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神話の冒険者エリクディス  作者: さっと/sat_Buttoimars
第1部「戦乙女見習いスカーリーフ」

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20/31

20 帝国遺跡編4話:発掘進展

 遺跡都市の調査が始まっている。

 まずは調査隊宿営地及び道路建設作業。固定給の雇い人達は、まずこれに投入されている。現状、涸れ川の底を形成している石の撤去が八から九割といった状況。

 もう一つは、引き続きスカーリーフによるゴーレムの間引き。

 魂無き機械人形達の第一目標は遺跡都市の復興であろうと思われる。何もなければ作業に没頭しており、襲撃の機会は窺えば幾らでもあった。

 スカーリーフはゴーレムの頚骨相当の部位に投石器で鉄芯弾を撃ち込む。同箇所に二発、当たり所次第では三発で脊椎神経に相当する部位が損傷、ゴーレムは活動を停止する。

 ゴーレムの頭部から精髄石を抜くと死亡告知が全体に行き渡る仕組みのようだが、脊椎損傷のみでは死亡判定が下らない。ただし放置はされず、修理担当のゴーレムが単独で救助にやってくることが確定。その修理個体にも鉄芯弾を撃ち込んでまた活動を停止させ、精髄石とめり込んだ鉄芯弾の残骸を回収。鉄と鉛の屑は再利用出来る。

 鉄芯の弾丸は何発も手持ちは無い。石ころでは通用しない以上は制限がある。狩れる獲物が少ないことにスカーリーフは勿論不満を覚える。壊し足りない。

 ゴーレム全体の動きも大体把握出来るようになってきたら鉄芯弾は一発で済ませ、防護幕に開いた穴へ槍突き一閃で神経を断った。刃毀れは酷く、研ぎ直している内に穂先が木の葉型からへら型に変形する程。

 こうして複数体をまとめて停止させ、まとめて精髄石を抜き取ってからゴーレム軍団の復讐を一度に誘発。森林部にスカーリーフは逃げ込んで一日以上を掛けて逃げ去る。何日も何度も確認したが一日、一二刻以上の追跡はされなかった。


■■■


 ゴーレム軍団の加害範囲外と考えられる位置にサルツァン宮中伯領の旗が立った宿営地がある。およそゴーレム速度に対して一二刻超の距離。

 涸れ川の傍、石と藪と樹木が撤去されて天幕群が張られた。涸れているとはいえ元は水の通り道。大雨で水位が復活することを前提に出来るだけ高い位置が選ばれた。

 簡易鍛冶場ではスカーリーフの注文を受けて鉄芯弾が作られている。

 先が尖った鉄の芯は防護幕の縫い目を突き刺せるように鋭く。

 鉛の覆いは威力と速度を担保する程度に重過ぎず軽過ぎず、空気の抵抗は最小限。そしてゴーレムの頚骨に当たれば潰れてその関節内部に跳ね返らずめり込んで、首が回らなくなる程度に柔らかく。

 理想が高い特注品は現場で利用者の声を反映しながら改良が加えられ続ける。

 職人は以前、チビを張り手一発で倒した長身のドワーフ、名をゲルギル。元神殿丁稚で流れの坑道職人、理想は神官鍛冶でその見習い。

 若い頃から穴掘り道具を整備している内に彼はそちらに目覚めた。地と竈と匠の神に祈りながら”かね”を見て、火を熾し、鎚を振るってやすりを掛ける。

 炊事場では大鍋で骨髄内臓、血脂の一滴も無駄にしないオーク流の鹿鍋が作られている。反射で虹に輝く灰汁が白く浮き、汁は黒い。現場作業員からの評判は、水汲みもしてきたチビにとってあまり知ったことではない。香り高い美食は戦士の習いではない。一に栄養、二に腹満。気の利いた者が山菜、香草を摘んで来て投入すると多少文明的になる。

