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後編




 二日酔い特有のガンガンする頭痛に目が覚め、いつもの自室のベッドの上でゆっくり上半身を起こす。

 この時に起き上がる速度を間違うとグラッと来るから細心の注意が必要だったりするが、今回は無事に成功した。


「……はぁ。水飲も」


 産まれたての赤ちゃんみたいに揺れそうな首を利き手で押さえ、寝室から出ようとベッド脇に身体を寄せた瞬間に気づいた。


「よう。随分なお寝坊じゃんか、眠り姫?」


 ニヤニヤとした笑い顔で、昨夜どうやって別れたのかも覚えていない飲み友が、私の日記を片手にそこに居た。

 なんか、ミステリアス系のイケメンじゃないと許されなさそうな、書き物机に日記を持っていない方の片手をついて、そこに重心を預ける感じのポーズで。


 ……幻覚?


「今日から3日間、休みでよかったな」


 カレンダー上の、今日の日付からその翌々日、『3周年』のメモがあって二重丸で囲んでる日付までの3日間を、日記の背でなぞりながら幻覚が話しかけてくる。

 そういえば日記のダイヤルキーって、この男と初めて会った日付にしてたんだっけ。ちょうど明後日の。


 信じられない思いでゆっくり2、3歩だけすり足で近づいて、自分の頭を支えさせてた右手を恐る恐る肩辺りに向けて伸ばしてみる。


「ん、なに?」


 こういうこと? と言った口元は、変わらず面白そうな笑みを作ったまま。機嫌の良い飼い猫のように、私の右手にすりっと頬を擦り寄せてきた。


「ふっ、はは、何その顔!」


 きっと鏡があったなら、鳩が豆鉄砲を食らったような表情とやらが見られただろうな、と思った。

 うん、頭痛い。




 私の表情を面白おかしく堪能し終えたらしい飲み友は、笑って乱れた息を整えてから、


「どうせ、今は二日酔いで動くのも辛いだろ? 散々笑った詫びに、ありもんで朝メシ作って持ってきてやろうか」


 と申し出てくれた。

 もうすぐ死ぬんだよね……と悲観しながら部屋を綺麗に片付けた過去の自分に感謝しながら、早々にベッドへ引き返した私は、ありがたくその申し出を受け入れる事にした。


「んじゃ、ちょっと待ってろな」


 日記を書き物机に置いて退室した飲み友だが、どういう訳かたった1分で「入るぞー」と戻ってきた。適当なコップに水を入れて持ってきてくれたらしい。

 死にかけの声帯での「マジありがとう。めっちゃ助かる。嫁に欲しいくらいだわ」という褒め殺しは、ツンデレ猫系男子に効果抜群だった。飲み友くんってば、にゃんこの尻尾みたいに掴みどころないくせに可愛いとこあるよね。


 ちなみに作ってもらった麦粥は、本当に有り合わせの材料から出来ているのかも、私が知ってる麦粥なのかも疑わしいくらいに美味しかった。


「本気で嫁に来ない?」


 と真顔で勧誘したら、


「揶揄うのもいい加減にしやがれ」


 ってそっぽ向かれた。

 普段なら数秒のやわやわアイアンクローでもされてただろうに、二日酔いの私に気を使って頭を揺らすのを堪えてくれたらしい。やっぱ可愛いなこの男。不機嫌でも愛嬌がある。私としては謎の敗北感もある。


「……で、食い終わったな?」


「うん。ご馳走様でした。めっちゃ美味しかったです」


「体調は?」


「本調子じゃないけど、おかげさまで結構マシになってきてる」


「じゃあ、真面目な話するぞ」


 キリッとした目で見られると、思わず怯んでしまいそうになる。隠し事をしていた自覚と、日記を読まれてその隠し事を知られてしまった確証があるから。

 しかし、到底逃げられるとも思わないので、大人しく粛々と受け入れる覚悟を固めることにした。


「なあに、真面目な話って」


「死の呪いで明日には死んじまうってのと、俺がアンタと飲み友になったことがその原因に関わってるってのは分かってる。思い当たる節が多すぎて誰が術者なのかとか、術者が決めた解呪条件の具体的な話は流石に分からなかったが、多分俺が死ねばどうにかなる感じなのは察した」


