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前編




「だって私ぃ、もう、死ぬしぃ?」


「……は?」


 あれ、これ言っていいやつ? まあいっか。


「だぁかぁらぁ! しぬの! もうすぐ! 私が!」


 何回も言ってるのに、どうして今回に限ってコイツはこんなにも理解力が無いのか。

 あれ、これほんとに言っていいやつ? ……まあいいのか。いいのか? べつに、いい、か? ……まあいいや。


「……なっ、そん……!? しっ、死ぬってなんだよ! 冗談キツイって!」


「ちげーし。ガチだし」


 信じてくれないなんてひっどーい! しくしく。

 ……泣き真似してるのに、溜め息も無し?


 チラッと顔を覆ってた手から視線を上げて、ジョッキ片手にガッチリ固まっちゃってるのを見た。

 見てはいけないものを見てしまった気分。着地に失敗してすまし顔で誤魔化してる猫とか。


 猫。

 確かにコイツって猫っぽい。

 気まぐれなとことか、特にそう。


「うぅん、なら黒猫か……」


 目の前を横切ると縁起が悪いとか、魔女の手下とか言われがちな黒猫。

 でも、大事にしてたらめっちゃ幸せにしてくれるんだっけ。


 全身真っ黒な服に黒髪だから黒猫。瞳なんて金色みたいな黄色だから、猫説に拍車がかかってる。私の中で。

 それに、なんと言っても気まぐれだし。気まぐれって思うの2回目? まあいいや。


 そういや結局、大事に大事に3年も仲良くしてたのに、いつも待ちぼうけの私にこいつくれたのは死にかけの気絶した小汚いおっさん1人だけだった。「追われてんの気づけやバーカ」とグッタリしたおっさんを投げつけられた。

 外から戻った猫が蝉とか持ってくるのと一緒。マジ猫ちゃん。

 てか私、お役所勤めの一般人ぞ? プロの尾行に気づけとか、無茶言うなって。


 飲み友くんは、珍しいことにガタッと音を立てて席を立って、こっちにコツコツ向かってくる。コツコツってかドスドス。足音に怒りマーク見えそう。てかなんで怒ってるん?


「なあ、おまえ……」


 もしや、目の前を横切る気か?

 やめてよ、これ以上不幸になるとか笑えねーって!


「まて!」


「うぉっ!?」


 真正面に通り掛かるより前にグッと手を引いてやって、ぐらついた体幹にガッシリ両腕でしがみつく。

 めっちゃ驚いてるけどそれどころじゃない。今逃がしたら横切られる。命日予定日はもうすぐだけどまだなのに、明日の朝日も拝めないとか無理寄りの無理すぎる。


「おまっ、おま、マジでお前……っ!」


「あと3日だから、まあいっかなの。今日じゃないの。明日でもない。明明後日まではだめ。だから『まて』。

 でも、どうせわたしたち、気が向いたら会いに来るだけだったでしょ。だから、もういいってなっただけ」


 いつの間にか飲み友になっておいて、最長で半年近く会ってなかった。

 会いに来なかった。

 いつもいつも気まぐれを待つばっかり。


 単身赴任の恋人を待ってるわけでもないのに、変な話だと思う。

 結婚適齢期なのに、おかげで恋人無しの連続記録更新中。居酒屋に入り浸りの女って、結婚相手としたら確かに嫌よね。だとしても不名誉だわ。


 独り酒でそうして憤って、その時に決めたんだった。

 「健康のため」なんてほざいて休肝日増やして、わざと会おうとしない日を増やして、自然とフェードアウトしたように見せかけたかった。だから今回も会うのは半月ぶりくらい。

 これで最後って思ったら飲みすぎて、その醜態がこれ。


「言っちゃダメだったかぁ……」


 もうすぐ死ぬって教えた時のリアクションが怖くて黙ってたはずだったのに、まさか問い詰められる前に自分でゲロっちゃうなんて。

 なんて事してくれたんだ、数分前の私。

 だけど、そっちはもう、出してしまったものはしょうがないって諦めるから、二日酔いの産物としてのゲロっちゃう展開だけは止めような。頼んだぞ翌朝の私。


「みみっ、耳元っ! てか酒臭い!」


「るっさぁい……」


 私が抱き締めて引き留めた彼がギャンギャン騒ぐ。

 私もう眠いんだけど。静かにしてよねって感じ。


「寝やがった……」


 まだギリ起きてるって……もう目も開けられないけど。


「…………日記、付けてるって言ってたよな」


 そうだけど。なんで明明後日に死ぬのか、とかもぜーんぶ書いてあるけど。情報の塊を出しっぱなしにするとか、流石にしないよ?

