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神話の冒険者エリクディス  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部「戦乙女見習いスカーリーフ」

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27 古代都市編5話:進撃続く

 エルグランのコルドンは遺跡都市を騎馬で無事脱した。今は宿場要塞で指揮を執る。

 歴戦である彼は敵も味方も大勢殺してきた。己や重要人物を出来るだけ選んで活かしてきた。”大将軍”の異名は万骨枯れて成った。

 戦乙女が行方不明らしいが、そういった不確定要素に頼る思考は持っていない。自らの指導が確実に届く、自らと鍛えた軍以外は信頼に値しない。

 斥候伝令から情報を得続ける。

 地底で確認された三〇〇〇規模の方陣四個、前一列、中二列、後一列になって行進中。中列と後列の間には荷車を牽引する”牛トカゲ”。騎兵働きが可能か不明。

 本来ここの街道は敵方陣より狭いが、藍、青、黄が混ざった濁流のような色魔法によって石や木を吹き飛ばして粗雑ながら地面が均されたという。そうした道路工事を行いながらの行軍なので基本的に鈍足。しかし確実。

 敵方陣はそれぞれの側面に剣盾兵と弩兵を組み合わせた遊撃部隊を配置。森の中にも足を踏み入れ、奇襲攻撃を警戒。

 暗くなると行動を停止し、赤い光の色魔法で周囲を常に照らす。これは防御的な魔法も兼ねており、精霊術が使えなくなるとのこと。この状態で不寝番を立てて休んでいる。その緊張感は休みにならないのではという程に強く、疲労はその分膨大と見られる。

 食事は荷車から取り出した粉物を摂っている。水は周囲の小川から採取して鍋で沸かし、香りの強い何らかのお茶を作って飲んでいる。まつろわぬ民などに見られるような、常態的な食人行為は観測されない。食糧問題が逼迫しているわけではない様子。

 まず試したのは、敵に騎兵が存在しないことを活かして弓騎兵隊の派遣。素早く接近、下馬して防御杭を打って逆襲に備え、矢の雨を降らせて殺傷させつつ足止めという手。

 初回は敵が馬に驚いて思い通りに行ったものの、剣盾と弩の遊撃部隊が対応し始めると射撃可能時間が短くなった。

 遂には森の中から機械杖部隊が待ち伏せ、一斉射撃をしてくるようになると損害の方が目立つようになった。馬は的が大きく、蹄の音もうるさくて目立つ。相性は悪かった。

 サルツァンから一部の兵の指揮権を間接的に借り受ける。

 直接指揮をダンピール騎士達にさせろ、などと言えば曖昧な答えと共に無限に決定がされないのが”吸血鬼”共の仕草。敵の首級と引き換えにお礼をする。実際に首を運んでくるのは大変だから自己申告で結構、などとフローディス公が夜会にてサルツァン諸卿に話を広め、交流を重ねて礼金の数値を具体化して雰囲気の醸成にまで漕ぎつける。

 これら手続きを経てダンピール騎士、騎兵が従士を連れる上士一党等に夜襲を行わせた。地底人は特別夜間視力に優れているわけではなく、森の中だと更に効果的。

 厄介な遊撃部隊を漸減させ、森の中から排除して支配。夜と森を利用した奇襲攻撃を繰り返して地底人に眠れぬ夜を提供。直接殺せないなら間接的に削る。

 しかし対策がされる。色魔法である橙の炎が広がって森が焼き払われた。

 障害物が減り、燃えている地域は侵入困難。姿が見えて攻撃方向が予測出来るようになったダンピール上士一党は機械杖の一斉射撃で撃退された。

 次の策。ダンピール騎士は敵本隊にはあまり近寄らず、敵遊撃部隊へ牽制行動をしている最中にのみ弓騎兵が矢掛けを行ってすぐに逃げさせた。

 こうして一時的な足止めを成功させ、敵の焼き払い範囲が広がって不可能になり、次の策は何かと考える。苦し紛れにさせた撒き菱はそこそこ効果があった。

 決定的な打撃を与えることの無いまま地底人軍は進行。軽微な損害と多大な疲労を与えていった。

 これが地底人軍の主力なのか威力偵察部隊なのかは分からない。方陣と遊撃隊合わせて一四〇〇〇弱と見られる数は大規模であるが、敵の国力は全く不明。

 調査隊長エリクディスからの報告では、彼等はこの地上文明と接することなく今日に至ったと考えられる。しかしながらこの接触があると古くから予言されていたように備えてあの軍を維持してきた。並々ならぬ覚悟も見られ、戦時の一王国分の力は容易に想像出来る。

 こちらとあちらの戦闘能力差は機械杖によって顕著である。尋常ではない速度を出す投石機械。予備動作も無く甲冑を撃ち抜く威力。敵陣を切り崩す装甲兵を農民兵扱いしてしまう武器。

 どうする?