「……うん。でも私、」


「待て。今はとにかく聞け。いいか、俺も易々と死ぬつもりはない」


 ひとさまを犠牲に生き延びるつもりはない、ってカッコつけて言おうとしたのに、清々しいくらいバッサリと話を止められた。


「一応言っておくと、教会は時間も金もかかるから論外だが、術者の言いなりになる以外にも解呪方法がある。すぐにでもできる上に、効果が確実なやつが一つだけな」


「それって、一体……?」


 術者が死ねば、っていうのは物語でも鉄板だけど、さっき彼は『思い当たる節が多すぎて誰が術者なのか分からない』と言った。術者が誰なのかも分からない状態で『すぐにでも出来る』とか『効果が確実』とか断言出来るとは思えないから、それは違うんだろう。

 けど、だとしたらどうやって解呪するのか、私には想像がつかない。


「今から俺は、アンタへ一方的に酷な選択を迫る。だが、断られたとしても、俺はアンタの命を諦めない。それだけは約束する。

 ……それから、判断材料もくれてやる。しばらく黙って聞いてろ」


 顔はそっぽを向いていて、声色も平坦。

 唯一、指先が真っ白になるくらい手を握りしめているのが見えている。


「……わかった。聞かせて」


 私の言葉を聞いてキュッと拳を握り直したこの男に、もし本当に猫の尻尾が生えていたなら。

 その毛はきっと、ブワッと大きく広がっているんじゃないかと思った。






ーーーーー






 ……まず、俺は犯罪者だ。金を貰ったら何でもやってきた、闇ギルドの構成員だ。

 住居侵入に盗みに殺人。初対面の貴族も、旧知の仲だった同業の男も、依頼されたら迷わず刺した。商売敵が邪魔だって言う悪徳貴族の駒になり、悪徳貴族に親を殺されたってガキの敵討ちに協力した。


 だから、四方八方から恨みを買ってる。お前に目をつけた呪いの術者も、きっと俺が達成した依頼の関係者だ。

 お前と飲み交わすのが楽しくて関わりを長く持ちすぎたから、俺の弱みになると思われた。


 ちゃんと禍根の火消しもしておけば、こんな事にはならなかっただろう。

 けど、俺にも俺なりの美学があった。『依頼以外で犯罪は犯さない』って超えちゃいけない一線を決めて、それを超えてない内は、まだ胸を張って生きていいと思い込むことにしてた。

 そのちっぽけなプライドに従って、目撃者を生かし続けた結果がこれだ。どうせ汚した手なんだから、等しく染みにしちまえばよかったのにな。



 言い訳に過ぎねぇが、一応、なりたくて就いた職じゃなかった。他に選択肢が無くて、生きるために選んだ道だった。


 ……俺、呪術が使えるんだ。

 多分生まれつき適性があって、ガキのとき友達相手に暴発させて親に捨てられた。「気味わりぃ」「もういらない」「オマエなんか知らない」っつってな。

 この黒髪も相まって、母さんに締め出されて玄関先で泣き縋ってた時「悪魔に魅入られたガキがいるぞ」って石投げられて、その痛みに怯んで逃げ出した。

 それから流れ流れて、俺が拒絶されなかった唯一の場所が闇ギルドだった、ってわけだ。


 闇ギルドでは、気配の殺し方だとか、刃物の扱いだとか、色々教わった。毒の扱いは地頭が足りなくて無理だったが、適性があった呪術については無理矢理にでも詰め込めって言われて、かなり詳しくなった。


 だから、知ってんだ。

 アンタにかけられた呪いを俺が上書きすれば、いくらでも猶予が延ばせるってこと。






ーーーーー






「呪いを上書きって、そんな、人の命を奪うような呪いなのに、たった2日で出来るもの、なの……?」


 突然の告白に、色々と思うところはあった。でも、他の『色々』はまだ、胸の辺りでぴったり合う型を探して(わだかま)っていて、真っ先に口に出せたのはそれだった。


「できるさ。ちょっとばかし準備が居るが、今日中にだって終えられる。

 でも、解呪と違って、呪いからの完全な解放は望めない。呪いの上書きを施した俺が死んだら、下に残ってるその死の呪いがすぐさま発動して死ぬことになる。そして、上書きされた呪いは術者を突き止めて殺しても消えてくれない」


