22 帝国遺跡編6話:三六六
人型の雑兵程度ならともかく、七体の兵隊ゴーレムに四方を囲まれて戦うのは千人斬りを成し遂げたスカーリーフにも油断がならない。
首を狙って行動を停止させる手間は何度か試行しても、彼女でも最低で二度。
一つ、防護幕に穴を開け、首の稼働範囲を狭める鉄芯弾の投擲。剣と槍では頚骨まで到達しない。
二つ、神経を断つ槍突きか剣突きか再度の投擲。鉄芯弾だけで済ます方が楽だが弾の所持数には限りがある。
まず一体ずつ膝へ鉄芯弾を撃ち込んで機動力を下げる。
相手が縦列気味に渋滞するよう立ち回り、一度に対峙する数を減らして優位を築く。
壊した膝を増やしながら、一体だけ無傷にして機動力格差を作った。その一体だけが追走劇を演じると突出、孤立。
はぐれて弱くなったその一体に狙いを絞る。首に鉄芯弾投擲、装甲板の隙間の防護幕に穴を開けて頚骨に傷。他の六体から妨害を受けること無く首の傷に槍突き、神経切断、頭部以外の活動停止。
残る六体、七体の時より易しい。
問題があるとすれば疲労だが、良く食べ、良く寝た直後のスカーリーフには何てことは無い。昔から故郷では数日寝ずに獲物を追跡して来た。
六から五。まだまだ手間が掛かる。膝の破壊にも、もう少し格差をつけて二番手に遅い個体を作っておくべきだったか。
五から四。圧勝の目が見えてきて面倒臭くなってくる。胸が躍らない。
四から三。あまり頭を使って動きを先読みしなくていい。
三から二。消化試合のごとく撃破。
二から一。小慣れた。
一から〇。あえて泳がせ、動きの癖を再確認。剣を振らせて紙一重で躱してみる。剣盾や蹴りで打ち払って手応えを確認してみる。ここに至って無傷にしておけば万全の動きを観察出来たと贅沢な悩みを覚える。
スカーリーフは勝利しながら得た要領を頭の中で回し、ゲルギルの工房に向かって鉄芯弾を補充。袋に詰めて担ぐ。
「おっと、重た」
大量の作り置き。担いで、重さで伸びた袋の底に穴が開きそう。
改めて四つの袋に分けて、造りの良いサルツァンの旗竿に提げて肩に担ぐ。結構な負担であるがゴーレムと遭遇したら置けばいいだけ。
外した国旗はエリクディスの部屋の机の上に畳んで置いておく。
こういうところに全く配慮が無さそうなスカーリーフだが教育はいくらか浸透している。
国の象徴うんぬんとエリクディスがかつて説いた時は鼻から返事をしていたが、戦神も特別目を掛け、戦士達の誇りを由来に神力も宿ると言ったら神妙に口から返事したことがある。
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遺跡都市への道。土に轍が付くのは道中にある無人駅まで。そこに設けられた車両の転回広場が非戦闘員の終着。そこからは死の覚悟ある者だけが行くのが恒例だった。前後で足跡の種類が違う。
重荷に慣れていないわけではないが、鉛が大半を占める金属詰めの袋四つはスカーリーフでも疲れる。牛馬の一頭、チビの一人でもいれば楽だったのに。
兵隊ゴーレムの一体と遭遇する。その足元には踏み潰されたカッツェス兄弟団の一人。長い間逃げ回って疲れ果て、木の根元に座り込んでいたところを殺害されたといった様子。
良い思いつきがあった。スカーリーフは兵隊ゴーレムとの戦いの中で、首に槍を刺し込む時に背に足を掛けたことがある。かなり足場として確かだった。
鉄芯弾をその両脇に撃ち込んで肩への突破口を開けてから、槍突きにて腕を壊す。首、膝と違って下から上向きに攻めねばならないので大層手間が掛かったが、七体同時よりは余程楽。
脚蹴り以外の脅威を兵隊ゴーレムから奪った後、その背中に乗って鉄芯弾の袋を結んで括り付けた。
「ほいよこっち、ほれほれ」
御し方に癖はあるものの機械人形が手に入ったも同然。
先を行けば腕の壊れたゴーレムが追って来る。ある種従順。喉が渇いた、腹が減った、身体が痛いと文句を言わないし、機嫌を損ねることもない。
知神の神官共がもう少し有能だったらこの手間も無かった。
物は知っているのかもしれないが口先ばかりの無能ばかり。
偉そうにして御大層な衣装を着ているだけの無駄飯食らい。
出来損ないの商人で号令が無ければ何もしない官僚もどき。
スカーリーフにはそう見えている。
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遺跡都市が目前。人とゴーレムが出入りし、足形がつき、泥が滑って引かれた溝。兄弟団の残骸が散らばって鳥獣と虫が漁っていて、スカーリーフの登場で虫以外は逃げる。撃破されたゴーレムが回収された痕跡も複数。
ここまで働いた兵隊ゴーレムの首を破壊した。運ばせた鉄芯弾の袋を切って落とし、いつでも拾えるよう周囲に撒いておく。
