26 古代都市編4話:地底からの逆襲
遺跡都市の厨房には、火力が最大になるよう燃料が放り込まれて燃え盛る竈があり、その上に大釜が設置される。沸騰する湯には綺麗な飲料水が使われる。汚い雑用水など使ってはいけない。
チビが薪を割って持ってきては竈にくべる。火はとにかく大きい方が良い。また日常生活では不要な程に篝火、蝋燭が立てられ火を点いている。熱と光が暖かであればあるほど、熱い程信心深い。
労働に参加しない騎士達は森に分け入って薪になりそうな枝や柴を持って来る。
その手に鍬を持たぬ代わりに剣を握る者達にとり、見習いであろうとも何かしらを捧げる対象になっている。主君フローディスが目を付けたという以上に戦神の使徒である。気に入られれば、もしかしたら死しても忘れられず戦い続けられる英霊達の、戦士の館の末席に加えて貰えるかもしれない。加えられた者、メクシアンのような英霊の姿をおとぎ話ではなく実際この目で見てしまっては尚更。
遺跡都市に駐留する者達へ大量の食事を作るための設備は今、別の目的に使われている。
大釜で煮られるスカーリーフだが火傷は無い。破壊された身体が少しずつ元の姿を取り戻していく。手足の指を握ったり開いたり、首に手首に足首に肩を回し、肘に膝を伸ばし、顎を開き、股に脇を締め、腰を捻り、背筋を反る。だがあちこち力が入らない、突っ張る、千切れそうに痛い、そもそも動かない、完全には程遠い。腹の中もぐるぐるする。
「めっちゃ痒いんだけど」
「掻いてはならんぞ。治っている証拠だ」
エリクディスが、皿へ綺麗に盛り付けがされた料理を祭壇に置く。
「家庭と孤児院、家を司る竈神よ。この傷ついた戦士スカーリーフの、特に不具なるところから癒し給え。元の身体を再現し給え」
そのように祈祷すると料理だけ消える。
効力は量が大事で、質も大事で、何より愛情が大事。信心深く戦神より預かった分、何より今まで手間がアホ程掛かった分がある。その掛かっている分が今も累積中。全く問題が無い。
別の竈を使い、鍋に火を入れ、まな板の上でエリクディスが料理を続ける。普段の魔法使い衣装は止めて手拭を頭に巻き、髪に髭から眉毛に鼻毛、指に腕の毛まで食べる物に混じらぬよう剃り落としている。目印が消えて別人に見えなくもない。
「まーだ?」
釜の縁に手を掛けながらスカーリーフは、毛無し頭の手捌きを覗く。それしかすることがない。
「竈神の御力を借りる治癒の儀式は時間が掛かる。だがこの方が確実で復元性が高く障害が残らない。ワシが取り損ねたゴミも排除して下さるだろう」
「これ?」
大釜の底に集まり出している鉛、鉄、鎖、布の欠片をスカーリーフはまとめて摘まみ上げる。
「そうだ。これに入れておきなさい」
エリクディスは空の椀を手渡した。以降ゴミ入れになる。
「腹減るんだけど」
「遠慮せず食べなさい」
エリクディスは捧げる分の料理を患者にも渡した。普段なら我慢しろとか言いそうである。
「いつ?」
「そうじゃのう、今はその湯も大して熱くなかろう」
「温い。ブクブク変」
「段々耐え難くなってくる。飽きるんじゃなくて熱くてだぞ」
「うー」
「うーでないわい」
この儀式の影響で火を独占され、保存食中心で冷や飯の多い兵隊達は地底人軍の逆襲に備えている。縦穴の周囲に土嚢を盛って固め、投石用の石を集積中。重労働の後に湯気が立つ飯が無いというのは無情である。
夕食時となれば一旦儀式の竈の火は弱められ、他の釜で干し肉入りのお粥が作られ始める。これが唯一の温食。
その脇でエリクディスは血抜きの終わった家畜の肉を脂たっぷりのまま煮て、または丸焼きにして儀式に捧げる。窯一杯の、腹の減る匂いを出す焼き立てのパンも捧げられた。
「まーだー?」
腹を減らした兵士を見下ろす立場というのは、戦神の神理では罰に当たるかどうかはともかく罪は深い。スカーリーフも扱いの格差に気が引けて来る。
怪我と体力減退、更に引け目を感じているこの金エルフは暴れもせず、大人しくて大変可愛らしい。このまま閉じ込めておきたいもの。
「まだだ。まだまだ」
「小便も出ないんだけど」
「全て無駄無く回復に回っておるのだろう」
■■■
地鳴り、明らかに縦穴の下から。
大空洞の天井裏で警備している兵士から通報。地底人、大空洞に堆積する瓦礫土砂の山を撤去する仮称”色魔法”を行使。青い水と黄色い風で押し流しつつある。地上進行の足場を築くための撤去行動中と断定。
遺跡都市におけるフローディス代行、グランエルのコルドン”大”将軍が指揮する。
天井裏に投げ落とし用の石を集積。涸れ川の石、遺跡都市の残骸、様々ある。
