09:採掘の町【ハティア】
今日は採掘の町【ハティア】へ出発の日だ。父様は自分も付いて行くと聞かなかったのだが、今まで王都に滞在していて長く領地を離れていたので、業務が山積みだと、今まで領地の屋敷の留守を預かっていたバスターが許可してくれなかった。
バスターは父様の筆頭執事だ。そして、ロベルトの養父らしい。もともとロベルトは領地の貧民街出身だったらしいのだが、縁がありルシアス付きの執事にするべくバスターの養子になり現在に至る。その時ロベルトと一緒に貧民街で暮らしていた仲間がルシアスの影らしい。
まだしっかり対面したことはないが今回の町の同行に一人付いて来るみたいだ。
「ウル、本当に辻馬車で行くのかい? 我が家の馬車を出せばいいじゃないか。」
「父様、それではお忍びになりません。私は、今の現状をそのまま見たいのです。」
「だが、もし攫われたらどうするのだ! 採掘の町は荒くれも多い。あぁ、やはり父も一緒に行こう。」
はじめの頃の父からえらい過保護になったものだ。父様の背後ではバスターがしっかり父様の腕を行かせまいと握っていた。
「バスター、父様をよろしくお願いしますね。」
「お任せください。坊ちゃま」
父様と同じぐらいの体格に、ただ者ではない雰囲気をまとっているバスターは、この家で一番敵に回してはいけない人だと私の感が伝えている。
そんなバスターの後ろにロベルトが控えておりその隣に今まで見たことのない男性が一人――
「ウル、こちら今日あなたの護衛兼、案内役をするシンといいます。」
ロベルトには、私の名前がウルになってから様付け、敬語はやめるようにお願いしたのだが、敬語は癖なので名前の呼び捨てだけで勘弁してくれと言われていた。
目視で175㎝前後、父様よりは小柄だが160ほどしかない私からは見上げる高さだ。程よく引き締まった体、褐色の肌に濃い目の髪を後ろでゆるく結わえている。
恰好は市井に溶け込めるカジュアルさで、表情は笑っているのだが値踏みされている感が拭えない。バスターとは違う意味で油断ならないタイプっぽい。
「坊ちゃん、今紹介があったように俺の名前はシンだ。呼び捨てで構わない。スラム出身だから礼儀なんて期待しないでくれ。」
「よろしくシン。ウルって呼んで。私も平民だから敬語なんていらないよ。」
そっちがその気ならこっちだって負けないよ。の意味を込めて、握手を求めた。思ってもみなかった切り返しだったのか一瞬あっけに取られていたが、ニヤリと笑うと差し出した手をしっかりと握ってくれた。
タコのある硬い手の平だった。
「挨拶も済みましたね。それでは、シンしっかり護衛と案内よろしくお願いしますね。」
ロベルトの言葉で、そろそろ父様が業務に戻らなければいけない時間だと察した。
「父様、それでは行ってきます。お土産楽しみにしていてくださいね。」
「……気を付けて行ってきなさい。お土産はいいから、無事に帰ってくるんだよ。」
諦めたのか父様はそう言って私の体をそっと抱きしめた。その大きな背中に回りきらない腕を回しながら、
「行ってきます。父様」
裏門から出発して、中心街から出ている辻馬車乗り場にシンと向かった。今日の私の格好は平民がよく着ている服なのだが、何故かじろじろ見られているような気がする。
「ねぇ、シン。私の恰好へん? なんかやたら見られている気がするんだけど…?」
あまりにも視線が気になったのでシンに訪ねてみると、
「商店街の天使がいつもと違うところで見られるから、珍しいんじゃないか?」
ニヤニヤしながら教えてくれた。商店街の天使? なんだそれ‼
「商店街の天使って何?」
「お前、商店街にはよく行くだろ?」
「うん、市場の価格を確かめるのには商店街が一番わかるから。それに、買い食いもしたいし… それが何?」
「ここの街はお世辞にも治安がものすごくいいとは言えない。でも、ウル今まで行って帰ってくるまでに襲われたこととか、変なのに声かけられたことないだろ?」
