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神話の冒険者エリクディス  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部「戦乙女見習いスカーリーフ」

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24/31

24 古代都市編2話:闇の先

 遺跡都市の宮殿と見られた跡地には周囲から水が集まり、滝になって縦穴に落ちていたが、今はもう工事で堰き止められて雑用の溜め池へ流されている。先行調査準備の一つが成った。

 手回し機械の送風機試験開始。ハンドル回し、歯車に力が伝導、風車が回る。確認良し。水車、風車動力と連結する計画が存在する。

 宮殿跡の縦穴の奥から吹き上がる風がある。これで窒息の心配は無いように思えるが、吹く元が何なのか分からない以上は自力で空気を送る用意をしておく。自然に命を預けるのは無謀。

 念のため地上から送風機で地下へ空気を送り、吹き上げの風に追い返されながら鉱長に任命されたゲルギルは命綱を付けて崖下り。

 測った深さより余分に長く、予め輪付きの登山杭を一段毎、両側に付けた縄梯子を投下。重たいので一気に落とすと損傷し、酷く絡まる可能性があるのでゆっくり。

 まずは命綱に頼って降り、壁面に足を付けて距離を取って金鎚で打ち込む。簡単に抜けないか引いて捻って確認し、緩いなら別の位置に打ち直し。脆い箇所が広い場合は、上から下ろして貰ったもっと長い杭で深い位置を探ってみる。あるいは高めの位置にある頑丈な所に打ってみて縄で結んで吊るしたり、工夫は色々。

 このドワーフが先行するのには理由がある。この手の作業に鉱山技師経験者ゲルギルが慣れているということ。種族的に暗闇に目が利き、落盤でも生き残る頑丈さ、何より毒ガスを吸い込んでも即死しないこと。戦乙女とてここまで穴ぐらに特化していない。地神に愛され、匠神に重用されるのには理由がある。

 縦穴は底に向かって蛇行している。

 一つ目の屈曲部、底には崩落した宮殿の瓦礫、遺物が散乱して流れた形跡がある。ガラクタと呼ぶには多彩な、汚れて、褪せて、破損した物体が積もっている。中には鍵が掛かった箱も転がる。お宝だろう。

 ゲルギルの仕事は宝探しではなく、穴の構造調査と、底へ潜る仮足場を建設する資材量の計算である。本足場を組み、崩落防止に法面工事をする分はまた後でじっくり計算し直す。

 初めの長い縦穴を降りて短い横穴を進む。次に短い縦穴となり、杭付き縄梯を地上から受け取ってまた降り、設置。降りた先は危険な角度の下り斜路で、別の杭と縄をまた受け取って手摺りを作りながら進んだ。各所に送風機と手回し要員を配置。これもドワーフ。

 そして大空洞の天井裏、開いた大穴の縁に到達する。そこからは変わらず風が吹き込んで来る。

 穴の下には土砂と宮殿の瓦礫が山になって溜まっているように見えた。それ以上はランプを縄で吊り下げた程度では裾野が見えない。空間の広がりは不明。

 耳で探ると川の音が聞こえる。蝙蝠の鳴き声は無い。蟹や虫くらいは流れ込んでいるかもしれないが羽虫が沸く程の生命の息吹は感じられない。

 鉱長ゲルギルは一度引き揚げるには十分な地点に到達したと判断。帰り道に測量し、先行調査を終えた。これがまた時間が掛かる。

 ドワーフ鉱員先行調査班は一度地上に帰還する。

 この遺跡都市は泥に汚れ、ゴーレムと殺し合っていた頃より整備された。天幕と掘っ立て小屋が石の床、壁を借りて基地と化してきている。苔や隙間に詰まった泥は中々落とせていないので寝る時は臭う。

