25 古代都市編3話:超文明
闇の封印、解放される。
一行の目が眩む。松明より遥かに明るい、地底の太陽? が遥か遠い天井に光源として在る。空は無く岩盤一面、凹凸で陰影が斑になる。
鼻につくのはお香。耳には悲鳴かもしれない声、未知の言語? 聞き取れない。
目が慣れて見えてくるのは人型の集団。顔は平面、肌は鱗、頭髪は羽毛。衣服は派手で色彩豊か、技術の低さを感じない正確な縫製。爬虫類寄りの種族はこの世にあれど、彼等は完全未知の一種。地底人?
未知の種族は驚きの顔で、既に逃げている者もいる。警備に見える杖持ちも迷わず躊躇せず、訓練されたように一斉に逃げ出す。歓迎という言葉は露程も無く、誰か興味を持って踏み留まることすらしない。エリクディスが笑顔で手を振ってみても反応皆無。
彼等にとって予期された恐怖の到来であったようにも見えた。一行が大軍勢ならばともかく、エリクディス、スカーリーフ、チビ、ゲルギル、ルディナスの五名のみにここまで圧倒などされるであろうか? 集団は一〇〇以下程度。
封印の向こう側、岩盤と土の境目の直後、門を象ったような祭壇が築かれている。こちらから見るとその裏手になっていて、装飾塗装などは表と比べると雑というか風化している。半ば闇の壁に埋まっていた?
ヴァシライエなどいつの間にか消えていた。戦闘要員として数えては逆に困る立場の貴人ではあったが予兆も無し。ただ行方不明になったとか、悲運や事故に遭ったかなどという気がまるでしない。予定通りだったと皆が思った。
「皆、聞いてくれ。可能なら対話をしてみたいんだが、これでは何時襲って来るか分からんということになろう。攻撃は恐れからくる。彼等は我々をこの世界では予見されていた恐ろしい何かと見ているかのようだ。戦いに備え、そして何時でも逃げられるよう心構えをせよ」
エリクディスは心構えを説き始め、門の祭壇から続く道の先を指で示す。ただ続いている林道しかここからは視界には入らない。
「古代都市ミンルホナというのは恐らくこの先。先の人々を見るからには確固とした文明が存在する。この辺りの祭器、飾り、染色、何れも品質が均一に見える。専門職の分担が良く出来ている。数万の民がいると思って差し支えなかろう。あの……」
地底の太陽のような何か、全く分からない物の高さは改めて異常であった。遥か、色が空気の厚みで霞む向こう側にある。観測器具を用いたわけではないが、ざっと見てあの天井、地上を突き抜けた先の高度にあるように見える。地上の遺跡都市周辺にはこの高さ、広さを抱え込むだけの山も無い。
「地底の太陽の如き物の異様な高さ、神々の御力ありきであろうの図り難いこの空間、どれほどの広がりがあるか分からん。この人数でどうこう出来る規模ではない。どうこうする規模の神命、ミンルホナの制覇は隻眼公に課せられたもの。我々の目的はあくまでエバーガル一世の博物誌、その原著の入手まで。この様子ではこの先にありそうだが、それはここの五名で、この場で突撃を仕掛けて成就するものではない。もっと何か、工夫して挑むこと。今はその段階ではない。封印の解放をしたばかりだが、ほぼこの先行調査は目的達成として良い……その心算でこの辺りで少し探りを入れたら戻るぞ」
調査隊長から指針が示された。
「ヴェスタアレンのメクシアン」
スカーリーフがかつて、アレン城で討ち果たした剣と盾を使う騎士を召喚する。
「そこのおっさん守んのよ。一番弱いから」
「承知した、我が乙女」
エリクディスは門の祭壇、祭器、彫刻、敷物などから地上に存在する文明との類似点を探る。
文章のような物というか、きちんと形式が揃えられた書類があった。異物が混じって見えない良質な紙、裁断跡に毛羽も立たない。何について書かれているかは不明だが、大陸共通語ではない言葉である。文字は絵文字と象形文字を複数組み合わせた、共通文字を書き慣れた者からすれば筆記が面倒な文字が使われていた。洗練された文明がこの非効率?
