05:第1回ベッドばた会議
「すぐに向こうには、何か緊急事態が発生したと勘付くでしょうが、すぐ動くことはないと思います。確信がないとあの人は動きません。」
悲しいことに、この身体にはしっかりアスクとしての自我が芽生えた時からの記憶が残っている。
衣食住だけ与えたネグレクトだね。これは…
「アスク、あの人などとおまえの母親だろう?」
「父様は、着飾らせて私を自慢するように連れ回すあの人を見て、可愛がられていると思っていましたか?残念ながら現実は違いますよ。幼少の頃からあの人の言う事に従わないと、傷が残らない程度の罰がありました。見かねた心優しいメイドはひどい目にあい、あの人の言う事を聞く人間で周りを固められました。」
部屋に沈黙が降り積もる。だが、父様の優しさ? により変な芽が出ないようにここは徹底して除草剤まで撒いておきましょう!
「一番最悪だったのは12歳の時、いつもは連れ回すあの人が珍しく早い時間に休憩室へ連れていかれました。そこで、ゼニーロ子爵が本当の父親だと言われ、そこから寮に入るまで、お茶会に呼ばれ、食事会に呼ばれ、誰に相談することもできず心が削れていきました。あの頃の私はもう何もかもが限界だった。」
感情移入はさせずに、ただ淡々と当時あったことを話した。う~ん、感覚的にはとっても後味の悪いハッピーになれない映画を見た後のような感覚。
私は低い位置からみんなを見上げる形なのでその顔がよく見えた。父様 般若――。
心臓がひゅんってしちゃったよ‼
「なので私もあの人、切り捨てるの賛成です。幸せになる予定なので害悪にしかならないモノは排除します。本題に入りましょう。私は今の状況がどれほど切羽詰まっているのかわかりません。血の繋がりもない部外者に教えるつもりがないと突っぱねられれば、何もいえなくなりますが、敵は共通です。手を取り合いませんか?」
にっこり笑って締めくくった私を見て、さっきまで般若だった父様が、今度はぽっかり口が開いてます。思わず違う笑いが出そう。
「部外者などとそんな悲しいことを言うな。おまえは覚えていないかもしれないが、産まれた初めの頃から3歳になるまで、おまえはこの屋敷で育ったのだよ。わたしも業務の合間に様子を見に行って、疲れていた時の癒しだったよ。ある程度の事ができるようになってからキャネットが王都に連れて行ってしまってね。屋敷が暗く沈んだのを覚えているよ。」
ルシアスも知らなかったのか少し驚いた顔をしていた。
記憶になかったから知らなかった。もっと早く歩み寄っていれば、彼自身がこの言葉を聞けたはずなのにと少し悔しく思った。
「時間もありませんので、思い出話はすべてが片付いてからにしましょう。」
このままでは話が進まないと思ったのか、ルシアスがロベルトに視線を向け合図した。
「では、領地の状況と今までの事をわたくしがご説明させていただきます。」
領地の状況は思った以上にひっ迫していた。あの女の王都での豪遊のせいだ。早くしないと大変なことになってしまう。
プリラモール領は採掘で発展した街らしい。三代前、父様のお爺様が魔法大好き発明家だったらしく、領民が事故なく採掘場から帰ってこれる技術を応用して、大陸の端から端まで移動する乗り物を開発。産業革命の始まりの鐘を鳴らした。
その功績を称えられ男爵から子爵に爵位が上がり、採掘も好調だった。しかし、資源を掘りつくしてしまったのか今では全盛期の頃の3分の一の採掘量にまで落ち込み、作物も育ちにくい土地柄の為よそからの支援に頼りきりだったのが響いている。
そして一番の痛手は、王都の屋敷の維持費と散財の打撃だ。このままではお爺様が作った乗り物の利権まで手放さなければいけないところまで来ている……。
「いろいろ手を尽くしたんだが……」
私には、この世界とは違う常識や概念で回っていた世界を知っている。もしかしたら何かしら役に立つ知識が眠っているかもしれないが、まずは漏れ出る水をふさがないと溜めようと思っても溜まらない。