 一般人でも見られたくないものは隠すって発想くらいあるよ? ってか、そもそも家知ってるっけ?


「大将、代金ここ置いとく!」


「あいよ! いつもありがとな! ……って、嬢ちゃん潰れちまってんじゃねーか!? 送り狼にはなるなよ!!」


「ったりめーだろ!! 食指の1本も動かねーっつの!!」


 うっわ、サイテー……。

 ってか、リズム良く揺れられると、ねむ……く…………。






ーーーーー






「……まじでグッスリ寝てんな」


 背中でぐーすか寝息を立てているバカ女を、軽く揺すって背負い直す。こうして揺らしても寝言一つ漏らさないんだから、本当に熟睡中なんだろう。


 「もう死ぬ」なんて、珍しく早いペースで酒飲んでんなと思ったら変な事を言い出したんだ。今までなんか隠してんなって気づいても漁らないでおいてやったけど、こうなったら絶対に日記見つけ出して全部調べてやる。


「本職舐めんなよってんだ」


 正確には殺しと盗みと侵入の本職なわけだが、依頼主がご所望の品を探す能力だってもちろん必要だから、ただの日記の1冊や2冊、余裕で見つけられるに決まってる。


 チャチャッとピッキングでバカ女のアパートに入り、酒飲みにしては綺麗な部屋のベッドに寝かしつけてから、早速探索を始める。


「はっ、こんなんで隠したつもりかよ」


 定番も定番の、鍵付きの引き出しの中にお目当ての日記帳を発見した。


「……うわ、ダイヤル式とかめんどくせぇな」


 たかが四桁なら総当りでも問題ないが、さすがにそれは手間だ。

 何かヒントでもないものかと、ひとまずカレンダー上の印が付けられた日付で試してみることにする。

 月毎のページを捲るのすら面倒で、今月の日付をひとまず試してみた。

 そしたら、まさかのそれが正解だった。

 今日から3日後の、日付が二重丸で囲ってあって『3周年』って書いてあるヤツ。


「おっ、開いた。しっかし、誕生日じゃねーのは確かだが、こんな簡単に見つけられる数字に設定すんのはさすがにやめとけよ……」


 俺も酔いが回ってるからか、だんだん独り言が増えているのを自覚する。


 ……まあ、バカ女はぐっすり寝てるんだ。別にいいだろ。


 俺と同じ業種の人間は、すべからく図太くなるものだ。

 肝の小せぇヤツから消えるしな。


「さあて、じっくり中見せてもらおうじゃねーの」


 最初のページを開く。

 1番古い日付は今から4年前。内容からして、これで3冊目らしかった。

 2日おきくらいで書かれた、1日最短で2行、最長1ページの日記だ。


 仕事の失敗とか、お局の愚痴とか、関係なさそうなのはバンバン飛ばしてページを捲っていく。


「おっ、律儀に書いてんじゃねーか」


 3年前の日付で、俺たちの出会いが記録してあった。

 『昨日は飲み過ぎて、隣に座ってた変な人に絡んじゃった。でも、あんま覚えてないけど話しててめっちゃ楽しかった気がする。』だとさ。

 俺の服にゲロった上に、この家まで送らせたのは覚えてないらしい。


「都合の悪いとこばっか忘れてやがる。タチわりぃな」


 初対面は、話は楽しかったけど酒癖悪いからもう関わりたくねぇヤツ、って印象だったか。

 たしか、2回目に会った時はほどほどの飲み方してて、深酒さえしなきゃ普通なんだなって思った。だから、相席してる時に飲み過ぎそうになってたら止めるようにしていて、でも今日は飲むって聞かないから止めるのを諦めた結果、出来上がったのがコレだ。

 言うつもりが無かったらしい事を酒の勢いで言ってくれたから、こうして調べに来られてるって考えると、この酒癖も悪いだけじゃないのかもしれない。が、それはそれとして。


 初対面の1週間後の日付で、2度目の相飲みの日記も見つけた。


『いい飲み友達ゲットした感じかも。女の子の友達、みんな子供できたとかで断酒しちゃったし、この出会いは結構ラッキーかも。』


 飲み友の認定早いなこいつ。男への警戒心どこに捨ててきやがった?

