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神話の冒険者エリクディス  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部「戦乙女見習いスカーリーフ」

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29 古代都市編7話:回帰不能点に達する

 木造部位より石造が多い地底人の市街地。コルドン軍団が展開して抵抗住民、民兵、成人男性が欠けた女子供老人を殺戮している。どうも機械杖や弩のような高価な武装は正規兵にばかり配備されているらしく、良くて槍装備、農具や工具に投石での抵抗ばかり。たまに雷薬を使った大爆発もあるが形勢に影響しない程度。既に死した英霊は恐怖など覚えず、悪足掻きは足掻きに過ぎない。

 地上遠征に向けて移動中だった増援部隊が、損害から立ち直って都市救出に向かって来たが精彩を欠き、結局雑兵扱いで撃退される。大空洞に到達するまでの戦乙女組による攻撃で精鋭としての能力を喪失し、多くの指揮官や色魔法使いの大半を失えばその程度だった。

「皆殺しにしろ。本気で命乞いをしたら腕と脚と顎を折って一か所に集めろ。魔法使いに見えたら殺せ。そうじゃなくても殺していい。首を落とす時は油断せず周辺を警戒しろ」

 コルドン大将軍の指導要領は言説通り。守備兵のいない住民地区が往々にして辿る運命をなぞる。

 放火は本の収集のため禁止されている。

 強姦は英霊達の機能不足と外見違いにより発生せず。地底人にも男女があって、外見だと服装の緩締と骨盤の大きさで見分けられる。

 ランズヘルは都市を見渡して感想を言う。

「都市はここ一つだけか? それだけで何世代もこんな閉じた世界であれだけの軍隊を動員し、規律を維持し続けられたとはまるで思えん。建物を見ろ。木造は比較的新築だとしよう。石造部分だ、苔生しているがなんだこの”若さ”は。掃除しているにしては相応に汚れているし、古くからあるにしては綺麗だ。そしてまるで交流が無かったのにこの好戦性、恐怖と抵抗心、過去に何があったか不思議でならない」

「そんなこと気になるの?」

 戦乙女妹、スカーリーフは文化に関心が無いので姉の言葉も響かない。エリクディスだったらあれこれ面白い返事をしたかもしれない。

「お前はならんのか?」

「どうせ皆殺しでしょ」

 これから炭屑になる枝の形に寸評など加えない類の性分であった。

 略奪品と生首が都市中央広場に積み上がる。広場の中央には、門の祭壇様式の小さな神殿風の建物があるが邪魔にはならない。

 スカーリーフの目前には彼女の英霊達の手によって本、巻物が山になる。全て地底人語記述で、挿絵付きの物は何となく話の流れが分かるぐらいには丁寧。石碑に刻まれた言葉については別途、写しを取る必要があると報告がされる。

 ランズヘルの英霊軍団は殺した増援部隊、空に近い武器庫、民兵から武器を掻き集めていた。

 大中小の機械杖、作り立てと作りかけの大筒、雷薬樽に原料別の樽、袋。剣槍、防具類、衣装類、楽器類。旗は無かった。織物や陶器、工芸品の類はほぼ無視される。地底人にとって価値があるか不明な、日用品のように隠されてもいない金銀財宝も集められた。

「武器庫に硝石があったということは、あの爆発する粉にはきっとこいつが使われているぞ」

「硝石って、肉に使うやつ?」

「地底の錬金術だ。全く発想が分からんな。軍隊使いするだけ集めるのは相当に骨だろう」

「へえ」

 他には奴隷狩りのように子供と卵が集められている。中には内からひびが入って顔が出ているものすらある。

 これらを眺めてコルドン、冷静なはずの真顔が歪む。普通の英霊は悩まない。

「どうした私の将軍よ」

「これらをフローディス公に渡したいという生前の私と、そんな義理はもう無いという今の自分にどうも、苦しんでいるようです。これを彼等に代金と引き換えに渡したいと考えてしまいますが、神理ではないのでしょう」

「生前の思考に引かれるのは強い無念の表れだな。フローディスとやらと私は一つの契約もしていない。そんな義理はお前の言う通りに無いぞ」

「ねえねえ」

「どうした妹よ」

 スカーリーフは珍しく先輩姉に質問する。

「こんなもん集めて何すんの?」

 召喚される英霊達は現物の武具類を霊体として持ち帰ってまた所持して現れることは出来ない。生首の山は脅したり戦果報告に使えるが、個人参加で雇い主がいるわけでもないランズヘルには意味が無い。子供と卵は人質に使うわけでもなく、何処かに連れて行くあても無い。何よりここにはこういった”商品”を買い取る商人もいなければ、たとえ代金が手に入ったとしても戦乙女ランズヘルが市井で使うわけでもないだろう、ということである。

