第十四話 移り行く季節
レイン視点です。
トパーズに宛てて書き置きをすると、外へ出て鍵を掛ける。
鍵は以前と同じ、取り外せるレンガ壁の一部に隠した。
「さあ、行くか」
「うん」
チャロの返事がまるきり小さい子どものようなので、つい、その金の雲の無造作に流れる頭をわしゃわしゃと撫でた。
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アンテリナムはレインをじっと見て、無言でチャロと共に屋敷の中へ連れて行った。
そして、魔法薬で耳の傷痕を綺麗さっぱり治療した後、部屋を与えて屋敷に留め置いている。
随分肩透かしを食らった気分になったが、後に聞いたところによれば、彼女はすぐにレインが己の探していた人魚の子だと気が付いたらしい。
アンテリナムは昔、海に沈められた時人魚に助けてもらったらしい。
その人魚に似ているモモという名の人魚に執着したようだ。
助けた本当の人魚はすでにこの世にいない。
本当の母親が人魚だと知っても、実感はわかなかった。
レインの母は、レイナだという気持ちが強かった。
けれど、いつか逢えたらいいなと思っている。
チャロはアンテに頑張って向き合っているが、三千年分の歪んだ心の、しかも欠けてぼろぼろの心はそう簡単に治るはずもなく、最後に残された一欠片を壊さないよう、慎重に、大切に育てていった。
以前のように一緒にクッキーを作り、会話をし、共に何気ない時を過ごし、時には諌めた。
上手くいかない時の方が多く、そういうときは、いつもレインが話を聞いたり気晴らしに付き合ったりした。
何も出来ないことがもどかしかったので、ある日思い立ち、妖精に唄の魔法を教えてもらうことにした。
「心のままに唄うのです、内から滲み出る伝えたい想いを一つとして取り零さぬように。
風の声を聞くのです、相手の気持ちに柔らかく寄り添うように。
唄は自然と零れ出すはず」
アンテに唄う、安らぎの唄を。
アンテは、目を閉じて聞いている。
秋も深まって来たある日、用事で外を歩いていたら、道端でばったりノウに出くわした。
彼の風は相変わらず影の中に隠れていてはっきり見えない。
そのせいでかつては騙されたのだ。
「あ、おまえは!」
ノウが、レインを見て唸った。
突然のことで心構えもなかったので、咄嗟に逃げ出した。
がむしゃらに走っていると、トパーズと鉢合わせした。
「わっ、なんだ?」
「ノウに追われているんだ、それじゃ」
「ちょっとまてよ、こっちだ、ついてこい!」
裏道、細道、猫の道、隠れ道を進む。
彼は自ら巻き込まれにきたようなものだ。
「トパーズは魔女や錬金術師には関わりたくなかったんじゃないのか?」
「当たり前だろ、誰が関わり合いたいもんか、ようは、逃げきればいいんだろ。
俺は今日仕事を止めてきたからな、遠い町で帽子屋の弟子になるんだ」
「ええ!?」
近道しながら進むが、『魔の腕』とでも言い表しようのないものは直ぐ後ろまで迫っていた。
とうとう追い付かれてしまう。
レインはここでけりをつけることを決め、人気の無い路地で向かい合った。
「よくも、実験台にしてくれたな」
「同意の上だっただろう。
給料も払うし、それなのにお前はうちの研究員を昏倒させて逃げ出したな。
落とし前はつけさせてもらうぞ」
獲物に狙いを定めた鷹に見据えられたように、一歩も動けない。
後ろの影は自らの意志があるように蠢いている。
見ているうちに、引き込まれそうになり、慌てて気持ちを引き戻す。
レインは気が付く、あれは、取り憑いている魔物だと。
魔を払う為に唄いだすと、ノウは苦しみ出し、頭を抱えて膝をついた。
魔物は抵抗し、永遠に続くかと思われた一進一退の攻防は、とうとう、
『魔に取り込まれずに必ず無事に帰り、チャロの手助けを成し遂げたい』
という想いの強さによって終わりを告げ、魔物は浄化され消滅した。
ノウは気が抜けたようになり、ふらふらと何処かへ去って行く。
行方は分からずその後に噂も聞かなかった。
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冬も終わりに近づいたある日、アンテはついに妖精を見る。
かつての記憶が思い出された様子で、滔々と涙を流していた。
妖精の名を呼び、妖精もまた、彼女の本当の名を呼んだ。