婚約破棄された聖女様は人生終わりまくって青春をやり直す
貴族達が通う王立学園は政略結婚の顔合わせの面もあった。
順調に進めば、両家同士に利益が生じる。
しかし、そのまた逆、【婚約破棄】も少ないながらも存在していた。
「聖女オーレリア、お前との婚約を破棄する。国王陛下からのお達しだ。理由は単純、聖女としての実力不足。以上が定期連絡の報告だ、解散」
人生の終わりは、案外あっさりとしたものだった。
放課後の校舎裏、ダリオン殿下の定期連絡で告げられた、一生を左右する婚約破棄。
聖女兼王妃として育てられた私は、それ以外の生き方を知らない。
一体これから、どうやって生きていけばいいのか検討もつかない。
人生早々にして詰んでしまったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。いくらなんでも急過ぎます。もう少しお時間をいただけたなら、聖女としての実力を――」
「決定事項だ。これからいくら努力しようと判断が覆る可能性はない。わかっているだろうが、定期連絡にはもう来なくていい。じゃあな」
無機質な淡々とした返事に他意が一切なく、私に現実を実感させる。
少しも猶予を設けてくださらない情けのなさは、まるで機械のようです。
「…………」
黙々と帰宅する殿下の冷たい背中を眺め、最終下校のチャイムが鳴るまで茫然としていた。
それでも体は正直で、チャイムが鳴ると寮へ歩みを進める。
寮へ着く頃には、体は鉛のように重くなっていた。
精神的疲労が肉体的疲労に転化されたのだろう。
私はそのままベットの中へ倒れるように眠り込んだ。
***
翌朝、初めて学園をサボりました。
想像以上の疲労に昼まで爆睡していたようで、結果的に休んでしまいました。
かといって何もせず過ごせるほど我慢強くない私は、気分転換がてら学園の庭園へ散歩に出かける。
いつもなら人が溢れる庭園にひとっこひとりいない。授業中なんだろうけど、不思議な感覚です。
ですが、同時に心も躍っていました。
みんなの庭園が私一人のものになったみたいに感じて、無性に童心を思い出します。
夢中で庭園内を歩き回っているうちに、ふとこれからどうしていくかが頭によぎりました。
精神的に負荷を感じ、再び体が重くなり始める。
一息つこうとガーデンチェアに腰かけると、自然とため息が出る。
「「はぁ」」
二つに重なったため息で、お互いようやく気づき合う。
真横に座っていたのにまるで気がつかなかった。
自分でも相当疲れているのがわかる。
「……ご、ご機嫌よう――って、どちら様ですか?」
目の前には黒い覆面を被った、いかにも犯罪者っぽい人がいた。
「やぁ、俺は青春を謳歌する男。略して青歌マンだ。よろしく頼む!」
庭園に変人が紛れ込んでいる、警備員は何をしているの?
……はぁ、不幸が連鎖的に侵食してきている。
間違いなく、人生の絶不調に突入している。
「授業中に庭園へ来るなんて。自由人だな、お嬢さん」
「好きでこうしてるわけじゃ……」
「なら、好きなことをしよう!」
「え?」
変人の不意に放った言葉が、深く胸に刺さる。
「疲れているなら青春を謳歌するのが一番。試しに体験してみるか、擬似青春を?」
青春……忘れていました、そんな言葉。
聖女としての務め、王妃としての花嫁修行で、青春なんてもの体験する時間はありませんでした。
婚約破棄されて終わりまくりの人生。
だったら最後にやり直して、後悔のない青春を謳歌しよう!
「お願いします! 私に青春を教えてください!」
***
小鳥が囀り、木々の間から気持ちいい風が吹いてくる。そう、ここは森だ――森?
