7.古代神殿
注意:今話には、災害の描写が少しあります。
苦手な方はご注意ください。
「まあ! チャロ、よくやったわ。彼はパーティーに来てくれるのね」
オリビア姉さんが、チャロの手をギュッと握りました。
「灯台守のお爺さんにお孫さんがいらっしゃったなんて、知らなかったわ。
その子、好きな食べ物は何かしら? 嫌いな食べ物は?」
「すみません、それは聞き忘れました……。
レインは、人が多い所が苦手みたいなので、隅の席にしてあげてほしいです」
「なるほど」
お姉さんは、片手を顎のあたりに添えながら考え込み、そのうち、ポンと手を打ちました。
「それなら、ガーデンパーティにしましょう。広い空の下で、解放感があるでしょう」
「良いですね」
こうして、四日後に迫ったパーティの準備は着々と進んでいきました。
◎◇◇○◯○◇◇◎
木曜日の朝。学校に行くと、ミシャに昨日休んだ理由を尋ねられました。
「大丈夫? 風邪でも引いたの?」
チャロは、一昨日話していた恩人にお礼をしに行ったことを短く伝えました。
「学校を休んでまで行くなんて、よほど早くお礼をしたかったのね」
「それもあるけれど――」
もう一つの理由を伝えるのが辛い。
せっかく友達になれたのに。これから勉強も教えてもらって、沢山話をして、大親友になれるかもしれなかったのに。
けれど、言わないままさよならはしたくありません。
「私、後少しでこの島を離れなくてはならないの。あと、一週間もないわ」
ミシャは、呆然と目を見開きました。
「嘘でしょう? そんな、突然。学校もやめちゃうの?」
「多分、大陸の方の学校に通うことになると思う。
ごめんね、せっかく、友達になれたのに。
私、手紙を書くわ。きっとよ。
それに、一人立ちしたらこの島に戻ってくる予定なのよ」
「淋しいけれど、仕方のないことなのね。私も、手紙を書くわ。向こうに着いたら、住所を教えてね。
私、中学校を卒業したら、大陸の高校へ行くつもりなのよ。そうしたら、会えるわね」
「わあ、それ、素敵ね。あと、一年ちょっとで再会出来るなんて」
「でも、高校を卒業したら、考古学を学ぶために大学へ進学するつもりだから、あなたが島へ戻るのなら、また離ればなれになってしまうわね」
「大丈夫よ、ミシャは、この島の歴史を研究するのでしょう?」
「その通りよ。なんだ、やっぱり、ちょっと離れるだけだわ。淋しくなんてないわね」
二人は、ふふふと笑い合いました。
チャロは、そこで重要なことを思い出します。
「言い忘れるところだったわ。次の日曜日に、パーティを開くの。ぜひ、来てくださいな」
「もちろんよ! 楽しみだわ。プレゼントを持って行くわね」
チャイムの鐘が、カラン……カラン……と鳴り、教室は浜辺の波の引き際のように賑やかさが引いて行きました。
ミシャは休み時間に勉強を少し教えてくれて、帰り道は途中まで一緒に帰ることになりました。
コスモスの花が小道の脇に揺れています。
「この島の古代遺跡は、あの丘の上の神殿だけじゃないって、知っていた?」
「他にもあるの?」
「あるわ、海の底にね。
約三千年ほど前に山の噴火や地震によって海の底へ沈んだと言われているわ。実際に、海に潜った漁師さんが遺跡らしきものを見たという話しもあるわ。
石の階段や、建物の柱や、石像などなど。つぼや、貨幣、謎の機械のようなものまで、拾って来た人がいるのよ。ロマンよね」
「へえ、すごい。
でも、陸地が海の中に沈むなんて恐ろしいわ」
「そうね、今だって、突然残りの陸地が沈むかもしれない。私も、初めて知った時は恐ろしいと思ったわ。
そこに住んでいた人々は、ちゃんと逃げられたのだろうか?
全員が乗れるだけの船はあったのか?
