020:助かる命
出発して10日ほどかかる日程だったところを、半分の日にちで帰ってきたので、何かあったのかと心配された。あったと言えばあったのだが、今ここで説明するとパニックになってしまうので、ドロテア、シンには口止めしておいた。
「治療法が分かったので、早めに帰ることにしたんです。まずは動物を使ってしようかと思っているので、もう少し待っててください。」
動物確保の方は、山じぃたちにお願いしている。帰り着くまでの時間で一度、中央領に帰って話し合いをしてくるつもりだ。
しかし、ロロ先生の雰囲気が芳しくない。何かあったことを物語っていた。そして、私だけに聞こえるようにそっと、
「ちょっとドロテアのお母さん、悠長にしてられないかもしれないのよね。」
そう言って少し寂し気に微笑んだ。医者なんて仕事をしていると、見送る方が圧倒的に多い。命あるもの、最後必ず死ぬ。そこに至るまでの過程が人生だと言ってもいい。苦しみは長く続くと、本人も家族もツライ。しかし、助かるのなら助けたい。
今回は助かる命だ。惜しんでいる場合ではない。早速ドロテアの自宅へ、お伺いさせてもらうことにした。
「お母さん、ただいま。」
ドロテアのお母さんは、ベッドで寝ていた。呼吸が苦しくて、うまく睡眠がとれず、体力がどんどん削られていく。そうなると食欲もわかなくて体重が落ちる悪循環。
私はドロテアにお願いして、ベッド側に洗面器、お母さんの着替え、水の入ったコップ、タオルなど必要なものを用意してもらった。治療が終了したら、ロロ先生にお願いして様子を見てもらう事にした。
「それでは、始めますね。リラックスしてゆっくり呼吸してくださいね。大丈夫ですからね。ドロテア、お母さんの手を握ってあげていても大丈夫だよ。」
まずは、私の魔力で部屋全体を囲む。それから、魔力を放出して密度を上げていく。そして、コップに入った水をミストにして、魔力と混ぜていく。綿あめのように練ったあと、ベッドを包み込むように設置した。
「このまま20分ぐらい置くね。呼吸はゆっくり、深く吸えるようなら深呼吸してください。私たちが吸っても何の支障もないから、ドロテアはお母さんに今日までの話をしてあげたら、あっという間に時間がたつと思うよ。」
ベッド側で手を握りながら母親と話すドロテアを横目に、医者であるロロ先生に霧の原理を説明する。
「そんな大量の魔力まかなうなんて、普通の人には無理よ‼ この治療法はあなただから出来るのよ。」
「重症の人を優先に治療をして、症状が軽い人は少し待っててもらえませんか? 今後この症状に苦しめられる人が出ないようにする案があります。それを話しに、一度 中央領に帰らないといけないんです。」
「今、一番の重傷者は、リラさんだけよ。」
それなら、この治療が成功すれば問題ないなと考えていると、セットしていたタイマーがなった。ミスト魔力を回収して、水はコップに戻して、魔力は吸収した。だいぶ顔色がいい気がする。
「調子はどうですか?」
「呼吸がだいぶ楽になりました。」
「すぐに激しく咳き込んで、痰が出ますが必ず吐き出してください。私たちは外にいます。ドロテア、ロロ先生あとはよろしくお願いします。」
そう言って、シンを引き連れて、寝室から外へ出る扉を閉める直前、リラさんが激しく咳き込みだした。
コヤンの状態と同じだ。あとはプロに任せて大丈夫だろう。落ち着くまでは少し苦しいだろうが、そこはがんばってもらおう。
「ごめんなさいね、やっと落ち着いたわ。今では症状が落ち着いてぐっすり寝ているところよ。」
「もう大丈夫ですね。」
これで一安心だ。
「それなら私たちは、もう行きますね。ドロテアによろしく伝えててください。」
「あら、直接伝えなくていいの?」
「やっと回復した母親の側を離れたくはないでしょう? しっかりしてますけど、ドロテアもまだ子どもですよ。」
あなたも子供でしょう。と言う視線がぐさぐさ刺さっているが、華麗にスルーする。
ここでロロ先生と別れて、馬車乗り場にシンと向かう。
「これで一つ肩の荷が下りたね。」
「問題は山済みだがな。」
「目の前のことから一つずつ、だよ。まずは、救えた事を喜ぼう。父様たちに伝令は届いたんだよね?」
「あぁ、あちらには着いてるはずだ。伝令玉が光ったからな。」
伝令が向こうに到達すると、こちらで握っている真珠のような球が光る仕組みになっている。便利だけど不便。タイムラグどうにかしないと……。
なんで、誰かもっと便利なもの考えてくれないの?