 隻眼公軍の兵士はここで掃除――仕事の基本!――に掛かり切り。雑用水は先述の通り確保されている。

 まだまだ上水道が整備されていないので大人数を駐留させることは出来ない。井戸も掘っている最中で、非効率ながら大量の水樽を運び込むことで飲用水を維持。

 以前までは遺跡都市と宿営地間の道路は、車両は半ばで引き返さざるを得なかったがこの度全通。水樽運びも牛馬と車両の活躍があってこそ。

 車道と歩道の分離工事も進んでいる。隻眼公の兵士が鶴嘴、円匙を振るって頑張っている。

 一度放棄された宿営地の方は拡張工事が進んで、上水道も整備されて遺跡都市に比べたら一〇倍規模で軍が駐留可能。また要塞化し、兵隊ゴーレムとも戦えるように高い城壁、深い掘、大仕掛けの兵器群も用意される。ここでも隻眼公の兵士が工作、建設に勤しんでいる。大王から一部引き継いだ歴戦の勇士達は、勝つためなら大体のことは出来る。

 この通りで資材はまだまだ地上優先。

 知神の言説によれば古代都市ミンルホナの”制覇”。神官、魔法使い達の見解によれば大きな戦いが待ち受けている可能性大とのこと。要塞と兵站線の確立が優先される。まだまだ縦穴に資材を容易に投入できない状況がある。その状況下で最低限の大空洞調査を進める。

 鉱長ゲルギルは、縦穴と横穴の先に大空洞が有り、瓦礫と発掘品が泥と共に堆積しているという報告書と、仮足場と昇降機の建設案を現場脇の事務所で書き上げて調査隊長へ提出しに行く。

 向かう先の調査隊事務所への、通り道にある稽古場ではあのエルフと子供オークが汗を流しているので寄り道。そこでは掃除をしないが、一番の危険へ突撃するためにぶつかり合っている騎士の姿もある。

 スカーリーフは槍の型稽古。両手持ちでの斬突払い、片手に足に左右に持ち替え。パッと見て仕合ったらこちらが即死と感想が出る。何をどれだけやったらああなるのか、一応は戦士でもあるゲルギルには想像もつかない。四〇歳過ぎても分からない。

 名無しの少年は、重くて長くて分厚くて先端が両刃斧のように膨らむゴーレム剣で素振り。重心が前のめり、一振りが慎重過ぎる。

「どんなもんだい?」

 色々武器を作って遊んだ少年、チビの動向は気になる。汗というより冷や汗、疲労と言うより痛みに耐える姿は気にも掛かる。調査の仕事に集中してからは構ってもやれていない。

「痛い」

「えぐいな。何回だ?」

「一四六」

「日に三〇〇〇の坊主がか? そんなに重いのか」

 貸せ、と手を出してゴーレム剣を受け取って振ってみる。

「人斬りつーよりも断頭? そのままゴーレム剣だな。腱がイカれることを考えてねぇ」

 スカーリーフは型稽古を止めて口を出す。チビの師匠であるからそれは出る。

「それ削れんの? 永久銅とかなの?」

「古代遺品にはそこそこある良質の不銹鋼だな。今の俺らが真似て作る出来が悪いのはどうしても錆びるんだが、こいつはこの通り一つも色が浮いてねぇ。固くてあんまり研げねぇのがあれだが、この重さならな」

「へえ。大物用に別でとっとくのが良さそ」

「そいつは剣士が考えるこった」

 穴より鉄を弄りたい神官鍛冶見習い以下の志望者は、そのために徳を積むため、調査隊事務所に入る。好きでもない仕事をする動機はこれ。

 魔法使いが二人。中年男のエリクディスは算盤を弾いて会計仕事。たぶん子供ではない若い女――ドワーフには年齢不詳――メルフラウが白紙から提出書類を書き上げている。壁一面、空きは多いが詰まっていく予定の書類棚がある。

「ほれ」

「どれ」

 エリクディスがゲルギルの書類を確認。

「どうだい」

「仮足場でこの量か。資材屋が鼻血を吹きそうな量じゃな」

「伐採するもんはそこらにある。山を買うかどうかみたいな話から始めないだけマシだろ」

「山掘りの経験は無いからなぁ。造船の話に噛んだことはあるが……仮発注書を作るか。目が回ると文句がたぶんつくが、まあ、しょうがないのう。メルフラウや、今から品目と数字纏めるから、草案ってことで体裁を簡単に整えて伝令に出しとくれ。こういうのは早く、後回しにせん方がいい。相手方も他の調達との兼ね合いから色々算段があるでな、大体の規模感はすぐ伝えんといかん。追って調整、相談したいと断りを入れようか」