下に地底人達が見えたら潰してやろうと待ち構えていると橙色の炎が上がり、天井裏に構えていた者達の大半が焼け死ぬ。
次は斜路にて、石を積んで胸壁を構築して弩兵を中心に待機。しかし黄色い風が吹いて押し戻され待機不能。
色魔法に対しては尋常の防御戦術では無力と判断される。魔法無効の奇跡が使える戦乙女見習いスカーリーフが実質人事不詳である以上、手持ちの戦力で出来ることを探った。
精霊術が使える魔法使い達を地上、縦穴の周囲に集中配置。コルドン将軍の意図を総員が理解するまで説明を受ける。兵士達もまた指示された工事を行う。
深い方の短い縦穴には斥候のみ置いて待機。敵の妨害行動、黄色い風が吹いたら撤退。
横穴でも同様。ドワーフ鉱員が落盤させられる箇所が無いか改めて探るが、困難と判断して撤退。
浅い方の長い縦穴からも黄色い風が吹き出す。長く吹いて、吹き終わってから将軍の策を実行。
溜め池を決壊させて縦穴に注水。魔法使い達が水の精霊術にて更に増水増速強化。建設途中の仮足場、撤去前の残骸、投石用の石を巻き込む、骨砕きで石削りの鉄砲水になる。一度は堰き止められて消滅した滝が復活する。
黄色い風が水の中を駆け巡って弾いたようだが、地に落ちる力は飛び上がってもまた取り戻された。
水攻めにより一時の勝利を得た様子だが、油断せずに決死の斥候を縦穴の底にコルドン将軍は送り出し、戻って来た。
横穴は進水の影響で途中まで水没。奥へ流れ込む水流はわずかしかないとのこと。
これで戦線は一時停滞かと思われたが水位の低下が確認される。
再度水位の低下状況を確認しに再び斥候を派遣すると大きな音が鳴ってから撤退して来た。
敵突撃部隊前進中。装備は剣盾そして小さな機械杖または弩。大きな音はその機械杖から。
水は大半が排水されており、今流れている分は道の中央に拡張して掘られた新しい溝を伝って流れているとのこと。
報告後間も無く縦穴の底に敵が出現。上から投石を開始。敵は盾を掲げて持ち応える。
持ち上げられないような巨石で盾毎、地底人の骨格を潰す。これで圧倒出来ると思いきや突如、縦穴を塞ぐ黒い石のような蓋が中層辺りに現れる。
黒い石は投石を完全に跳ね返し、滝壺になって水を溜める。わずかな後に一部に穴が開いたのか水が抜け出す。
次の手。穴に落とす水流を一度止める。黒い石の蓋に溜まる水が抜けるまで待ち、その間に準備した火を点けた燃料や油を投下。黒石を焼いて下の敵を蒸し焼きにしようというもの。更に吸える空気を無くして毒ガスで殺そうというもの。また黒煙などは昇る性質があるので、魔法使い達が気の精霊術で底の方へ押し付ける。
空気が燃え尽きて炎が消えてから、魔法使い達が土と木の精霊術で縦穴に土と根が張る蓋をして、水を全体的に撒いて冷の精霊術で小さい穴も凍らせて密閉。
フローディス軍ではないが防衛に参加しているダンピールの下士が地面に耳を当て、見えない底の向こうで何をしているか聞き取る。
悲鳴や絶叫が聞こえた。黒い石の蓋を撤去して毒ガスを吸い込んで倒れていく仲間を見たのだろうか?
暴風が中で渦巻く。これは蓋の外からも聞こえた。
縦穴の凍らせた土と根の蓋が突如崩壊、消失と同時に紫色の霧と、今まで封じていた黒煙が吹き上がる。これを吸い込んだフローディス兵達が昏倒する。
この混乱が収拾するまで時間が掛かり、縦穴を覗き込めば黒い石の螺旋階段が下層から上層に向けて築かれている最中。その続々と現れる階段を敵突撃部隊が駆け上がって来ていた。
遺跡都市守備隊、投石と弩射撃を開始。盾に石が弾かれ、矢が刺さってそのまま。隙間を縫って当たれば躓き、時に落下。
地底人の突撃兵は先を行く者が倒れ、己を圧し潰そうとしたならば遠慮しないで盾で押し退けて底へ落としている。仲間を殺す覚悟が決まっている。
魔法使い達がそれぞれの得意な精霊術を浴びせかけようとした。しかし今度は白い、風でも光でもない、何かが波状に縦穴を登る。術の全て、下に向かわず上に横に向かって魔法使い達に返って殺傷。魔法を曲げる様子だが、敵が使っている黒い石の階段には動揺も無い。何かしら相性がある様子。
コルドン将軍、部下達が死に行く姿を見ながら戦い方、色魔法の性質を書記官に口頭で伝えて書かせ続ける。”大”将軍はこの犠牲を持って次で勝つ心算。
黒い石の階段を遂に敵兵が登り切る。待機していた騎士達が盾砕きの装備、両手の剣、斧を担いで突っ込み、小さい機械杖に撃たれて倒れる。甲冑に穴が開き、即死せずとも再起不能の衝撃を受けた。武術鍛錬に長年かけ続けてきた成果が道具一つで消え去る。