 旗竿が立つ筆頭の天幕内には鍋の獣臭が流れ込んで来る。調査隊長、現場責任者であるエリクディスは唸った。

 都から送られてきた補給物資表が簡易机に乗っている。受領欄に署名もしたし、これではない。

 もう一枚ある、知神の神殿から送られてきた手紙。これに渋い目線を送っている。

「うむむ」

「何唸ってんの?」

 働く時間、休む時間の配分は好き勝手のスカーリーフはエリクディスの寝台で仰向けに寝転がり、幕壁に踵を掛け、頭は床の絨毯へ向けて下げている。前より伸びた髪が下がり、敷布団は臭くなる。一応、泥まみれの鎖帷子ではなく、非戦時の男物平服で袖裾足らずだが。

「永久銅の仕組みについてだ」

「ぶっ壊す方法?」

「ほぼ正解。あのゴーレム共の装甲板は永久銅と見られるのだが、かの性質、錆びず朽ちず折れず曲がらず切断貫徹もっての外、という伝説を担保するのはあの精髄石からの力の伝導あったればこそ、とのことだ」

「は?」

「こう、鉄板に火が通っておると肉が焼けるくらい熱いもんじゃな。あの装甲板は力が通っていれば頑丈なままだ。それが無くなると緑の錆び屑、鋳直してもただの銅合金らしい」

「へえ」

「それで、可能な限りゴーレムを生け捕りにしてくれと言っておる」

「は?」

「神殿も神々の御力だけで食って儀式をしているわけではないからのう。資金源にしたり高徳積むための奉納品にしたり、貴重品は幾らでも入り要じゃ。我が儘だ理不尽だとこつらから文句をつけてもしょうがないんじゃ。まあ税金みたいな、いや飯を食う口ともう一つ、金目を食う口があるんじゃな。そうしないと死ぬより恐ろしい呪いが降りかかるかもしれない。一般人より遥かにな」

「へえ」

「一喜一憂しとらんで真面目に仕事だな。金鉱掘っとるわけではないんだが、事業資金に出来るもんが無いと先が辛い。スカちゃんが持って来た精髄石だけでも相当なもんだが、足りんということなんじゃろ。」

「何かめんどくさ」

「スカちゃんは気にせんでええわい。いや、装甲版の劣化方法が分かったということは正面から打ち倒す方法が分かったようなもんだな。そこからまた何か、生け捕りかぁ……それ相当?」

「おっさん、あんたやってみる?」

 現場知らずの中間管理職のような発言は聞き逃し難い。

「ん-んー、そんなん言っとらん。それが出来るとすればスカちゃんぐらいしかこの辺におらんだろうってことだ」

「その方法を探れって?」

「出来ればでいい。いや、生け捕りにして欲しいんだが。とにかく無理はせんことだ。戦乙女だって不滅ではない」

「はいはい」

 天幕の出入口からチビが顔を出す。

「煮えた」

 スカーリーフは両腕を伸ばす。

「腹減ったー!」

 エリクディスは鼻と眉間に皺を寄せる。

「うむむ」


■■■


 早くもゴーレムの生け捕りが形になってきた。

 スカーリーフはゴーレムの四つ目の一つに石ころを投石器でぶつける。これが最低限の、ゴーレムの釣り出し方法。

 そして士気の高い雇い人達が待ち伏せる位置まで誘導。数十人掛かりで鉤竿、刺又、投げ縄でゴーレムを捕縛し、太い縄で手足を拘束する。重い馬の体重を持って尋常の生物では出せない怪力でも適切な緊縛には抗えない。

 竿は幾つも折られ、雇い人の中には引きずられて怪我人も出た。殴られれば一撃で骨も肉も砕けた。でも不可能ではない。

 そうして梱包したならば、木材で組んだ輿型運搬具を作って十数名で担いで運ぶ。

 知神の神殿の要求通りの奉納品が宿営地に並べられる。梱包されたゴーレムは身じろぎを止むことなく続けている。緊縛した縄が千切れることを恐れて巻く回数が輸送する中で増えている。