「はいおじ様」

 おじ様! 人間じゃないドワーフでもこれには思わず、おお? と声が出る。親子の歳の差、早ければ孫の差でこの呼ばわり。

「彼女と仕事は楽しいな」

「馬鹿なことを言うな、当たり前じゃろがい!」

 エリクディスは皮肉に笑って返した。

「まあおじ様ったら。ふふふ」

「はっはっは」

「けっ」

 今度は反吐が出そう。


■■■


 時は進む。清掃、工事が進んで遺跡都市の居住空間が広がる。作業員である兵士の寝泊り人数が増えた。道路の整備が進んで牛馬と車両の数も増えて流通も拡大。何にしても飯の量と人力の数。完成予定まではまだまだ。

 大空洞への仮足場組みが始まっている。資材用に買い取った船から回収した中古揚錨機改造の昇降機は最初の縦穴で試験稼働中。

 大空洞への先行調査班が組まれた。少数精鋭である。

 鉱長ゲルギル。穴倉の先導役。

 魔法使いエリクディス。神学がきっと役に立つ。

 戦乙女見習いスカーリーフ。強敵に安心。また英霊召喚で応用が利く。

 少年チビ。力仕事が一つある。

 ダンピールの下士ルディナス。素肌剣術家、精霊術使いとして有名。上に尖らない三方折り返しの三角帽を被り、いわゆる組合魔法使いではない。種族的にドワーフより遥かに夜目が利いて耳も利く。また、以前表通りでエリクディスと会話した者である。旧帝国作法では原因、仮定、結果について何も言わないものであり、サルツァン政府から遣わされ同行した理由が複数あってもおかしくはない。

 岩盤に設置された柱へ巻いた縄の先には吊るされたゲルギル。別に命綱も取る。山の頂上近くまで降ろされる。上から縄を繰るのはチビ。

 湿気の不快感、底冷えする冷気、月と星の灯りも無い暗闇、岩の固くて重い閉塞感。気分の良いところではないが、ガス漏れ、石油沸き、水脈突きの悲劇が無いだけ鉱山技師としては楽な方。掘る前から進める穴など、油断はならないが手間が少ない。

 ゲルギルは円匙で山の頂上を突いた。脆い。泥に瓦礫にガラクタともお宝ともつかぬ古代遺品が混ざった状態で、底無し沼という前提で挑む。

 円匙突きで足場候補地を均す。それから板を上から下ろして貰って敷く。踏めば掛かる体重を広く分散して沈降崩落を防ぐ処置。

 命綱を頼りにしながら板を足場にして沈んだり滑ったりしないか確かめ、駄目なら場所を移し、良いならそのまま。以降、これの繰り返しで山を下りる。

 途中、どうしても急勾配になったり、まるで泥沼になっていたりもする。ここで精霊術使いとしてのルディナスの出番が来る。

『足場を凍らせ、固めろ』

 凍った泥土砂はかなり頑丈で、半永久にそのままなら杭を打ちたい程。全てこれに頼ってみたいが精霊は人知を超えた存在。言うことを聞いてくれるのにも限度があって、その程度は眩暈や集中力の欠如で多少計れる。失神に至れば暴走、悪くすれば災害たる精霊憑き。ならば魔法の行使は最小限がよろしい。

 ドワーフとダンピールの協力で堆積物の山の麓、上層から落ちて来た物以外で構成された地面に到達する。

 ルディナスは思わず付近の瓦礫に腰を掛けて座り込む。旧帝国仕草ではこのような姿を晒すべきではないが、一休みしなければ立って歩くのも辛い。精霊に気力を食われ過ぎた。

 ゲルギルは天井裏から降りる縄を引き、地面が岩盤であることを確認してから杭を打って結びつける。これで綱渡りさえ出来れば山をほぼ無視しての行き来が可能になった。垂直落下状態にならないよう傾斜がついている。