■■■


 襲撃対象の編制は以下の通り。

 中型機械杖兵五〇名、剣盾兵五〇名、弩兵五〇名。三〇人五組分け。前後左右に中央予備の配置、当直五交代制。

 ”牛トカゲ”が引く車両が五両。荷物は駄獣の背にも積まれており、馬力の強さは相当なもの。闘犬のような攻撃性は無いが逃げ出す程に臆病ではない。

 色魔法使いは三名、前と左右。五名ではない。五単位を基本に組んでいるかは不明だが、既に人材枯渇の兆候か?

 焼かれて禿げた森に挟まれる、荒っぽく広げられた街道を敵補給部隊が進んでいる。

 地底人軍、練度は高いが経験は少ないようであった。

 敵に頭を踏まれたが待つ。戦士にとって侮辱でも、これは狩人にとっては技能の証明。

 通過を待って、スカーリーフは灰と泥を垂らしながら立ち上がる。投石器をほぼ回さず投石し、左配置の色魔法使いの後頭部を割る。

 左側面にて同じく泥を被っているエリクディスは泥中から杖先を出し、泥塗りで土中に半没させた目標物を指して精霊に語り掛ける。

『あの”雷薬”樽の内に火を点けろ』

 発煙発光、爆轟爆炎、土砂と兵三〇名が弾けて転ぶ。牛トカゲと車両、一両目が飛ぶ、二両目が転ぶ、三両目が停車して四両目が衝突。

「ほっほう!」

 精霊術使いとしては下の下の魔法使いのおっさん、今日のはまるで大魔法使いの一撃。

 突撃ラッパ吹奏。同じく泥中に潜んでいた敗残兵達が立ち上がって切り込む。爆発で死傷して混乱して麻痺して耳も潰れ、何も理解出来ず弱体化した地底人の前衛を殺戮。機械杖の作動に必要な火種作りの余裕も与えない。

 比較的無傷、だが動揺している後衛には、また同じく泥に塗れたダンピールの下士達が切り込んで同じく殺戮。

 スカーリーフは集団戦からやや距離を置いて色魔法使いの射殺に注力。また敵の動きを見切る視力からも、戦いの流れを左右する決定的な場面も見据えてそれ以外の敵兵も射殺。早々に三人目まで頭を割った。

 他は白兵戦、混戦に持ち込む中で射撃戦を唯一挑むスカーリーフの傍には、丸太造りの置き盾を持って立ち回るチビ。機械杖の一斉射撃にも耐える。

 焼けた森に隠れるところは少ないが、この通りに工夫の次第である。

 牛トカゲとも角トカゲとも言える大きな獣。背の荷をばら撒いて、荷車も瘤付きの尾も振り回し、泥まみれの雑兵の骨を防具毎砕く。地底人も巻き込まれる。闘犬のようには戦わないが、怯えて竦むだけではない。この獣は後回し。地底人の抹殺を急ぐ。敵は士気が高く、逃げず死ぬまで戦う。最後の一人になっても戦う。

 後は牛トカゲを始末して終わりという段階へ至る。獣の鱗に皮は厚く、放った矢は通らない。槍で四方から柔らかい腹、首、脇、股、肛門を刺して血塗れにしたくても近寄れない。

 やはりここで皆が頼ってしまうのが戦乙女。牛トカゲの眼球から脳へ、首と骨の隙間からやはり脳へと投石器で弾丸を届ける。即死すればそこまで。正気を失って暴れればしばし待ち、瀕死になったらチビがゴーレム剣を持って頸椎砕きでとどめを刺す。

 地底人軍の荷物には有用な物が多い。特に食べ物。武具も使えるし、回収出来ない分は奪還されないよう隠したり破壊する必要がある。

 先を行く地底人軍主力への兵力増強、補給の停止、それ以上に物資の鹵獲もこの敗残部隊にとって必要なこと。

 その中で手を付けない物がある。生肉である。

 地底人は人型なので倫理的に口にするのには抵抗がある。ならば四つ足の獣である牛トカゲは良さそうだが理由がある。一度解体を試みて、以降食肉にすることは忌避された。

 この二種類のトカゲの腹の中には変な虫が湧いていた。まるで人が作った道具の一部に足が生えているような姿の虫に似た何かがいた。多少”わらわら”する程度に動いて何かに反応することもない。松明の火を近づけても逃げもしない。内臓以外なら食べられるかもしれないが、目に見える物だけが病の源ではない。とにかく口にするものではない。