「どうよ」

「ワシが言ってもあれなんじゃが、大急ぎの仕事ではないからな。生身に頼り切るのはいかん」

 鼻の高いスカーリーフに、エリクディスは墓地の建設を頭の隅で考えながら、彼女が留守中に描いた図面を提示。

「なにこれ?」

「罠だ」


■■■


 エリクディス設計の罠が稼働し始める。

 その辺に生える樹木では耐久と形状に不安なところ、木造の塔を立てて支柱にした括り罠が仕掛けられた。

 いつも通りの誘導から、罠の地点で足を引っかけさせ、塔の錘が落下した勢いで括り縄が跳んでゴーレムを吊り上げる。大型船舶も容易に繋ぎ止める太さの縄ならば馬の体重でも千切れはしない。その後は両腕に縄を掛けて巻き、錘を吊るして手足が延びて動かない状態にしてから緊縛、梱包。

 ゴーレムの釣り出しを、弩砲射撃で行うという手法も発明される。戦乙女のような達人ではない者の弓と弩に投石と投槍などゴーレムは意に介さず、ゴミ拾いの手間が増えるだけだったが、巨大な設置式の攻城兵器には流石に反応した。

 人間一人一人の力は弱いかもしれないが、集団と機械の力は強かった。


■■■


 ゴーレムを輸出する拠点として稼働してきた宿営地が活気を帯びる。神官達による鑑定買い取り制度が動いてからは飛躍的に人が増える。

 遺跡都市へ個人的に潜入して発掘品を持って来たいという者が現れ出す。常識や忍耐が必要とされる後方管理業務への適正が無く、採用から弾かれてきた者でも参加させなければ人手も足りないという事情も勘案されて自由発掘業が解禁される。

 ゴーレム狩りで更に一発当てたい者はいないか? という言葉に勇む者はまだいない。

 商業的な成功には疑問があるものの、知神の神官等は喜びの声を上げ続ける。非常に貴重な造りで保存状態の良い機械人形は彼等が奉る神が直接声に出して求める逸品。これで高徳が積まれ、宣伝もすれば信者達からの喜捨も良く集まる。成果物を各地で陳列すれば信者も増えた。

 一方のゴーレムは数を減らしながら健気にも遺跡都市を復興中である。作業が優先される中で警備の手が緩み、道端や屋内に埋もれている発掘品を集める効率が上がる。

 家具や食器、現代にも通じる道具類が多数回収される。変な形の石ころも発掘品ではなかろうかと、またはやけくそで持ち込まれた。

 およその発掘品は朽ちたゴミのような物ばかりである。それでも全てを奇跡の鑑定にて由来から造りから何から調べ上げて値段を適正に付けて買い上げる。その資金は月光商会からの借金でまとめられる。

 神殿が不要とする鑑定品は月光商会に渡される。知神が求めない物品の中にも貴重品は存在し、特に何の力も無いが美しい宝飾品、彫刻品は赤字を補填する。また清掃代金という名目でゴミでも買い取る。

 発掘人に、勝手にゴミと見做された物が貴重品であった例もあって放置されるといけない。物の有る無しは遺跡都市の探索、未探索地区を見分ける基準になる。知神以外にその価値を認めることがない物品もあった。

 ゴーレム狩り、発掘品回収の過程で死亡した者の遺品も持ち込まれるようになる。鑑定しなくても現代の物と分かる。奇跡の御力を含めれば元の持ち主すら分かる。死人の持ち物は生きる者が有効活用する放浪人の伝統は拭い難い。これが問題になる。