 これはこいつが無警戒過ぎるだけだよな。稼業が稼業な俺が警戒しすぎなだけ、ってこたぁねぇだろ。さすがに。


 ツッコミを入れながら、2ページ3ページと次々捲っていく。俺たちの出会いから1年半分くらいは読んだ頃。


「……つーか、なんか……俺と飲んだ時だけ、文面の雰囲気明るくねーか?」


 ひょんな事に気づいたもんだから、酒気以外の理由で頬が熱を持った気がした。


 ……いや、恐ろしいことに、思い上がりじゃねぇんだわ、これが。


『今日はソロ飲み。なんでいっつもこの店来ちゃうかなあ。』


 って書いてある次の日に、


『やっぱいつもの店が最高よね! アイツと食べる焼き鳥が美味すぎる! 新しく仕入れたっていうウィスキーも試させて貰えたし!』


 って書いてあんだぜ? ……な?


「無自覚か……? 天然の鈍感バカだったってのか……?」


 俺がたまたま射程外のマスコット扱いに落ち着いてたから、今までどんなアピールしてもスルーされてたんじゃなくて?


「っはぁー……!!」


 逆ギレで叫ばなかっただけ、酔っ払いにしては快挙だ、こんなん。デカめの溜め息とガッツポーズなんて可愛いもんだろ。


 職業柄、どうしても新しい人間関係には慎重になる俺だが、2年目からは結構ガッツリ入れ込んでアピってたんだぜ? なのに進展ゼロ!

 諦めんのも悔しくて、半ば意地で飲み友続けてたけど、まさかの鈍感だっただけとか!!


「そりゃねーってマジで……!!」


 アピールに必死だった頃は、


『なんか、「もっと夜道に気をつけろよ。追われてんの気づけやバーカ」とか言われてぐったりした男投げ渡されたんだけど。なにやってんのアイツ。』


 とか書いてやがったくせに、アピールを諦めて飲み友に徹し始めた時の日記はこうだ。


『なんか、最近、よそよそしいって言うか、距離できてる気がする。』


 この通り、筆跡まで弱々しい文がひとつ。


 ……ほんっっとタイミング噛み合わねーなこいつ。カッコつけて、タチ悪そうな俺の同業者から守ってやったのもスルーしやがってよ。


「両想いだったんならもっと早く言えやクソが……」


 一応、こちとら下手したら明日の朝日が拝めるのかも不安な身の上だぞ? 時間かけて距離詰めるのもかなりの忍耐で頑張ったんだぞ? 微かな希望にかける形で一般的な幸せなゴールインを夢見て、嫌われる前提の拉致監禁で余生を共に、っていう極論を諦めてやってるってわかってんのか?

 時間がもったいねーじゃねーか。


 つか、もう1年前の日付なるぞ。こんなんじゃ「もう死ぬ」とか言ってた原因突き止める前に読み終わっちまう。俺が忙しくてなかなか飲みに行けなかった頃だからか、日記の間隔も開き気味だし。


「……んー……あ? なんだ? これ」


 捲りにくかったページに爪を立てて慎重に捲れば、インク瓶倒したみたいに、ページの半分くらいが真っ黒になってやがった。拭き取った跡もある。

 それから、よくよく見ればそのインクの場所に、ペン先が通っただろう軌跡のへこみも。


「『どうしよう』『1年なんて』『あの日』……『死にたく』……? クッソ、読めねぇ。ぜってぇココだってのに」


 鉛筆なんざ持ってない。インクを引き伸ばし、塗りつぶすようにして消されたこの文を、書いた時に下敷きになってたページから読み解く、っていう定番は出来ない。

 ランタンの灯りを頼りに影や照り返しから凹凸を読み取ろうと頑張っても、さっき読み上げたのが限界だった。

 これは、意味深な話がもう一回出てくるまで日記を読み進めた方が早いかもしれない。


 インクの染みてないページまで先を捲れば、1週間以上の期間が空いて次の日記が書いてあった。


『これから少しずつ、自然に疎遠になるように距離を置いて、死んだのにも気づかれないように縁を切る。私なら出来る。絶対。』


 線は太く、不安定に揺れている。よく見れば文字に滲んだ場所もある。アルコールの残り香はさすがに無いようだが。


「……絶対飲みながら書いてんな、これ」


 素面で書いていたはずの過去の記録はもっと達筆で、文字が真っ直ぐ連なっていたのだから、これはわかりやすかった。

 そして、酩酊して何もかも覚束なくなるくらいに飲んでいたのだと思うと、久々に同情で胸が痛んで仕方なくなる。

 飲み友になって1年も過ぎれば、コイツが俺の静止が必要になるくらい飲みたがるのは、酒に頼らないと人前で泣き出しちまいそうなくらい感情が乱された時だ、ってのは覚えてるから。