「それは、今すぐ領民が路頭に迷うレベルですか?」
「いや、すぐにとはいかないが2~3年後に訪れる未来だろうね。」
父様は力なく教えてくれる。
「緊急性が高い順から手を付けていきましょう。初めに必ずしなければならないことは、速やかにお掃除するところからでしょう。」
ああいうタイプの人間は、残念ながらほとんどの確率で変わらない。私の人生の物語から退場願おうかな。私は、ルシアスに目線を合わせた。相手も特に何も思っていない瞳をこちらに向けている。
「私の事は、アスクと呼んでください。あなたの事は何と呼べばいいですか?」
「僕の方が年下です。どうぞ、ルシアスと呼んでください。」
「私は14歳なので、あなたの方が年上ですよ? ルシアス兄さんとでも呼びましょうか?」
笑いながら提案すると、すごい渋い顔をされた。
「私の事をキライですか?あなたから父様を奪っていたようなものですよね?血の繋がりもないのに…」
「調査をするうえで、書類上あなたの事を把握はしていますが、険悪するほど僕はあなた自身を知りません。」
言い終わった後、彼はフイッと視線を外した。彼なりの優しさなのだろう。周りのうわさや調査報告だけで判断するのではなくこれからの付き合いで見極めていく―― 彼は間違いなく父様の子供だな。
「証拠はそろっているのですか?」
「王に提出すれば、結婚自体を無効にできるであろう証拠は手元にあります。」
「ですが、あの手のタイプの女性は、絶対に逃れられない証拠を提出しないと、理由をつけては金の無心をしますよ。不貞の証拠を絶対的なものにする方法はありませんか?」
私の問いかけに父様が一瞬、身を強張らせた。
「一つだけ確実に逃れられない方法がございます。」
「ロベルト!」
少しの怒りを含ませながら、父様が鋭い声でロベルトを呼んだ。
私は父様に視線を送った。すると、戸惑いながら視線を返してくれる父様に、大丈夫だとしっかり目を合わせながら頷いた。
「ロベルト、教えてください。どうすれば、いいですか?」
「教会にお願いして、〝女神の審判〟を受けるのです。専用の用紙をいただき、そこに専用のインクが入った万年筆で直筆でお互いサインします。2人の間の子供なら、何も起こりませんが不義の子供の場合、子供の右手の甲に文様が、母親と不貞の相手の右目下に涙の雫型のあざが現れます。〝女神の審判〟はその昔、不貞を疑われた貴族が身の潔白を証明するために開発された魔法です。今では教会の管轄なので料金さえ払えば平民でも受けられる儀式ですね。」
確かにこれなら言い逃れできない。
「質問がいくつか。サインをする時、夫婦とされている人間が同じ空間にい合わせないといけませんか?」
「直筆でのサインさえ書いていただければ、サインを書くタイミングはずれても大丈夫です。平民の夫婦間では、子供が生まれた後のお祝いに、お互い名前入りの用紙をプレゼントし合う地域もあるらしいですよ。」
絶対、誤魔化しの利かない誓いだな。
「専用インクは、少し細工しても効果は変わらないですか?」
「何をするかにもよりますが、昔インクを透明にした方がいらっしゃいましたね。」
「それ再現できますか?」
「可能です。」
「最後の質問です。浮かび上がった紋章や、あざは消せますか?」
「子供の紋章は、教会で消すことが叶いますが、雫型のあざは神のみぞ知る。すぐに消えた方もいらっしゃれば、数年かかったという方もいます。最終的には消えるようですが、教会では消せません。どういった仕組みになっているのかはその当時、開発した方の技術らしく秘匿され、今ではその資料も焼失したので永遠に謎です。」
聞きたいことは聞けた。あとは、どういったシナリオでキャネット=プリモールにサインさせるか…。
「私の案を聞いてくれますか?」
さぁ手回し、根回しを済ませて、今までさんざん舐めさせられた辛酸のつけを払っていただきましょうか。