 遺跡都市を腐敗した死体だらけにするわけにもいかず、遺体を回収すれば報奨金が出るように仕組みを作る。これもまた問題になる。

 まだまだ手狭な宿営地。開発中の墓地の隣に儀式場が築かれた。

「裁場と刑場、正義を司る法神よ。犠牲になった者を殺害、また殺害される状況へ正義無く追い込んだ者を示し給え」

 現場責任者たるエリクディス、殺人犯を裁く。三権分立の共和国でもないので、共同体の長が裁判長である。

 回収される遺体、明らかに人間の手による損傷が目立つ。喧嘩の延長か追い剥ぎか。

 被告人達が並べられ、被害者も清められてから並べられる。木の枝に紐で一本の矢が吊るされ、人間一人を爪先から頭まで映せる大鏡も立てられた。裁判長の隣の席で書記が裁判記録を取る。

 エリクディスが願った裁きの奇跡により、吊るした矢が回転して罪人を指し示す。あるいはこの場を去った者の姿が大鏡に現れる。これは旧帝国法の神明裁判条項に適う。

 取り返しのつかぬ、法神が悪と見做した殺人への刑罰は死刑あるのみ。

 悪と見做さぬ殺人は無罪。それでもその結末を迎えた経緯はこれからの遺跡都市発掘業務を円滑に運営するため、明らかにしなくてはならない。法神に尋ねた上でエリクディスは出来るだけ事情を聴取する。その中にスカーリーフがいるとため息が出て来る。

「はあ、で、何で殺したんじゃ?」

「なんかむかついた」

「うーむ、戦士それも戦乙女への侮辱となれば法神も正義としようが、だが殴るぐらいにしときなさい」

「したけど」

「手加減しなさい」

「えー? 首弱いの私のせいじゃないよ」

 エリクディスは、腕前もあるが割りと暇をしているチビに首切り役人をさせた。

 まず誰かにこの嫌われ者になる仕事をさせる必要がある。土地と文化によれば不可触民とされる汚れ仕事。ならば身内にさせた。

 チビにとっても一つの修行になった。スカーリーフも推奨する。

 今更オークとその大剣に人間の細首など斬らせても腕は磨けないが、殺人根性を練るために命乞いする口を塞がずに斬首させる。血塗れの戦士の道を行くならばこれが必須の情操教育。

 刑罰に関してはもう一つ。

 宿営地の出入口には検問所が設けられている。調べるのは、サルツァン領で指名手配されている人物であるかどうかの他、発掘品を持ち逃げしていないかどうか。出入りする人々は身体、衣服、荷物を神官に改められる。

 全知の奇跡を前に隠し事は通用しない。靴下や下着の中、鞄の内張りと外張りの隙間、糸を付けて膣に直腸に胃袋、義眼と眼底の隙間、全て暴露。

 盗んだ物に応じて罰の軽重がある。広場で頸木を嵌められ晒し者になること。公開の棒打ち、利き腕切断、吊るし首からの晒し者。一番貴重な精髄石に関する持ち出しに対しては情状酌量の余地無く執行される。

 勿論、検問所を迂回する者にも刑罰。


■■■


 雇い人達による集団行動が初期形態。

 個人による一発狙いの発掘が中期形態。

 そして段々と効率化を目指す一発狙いの集団、徒党が組まれ始める。現場で知り合った者が友情、打算で組む。

 仕事にあぶれた傭兵団がまとまった数でやって来る。

 気取ってはいるが金に困っているダンピールの下士達も少ない従者を連れてやってくる。

 ふらっとやって来てふらっと去るような立場も無い放浪人と違い、貴族将校である傭兵団長やダンピールの下士等は。長たるエリクディスにはご挨拶を申し上げに来る。

 エリクディスは彼等を無下にする立場にはないし、する気も無い。烏合の衆以下、組織どころか個人としての行動も危うい放浪人達と違ってちゃんと集団で働いてくれる者だ。歓迎する。

 その中に、あの表通りであしらってきたダンピールがいた時は流石にエリクディスは笑いを堪えるのが大変だった。調査隊、発掘現場の長はこの人間の中年、魔法使いだ。指揮系統上では上役であり、神々と彼等の絶対たる閣下の命を受けている。先に挨拶をするのは彼等。