 三番手はスカーリーフ。天井と地面を繋ぐ縄に槍の柄を掛け、何やら下へ降りるにはどうしようかと今更考えているエリクディスの胴を片脚で股に挟んで滑り落ちる。

「うぉわああひいやああ!?」

 中年の視点では暗闇へ真っ逆さまに受け身も取れない状態での落下。闇と死への恐怖で染まった。

「あっひゃひゃひゃあ!」

 スカーリーフの馬鹿笑いが空間に響き渡る。衝突間際というところで片手片足で縄を握って減速、到着。

「殺す気か!」

「死んでないけどー!」

 ルディナス、皆から背を向けている。耳を塞ぎたいがその仕草は旧帝国流ではない。騒音で思わず眉間に皺が寄っているのを見せないため。

 チビは上で留守番。

「ふえーい……やれやれ。さて、ゲルギルや、ドワーフの鼻にガスの臭いは届いとるか?」

「いや、湿ってるぐらいで外ぐらい空気が良い。換気口みたいなのがあるな」

「うむ。では」

 エリクディスは松明を四本用意して各自へ渡す。

『松明の火種となれ』

 松明に火の精霊術で着火。火打石でも良かったが、何か魔法使いっぽいことがしたかった。

 天井と二枚の壁が見えてく。何れも岩盤に明るい炎の灯りが届いている。天井より遠い位置に見える壁にも高さがあり、もう一段上の階層が存在している。壁ではなく崖であった。

 この大空洞は一本の、縦長の谷底のような地形を思わせる。吹く風も谷に沿い、上流側からやって来る。何処からか湧き出した水流が幾つか合流し、小さな地下水脈を形成。一本の川として上流と下流を形成する。

 改めて下って来た山は、地形としての山として見れば小さく、堆積物として見れば膨大。下流側へ向かって形が崩れている。また内包された水が底から染み出続けている。遺跡都市がまだ湖底にあった頃の蟹や虫がうろうろし、同族の死骸を食べている。

「上流下流、左岸右岸、さて、選択肢が四つしかないのは楽かのう。水没した横穴で迷路が出来ていたら工事だけで何十年となっていたかもしれん」

「でおっさん、どうすんの?」

「崖登りにはまた道具がいるな。下流は泥と瓦礫が多くて、行き着く先は湖か水没洞穴か、かのう」

「発掘品は下流?」

「うむ。上流の方が水の流れが分散してて足場が確かだろう。こっちは水源の状態が分かるな。工事をするんだったらこっちから特定だな」

「じゃあ……セラネイのフェリコス」

 極光の輝きが戦乙女の身体から漏れ、腰巻一枚の英霊が召喚される。

「おお、凄い、本物だ」

 ゲルギルが感嘆。ルディナスは声こそ出さないが目を見張る。やはりこれでも神の使徒、只の人型には出来ないことが出来る。

「我が乙女、なんなりと」

「いいあんた、下流の方行ってどんな風になってるか見て戻って来んのよ」

「仰せの通りに」

 スカーリーフ、自分の松明をフェリコスに持たせた。

「湖か何かがあったら入ってはいかんぞ。水の底が抜けて流れとる場合がある。吸い込まれたら戻って来れんぞ」

「了解です、エリクディス殿」

「よし行った」

 戦乙女は己が英霊の肩を叩いて行かせた。

 ということで上流へ四人は進んだ。

「スカちゃんや、他の三人も出せるのか?」

「うん、でも、あー、何か、役割? で勝手が違うかも。さっきのフェリコスは離れたところに走って行けるっぽいけどメクシアン、ギーデルは近場か護衛対象にくっつけばそこそこ。フルンツなら目の前に殺す相手がいないとねぇ」

「ふむ。生者でないからの、制限はあるか。身辺警護が出来るのは何れ、使い勝手がありそうじゃな」

 上流への道は緩い上り坂である。川の本流が細くなる度に注ぐ支流が現れる。生物の気配無し。糞尿の悪臭も無し。風が定期的に吹く。その風もやや変わって横からも少し感じる。

 水と風の流れが散って左右と背後から吹くようになると見えて来た。

 巨大、人工? 建造物? 垂直一面、谷幅一杯、凹凸も光沢も無く黒一色。松明の灯りを向けても暗闇のみ。

「エリクディス、得意の神学だとどうだ?」

 ゲルギル、黒いのを円匙で触ろうか触るまいか躊躇。まるで食われそう。

「上が遺跡都市、この向こうが古代都市、であるまいか?」

「それ神学か?」

「”知神より、ザステンのフローディスよ、古の都市ミンルホナを制覇せよ”。さて、開け方よな。並ではない。壁かもしれん。鍵の掛かった扉ならその鍵は何だろうか? 大仕掛けの鍵細工か、魔法による鍵か? はてさて」

