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渡り鳥の声が聞こえて来た

作者: 夏城燎



 水平線が、ミサンガを作った時に使った裁縫用の糸に見えた時があった。


 波打つ聞き心地のいいせせらぎが、小さく目に見えない粒を流して。

 とても暖かな風からはほんのりと潮の匂いがして、一定のリズムで眼前の光景が変わっていく。


 先から覗く暖かな球体は、何もかも一切を反射する水平線に溶けるように、その世界を写しているように見えた。果てない先には、もう世界なんてないような気がしてきて、船一つない光景は、いつもより特別に見えた。


 朝日が昇り、まだみんなの目が覚めてない時間に、私は一人佇んでいた。

 鼻先から感じる匂いは、ここでしか感じない潮味。

 足先でうずうずするのは、ここでしか触れない真砂。

 瞳に入る景色は、テレビでも映画でもアニメでも感じた事がないほど、綺麗な景色。


 そんな中に私は立っていた。


 何の理由もない。

 ただ日の出を見たくなって戸を開いて、ここまで自転車を走らせた。

 まだまだ登校の時間ではないと言うのに、何故か制服まで着込んで駆けだしていた。

 理由は分からないけど、きっと、考え事をしていたからなんだと思う。


 右手首にあるミサンガの肌触りが良くて、それを作った時をよく思い出す。

 丁度あの境界線のように、暖かくてふんわりとした触り心地の糸を使って、学校で作った。

 私の糸は白色だった。

 結局うまく作れなかったけど、それでもあれは大事な記憶である。


 波のせせらぎが風を運んで、真砂の上にぽつんと座った。

 制服の間を通る空気がまるで自由に飛び発つ鳥に思えて来た。

 そう、時は、夜明けの時であった。


 夜は私にとって得意なものではなかった。


 なんせ夜は暗くて怖くて、そして一人だったからだ。

 幼い私は心底夜が嫌いで、一時期睡眠すらまともにとれなかった記憶がある。

 でもだんだん成長してきて、その認識はもう古いものとなったけども、何だかあの忽然とした恐怖は、まだ胸の奥そこで、小さな糸くずのように残っている。そういった理由で今、夜明けを肌で感じて、何だか感傷に浸っているのかもしれないけど。でもそれだけではない気がした。


 多分。

 何かを言いたい気分だった。

 何かは分からないけど、ふんわりと叫びたいと感じていた。


 でも声は出なかった。

 わかんないけど、もしかしたら近所迷惑だとか、弁えていたのかもしれないし。

 叫びたいとは思うけども、実際に声に出そうとは思っていないのかもしれない。

 曖昧な言い方で伝わりにくいと思うけどさ。

 そういう時ってないかな?




 渡り鳥の声が聞こえて来た。

 そんな時間に、いつの間にかなっていた。

 その頃にはもう、私はある程度、この気持ちを理解してきて。

 立ち上がる気力が湧かなかったけど。そろそろ立ち上がらなきゃいけなかった。

 なんせすぐ横は通学路だ。

 朝早い彼に見られてしまっては、困る。



 私は青色と緑色のミサンガを見つめた。


 そしてスマホをもって、メッセージを一件送って、自転車にのった。



 帰る時、潮の匂いが遠のいていくのを感じて。

 私は『頑張ろう』という気になった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  面白かったです。  漠然とした少女の不安、希望、淡い恋心を感じました。  まだ残っている恐怖を「小さな糸くず」と例える。  叫ぼうとして叫ばない。  具体的に説明せず、含みを持たせたラ…
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