 ここから先の日記は、どうやら俺と会った日だけ書かれるようになったらしい。さしずめ『飲み日記』とか、そんな感じだ。


 俺との会話内容に、飲んだ酒の種類。

 そして、真相の片鱗を風で煽る程度の弱音が、最後にひとつ小さく。

 毎回同じような構成だった。

 だからこそ、最後に付け加えられる弱音から痛々しい苦悩が見えて、自分の奥歯が軋む不快な音でハッと正気に戻るのを何度か繰り返した。




 そうしてしばらく読み進め、断片的な弱音の継ぎ接ぎをそれらしく整えた時に、段々と見えてくる真相のシルエットがある。


 ひとつ確実に言えるのは、自然な別れを演出して俺から離れようとしたのは、自分が死んだ時に俺に罪悪感を抱かせないようにするためだったという事。

 アイツの想定する『俺が抱く罪悪感』は、俺がアイツの苦悩に気づけなかった事に由来するものじゃない。アイツの死後、俺がその死の原因の一端を担っていたと気づいてしまう事による罪悪感。


 あの黒塗りの日記が書かれた日から1年以内に……いや、その日のちょうど1年後にアイツが死んでしまうらしいのは、俺と居酒屋で親しくしているのを見られたから。

 俺が1人で背負うべきだった、俺の因縁の余波をアイツが食らった。


 ただの平民じゃどうにもならないような何かのせいで、ピッタリ1年で死ぬ。

 これがわかれば、その死の要因の予想はついた。


「呪いか」


 裏の人間の専門分野。普通に生きていれば関わるはずもなく、呪いの対極にあるような、神聖の象徴たる神殿でさえその全ての解呪が出来るわけじゃない。

 そして、解呪には布施という名の金がかかる。貴族優先で金だけ毟られた、なんてのは表の世界でも聞く話だ。

 そういうわけだから、一般人が取れる強引な解呪方法をコイツが諦めたのも仕方ないことだ。


 呪いは、術者が解呪方法を設定してからかけるもの。解呪方法を本懐に設定することで、呪われた人物を手駒のように扱うヤツもいるという。

 日記で明言されてはいないが、今回のコイツがまさにその『手駒』なのだろう。術者の本懐は、俺の命そのものか、それとも仕事の腕前か。どちらにしろ、ターゲットの俺に警戒されない、というだけの、荒事から遠い一般人にさせていい事じゃない。


 発動条件は1年の時間経過。発動する効果は対象の死。

 となると、呪いとしての格はそんなに高くない。

 呪いの結果が同じ死でも、『何かをさせるための脅し』としての呪いと『殺したいほどの憎しみの具現』としての呪いなら、確実に後者の呪いに軍配が上がる。発動条件だって、術者の裁量次第でいくらでも解呪が難しいものにできるのに、時間の猶予を与えて足掻く余地を残している。

 術者本人にしかわからない呪いの代償も、この感じだと五感の1つか記憶の欠損か、はたまた四肢の1本と少々か。


 これが俺を疎ましく思う人間による呪いじゃなくて、コイツ本人を殺したいほど憎んでいる人間によるものだったとしたら、俺はコイツの死の前兆さえ気づけずに泣き暮らす羽目になっただろう。

 呪いに耐性を持つ聖職者を呪い殺すなら、何人もの人間を代償に捧げるような大規模な儀式が必要になるが、一般市民程度が対象なら術者個人の命で代償は賄えるから。




「しっかしなぁ…………呪いかぁ……呪いなのかぁ……」


 しかも、発動までの猶予が数日しか残っていない。

 更に言うと、多分俺が死ねば解呪される。


「殺されてやるってのは、ちょっとなぁ……」


 命が惜しいんじゃなく、コイツの隣を手にする権利を放棄したくない。俺を屍にして越えるんじゃなく、屍の俺を迂回してコイツに粉をかけるようなヤツに捕まってほしくない。

 どうにも今のところ俺たちは両思いらしいが、これから俺の本業の話をして振られた時、俺以上にコイツを守って幸せにしてやれると確信できる男じゃないと認められないんだ。


 だから、術者の狙い通りに動いて解呪するのはナシ。

 今からだと、教会に俺の全財産を積み上げて寄付したって解呪が間に合わないだろうから、表の世界の正攻法もムリ。


 なら術者を探し出して殺せばいい、と思っても、期限が短いから非常に分の悪い賭けになる。


「となると、俺のオススメは一つだが……」


 問題は、『俺が今までコイツに見せてなかった裏の顔を全部教えてしまった時にも、この提案を聞いてもらえるのか』と、『提案を呑んでもらえるか』の2点。


 断られた時には全力で術者を殺しに行くまでだが、我欲も込みで、出来ればこの提案に頷いてほしい。


「まあ、まずは起きるまで待つとするか」


 まだ読んでないここ1ヶ月分は『飲み日記』じゃないただの日記に戻ってるようだから、それをじっくり楽しみながら。




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