 垂直一面、谷幅一杯、繋ぎ目が見えない。引きか上げか下げか、回転扉? 取っ手が無い。通用門も見えない。

「ちょっとドワーフ」

「なんだエルフ」

「下掘りゃいいでしょ」

 ゲルギルはスカーリーフを無視して、道具袋からノミと金鎚を取り出して壁の材質を削り取る心算で打つ。

「ああん?」

 ゲルギルは壁に水筒の水を掛けて観察。すると水気の跡も残さず、宙に放る速さで垂直落下。遮られ、全く粘らない。

 スカーリーフが不機嫌な顔をして、身体を横に反らしてゲルギルを睨むが、当人はまたも無視してエリクディスに尋ねる。

「奇跡か?」

「だと思うが。ルディナス殿、精霊術の気配など、微かにあったりするか? ワシには分からん」

 精霊術使いとしては下の下であるエリクディス、感覚が鈍くて才能に乏しい人間よりも、種族的にも感覚鋭く才能あるダンピールに尋ねるのが賢い。

「感じられない。ただ、これは夜神の領域ではないだろうか? 確証は無いが……闇に隠している、そんな気がする」

 旧帝国というより、ヴァンピール及びダンピールの親子種族が総じて奉じるは夜神である。夜行種族ならば太陽より暗い空が愛おしく、習俗からも自然である。その点の感覚も鋭い様子。

「エリクディス、得意の神学だとそこはどうだ?」

「むう……今は知神の神命の最中である。これを夜神の領域としよう。それを侵そうとした時、御怒りを買う可能性がある。神話で二つの御柱の間で悩まされてきた者達がいる。祝福があり、呪いがあり、その相殺がされたり、二重に掛けられたり、様々ある。神々は常に足並みを揃えているというわけではない。時に代理戦争ということもある」

「そういう時は?」

「そういう時は、まず神命を受けている方を優先。知神の神殿へ行って神官達を介して御伺いを立てるのだ。次は夜神の神殿へ、場合によれば両神官を集めて会議をしてから。個人で、他者の助言も無く簡易な儀式で預言を頂こうなどとせず、専門家、神学は浅くとも経験者、様々な人と相談し合うのが正しい。失敗もあるが成功確率は可能な限り上げる。お前さんも神官鍛冶を目指すならこういうことは覚えておくのだゲルギル、志望者よ」

「あいよ。流石は”神話の冒険者”様だ、言うことが違う」

「大層なあだ名つけんでくれ」

 神学を学ぶ上で、また娯楽本としても有名な著作に”神話の冒険者”がある。主人公の名はエリクディスで、この中年魔法使いの父母も本から子に取って付けた。両者共に海神本殿出身というのも共通。出版以前から珍しい名前でもない。一つ付け加えるなら、農民など地に足付ける身分でこの名は好まれない。

「ま、ということでスカちゃん、戻るぞ。下なんぞ掘ったら何が起きるか分からん。奇跡の封印をするということであれば正しい解除をしないと悪いことが起きるということだ」

「分かったかこの雌? エルフ」

 スカーリーフの回し蹴り、ゲルギルの髭に埋もれた顎先をかすめて脳震盪、失神させた。遅れに遅れたチビの仇討ちが成った。

 この後フェリコスと合流。下流の突き当りには湖があって、松明で照らせる距離に水没する横穴があると分かった。泥を放ってみると確かにそこへ吸い込まれたという。


■■■


 一行は地上へ帰還。馬車を使って移動して道中の駅で一泊。サルツァン市にある知神の神殿へエリクディスとスカーリーフが尋ねる。

「知神の神命中、その進む先に夜神によるかもしれない封印の壁が現れました。預言を請うべきでしょうか?」

 エリクディスが神官に問う。

「夜神の神殿にも相談し、場合によれば同時に預言を請うべきかもしれません」

 神学論争無く見解一致。とにかく神にまつわる場合、当事者不在で人型如きが勝手に話を進めることが何より悪い。

 夜神の神殿もサルツァンに、便宜上存在する。しかし他神と比較して慎ましいが過ぎると言って良い程小さい。窓が無く扉一つの瞑想小屋があって、隣には書類棚と仕事机だけの簡素な連絡事務所がある程度。他神の神殿と違って信者を受け入れ、説教し、客人をもてなすような設備は無い。寄付金入れの箱すらない。