 最後に敵別動隊の反撃が無ければ味方の死者を仮埋葬して目印を立てて去る。


■■■


 泥と灰と血に塗れた敗残兵集団、森の中に築いた宿営地に成果物を担いで帰還。傷病兵達が狩りから戻って来た親を迎える雛のように声を上げて喜ぶ。

「静粛に、静粛に。寝ている者もおろう」

 まるで大魔法使いのようなことをしてご機嫌のエリクディス、手の平で空気を緩く扇ぎ、抑えろ抑えろ、とやるが顔はニヤけて褒めろと言っている。

 ここにはフローディス兵、ダンピール下士、初動避難に加わらなかった非戦闘員で主にドワーフ鉱員が寄り集まっている。負傷者多数、医療器具は完全不足。小川の水もどこまで清潔か分からない。余程に野外暮らしに親しんでなければ発熱、下痢、腹痛は当たり前。先は長くない。

 病死と衰弱死の恐怖が多くの者に迫る中、仲間、友人、ムカつく糞野郎を殺した地底人を殺戮し略奪してきた英雄達に声を上げるのが最期に許された娯楽。

 エリクディス、スカーリーフ、チビだけならこんなところから退散していたが、敗残兵を救って吸収していく内に逃げるに逃げられない大所帯と化した。ならばいっそ、地底人軍の後方を攪乱する部隊になろうということになった。生還の望みがないなら、動ける内は殺して回り、動けなくなったら病人を縦穴にでも送り込んで感染症を広げてやろうという目論見。死んでも殺してやる、は合言葉。

 略奪品で最も重要な物がお披露目される。製粉された白黄色の何か。これを水で練って、焼いてパンにして食べる。風味が変わっているが美味いことは美味い。

 もう一つ、食べ物というより嗜好品か医薬品の、黄緑色の何か。直接食べるものではないがお茶にするとハーブ、豆の強い香りがして癖が強い。効用は目が覚めて眠れなくなり、集中力が増して覚醒する。そして動悸がして精神が不安定になる。これをパンにして食べた物が心臓を病んで死亡しており毒でもあり薬でもある。

 食べ物の他で一番の物品は機械杖と”雷”薬。正式名称不明。

 機械杖は弩の亜種のような作り。弦の代わりに雷薬を使い、射出するのは鉛弾。その鉛弾を前方へ直進させるために頑丈で精巧な鉄筒を用いる。そして雷薬は火を点けると、音が鳴って光って燃えて猛烈な風を伴って弾ける。まるで”雷”であることから仮称された。

 物が揃って仕掛けが分かれば子供でも、少々重たいが使える道具だ。当たる当たらないはともかく、当てれば甲冑騎士も殺せる画期的な武器。今回行ったような泥に潜むやり方では火種が保てず使えないが、負傷兵達でもこれを使えば敵を殺せるだろう。

 雷薬の製法だが、一部は分かった。何かの炭、硫黄、そして塩味がして舌に刺激がある何か。他にも鼻と舌では分からない何かがあるような、無いような。物が分かっても製法、混合法に何か?

「スカちゃんや、これ舐めてみい」

「え、やだ、くさっ」

「何か、何が入ってるか見当つかんか?」

「だから臭いからやだって、屁みたいな臭いするもん」

「そいつは硫黄じゃ。少量なら大して毒でもないわ」

「糞舐めろって言って舐めるおっさん?」

「敵を知らんと勝ち難いのだぞ」

「何やだあんたアホ、糞舐め親父、きもっ」

「きもくないわ、誰が糞舐めじゃい」

「ハゲ」

「ほれ禿げじゃい!」

 エリクディス、帽子を脱いで半禿半剃り頭をスカーリーフに突き出す。手押しで返される。

 一方、チビが雷薬に指を伸ばして舐める。

「何か分かるか?」

「食い物じゃないな」

「そうじゃのう」


■■■


 地底人軍一四○〇〇余りによる宿場要塞包囲を阻止する計画は失敗。コルドン大将軍も良く失敗してきたし、挽回してきたからここにいる。今回もそうでありたい。

 敵は即時戦闘可能な方陣を維持したまま、大空洞からここまで行進して来た。疲れる行動を根気良く続けた。隙を見つけて軍をぶつけることも出来なかった。足止めも効果的に出来ていない。