そうか、発想の種がないのか…。
絶対、時間が出来たら発想の種をばらまきに行こう。
ありがとう、りんごさん。あなたの発想はこの世界も変えるよ。
「あっ、山じぃとメニラさんに伝えないと確保した動物どうしよう? ってならないかな?」
「あいつらだってバカじゃないんだから自分たちで考えるだろ。そんなに心配なら、おばんのところで伝言頼めばいいんじゃないか?」
「そうだね‼ それならまずはメラさんの所に行こう。」
どうせ、プリモール家から持ってきた馬車には乗って帰れないので、公共の貸し馬車を借りるつもりだった。メラさんの宿を経由していくから、伝言を頼むのには好都合だった。
実は、もうそろそろ夕方に差し掛かる時間になっている。今日出発しても、到着するのは少し遅い時間だ。話し合いができるのは結局明日になるだろうな~。まだ少し時間的猶予があるにしても、急ぐことにこしたことはない。考え事をしながら歩いていると、メラさんの宿が見えてきたのだが、なんだか様子がおかしい。
いつもは静かな場所が少し人だかりができており騒がしい。
何かあったのかとシンと急いで近づいてみると……
立派な馬車が宿屋の前に停車している。それもでかでかと、プリモール家の家紋が載っている馬車だ。見なかったことにして踵を返そうとしたら扉が開き、中から呼び止められた。
「我が家のコンサルタントはクライアントがここに居ると云うのに、いったいどこへ行くのかな? 」
私はさっと身を翻し、胸に手を当て首を垂れると
「もちろん、わかっておりますともルシアス様。突然の御来訪に、私の身なりがおかしくは無いかと確認していた次第であります。まさか私が逃げようとしていたなどとお考えですか? まだまだ信頼関係が盤石ではないらしいですね。これからも精進してまいります。」
あぁ、これでお忍びは終了。プリモール家との関係が露見したことにより、町の人々の反応は変わるんだろうな~。まぁ、公式の場だけがんばってもらって、あとは普段通りに接してもらうよう説得するけどね。
「それで、わざわざご足労いただいて、何か緊急ですか?」
「ここで話す事でもないだろう。このまま屋敷に帰るから、とりあえず乗れ。」
「ちょっと伝言頼みたいので、待ってていただいて、よろしいですか?」
周りからどよめきが起きた。だって、勝手に来たのはあっちでしょう? ちょっとくらい待っててもいいじゃん。は、感覚が違うんだろうな~。気にしないけど!
宿屋のメラさんに伝言を頼み、馬車に乗り込み出発だ。これまでの経緯をあらかた話した後、私が思い描いている、これから先を確信に近い予測とともに話す。はじめ前のめりで聞いていたルシアスが聞き終わると大きなため息とともに、背もたれに身を預けた。
「【ハティア】の町は壊滅ではないか…。 避難すれば命は助かる。だが、その後の生活はどうなる? ただでさえ、若者の減った町―― 希望はあるのか?」
今度は頭を抱えだした。確かに、災害は生活が一変する。だが、災害大国日本で育った私は知っている。人は強い。そして、困っている人がいれば、国境など関係なく手を差し伸べてくれる人はどこにでもいる。
「それを何とかするのが私の仕事だよ。山積みの問題の頂上ばかり見るから、出来ない気がするの。まずは、足元の問題から片づける。そうすれば、気が付くと上まで登ってる。そういうもの‼ まずは、住民の避難から考えないと。私たちが言っても人は信じてくれない。領主に見切りをつけている人も多い。今までの付けが回ってきてるんだよ。本当に申し訳ない。でも、出来るところからするしかない。」
絶望に暮れていた瞳の奥に、信念と言う灯がともった。そう、プリモールの土地なんだから私たちが守らないと、多少の事じゃグラつかない位、補強してからルシアスに押し付けるけどね。