 暇そうにしているように見える、長と呼ぶべきかも不明で、一人で常駐している神官に声を掛けた。

「もし、夜神の……」

「月光商会のヴァシライエ殿に相談されると良いでしょう」

 用意されたような言葉、素っ気無くたらい回し。話だけは早い。

 月光商会事務所を知神の神官と共に二人は訪問。下男に案内されて応接間へ移動。

 廊下を歩いている最中にスカーリーフが足を止め、背中を向けた。

「どうした? 戦神の使徒が話に加わらんということは無いんじゃぞ」

「あいつ苦手」

「口の利き方に気を付けんかい。そりゃあお前さんからは自分より偉い者なんて神聖でなけりゃそうそういないが、社会的に相対的にだな」

 あいつとは、事も有ろうかヴァシライエ卿である。手管の委細は不明だが、入都式の準備にてスカーリーフを風呂に入れたのは彼女である。

 応接間の扉が異例にも内から開かれた。顔を覗かせたのは商会主人、ダンピールのヴァシライエ。

「構いませんよ……君と私の仲だからな」

 聞こえていたヴァシライエは片目を閉じて親愛の情をスカーリーフに送呈。

「おえ」

「おえっとはなんじゃ!」

「中にどうぞ。君、お菓子もあるよ。蜂蜜じゃなく白砂糖を使っている。香りが違う、そう、癖が無いかな。そうだ、苺も乗ってるよ」

 スカーリーフ、エリクディスの背後にくっつきながら肩を掴み、入室。

「何じゃ子供じゃあるまいに」

 スカーリーフ以外が席に着く。机にはお茶と、砂糖菓子が大皿山盛り、お菓子の家を再現。

「お困りかな?」

 ヴァシライエが足を組み、どうぞ、と手を差し伸べる。エリクディスの席、背もたれの陰から長い腕が伸びてお菓子の家を回収。

「地下に、もしかしたら夜神のものと思われる封印の扉か壁がありましてな、どうも人力ではどうにもならない様子。知神の神命を帯びるなら素直に予言賜るところでしょうが、夜神を蔑ろにしては御怒りを買うやもしれません。知神の神官はこの通りお連れしていて、夜神の神官に尋ねたところヴァシライエ殿を頼れとのことで参りました」

「なるほど。隠されたるものがありましたか。巫女とは言いませんが、私は半ばそのようなこともしております。協力しましょう」

「商会のお名前からもしや関係するとも思っておりましたが、そこまでとは」

「隠されたるその先、どの程度か。古代都市の制覇なる預言の規模感から、フローディス公の出番かもしれませんね……スカーリーフ、美味しいかい?」

 お菓子を頬張るスカーリーフ、崩れた家を己の手拭いで包んで隠し、返せと言っても返さない、というような育ちの悪い子供の真似をする。

「こらスカちゃんや」

「チビにもあげる」

「そうじゃなかろうが! いや、分けるのはいいんだが、この、うーん……」

 エリクディス、精神的には額が更に後退。

「構わないよ、好きにしてくれ。君と私の仲だからな」


■■■


 大空洞の左岸右岸調査の結果、基本は岩盤。水と風、または双方が漏れる隙間があって形状は二種類で、岩盤の裂け目と落盤の隙間。風だけの穴もかつては水が流れていたと見られる。

 地下水流から逃れ続けたと思しき空間、おそらくは天井より高い位置には部屋が複数あり、そこには人型と思しき骨と朽ちた遺品が見つかった。何の種族か、何時の時代のものか不明。まるで洪水から逃れたような雰囲気であった。詳細は知神のみぞ知る。

 残す未踏の地は封印の先。闇の壁へ、先行調査隊に参加したヴァシライエが手を添える。躊躇が無い。これを知っている仕草だった。夜神は闇に優しく隠されるのだ。沈黙は常套。

「各々方、よろしいかな? 夜神よ……」

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ヴァシライエさんの少女を落とすテクは神レベルなのでは(不敬の呪い)
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