい、リリィさん……?」
「あ、あの……マルクス様……すみません、私の幼馴染の婚約者カップルが狂っていて……本当にごめんなさい……」
「いや……大変だね、君も……」
最初は私たちの暴走に頭を抱えていたリリィさんだったが、巻き込まれる形でマルクス様と会話する機会が激増。
マルクス様は私たちの異常行動から庇うようにリリィさんを気遣い、リリィさんもまた、真面目で優しいマルクス様に愚痴を聞いてもらううちに、二人の距離は急速に縮まっていった。
遠目からその光景を観察する私とルーカス様。
「……見ろエリス。二人が木陰で楽しそうにハーブティーを飲んでいるぞ」
「まあ……! リリィさんがとても自然な笑顔を見せていらっしゃいますわ」
「勝ったな」
「ええ、勝ちましたわね」
私たちは物陰でガシッと熱い握手を交わしたのだった。
◇◇◇
そして迎えた、学園の卒業パーティー。
絢爛豪華な会場の隅で、ついにその時が訪れた。
緊張した様子のマルクス様が、リリィさんの手を優しく取り、真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。リリィさんは頬を染め、嬉しそうに何度も頷いていた。
「やった……! やったぞエリス! リリィが……リリィが『負けヒロイン』の運命を打ち破ったんだ!」
「ええ! 彼女はもう、誰の影に隠れることもない、立派なヒロインですわ……!」
会場の物陰で、ハンカチを固く握りしめながら感涙にむせぶ私とルーカス様。
周囲の貴族たちが「あの二人、また何か怪しいカルトみたいな顔で泣いてる……」と遠巻きに見ていたが、今の私たちにはどうでもよかった。
晴れやかな顔で、リリィさんとマルクス様が私たちのもとへ歩み寄ってくる。
「ルーカス様、エリス様。私……マルクス様と婚約することになりました。今まで……その、変な意味で色々とお世話になりました」
「おめでとうリリィ! マルクス、彼女を絶対に幸せにしてやってくれよ!」
「ああ、勿論だ。二人には感謝しているよ(色んな意味で迷惑だったけど)」
幸せそうに微笑み合う二人を見送り、私たちは深い満足感に包まれていた。
「ふう……長かった戦いも、これで終わりだな、エリス」
ルーカス様が爽やかに額の汗を拭う。
「ええ、ルーカス様。本当に素晴らしい成果でしたわ」
私は優雅に扇子を広げ、パチンと音を立てて閉じた。
そして、極上の笑みを浮かべながら、ルーカス様の目を真っ直ぐに見つめた。
「――さて、ルーカス様」
「ん? なんだいエリス?」
「リリィさんの件はこれで無事に解決いたしました。……ですので、そろそろ『婚約者を放置して他の女に夢中になり続けた最低な男』としてのツケを払っていただきましょうか?」
「……えっ?」
ルーカス様の顔から、一瞬で爽やかさが吹き飛んだ。
「お忘れですか? あなたは私の誕生会を抜け出し、デートをドタキャンし、世間からは『エリス様があまりにも不憫だ』と同情の嵐。グランチェスター公爵家(我が家)の怒りも最高潮に達しておりましたのよ?」
「ひ、ひえっ……! 違っ、あれは『負けヒロイン救済計画』という正当な理由が……!」
「そんな理屈が通じるとお思いで?」
「通じるわけないですよねーーーーーっ!? すいませんでしたあぁぁ!!」
ルーカス様はガタガタと震え上がり、その場に膝をついた。
「私は心が広いですから、ルーカス様を切り捨てたりはいたしませんわ。……ただし」
私は屈み込み、ルーカス様の耳元で囁いた。
「これから卒業後の1年間、休日はすべて私とのデートに費やしていただきます。もちろん、私の欲しいプレゼントや行きたい場所、すべてに全力で付き合っていただきますわ。断る権限はありません。よろしいですね?」
「は、はいぃぃぃぃっ!! 喜んで! 喜んでお供させていただきますエリス様ぁぁぁ!!」
涙目で必死に頷くルーカス様。
(ふふっ……まあ、この数ヶ月で、思いがけずルーカス様の純粋すぎる熱意や、私に対する変な信頼の深さも知れましたし……)
なんだかんだで、一致団結して暴走した日々は楽しかったのだ。
これからは本来の婚約者として、じっくりたっぷり、この愛すべきおバカな男性を振り回してあげることにしよう。
こうして、幼馴染を無事に幸せへと送り出した私たちは、ようやくまとも(?)な婚約者同士となったのだった。
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※この作品はaiちゃんとの共同作品です。