 俺とアンタが一蓮托生になる、ってことだ。


 俯く彼は言う。

 私に何も言わせないようにか、矢継ぎ早に話し続ける。


「俺はアンタに死んでほしくないと思ってる。

 あの居酒屋で初めて会った日、アンタのことは酔い潰れてる変なヤツだと思っただけだった。でも、救いようのない酔っ払いだったお前の世話をしてたあの時、普通の人間に戻れた気がしたんだ。弾かれ者が輪に入る事を許されたような、背景に溶け込むことを認められたような、そんな感覚だった。

 元々酒場の騒がしいあの雰囲気が好きだったのが、『飲みの席の縁だ』って言って声をかけてくれたアンタ個人への好感になって、日を重ねるごとにアンタの隣に胸張って立てる存在でありたいと思うようになった」


 向かい合って話し始めたはずなのに、いつの間にか彼の後ろ頭しか見えなくなっている。


「闇ギルドから後腐れなく足を洗うのに、1年半かかった。何も無ければ、昨日の内に次会う約束を取り付けて、出会ってから3年になる明後日に交際の申し込みをするつもりでいた。過去を全部隠して、偽物の戸籍で騙して、意地でも死ぬまで共にある権利をもぎ取ってやるって思ってた。

 でも、俺の不手際でアンタは死の呪いをかけられて、俺が信頼を得る努力を怠ったから、一人寂しく死なせるところだった」


 肩越しに見えた落ちゆく一瞬のきらめきは、日差しの見せた幻覚ではないはずだ。


「断ってくれていい。もしそうなっても、俺は制限時間が尽きるギリギリまで術者を探すし、それで見つからなかった時には呪いを上書きする。やることは変えない。呪いを上書きしたあとは、ちゃんと二度と会わないようにするし、勝手に死んだりしないように努力する」


 まっさらで固まった表情がこちらを向く。懐に差し込まれた手は小さな箱を取り出して、子供が照れ隠しでするみたいに、ぶっきらぼうにこちらへ突き出される。


「……でも、もしアンタに俺への情がまだ一欠片でも残っていて、絆される余地があるっていうなら。俺の隣で、俺がこれから生きる理由になってくれないか」


 小箱が小刻みに震えているのは、ピンと伸ばした腕が疲れているからか、それとも、押し殺した表情がここから零れているとでも言うのか。


「……一蓮托生って、言ったじゃん? 私が事故とか病気で死んだら、あなたも呪いで死ぬってこと?」


「そうはならない。アンタが死んだからって、俺は呪いでは死なない。でももしアンタが死にかけたら、もうどうやっても助からないってなったら、その時は俺が先に死んで、アンタのことを殺す。だから、そんなこと考える必要ない」


 あんまりな言い草で、確信に満ちた宣言だった。

 ならいいか、と、思ってしまった。


 突然の過去の告白で受けた衝撃の全部が、新しい情報が押し寄せたからスルッと無かった事になって、惚れた弱みだけ流し損ねて取り残された。


「嫁の呼称は譲った方がいい?」


「……家事分担で食事の支度を引き受けるのは別にいい。嫁呼びだけやめろ」


「うん、やった。じゃあ……これから、よろしくね。旦那様」


 『茹でダコってこんなんか』ってくらい真っ赤になったお婿さんは、私の指にエンゲージリングを嵌めるのに、なんと3回も指輪を取り落とした。






 私の旦那様はそれから、術者を探すために昼夜問わず駆けずり回った。

 けれども残念ながら、私の証言を元にして使える伝手も全部使って最後に掴めた消息は、海の向こうの大陸行きの客船。これ以上は時間の無駄だと諦めて、呪いを上書きする準備に移行した。