「むむむ、分からんのう」
「おいエリクディス、こいつは上等だぞ」
ゲルギルが祭器であろう、鈴が複数付いた、実った果樹のような形状の楽器をしゃらんと鳴らす。
「精度か?」
「細工もそうだが、この重さ、純金だ。混ぜ物してどうのってもんじゃねぇぜ」
「ほう、だが略奪はならんぞ」
エリクディスは一旦見回して、金になりそうな物を一か所にまとめ始めていたスカーリーフに向けてもう一度。
「略奪はならんぞ! まだ彼等との対話の道が閉ざされたとは決まっておらん。盗みなど働こうものなら話し合いの機会も無くなるぞ」
「えー」
「えーでないわい。お前さんの故郷でな」
「はいはい例え話ね、はいはい」
スカーリーフ、既にうろ覚えになった品々をそれっぽいところに置き直し始めた。ゲルギルも、惜しい目つきをして別の物を見始める。
「スカちゃんや、北でもまつろわぬ者と交流とあったと思うが、似た文字はあるか?」
「あいつらそもそも字無いし、あ、線引いて数かぞえてたかも」
「ふむん、ワシの知ってる中でも似たのが無いな。微かに近そうなドラゴン文字は表意文字だが、どうもどうにも。非共通語学者の出番かな」
「素人が即興で解けるかよ」
ゲルギルは金属、陶器を中心に見て回っている。地上ではその辺に置いていたら盗まれそうな金細工が散見される。
「この織物を見てみい、色使いが面白い連中だがこの、赤の隣に赤紫というのは感性が違うのう。ワシ等と目の具合が違うかもしれんな」
「おお、そりゃ面白い。どれ、縫い目は機械だな」
「このお香はなんだろうな? 大陸東でも嗅いだことがないぞ。ルディナス卿の鼻で何か感じませんかな?」
「土臭み、薄くなった香草、豆の香ばしさ、草食動物の排泄物では」
「はっ、流石です。うむ、たしかに家畜の糞の加工品かもしれませんな。では豆の栽培がされている可能性が……ますますミンルホナが気になるのう」
エリクディスとゲルギルが興奮する中、スカーリーフとチビは略奪も出来ずに暇。ルディナスはお香の話題を切っ掛けに彫刻から彼等の神話など読んでみようかという気になっている。
「斥候」
スカーリーフが警告。投石器のポケットに弾丸を入れて投擲準備に入る。
少ししてから林道ではなくその脇、林の奥から、木々と草の陰から出ないよう、直ぐ見つからないようにと武装する地底人が現れた。剣盾兵の三名が前衛、弩兵の同三名が後衛の斥候班。盾の裏から弩が構えられようとする。
「戦闘」
奇襲に対するスカーリーフの判断、投石で盾の陰にいる弩兵の兜を射抜いた。即死。
弩兵達、驚いて狙いの定まらない射撃。二本の矢が見当違いの方向へ飛び、五名は走って逃げ出す。
更に投石、逃げる剣盾兵一名の膝裏を撃ち抜く。
「捕虜いるでしょ」
膝を抜かれて兵を助けようとする動きが一瞬見られたが、指揮官が手を振って林の奥へ消える。
再度投擲、指揮官の背中に命中。生死不明、この人物は引きずられて行った。
捕虜回収にスカーリーフが歩き出そうとした時、エルフの長耳が音を感知。這い蹲って地面に耳を当てる。ルディナスも耳を林道の向こうへ向ける。
「二〇〇〇越えの軍、太鼓、行進曲、馬無し、あっ、駆け足、へえ!」
「分かった、撤退!」
エリクディスは指示、暗闇に向かって進む。
「戦力評価」
「任せる」
スカーリーフはゴーレムに続いて試しに戦ってみることにする。戦いの専門家として四名が残る。メクシアンはエリクディスの背後について盾となる。
「ドワーフ」
「敵の武器がどんなもんか、エルフより見れる」
「あっそ」
馬も無い下士とはいえルディナスは戦うための騎士である。言わずものがな。
「チビはおっさん」
「う?」
「足遅い。その前に捕虜運んで」
「うん」
チビは走って膝を抜かれた弩兵を回収しに行って、抵抗されたので腕を圧し折って大人しくさせてから担いで撤退。
■■■
スカーリーフは門の祭壇を見張り台代わりにして待っていると見えて来た。林道、林の隙間を縫って地底人軍、走って到着。
平時から戦時体制への移行があまりにも速いことから、ここで外敵と戦うことが宿命であるという伝統が確信出来る。どうでもいいことにこんな反応が出来るはずはない。
最前列五名。指揮官かまつろわぬ神官か、先導役?