 立場や礼節を弁えた者、謙虚な者、その実力に相応な態度の者にそのようなことをされればエリクディスは恐縮するものの、あまりそのような感じがしなければ俗劣な感情も湧き出す。それを顔や声に出す若さではない。

 大集団は動くだけでも莫大な経費が掛かり、腰が重たいものである。その重い者達が動くと遺跡都市のゴーレム狩り、発掘品の回収、一挙に進み始めた。

 カッツェス兄弟団。歴戦の傭兵、新入りの雑兵を統制する。

 ゴーレムの狩りの方法は数に任せた刺又と鉤竿の衾、投げ縄と鉤縄、投げ網で拘束してからの緊縛。弩砲に投石機を大量使用。破城槌での突撃なども試みている。

 先に遺跡都市へ挑んだ者達の手法を真似しながら、圧倒的な勢いを見せた。発掘品の回収も人手の数に任せて大量に掘り出し、大量に運び出す。

 短所があるとすれば、隠れようもない程の大量動員でゴーレムとの全面対決を迎えることで多数の死者を出していること。死亡者のほとんどは自己判断も危うい食い詰めの放浪人ばかりであること。

 困ったことは、大量の遺体を放置してくること。死体回収の報酬より発掘品の報酬が勝り、効率を考えてそのようにしている。

 もう一つ困ったことは宿営地にて我が物顔で振る舞うこと。雑兵でも群れれば気が大きくなる。

 特別な固有名を持たないが、あだ名ではダンピール騎士団、円卓騎士団。

 一つの集まりではなく、縁故で小さな徒党を幾つも組んで、その代表者達が集まって全体的な指針を合議制で決めている。

 彼等は席順で序列が決まらないように円卓を使用する。皆底辺のどんぐり下級騎士共で、比べる家格も領地も無いのでこれが最適。またその卓は月光商会の長、ヴァシライエからの差し入れとあっては使わないことも出来ない。影からあの貴人が支配しているかのよう。

 彼等には荘園も無く、仕えるべき上士も領主も無い。騎士階級ではあるが、騎士の義務である騎馬も無く、随伴歩兵戦力たる従者も少ないかいないかで、正しき旧帝国全盛期であれば不適格者であると庶民に落とされていた半端者ばかり。そうでなければこんな人間の下賤な穴掘り現場になどやっては来ない。

 ダンピール騎士達はスカーリーフの手法を参考にしている。

 剣と槍、剛弓や大弩でゴーレムの防護幕に穴を開け、その内側に各種精霊術を叩きこんで関節を固めて拘束する。これは個人的武勇が光る。

 また感覚鋭敏で動きもしなやかな彼等はゴーレムに気付かれないような動きも可能で、戦闘を回避して遺跡都市に小集団で浸透、未発掘地区から貴重品を優先して持ち出すことが出来た。彼等もまた死体回収はしない。そんな仕事、貴人のものではない、と。

 こうして死体回収専門の仕事人が隙間を埋めるように現れる。一部の者が遺品をあえて放置して死体回収人への謝礼ということにし始めてからは何となくその風習が広がる、という現象もあった。