言われてみれば思い当たる節がない。よく考えてみればその通りなのだが、日本の感覚が抜けていない私は全く気付かなかった。
「お前が商店街に現れてから前よりあそこは賑わってるんだよ。知らなかっただろ?」
「知らない。あんな感じが普通なんだと思ってた。」
「いくら服装を変えようが、何しようが、産まれの違う人間ってのは、まとう空気ですぐバレる。あの街の住人も、お前が高貴な人間ってのは分かってるはずだ。でも、自分たちの事をバカにするわけでもなく、出されたものを疑いなく口にする。はじめは警戒してたみたいだが、今ではみんなかお前が来るのを楽しみにしてるみたいだぜ。」
思いがけない言葉にちょっぴりうれしくなった。
「天使を見守り隊、ってのも発足してて、最近ではここいらじゃ一番治安がいいんじゃないかな?」
ポカンとした顔でもしてたのだろう。シンが隣で大笑いしだした。普通に自警団でいいじゃん‼
辻馬車に乗り込み走ること2時間、発掘の町【ハティア】に到着。辻馬車って言うから馬が引いてるのかと思ったら、馬の形をした人形だった。昔は本物の馬だったらしいのだが、生き物は維持費が大変だい一定のスピードでは走れない。
そこで、馬の形をした魔動力で走る乗り物を作ったらしい。何で形がそのままなのかというと、動力は進化しているのに人が乗る部分があまり変わっていない。そのため、紐をつないで引かせるためには馬の形状が適しているらしい。
最先端なのか古いのかちぐはぐだな~
「ようこそ、採掘の町【ハティア】へ」
先に降りていたシンが、恭しく頭を下げながら女性にするように手を差し出しエスコートしてくれた。
降り立った町の様子は、思っているよりも賑わっているようだった。
「ちょっと想像と違った。」
私がそうつぶやくと、
「もっと閑散としてて、みんなの目が虚ろだとでも思ったか? あれは、買い付けの商人たちだ。観光の人間なんてほとんどいやしない。それに、ここは玄関口だ。奥に入っていけばわかるさ。」
そう言って、シンは勝手知ったるというように奥へと進んでいった。今回の旅は3日の予定だ。泊まる宿もシンに任せてある。父様が思っているより多くのお金を持たせてくれた。
「シン、まずは拠点に荷物を置きたいんだけど、どこに泊まるつもり?」
そう尋ねると、
「馴染みの店があるから、まずはそこに行く。勝手にちょろちょろするなよ。お前みたいなやつは、すぐ捕まって身ぐるみ全部、剝がされるからな!」
「そう思うんだったら、もう少しゆっくり歩いてよ。」
複雑な路地を右へ左へ、置いて行かれたら困ると必死について行った。文句を言ってからは少しスピードが緩まったが、それでも宿屋につく頃にはへとへとだった。
「いるか~」
お世辞にもキレイとは言い難いが、手入れの行き届いている一軒の宿に声をかけ入っていった。
「はいはい、あらあら、いらっしゃい。シーちゃん、久しぶりね~」
もう初老に差し掛かっている年齢であろう女性が奥から出てきた。
「シーちゃんはやめてくれ、おばん。」
「何言ってんだい。あんたが鼻たれ小僧だった時から見てるんだから、シーちゃんでいいんだよ。」
ひょうひょうとしているシンが丸め込まれている。年の功恐るべし。
「おやおや、可愛いお客さんだね。お嬢さんお名前は?」
後ろにいる私に気が付いて声をかけてくれた。
「こんにちは、お嬢さんではないんですけど、ウルといいます。3日ほど滞在させていただこうと思いまして、大丈夫ですか?おばんさん?」
「おばんは、あだ名みたいなもんだよ。この辺に住んでた悪ガキどもがつけたね。あたしの名前は、メラだよ。よろしくね それにしても、シーちゃんが帰ってくるなんて何かあったのかい?」
「こいつが、この町を見てみたいって言ったから連れてきたんだ。さっきこいつが言った通り3日ほど滞在するから、二部屋用意してくれ。」
「そうかい、なんもない町だけどゆっくりしていってね。」
そういってメラさんが部屋に案内してくれてようやく一息つくことができた。