前列中央、横陣、やや疎。二〇〇弱程度。妙な太い杖を揃って右肩に担ぎ、細い杖を左手に持つ。魔法使い?
前列両翼、方陣、林を駆け抜ける程度に疎。二〇〇強程度ずつ。こちらの妙な杖は若干小さい。これも魔法使い?
中列中央、方陣、密集。二〇〇〇以下。長槍が大半、斧槍が少数の装甲兵。種族以外に地上文明と比べて珍しいところはない。
後列両翼、方陣、疎。二〇〇強程度ずつ。若干小さい妙な杖。前列と同構成。
全般的に服装、帽子が派手。各隊に旗手、楽隊随伴。
「魔法使いが部隊の三分の一。ドワーフ! 何あれ?」
「そういう才能の種族じゃねぇか? ダンピール」
「そう見えるのは何か勘違いをしているのではないか」
門からスカーリーフが飛び降りて投石器を回して投擲、最前列一名の頭を粉砕。
残り四名、手をかざして魔法を発動する。敵陣幅一杯、空気が濃淡ある黄色に染まり、縦渦のような何かを形成。
駆け足行進は止まらない。
スカーリーフは投石二投目、弾丸が上反り。阻止された。
駆け足行進は止まらず、頭が砕けた死体が踏み潰される。躊躇無し、規律良好。
「魔法は無粋」
戦神の奇跡、黄色い風が止む、霧散。
スカーリーフは投石三投目、最前列のもう一名の頭を粉砕。
駆け足行進、号令で足並み揃えて停止。中央、細い杖で太い杖を支える動作に入った。
スカーリーフは四投目の前に、前列各隊で号令を下している指揮官を順に、ほぼ一息に連投で殺そうと見当をつけ始めた。
発火破裂白煙一列。
土弾け、石割れ、枝葉散る。
戦乙女スカーリーフからフルンツが飛び出て真っ先に突撃を敢行。フェリコス、己が乙女が倒れる前に両肩に担いで走り出す。ギーデルも飛び出て盾となる位置に立つ。
吠えるフルンツ、右翼方陣前列からの”魔法”。武具肉体、割れて弾けて虹になって消える。砕けた弾丸が散らばって落ちる。
スカーリーフとフェリコスを庇う立ち位置を見極めながら動くギーデル、左翼方陣前列からの”魔法”。胸と肩に一発ずつ、甲冑板金に穴、仮初の肉体に食い込み虹になって消える。砕けた弾丸が落ちる。
「鋼鉄」
身体を奇跡で改めたゲルギル、”魔法の杖”を観察。その背中にルディナスは隠れる。
「鉱長殿も残るのか」
「俺はちょっと見たら逃げるが、残るって?」
「殿致す」
「遺言ってダンピールにもあんのか?」
■■■
「農地と産室、豊饒を司る豊神よ。この生贄により戦乙女、その見習いスカーリーフ、俗名スカギを死の淵より救い給え」
全身、直撃だけで一九か所。頭、胸、腕、腹、脚とおよそ満遍なく”魔法”を受けた身体は一見して惨殺死体。筋肉は千切れ、骨は砕け、動脈から血が跳ねた。内臓は破れる。失神の原因は頭部骨折。
脳みそが弾けなかったのは、古い方の彫刻無しの額当てのおかげ。
肺に穴が開かなかったのは、これも古い方の彫刻無しの胸当てのおかげ。
前腕が落ちていないのは、これもまた古い方の彫刻無しの腕当てのおかげ。
止血しながら弾丸と板金と鎖と布の欠片、腸から漏れた朝飯を摘出する手術はエリクディス人生最大の集中力と迅速さ、果断さで行った。奇跡による治癒を前提に肉ごと抉ったこと数多。床屋外科経験が活きた。