「戦神に捧げるだろうが!?」

「へえ。色んな物でいいんだぁ」

「お前、今まで捧げて来なかったのか!?」

「うん。あ、戦いは奉納になってたと思うけど」

「何と教育の……おほん、生身一つでは生活もあってこういうことも難しいだろうが、余分な財宝や捕虜など手に入れたらそのようにしなさい。我等はただ己のためではなく神に捧げるために在るのだからな」

「へえ」

「戦士の館へ完全に英霊を寄贈するのも手駒として持て余すようになってからでいい。何れ来たるやもしれない極限戦争への備えは怠らずとも焦ってはならない」

「へえ」

 ランズヘルはあの魔法使いがこういったことも教えていないのかと疑問に思いながら、生返事になっているこの妹を見て、一度に物事を言い聞かせても頭に入らないのだろうと確信していった。その段階が未だに九九の掛算で躓いているということは知る由も無い。

 しかし、

「へえ、とは何だ」

「おばちゃん説教くさ」

「名前か姉と呼びなさい」

「えー」

「えー、じゃない」

 スカーリーフは八つ当たりに広場中央の小さな神殿へ、積み上がった本の中から種類が重複して無用になっている一冊を投げつけた。大変行儀が悪い。

「止めないか!」

「うっせーハゲ」

「誰がハゲだ!」

 あの小さな神殿、手の付けようがなかった。外壁は露出、窓に扉と思われる場所は暗闇張りの夜神の封印がされていた。闇に本が当たっても空しく衝撃が殺され、下へ静かに落ちるだけ。

 あからさまに何かあるが、何も分からない。

 尚、ランズヘルは己の長かった髪を切って三つに編んで兜に付けて垂らしている。尾も同様。頭髪自体は短髪にしているが禿頭でも剃頭でもない。

「このもじゃもじゃ、頭洗え」

「やー」

 血では繋がらない姉が妹を追いかける。


■■■


 ――古代都市からもたらされたもの、一切合切を献上せよ

 この知神の預言が聞き間違いだった、聞き逃したなどという言い訳が通用しない程にサルツァンとフローディス軍の領袖達に響いた。

 その時機も時機で、宿場要塞を包囲したサルツァン・フローディス連合軍が大筒による準備砲撃の後、修復したゴーレムを突撃させて陥落させた直後のことであった。

 神々は深謀遠慮と言われる。血肉の人の短い寿命では到底考えの及ばない大業の中の大業、正に神業を成す。そのためには時に無理難題を課し、苦しみばかりの上に見返りが乏しい試練を課す。時に手に余る程の返礼もやはりある。余り過ぎて破滅することもある。俗人にはどうしても図り難い。

「おっぐっ、おっがぁああああ! づぁああああ! だぁ……」

 フローディス公は不敬発言を顔を赤くしながら言葉ならぬものに変換して生き永らえる。

 宿場要塞敷地内に生存残敵無し、と報告しに来た伝令が言葉に詰まる。

 戦いの見届け人、エバーガル七世の名代、耳の穴に指を入れたい衝動を堪える。

「……ぬぁん、わっ。このような預言を今下されたということは、ほぼ決着がついたということで良いのか?」

「余程の怠慢、道理の無い裏切りが発生しない限りは回帰不能点に達した、という預言でよろしいかと」

 知神の神官がフローディス公に回答する。

「高徳であろうか?」

「勿論ですとも。近年では稀に見る程です。公が失ったものを神は理解されておいでですよ」

「あい分かった」

 徳。ある神へ貢献する度に、その神に対して高く積み上げられる概念値。売った恩の量とも言うがそうは言ってはいけない。貢献が大業である程に高くなり、その分強力な奇跡が顕現することもあるという。機嫌さえ損なわなければ、高徳であると驕らなければ、都合が悪く無ければ、横槍が無ければ。

 戦乙女の力、戦場でも社交の場でも引き出させて貰おうと心中でフローディスは決意する。それでも失った物に全く見合わない、そのはず。

「残敵皆殺しにして全て奪うように」

 フローディスは、以前とあまり変わらないが、作戦始動方針を再度通達した。


■■■


 ――古代都市からもたらされたもの、一切合切を献上せよ

 地上にも地下にもこの預言が届けられた。戦乙女ランズヘルに聞こえた。

 知神に対しては貸しも借りも無く、主は戦神であることから呪いへの恐怖も無いランズヘルだが伺いは立てておく必要があった。

「戦神よ、いかがか?」

 ランズヘルは戦神に尋ね、目線が上を向く。神によって上にいるか、下にいるか、内にいるか、分からないので瞑目するか等、感じ方に差がある。実際的にどのような位置にいるかは人の知るところではない。