「さぁ、虫取り、探検、魚釣り、何でもござれの自由の象徴。森で遊びまくるぞー!」
「いやいやいや、青春を謳歌するのに、なんで森なんかに――」
「森の可能性を舐めるな!」
「ッ!」
覆面越しでも感じる、この威圧感。
どうやら本気の本気のようだ。
「一度体感してみろ。……やらなきゃわからない魅力が、そこにはある」
それから私は虫取りに魅入り、探検で興奮し、魚釣りで孤独を楽しんだ。
どれもこれも子供の遊びのように感じていたが、何の娯楽もない生活で荒んだ心を癒してくれる、そんな特効薬だった。
「ふぅ、これが青春なんですね(※違います)」
「あぁ、間違いなく青春だ(※違います)」
私たちは、あれからも時々会うようになった。
青歌マンさんはその度、水遊び、シャボン玉遊び、球遊びなど色々な遊びを教えてくれました。
そして、ついに青春の王道。
露店デートを決行しました。
青歌マンさんは覆面の代わりに仮面をつけていた。普通なら好奇の目で見られる格好も、このお祭りでなら別だ。
「仮面で身分を隠して、誰もが平等に楽しむ祭り?」
「えぇ、いつもお世話になっているお礼に、今回は逆に誘ってみようかと! これなら気兼ねなく楽しめますよね!」
すると、青歌マンさんは涙を啜っていた。
「うぅ、成長したなオーレリア。俺に気を遣わさないように配慮しながら、全力で自分は祭りを楽しもうとしている! もう教えることはないな」
「え?」
「この祭りが終わったら俺は、お前とは会わない。もう一人でも楽しんで生きていけるばずだからな」
突然の宣言にズキリと胸の奥が痛む。
私はこの痛み知っている。
誰かに見捨てられる感覚だ。
「……えぇ、一人でも十分やっていけますからね」
露店デートは順調に進んだ。
美味しい露店ならではの食べ物を買ったり、ちょっとしたアクセサリーをプレゼントし合ったして、最後の青春を楽しんだ。
……だけど、心からお祭りを楽しんでいるはずなのに、それに反比例して、胸の中はモヤモヤに覆い尽くされる。
そして、お祭りも終わり、いよいよ別れの時が来た。
「それじゃあ、お別れだ。最後の思い出をありがとう、オーレリア」
「…………いやだ、離れたくない」
人生で初めてわがままを言って、抱きついた。
「……どうしてだ」
「あなたが好きだから……だと思う」
人生で初めての告白。
それでやっと胸のモヤモヤが一気に晴れた。
どんな結末になろうと後悔はしない。
だって、好きなことをするのが人生って、教えられたから。
「――俺も好きだ、オーレリア。……でも、この事実を知ってしまったら、きっと幻滅するだろう」
おもむろに仮面を外す。
そこには婚約破棄をしたはずのダリオン殿下がいた。
「だ、ダリオン殿下?」
「すまない。騙していたつもりはないんだ」
殿下の態度からも、それは読み取れた。
「でも、婚約破棄は本当でしょう」
「……あぁ、国王陛下の意向には逆らえなかった」
だとしても、不可解なことがある。
「最初に出会った時、何で覆面なんて被っていたの?」
殿下は恥ずかしそうに言った。
「……その、あの日は婚約破棄が決まって、よく寝れずにいたから……寝坊してしまって。かといって部屋にいるのも億劫で、一様殿下だからな、ズル休みがバレてしまってはいけない……だから覆面を被って出かけた」
「……変わってますね」
「うぅ……」
「それで青歌マンはどんな理由があるんですかね?」
一番の謎はこれだ。
「簡単に言えば、オーレリアに世界の素晴らしさを知ってほしくて……」
「世界の素晴らしさ?」
「あぁ、小さい頃から大変そうに聖女としての務め、王妃としての花嫁修行をしていただろう。せめて柵がなくなった今からは、好きになれるものを見つけてほしくて」
冷たい相手と思っていたダリオン殿下は、実は私をよく見てくれていた。
「ふふ、やっぱり変ですね……。婚約破棄した相手の将来を心配するなんて」
仮面を外し、素顔を露わにする。
「だったら、私を好きにさせた責任を取ってください」
目を閉じ、唇を突き出す。
不安で震えている唇は、もう一つの唇によって震えを止めた。
***
「赤子ができたぁ!?」
国王陛下の声が王宮に響き渡る。
驚くのも無理はない。
なぜなら、先刻婚約破棄を命じた聖女オーレリアがダリオンの赤子を身籠ったというのだ。
「父上、どうか私たちの婚約破棄を取り消してください」
これは完全な国王陛下への叛逆である。
お腹の膨らみ具合からして、婚約破棄後に作られたものなのは明白であった。
自らの子に裏切られるとは思ってもみなかった国王陛下は顔を真っ赤にして言った。
「そこに愛はあるのか!」
「「はい!」」
返ってきた答えは迷いのない、明るいものだった。流石の国王陛下でさえ、気圧される。
二人の愛は傍から見ても本物だった。
「ならば最後まで貫き通し、己が子に恥じぬ国王、王妃になるがいい!」
押されるのに弱い国王陛下は結構寛容だった。
その後、二人は歴代でも最高峰の国王、王妃となり、仲睦まじい夫婦になったという。