時間が経過した死体が並ぶ中、腰巻一枚以外は裸の男の死体は新しい。潰れて死んでいて、血臭が一番新鮮。
走り回って囮になり、兵隊ゴーレムを誘導して遺跡都市へ連れ戻し、皆の逃走を助けて戦死した様子が窺える。これで何人を救ったか不明だが、やれるだけのことをやったように見える。
一息吐いて雑念を払う。
全関節に、酷使しても怪我がし辛いよう包帯を巻き直す。
装備が擦れて肌が切れないよう脂を塗り直す。
用便を済ませる。
準備を整えてから、ここまで連れて来たゴーレムの頭の中に指を入れて精髄石を抜き、人には分からない緊急警報を発させる。
兵隊、働き多数。森からもゴーレムが集まって来る。
もう動きは見切って要領も得ている。手間は掛かるが敵ではない。
多対一でも立ち回りで渋滞させ、最小の数と対峙すればいいだけ。
膝から潰し、一対一の状況を形成すれば良い。
鉄芯弾なら持って来た物がそこら中に転がっている。
相当数のゴーレムと戦ってきて観測されていないものがある。射撃や投擲動作、これが無い。高性能に見える機械人形に製作者は”当て勘”のようなものを付与出来なかったのかもしれない。あれらには所々そういった感覚――槍には反応し、矢には鈍いか無い――が欠ける。
数が多い。時間が掛かる。最早、敵は疲労感で、自分自身になっている。
日が暮れる。隙を見て火を熾し、森や調査隊が残したゴミに火を点けて照明にする。空の月と地上の弱い火で視界を確保した。
夜に迷うようなスカーリーフではないが、これで目が楽。疲労軽減。
弾を拾って、槍の穂先を取り換えて、無数に落ちている数打ち武器に持ち替えては潰す。
兵隊ゴーレムの剣は重くて扱い辛い。チビには丁度いいかもしれない。土産が見つかった。
後は寝ないで戦うだけ。
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鉄芯弾は残り少ない。拾っては使って潰し、折れた武器が散乱。
「あーかゆ」
寝ず、休まず戦って垂れ流し。股座が痒い、泥が出てくる手洟をかんだ手で掻きたいが鎖帷子。摘まみ上げて擦る。
エリクディスがいたら、おなごがはしたない、戦乙女以前じゃい! と言うだろう。
死体の服を剥いで汚れをぬぐい取り、脂を塗り直す。それから漏らしていない、血塗れではないズボンに履き替える。
糞塗れもそうだが血塗れもいけない。血は乾くと肌を擦って削る。
残骸になった働きゴーレム達がせっせと復興していた途中の遺跡都市は中央に向かって傾斜している。泥から染み出る水が筋になって集まり、雨の時だけ現れる道端の流れのようになっている。
水の行く先は捲れ下がったような大穴。その周囲には柵、その内側には枯れた植木の古木。兄弟団の報告にあった宮殿と呼ばれた地区、かもしれない。門構えの痕跡や、わずかに残った壁と柱は確かに立派である。
大穴の下を覗けば、太陽の光は途中の屈折部や出っ張りに阻まれて底には届いていない。建物の残骸は若干見えるが飲み込まれた後に見える。エリクディスが予測した、涸れた地下水脈の穴だろうか?
「めんどくさ」
潜る気に等なれない。巨大地下空間は森と極地の狩人の得意ではない。
坑道掘りなどというのは魔法使いのおっさんが企画し、ドワーフが上手いことやって、使い捨ての鉱山奴隷共が突っ込んで落盤で潰れ、ガスで窒息していくものだ。
大穴から湿った突風が吹き上がる。空気が通る、先がある。
「セラネイのフェリコス」
極光の輝きが戦乙女の身体から漏れ、腰巻一枚以外は裸の男が跪いた姿で召喚される。
健脚と自己犠牲から英雄足り得ると戦神に認められた男。何も剣舞だけが評価点ではない。
「我が乙女」
見習い戦乙女はフェリコスの頭を、屈んで撫でた。人を撫でるようなことはないので下手糞で暴力的。だが遠慮が無いのは親愛の証。
「よくやったねぇ、えらいえらい」
己が英霊、我が子も同じ。表情が今まで他人に見せたことのないものになる。
「なんなりと」
英霊も、死んでも褒められるのであれば何でも出来よう。
スカーリーフは大穴に石を放って落とした。出っ張りに当たって何回か跳ねて止まる。反響は複雑に聞こえる。
「おっさんにこれ報告」
「は」
「あっ、ゴーレムもね」
「はい!」
伝令の英雄フェリコス。生前より軽やかに、伸びる跳躍で走る。
それからスカーリーフは人のものが無く、ゴーレムの足跡のみが目立つ痕跡を辿る。未踏破地区に探りを簡単に入れる。
その先には兵隊ゴーレムの倉庫らしき建物があった。予備部品らしき物も見え、組み立てか集中の個体も見えるが動く気配は無い。
全部破壊しただろうか? いずれも残敵無し。
残敵を捜索し、残骸を確認し、森の中へ。樹上の寝床を探しに行く。
「腹減った。ねむっ」
ゴーレム三六六体斬り。功績が戦神の記録に刻まれ、伝令と神殿を通じて世に知られる。