■■■


 月日が経って宿営地が宿場町となった。ゴーレムを幾度と運んだ輿は町の象徴になり、旗印の意匠となってお役御免。今では馬車、牛車が働いている。

 牛馬を飼うなら畜舎が必要となって建設される。飼葉の他に大量の水が求められた。

 井戸を掘り当てた。また周辺の小川を集める水路も掘られ、貯水池も出来る。涸れた川は周囲より低く、集めやすかった。

 人も家畜も大勢となれば便所だけではなく屎尿処理場、堆肥場も出来る。それがあれば畑も広がって来る。農民世帯が現れる。

 家畜は働き、死ねば骨肉皮革に加工。屠殺場に皮革加工業者も現れ、町外れに街区が増える。

 職員住宅、宿に売春小屋、飯場に酒場、理髪店建設と木材需要が出れば伐採所に木材加工場も出来る。大工が忙しい。

 数が増えた鍛冶屋は道具の製作、修理で忙しい。

 仕事の合間に女達が副職で裁縫を始める。

 家族を残して出稼ぎに来る者達の需要から、手紙を書く代筆屋が現れる。

 給金を他所へ送るための銀行窓口を月光商会が開設。

 まるで産児制限をしている開拓村の様相を呈して来た。神官と魔法使い達が一二神をまとめて奉る合同神殿も立てる。まだ分社する程の規模ではない。

 エリクディスが仮村長のようなことをしていたが、サルツァンから行政官が派遣されるに至って業務分担がされる。

 発掘仕事の危険性に諦めがついたが離れがたい者達が、定住するかは定かではないが住民のように変わっていく姿も見られる。

 商会と神殿、共に赤字を吐き出し続けているものの、鑑定買い取り制度で発掘者達には大きな金が流れていた。命が軽い放浪人達が噂を聞き付けて更に集まる。

 行政から離れることになったエリクディスだが忙しさの性質が変わっただけで暇は無い。

 調査隊長として新入りを面接して追い返すかどうかを決め、採用したら登録管理する。脱退するのならまたその通り記載。連絡先の登録まですれば、遺族に死亡通知と遺髪を送ったり、代わりに遺産を現金化して送金することもある。傷病時には手当を付けて医療にかけることも出来る。

 規則に従っているかどうか監督したり、揉め事を仲裁するのも仕事。この仕事を円滑に進めるためには起こった出来事や決定を記録して前例として保存する。

 同じ出来事が起これば前例を基準に即決が出来る。何かの捜査に役立てることも出来る。規則改変の参考になる。

 業務を分担しても規模拡大により、いい加減にエリクディスの負担も過大になってきたので助手として、女魔法使いメルフラウを書記に命じた。サルツァンの一本裏の通りで出会った人物である。三角帽子が向かい合ったのは深めの縁故。

 彼女自身、一度遺跡都市に向かってみてまるでその荒事に向かないということが分かっているので固定給の後方業務は願ったり。

 メルフラウは遺跡都市でゴーレムに身体を引き裂かれた人間を見て逃げ出した。こんな仕事は絶対にイヤ。

 失意の中、酒場で飲む金にも困っていたところで定期的に町内を見回るエリクディスと再会して採用される。大体の見た目、振る舞い、雑談を兼ねる面接で何が出来るかは把握された。

 読み書きが出来る、というのにも程度がある。官僚的な文書を書ける者は世に少ない。そういった者は上流社会階層にいて既に定職に就いているのが普通。

 このメルフラウは出来た。子供の頃は良く躾けられた没落貴族なのだ。夫が剣を手に外へ出ている間、妻は帳簿と名家相手に筆を取るのが基本、教養である。

 魔法使いは同胞同士、助け合うもの。時と場合によれば詐欺師や妖術使いに人の姿をした化物と迫害されることもあるならば。

「この町にも魔法使い組合を作るかのう。発掘も年単位か、終わっても遺跡を都市として再利用するならここも維持して拡張させることになるかもしれん。不要になっても都市の方に移転すればいい」

「名案ですね、先生」

 中年男が若い貴族娘にそう言われて頬が緩まぬわけがない。この可愛い子にはここの初代組合長にでもして、何かしら口利きして良さげな夫でも見つけてやろうかという年寄りのお節介が脳内で回り出していた。