 下った預言はスカーリーフには届いていないが、ランズヘルが喉を鳴らして唸って飲み込んだことで大体知れた。

 勤しむコルドン軍団、やや呆けたように略奪品を足元に置きだし、極光のもやになって消え失せた。

「これらは全て知神の物となったようだ。どうにもならん。私が出来ることなど何も無くなった」

「そうなんだ」

「用事が無くなった。無用にほっつき歩くのは使徒たる我等の姿ではない。ではさらばだ妹よ。また会う機会もあるかもしれん」

「じゃあねおばちゃん」

「せめてお姉ちゃんだっ!」

 ランズヘルもまた極光のもやとなって消えてしまった。おじ、おば呼ばわりは金エルフにとって肯定的なものだと説明しようか、そんな言葉を舌で回すのは面倒くさいな、などと思っている内に。

「うーん、うん?」

 放棄された大量の略奪品。物品はともかく、見張りがいなくなった子供達に卵。孵化したばかりの赤子を抱いている子供もいる。面倒見の良さ、何となくの仕草から女児か? 奴隷狩りということからこの命は略奪品、捧げ物。手出し無用か?

 都市部からほぼ民兵を掃討したのだが、まだミンルホナの大半は未踏である。まだまだ武器を持って戦える大人は生存している。

 地底人勢力、大いに戦力に組織能力は削がれていた。しかしスカーリーフ、供の英霊五名のみ従えての敵中孤立に陥る。

「あっ」

 どうやって帰ろうか? と考える。ランズヘルの脚にはもう頼れない。スカーリーフの技能なら絶壁登りくらいは出来るが、大空洞の天井穴に届く壁はないのだ。岩天井を長距離這うのは難しいところ。

「えーと?」

 ここからは戦いよりも生存。潜伏して奪って食ってを繰り返すのみ。


■■■


 地底人軍残党掃滅の傍ら、奪還された遺跡都市では縦穴を下る道の再建が始まる。まずは先遣調査時の要領で素早く縄が地下大空洞まで渡された。

 長期にわたり地底で孤立状態にあったスカーリーフは、粉物飽きた、肉食いたい、と元気な様子。謎の寄生虫が湧いているような肉には手をつけず、目立った病も発症していない。

 そこからまた地底人残党狩りが進み、戦乙女ランズへルが整理をつけていた略奪品を中心に全てを知神に捧げる儀式が執り行われた。一回目は古代都市ミンルホナで、二回目は地上で。

 地底人とその家畜の遺体から物品から、拾ったゴミから、森の中に残されて拾えなかった物まで何もかも全てが知神に捧げられて消失。古代都市そのものも知神が直接預かることになって立ち入り制限がされる。謎は謎のまま。

 ゴーレムに関しては地底由来の物ではなく、旧帝国の遺産であったので知神の神殿に残された。遺跡都市も神殿管理とされる。いずれにせよ全て一柱の神の手に委ねられたのだった。

 唯一俗人達の手に残ったのはエバーガル一世の博物誌、その原著と見られる物で地底人語記述。これは知神の神官の手によりエリクディスへ渡され、そこから名代の手に渡り、そしてエバーガル七世本人の手に渡って依頼が完了する。これ一冊のために膨大な量の血と汗と金が流れたことになる。

 フローディス公軍は地底人装備を全て失い、その知識だけが残ることになる。コルドン大将軍の望みは半ば打ち砕かれた。記憶と記録だけを頼りに領国最強の軍を作り上げることは難業と言えよう。

 スカーリーフはエリクディスに雷薬の原料一つが硝石であると伝えた。フローディスに教えてやる義理も何も無かったので、別に教えるという発想そのものが無かった。エリクディスも何時か何かの取引材料にはなると頭の隅に入れておくに留める。この魔法使いにしてもフローディス公に特別親切をするような義理は無かった。

 全て終わったと、サルツァン市に宿泊するのも最後の夜になろうかと、旅の荷物もまとまりかけたところでエリクディス一行が泊る宿に訪問客。

 これが、噂によれば悲嘆に暮れているというフローディス公ならば夜逃げに移っていた。

 現れたのはエバーガル七世の名代、ダンピールであった。高貴な方だが、個人的には無理難題を言うこともなく、話しやすくて気安い方でエリクディスは歓迎。

 そして入室した彼に続いたのは、立って歩くエバーガル七世。高貴な傲慢さで、当たり前のように入室。当該国にて閣下が憚るような部屋は女子更衣室だけではなかろうか? それすら怪しい。

「試練の迷宮を突破した話、委細聞かせて貰いたい」

 髪と髭が戻っている最中のエリクディス、初めて聞く声に脱帽しながら否と答えることは出来なかった。

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