生贄は捕虜に取った地底人。どろどろの肉汁になって融け、スカーリーフに注がれて消え、出血だけは停止したような状態。”死の淵より救い給え”の言葉が実現した。このまま自然治癒に任せても人事不詳の極短命で終える程度。
「足りるか?」
子供の癖に自分を使っていい等と言ってエリクディスに、馬鹿者二度と言うな、と怒られたばかりのチビは川から沢蟹を一匹持ってきている。そのはさみはオークの手には通じない。
「地上でもう一度だ」
エリクディスは額の汗を拭いながら本当に出血が止まったかを確かめる。次に移送中にあちこちが折れて血管が潰れて鬱血、破裂となれば目も当てられないので槍の柄、杖を断って腕と脚の添え木にする。担架はゴーレム剣にそのまま寝かせて裂いた衣服、帯にベルトで巻いて固定。装具から外して使った。
「私は使えないのか?」
松明をかざして灯りを取るメクシアンは己を指差した。生前の関係など無視して従える祝福か呪いは自己犠牲心を養った。
「メクシアン卿、これは豊神の奇跡。破壊による創造の力をお借りしたもの。貴卿は夢幻とまでは言わぬが、血が通う生者ではないのだ」
「無念」
スカーリーフへの応急処置が終わろうとする中、湿った冷たさを止める強烈な寒気が吹く。岩盤の水気が白く固まる。川の流れが止まった。
処置完了。エリクディスは、脂の多い汗で湿った、着ている下着で身体を扇ぎ、湿気が落ちた冷気を入れて冷やす。
「精霊憑き……」
重い足音。ゲルギルは両手で身体を摩擦しながら走って戻って来た。鼻と指が発赤。軽度凍傷である。
「あの走りの人間、囮やるってな」
「うむ、そうだ」
フェリコスはこの場までスカーリーフを移送した後、敵の追撃を混乱させに向かった。ゲルギルとは道中で顔を合わせている。
「エルフ生きてんのかそれ」
「うむ」
「そうかい。あと最期ってのは正確じゃねぇが、ダンピールのやっこさん精霊憑きで足止めだ。ファリナス卿? だったか、思い切りが良い。惜しい奴だ」
「ルディナス卿だ」
エリクディスは立って出発。チビとメクシアンがゴーレム剣を担いでスカーリーフを搬送。一行は大空洞の天井穴を目指して進む。
「辛気臭ぇのはいいや。敵の武器だな。食らって見て来た。魔法使いは二種類、虹色使いと火の機械杖使いだ。機械杖は火と一緒に鉛弾を出す。矢じゃなく弾丸を装填した弩みたいなもんだが、かなりな威力を出しやがる。あれ、速度がたぶん、かなりだ。ただ常識範囲内だ。それ以外の兵士はおそらく知っている技術体系の範囲内だろ。本当に虹のは分からんな。戦神の奇跡は通用した。あれは魔法使い殿が何とか考えてくれ」
「がぁっ!? 殺す!」
常人なら七度は死んでいるその淵から意識が戻った狂戦士の開口一番。
「おお! いや、寝ていろ! 身体は完全じゃない」
「殺す」
スカーリーフ、動こうとするが筋肉に腱に神経まで断裂しているので芋虫のようにすら動けない。
「そうじゃのう。そのためには地上に戻って身体を治すぞ、このままじゃ乙女の役目すら無理だ。寝とれ、肉が切れて骨が砕けとる。内臓もきちんとなってない。手術でどうこうではない。きちんと相応の儀式で治癒を請わねばならん」
「もう分かった奴等のあれ」
「そうじゃのう。即死させられなかったことを次に後悔させてやれ」
バキバキと、戦乙女が歯を鳴らした。