 同胞同士は助け合う。先に引退する方が身を切る形が望ましい。

「おっさん最近いっつも上機嫌ねえ」

 遺跡都市帰りのスカーリーフがエリクディスの執務室になっているこの天幕を訪問。最近は森に逃げ込むことも少なくなり、泥の臭いが多少する程度。

「見れば分かるじゃろが。若い娘が隣で言うこと聞いて真面目に働いておる。悪くなりようがどこにあるんだ」

「はあん? あっそ」

 およその男から見て可愛いの要素が詰まったメルフラウ、スカーリーフには委縮しつつ会釈するだけ。

 この金エルフもまた人間の身体を引き裂くのだ。癪に触って雑に殴って顎を弾き飛ばすなど恐ろしい限り。町の酒場では顔剥ぎとも呼ばれる。

「それでね、めっちゃ死んでるよ。この前来た傭兵団、何とか兄弟の、あれたぶん皆殺し。何か、宮殿見つけたとか何とか騒いですぐ」

「何と?」

「もうちょっとしたら逃げたのバっと来て、ビビった連中が一斉に引き揚げんじゃない? あ、もしかしたらアレ、ここも潰しに来るかも」

「どんな敵だ?」

「四つ足のケンタウロスみたいなゴーレム。今までのが働き蟻なら、今度は兵隊? 騎士? 工具じゃなくて剣持ってる」

「手応えは?」

「あれ、あれあれ、えーと、ゴーレムって血出ないし鳴きもしないから飽きんだよね。木剣稽古ばっかりしてるみたいで。いい加減他所移んない? 無理、まあいいや、腹減ったから食ってくる。ねむっ」

 スカーリーフは背中を向け、やる気が出ない、とあくびしながら退室。

 先生は三角帽子を脱ぎ、禿げ始めの頭を抱える。

「お茶淹れます?」

「うーうーん……」


■■■


 神官鍛冶として大成を目指すドワーフのゲルギル。しゃらくさい雑兵共の小物修理にも飽き、それらの仕事は全て断って作りたい武器だけを鍛えている。

 打つ前の素材を手にしては地神へ五体投地で祈りを捧げ、一打毎に匠神へ祝詞を唱え、火入れの度に竈神へ血や誇りの髭もくべ、奇跡の力を宿す神器になることを祈って造る。修行や徳が足りずにそんな至高の一品にはいつもならないが諦めない。

 本日出来上がったのは、力を他所へ逃がさない受けの形の内反り三日月の片刃、断頭の大斧。一撃の重さを増やすため、刃の反対側は長く広く重い故に全く小回りが利かない。下手に後ろへ傾ければ引っ繰り返りかねない。横風ですら邪魔をしてくる不細工な形状。

 普通、こんな武器は無い。無いから作った。

「チビ坊主、こいつでゴーレムの首圧し折ってみな」

「分かった」

「切り返しするような配分じゃねぇ」

「分かった」

「名付けて”ゴーレム狩り”。無理だったら、また粗大ゴミだ」

「分かった」

 チビは構えるため、”ゴーレム狩り”の柄の石突きを地面に当てながらまず真っすぐ立てる。そのまま持ち上げると歪な重量配分から背中の側に倒れそうになるのを堪える。

 生け捕りゴーレムの首の後ろ、装甲板の隙間を埋める防護幕目掛けて振る。途中まで重心が背後に掛かっていた斧が、急に前のめり、目前にあるはずの無い崖へ突き落とされるように、下ろすことを強制される。これは姿勢が悪くなる。

「襲撃!」

 遺跡都市の側から一人、汗に塗れ、衣服も邪魔とほぼ全裸。声を上げて走り込んで来た。サルツァンにてチビとの拳闘で決着をつけさせなかったあの、脚捌き巧みな者である。一二刻超の距離を駆け抜けて来たのは明らかだった。

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― 新着の感想 ―
ここって作り直した世界の天国とかですかね? 兵士の創意工夫に生活感とか命惜しさや名誉とかよく描けてて面白い 頭悪い奴は当然いるんだけど、馬鹿に使う無駄で面白く無く、しょうもない描写があまり無く、され…
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