ゆっくりと沈んで行ったなら、少しずつでも逃げ出す時間はあったかもしれない。
なんて、いろいろ考えて、眠れなくなったわ。今では考古学と割りきって考えられるようになったけれど。
少しでも多くの人が助かっていてほしいなと思う。これはただの希望に過ぎないけれどね」
彼女は立ち止まり海の方を眺めて、チャロも歩みを止めて並んで同じ方を見ました。
ミシャは過去をさ迷うような眼差しで水底を見通そうというように海面を見つめていましたが、やがて振り返ります。現代に戻って来た様子で、軽やかに微笑みを向けました。
「ねえ、明後日は休みだから、一緒に遺跡を見に行かない? 海の底は無理だけど、近くの丘なら行けるわ」
そういえばまだ遺跡を近くで見たことはありません。チャロは頷きました。
「行くわ」
□◯▽▼△▲◯□
土曜日。まだ日の昇りきらない早朝に、薄藍の空気の中でクッキーを作り始めます。
干し果物や、炒ったカボチャの種などで飾りました。焼き上がったクッキーは、香ばしい匂いがして、彩り華やかで、我ながら上出来だと感心します。
クッキーだけでも作り方を憶えていて随分役に立ちましたので、教えてくれた誰だか知らない人に胸のうちで感謝しました。しかし、あの初めて会ったとしか思えない女性が頭を過り、どんよりと気持ちが打ち沈みかけて、頭を振って忘れようとしました。
「わあ! 良い香り。でもちょっと多くない?」
「実は今日、私も友達と遺跡を見に行くのよ」
「え! じゃあ、一緒に行こうよ。友達のお兄さんも、一緒に来てくれるんだよ」
レモンの友達二人は、青年を伴って待ち合わせ場所へ現れました。チャロとミシャは挨拶を交わします。
「やあ、初めまして。僕はリーフの兄の、ブランチです。靴屋の弟子をしています。弟がいつもお世話になっています。
今日は、新しいデザインの靴の履き心地を試すのに良いかとついてきたんです。ついでに、弟を見張れるし」
そちらがついでなのね。
「見張るって言うなよ! しょっちゅう、悪いことをしているみたいじゃないか」
弟のリーフが足を踏み鳴らしました。
「違うのか? 昨日だって、塀に登って落っこちて――」
「わあ! 言うなよ!」
嬉々として何かを言いかけたブランチをリーフは遮るようにぶつかっていきます。
攻防を繰り返しますが、兄は明らかに弟をからかっている様子でした。
「け、喧嘩かな?」
おろおろと、両手を伸ばしかけて止めあぐねている男の子は、レモンのもう一人の友達のライスです。
「じゃれあっているだけに見えるよ」
と、レモン。
「激しいけど」
「さあ、行こうか。こんなところで立ち止まっていたら、日が暮れてしまう」
爽やかな笑顔で丘の上を指差すブランチ。
「リーフ、塀から落ちたって、大丈夫なの?」
「落ちてないもん。飛び降りたんだもん。さあ、とっとと行こうぜ」
強すぎない日差しの下、ジグザグと刻まれた小道をのんびりとしたペースで登り始めました。
木々があまり生えずむき出しの地表は岩岩の隙間に短い草木が僅かながら生えています。小さな花が慎ましやかに彩りを添えていました。
汗ばむ首元を、涼やかな風がすり抜けていきます。
小さな生き物を見つける度に子供たちははしゃぎ、ミシャとチャロのたわいもない会話に時折ブランチが加わります。
「へえ、山と海と両方を見るためか、新しい目線だね。でも、古代は、陸地がもっと広がっていたはずだろ? 丘から、海は見えたのかな?」
「あ、そうね、気がつかなかったわ。じゃあ、やっぱり、神殿は山だけを見るためなのかしら」
「町を見ていたってことは?」
「疲れたー」
ライスが手近な岩にへたりと腰かけました。
「休憩しよう」
と、ブランチ。
「おやつ、おやつ!」
皆で休憩して水筒から水を飲み、おやつを食べることにしました。
「こんなに遠いとは思わなかったわ」
「町からは、すぐ近くに見えるものね」
「こういうのって、いいな。楽しい」
またいつか誰かと来よう。
ときたま、リーフがはしゃぎすぎて滑って転びそうになった以外は何事もなく頂上へ辿り着きました。
「わあ、あれが遺跡なのね」
遠くからはただのアーチ状の岩に見えていましたが、近くで見るとより荘厳さがあり、細かい装飾もはっきり見えて、ただの岩ではなく、人の思いが込められた過去の遺物であることを実感します。
「これは、なんだろう?」
「どうしたの? レモン。なにか、見つけたの?」
チャロが尋ねると、レモンは遺跡の山側の柱部分を指差しました。
「うん、この岩に、葉っぱが挟まっている」
「本当だ、なんでこんなところに?」
一見、岩に切れ目など見当たらないし、木の葉だけが岩から生えるわけもありません。二人して首を傾げていると、ライスが声を潜めて言いました。
「向こうから、沢山人が登って来るよ。なんか、兵士の人みたいなんだけれど」
「本当だ、なんだろう?」
「皆、こっちへ、早く。隠れるんだ」
ブランチが、岩影に手招きします。
「変に隠れたら、怪しまれるんじゃないかしら?」
「あいつがいる。自称錬金術師のおっさんだ。見つかったら、ヤバい」
「なにがやばいの?」
「とにかくこっちへ! あいつが来た日に、人がよく行方不明になっている。実験のために、なりふりかまわないという噂だ。見つかったら最後だ、早く隠れろ」
「わかった」
皆は、錬金術師たちが登って来るのとは反対側の斜面から降りることにしました。
しかし、道も刻まれておらず、難儀しているうちにとうとう丘の上まできたようです。連なる足音、低い話し声が届きます。
チャロたちはこれ以上降りることも出来ず、物音を立てないように岩影に隠れて踞りました。
『古代魔法の痕跡を見つけてから早十数年、ついに、暗号は解かれた。なんと、長かったものか。あの魔女は、非協力的でなんの情報ももたらさない。人魚以外にはなんの興味も無いのだ』
ブツブツと、ひとりで喋っているのがきっと件の錬金術師なのでしょう。
周りの兵士たちはただの護衛なのか、終始無言です。
『私の実験の有用さなど、これっぽっちも理解していないのだ――ああ、これだ、この目印。さあ、行くぞ。知識のドラゴン・イグナティウスがかつて眠りし洞窟へ』
ザッザッ……と、砂を踏みしめる足音がして、それらは不意に途切れました。
静けさが戻ってきます。風が岩に吹き付ける音が口笛のように聴こえるだけ。
ブランチは、そろそろと顔を出して様子を伺うと、皆を手招きしました。
「今だ、行くぞ」
隠れていた場所から顔を出すと、遺跡の周辺には誰の姿もありませんでした。たった今まで居たはずの兵士たちは、一体どこへ?