「血液とか髪の毛って使わないの? 本物の呪いって想像と全然違うんだ」


「物語に出てくるような大仰な準備は必要ない。だからこそ、ガキの頃の俺が揶揄ってきた友達相手に暴発させた訳だしな」


 用意を求められたのは、新しく私にかけられる呪いの、その条件を擦り合わせる時の覚え書きに必要だというメモ用紙とペンとインクだけ。「今回の場合なら、」という話らしいが、呪い自体は術者と被害者に当たる私たち二人が揃っていれば、それで十分なのだと言う。


「呪術に適性があるって話はしただろ? 俺がアンタを呪うだけなら、呪いの内容を明確にする以外の準備なんざ無くても余裕でいける」


「へー。ちなみにどうやって呪うの?」


「この覚え書きを読み上げて、それから俺がアンタに触れるだけ。そしたらアンタに触れてる俺の手が黒っぽく光って、アンタの手のひらくらいの呪紋が現れる」


 「アンタの手のひらくらい」と言いながら、私の手のひらに彼が人差し指の先で円を描く。それがひどく擽ったかったってことを、指先がピクッと跳ねて彼に伝えた。


「呪紋ってのは、俺が呪った印ってこと。見る人が見たら呪われてるって分かるやつだから、人目に晒さない、印が出ても(俺に触られても)いい場所考えといて」


 ……なんだか今、おかしなルビが見えたような。


「う、うん」


 変な意識をしてしまって、勝手に頬が熱を持つ。


 私の顔をじっと見た彼は、ニヤっとした笑みを浮かべて「どうした?」とでも言うように小首を傾げてきた。

 私好みの笑い方に、思わずそっぽを向いてしまう。

 私が不快感からいきなりあらぬ方向を向いた訳じゃないと分かっている彼は、私の後頭部方面でくつくつと楽しげに笑っている。


 ……と、とにかく。

 彼の呪術の使い方は、私が去年この身に受けた、怪しげな香を嗅がせるような怖いものとは全然違っていて。

 やろうと思えば、床に落とした小物を拾い上げるくらいの気軽さで出来てしまうものらしい。




 呪いについて教えてもらったその日の夜。

 実際に呪紋を刻んでもらった時、優しい手つきで現れた文様をなぞる彼の表情は、私からは見えなかった。

 けれども私が、彼のその動作を、この上なく満足気に眺めていた事だけは確かだった。






ーーーーー






 一つだけ、呪いについて彼女には絶対に教えられない話がある。




 元来、呪いというものは、才ある人間が感情を昂らせた時に成就するものらしい。

 それを見様見真似で再現しようとしたのが、物語で見るような魔法陣だとか血肉を使う呪い方。


 今から俺の使う呪いは、呪いを無差別にばら撒かないよう、自身の中で条件付けをして指向性を持たせたものだ。理論をこねくり回した偽物の呪いじゃないから、呪いたい人間に対して俺が抱いている『強い感情』が必要になる。

 感情は呪いに使っても消費されて無くなる訳じゃないが、感情と呪いの内容に()()()()()()()()()()()


 それから、呪いを上書きする際に、絶対的な条件が一つある。

 上書き出来るのは発動条件のみで、呪いが発動した結果は変えることが出来ない、というものだ。

 『明日死ぬ呪い』は『いつの日か死ぬ呪い』にしか変えられない。




 俺は、正しい愛し方というものを忘れて久しかった。

 こんなもの言い訳に過ぎないが、明日も見通せない身の上で2年以上拗らせたこの想いは、生育不良でねじ曲がってしまった。


 真剣に愛を囁くことと、愛する者の死を偽りなく望むことが、同時に可能であるほどに。



 だからこれは、地獄の底まで俺一人で抱えると決めた、彼女に対する唯一の秘め事。




 「一人で生きていくとか無理ですご主人!」な男子に捕まったかと思ったら、「全部あげるから全部くれ」な家庭内ストーカーの素質がバリ高い男子と手錠で繋がっちゃった話。

 本性はちゃんと隠そうとするし、不義理さえ働かなければ生涯一途に尽くしてくれるのはどっちにしろ一緒。

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