 敵はこちらの要塞を包囲する陣地を構築し始めたのだが城壁との距離が遠い。要塞内に設置した平衡錘投石機の最大射程より四倍以上先の、石も矢も届かない位置にいる。頭に物が落ちて来るのは嫌だから、それはそうだろうという配置だが遠過ぎる。塹壕、坑道を掘るならその分、距離も長く苦労するだろうに。お互いに攻め手が無い距離感だった。まだ近いのなら夜襲で小突き続けたりも出来るが。

 地底人軍は増援、補給の部隊を継続的に受け取る体制にあるという。森林に潜むエリクディスの部隊からの第一報、戦乙女見習いの英霊フェリコスとやらから受け取っている。

 この要塞化した宿場町に駐留している我々の部隊は二〇〇〇で、これに非戦闘員が多数加わる。平時の扶養能力からこれが限度だった。

 サルツァン市郊外には万を越える本隊がいる。救援の伝令は飛ばしてある。最速でフローディス公が騎兵隊を先遣させても到着まで二日。歩兵と機材に大軍を養う物資となると一〇日以上。

 一〇日持たせる? 持たせた上で勝つか、綺麗に逃げてサルツァン軍も巻き込むか。ここで弱体化すれば諸侯軍が弱みと見て攻めて来るかもしれない。

 今我々は知神の神命を受けている最中。神の御力は受けられないのか?

 地底人軍が、普通の地上軍と同じ程度なら一〇日頑張るぐらいはやってみせよう。涸れ川の底にあった大石小石なら無用な程にある。投石機で石の雨を降らせる体制が整っている。何時も相手にしている領国兵相手ならやれる。

 だが奴等は尋常ではない。大王と共に戦場を駆けてから長く、格上相手との戦いも少なくなかったが、戦場の景色を変える兵器との遭遇とは中々。

 見張りから、敵の”大筒”確認。奴等の陣地内、盛った土塁に設置され、大口を一〇個こちらに向けている。もしかして巨大機械杖? 袋と鉄球を詰め込んで操作している姿が見える。

 雷鳴、発煙、飛ぶ鉄球。丸太挿しの城壁が小枝のように砕けた。地面で跳ねて土塁にめり込んだ。城壁を越えて建物を粉砕、転がって何人も轢き潰した。見張り台、平衡錘投石機が圧し折れて倒壊、逃げ惑う者を潰す。土の厚み以外、あの豪速鉄球を阻む物は一つとして存在しない。

 要塞が平らになっていく。鉄球より良く飛ぶ石球が要塞の裏手まで飛んで来る。飛び越して、裏門から逃げ出している者達を潰した。まるで隠れ場所が無いかのように一方的に殴られる。

 ここは一日持つのか?

 非戦闘員の内、防衛戦に不要な者達は逃がした後だ。籠城戦に移行しても食糧は十分に持つようにしてあるが胃袋以前の問題だった。

「総員、要塞を破棄。携帯出来ない食糧から優先して施設は全て焼却。サルツァンまで戦闘態勢を解かずに後退」

「了解!」

 大将軍コルドン、伝令を一人出す。逃げ支度をしながら未知の攻城兵器を前に頭を巡らす。

「伝令」

「は」

 伝令の二人目を呼びつける。手招きで三人目も。一つ悩んで従軍神官も呼びつけた。それから書記官も呼んで雑記の記述がどこまで進んでいるか確認もした。

 不確定要素に頼るのは策が尽きてから。


■■■


 馬車で遺跡都市を脱したゲルギルはサルツァン市まで逃げていた。そこで鉱長という立場はさて置いて鍛冶師となり、ひたすらに設計書通りの板金を鋳造し、型にあっているか検査し、歪んで厚過ぎるなら削った。

 用途不明の機械部品、これも大量に作られる。見たことの無い設計の金属塊が積み上がる。

 本物の、憧れの神官鍛冶がサルツァン市中の鍛冶工房を総指揮している。組合も通して頑固に”俺のやり方”を貫き通そうとする各親方も、神と閣下の力と威光を前に従っている。

 久し振りに下っ端扱いされる中年ゲルギル。己より年下に叱られもする。歯を食い縛るのも高徳の為。土と石より”かね”を弄りたいと望んだのは己なのだ。

 宿場要塞陥落の報は伝わっている。物は大量に、そして全て精確に。

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