皆は一旦遺跡の所まで上がり、そこから道を下ることにしました。そもそも、道は一本しかないので、それしか帰る方法がありません。
「あいつは、何かを調べているようだから、しばらく出てこないだろう。今のうちだ」
「ねえ、訳がわからないんだけど、あいつらどこへ消えたんだ?」
リーフの問いに、歯切れ悪く兄が答えます。
「僕にもわからないよ。ただ、洞窟って言っていたから、隠された洞窟をみつけたんじゃないかな?」
「まさか、ありえないわ。でも事実、人が一瞬にして姿を消しているんだから、本当に隠された洞窟が?
もし、ドラゴンが生きているとしたら――……」
ふと隣をみると、ミシャが震えて顔色も青ざめているので、チャロはしっかり手を繋ぎました。
「あれ見て、さっき壁に刺さってた葉っぱが下に落ちている」
レモンがひょいと木の葉を拾い上げます。
「レモン、行こうよ」
ライスがレモンの手を引いたその時、柱の後ろから黒っぽい小さな影が現れたので、ライスはびっくりしてアーチの方へ倒れかかりました。
「わっ!」
「なんだ猫だよって、うわ!」
レモンは手を引かれてたたらを踏みながら、一緒にアーチの向こう側に倒れ込んだのです。
チャロは、今見たものが信じられなくて、瞬きして目を擦りました。
「レモンくんと、ライスくんが消えた?」
「レモン! ライスー!」
「あ、こら待てリーフ!」
追いかけて走り込んだリーフまでも、瞬きのうちに見えなくなってしまいました。
「うそだろ、リーフ!」
さらに、それを追いかけて、ブランチもアーチの向こうに消えてしまいます。
呆然とそれを見ていたチャロの意識を引き戻したのは、ミシャでした。
「私たちも、行きましょう」
チャロは一つ頷いて、手を繋いだままアーチをくぐります。
向こう側に町と海の景色があった筈なのに、今は暗い洞窟の中にいました。子供たちとブランチは皆そこにいるのがぼんやりと見えます。
光源がゆらゆら揺れるので、何かと思えば、付いてきたらしい猫の目が途轍もなく光っているのでした。
怪しい錬金術師たちの姿はなくて、一先ず安心しました。
「皆無事?」
「大丈夫。ところで猫の目って、こんなに光るものだった?」
「あれ、眩しすぎてよく分からないけれど、きみはシルフィじゃないの」
「ニャアー」
シルフィは歩きだし、後から付いてこいと言うようにチラリとこちらを振り返ります。
「付いていこう」
チャロは皆に言いました。
「きっと、出口を知っているんだわ」
そろそろと、転ばないように岩壁に手をつきながら進みます。
壁に触れた掌から、頭の中にイメージが流れ込んで来ました。
〈美しい石造りの町並み、立派なお城、遠くに見える山、かかる雲、そして、丘にある神殿〉
進むにつれて、さらに詳細に見えてきます。
〈賑わう町、市場の人波、歌う人、雑多な喧騒〉
これは、古代の様子なのでしょうか。人々の服装が今と全く違います。
けれど、なんだか懐かしいような。
〈馬に乗った貴人、傍らの美しい女性、大きな木の聳える森、岩だらけの山、眠るドラゴン〉
王子様らしい人が、ドラゴンに語りかけているその傍らで、女性は静かに見守っています。
〈王子が王になる、平和な時世、高い技術、妖精と踊り人魚と泳ぐ人々〉
夢のような世界から一転、本のページを纏めて捲ったかのように全く異なる場面に映像は切り替ります。
〈火山が噴火して火砕流が町を飲み込む、大地が揺れて島の大部分は海中に沈み行く、人魚が人々と妖精の乗った船を風を起こして押している、人々の持つ枝それぞれに精霊が宿っている〉
王は、災害を予言して皆を避難させたようです。しかし、肝心の王の姿がどこにも見えません。
過去の記憶はそこで途切れました。ほんの僅かな間夢を見ていたようです。
出口から、青白い光が差し込み、気がつけば、目の前に灯台がありました。
振り返ると、今まで歩いてきたはずの道が無くなっています。遥かに風吹きわたる草原が続いていました。
「あんたがた、こんなところでなにをしている?」
灯台守のお爺さんが、畑を耕していた鍬を下ろし、寄りかかりながら訝しげに尋ねました。
ブランチの名前の由来はbranch(枝)です。