機械杖は連続して使用出来ないようだが、それで無能とならず地底人の突撃兵は直ぐに片手剣へ持ち替えて続々と地上に踏み入って来る。盾を使って中々倒れず戦線を押し広げ、武器を使い分けて足場を確保。
地底人、恐るべし。
「戦乙女殿はまだ”湯あみ”をされているのか?」
伝令が戻って来てすぐにコルドン将軍は問いかけた。
「調査隊長殿からは準備が出来たら報せるとの返事が前回と同じく」
「役に立たんのか過保護なのかどちらかなのかも合わせて報せて欲しいものだな」
「は……」
「今のは愚痴だ」
「はい」
意見は様々である。皆が主君のように是が非でも戦乙女が欲しい等とは思っていない。
「催促しますか?」
「撤退、遺跡を放棄する。調査隊長殿にも一応報せろ」
コルドン将軍は敵の観察を限界まで行った。
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エリクディス、スカーリーフ、チビの一行は森に逃げた。
遺跡都市守備隊は壊走した。撤退命令を受けたわけだが、実態はそれ。
馬や牛に車両を使って逃げた者は無事である。
非戦闘員はもっと早期に撤退しており同じく無事。
森に駆け込んだ者は各々、運命を死神に委ねるかのような状態。
街道沿いに徒歩で逃げた者はほぼ地底人に討たれた。特別に足が速く、持久力にも優れた者は逃げおおせた。
スカーリーフは穴だらけの装備は捨て置いてきている。上都式に出席した時の戦乙女装束姿になって小奇麗。準備運動をしてみると怪我の影響は残るも動きの具合はおおよそ良い気がする。包帯で関節を固めたりすれば結構動ける。竈神の儀式により大体の、戦士として致命的な怪我は癒えた。
「大体いけそうなんだけど」
「外見は問題なさそうだが内側だな。生贄と食糧を確保しつつ治療し、何れは宿場の要塞に後退だな」
「殺す」
「今は良い具合に思えるかもしれないが過度に動くと傷がな、外も内でも開くかもしれん。とりあえず、そうさな、まず次のうんこ次第じゃな」
「うんこ?」
「内臓がどれくらい直っているかだ。血便だとまだまだってことだ。腹痛もあればそれが傷だ」
「ふーん、あっそ」
「そうだとも」
エリクディスとチビは宿営地を森の中に作った。枝と葉で屋根と壁を組めば寝床。
簡易になるがスカーリーフに追加の治癒の儀式を施せるように祭壇を組む。食べる料理用とは別に、捧げる料理用の石組みの竈も作る。
スカーリーフは狩りに出る。無理をせず、英霊を使い、鹿からリスから、森に入り込んだ地底人まで。装備、小さい機械杖まで奪って来る。
鹿にリス、チビが集めた木の実に野草、芋虫にかたつむり、小川の水。これ等を使ってエリクディスは料理を作る。
死体、瀕死、捕虜の地底人は、豊神に捧げてスカーリーフに残る怪我の治療に使う。狩りに出た影響で開いた、完全に癒着していない傷を治すのが主目的。
尚、捕虜尋問は打つ手無し。言語不明の上、極めて敵対的で、あれ何? これ何? と木や石のような世界的に認識が共通している物体を指差しして固有名詞から一致させていくという手段すら出来なかった。明らかに理性も知性もあるだけにエリクディスは悔しかった。
「おっさん、トカゲ野郎の生贄、効き目悪くない?」
「時間が経って古傷と見做されているのだろう。豊神の奇跡の方はそちらに効き目が悪い」
「めっちゃ腹痛いんだけど」
「内臓の方がまだまだということだな。たぶん血便になる。したら隠さないで報告しなさい」
「くそ」
料理は食べる分と、竈神に捧げる分に分けられる。まだまだ不完全なところを完全に近づける儀式は必要だった。
食事が終わったらスカーリーフは席を立った。
「次は竈神の儀式だぞ」
「うんこー」
「川にするなよ」
「うーるさっ」
こう、配慮というか恥じらいはあるが、まあ無粋な男かその程度。チビすら眉間に皺を寄せる音が近くの草むらから聞こえて、戻って来る。顔色が悪い。
「小便三回分くらい出た」
「血尿が?」
「小便はちょびっと。血の下痢がびっちゃびちゃ。脱腸するかと思った」
「うむ、怪我はまだまだじゃのう」
スカーリーフの傷付いた体内、とりあえず繋がったという箇所が多かったようだ。出血も酷ければ血を取り戻す必要もある。
「スカー、臭い」
「あん? 何だって」
スカーリーフがチビの背中に膝蹴りを入れる。いつもより威力が足りない。
「ぬお? もうちっと遠くですれば良かったのに。糞よりも血臭が酷いのうこれ、内臓臭い。獣か虫か敵も寄って来るぞい。むう、ぬう!? 移る! 想像以上じゃ、駄目じゃこりゃ。移動だ、設営し直す。寝床バラすぞ。風上でしよってからにこの、乙女失格じゃい!」
「うーるさっ」
枝組み葉敷きの屋根と壁は持ち運び可能だ。




