恐ろしきは近くに
一人の男が夕暮れの中、閑静な住宅街を歩いている
「いやー楽しかったなー♪明日は誰にしよっかな」
鼻歌を歌いながら帰途につく男。名を南羽
高校二年生。顔はイケメン。女好き
根っからの浮気癖で幼なじみの彼女の茉梨がいるにも関わらず、学校のあらゆる学年の女の子に手をだしている
「あ、そろそろ茉梨とデートしなきゃだめか。あいつ疑り深いからなー。ま、メールしとくか」
慣れた手つきでメールをうち口笛混じりに送信ボタンを押す
「送信〜♪」
南羽の遥か後方の電柱の影でメールの着信音が鳴る。その人物は携帯を開き新着メールの文面を読む
『茉梨〜☆最近忙しかったんだけどさーちょうど明日空いたんだー♪どっか行こうぜ〜』
ーーーー
携帯を閉じてその人物は来た道を戻り
「 ♪」
同じ鼻歌を歌いながら軽いスキップをして帰っていった
南羽の携帯が鳴る
「お?後輩の女の子からだ。もしもし〜☆……え?明日?(あー茉梨にメールしちゃったけどまいっか)いいよいいよ全然空いてる……あ、ちょっと待ってね」
上着のポケットを探りペンと紙を取り出そうとする
あれ?ペンはあるけど紙がない
困った南羽は周りを見回す。左を見ると木製の古いぼろアパートを見つけた。そしてその入り口の柵に、ミミズのような文字が連ねられた紙が何枚も貼られているのを見つけた
何だこれ?まいっか
それを一枚剥がすと裏返しメモ代わりにする
「お待たせ〜♪いいよ」
南羽は耳と肩に携帯電話を挟み剥がした紙の裏に場所や時間をメモする
「うんわかった♪明日試合頑張ってねー☆」
電話がきれる。南羽は続けてメールをする
「〜♪ ?」
『ごめん茉梨〜〜明日急用入っちゃったわ↓だからまた来週誘うわ』
……
だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
その人物は先程の場所に急いで戻る。まだ南羽の姿が見えていた。その人物は気配を断って近づく
「いや〜楽しみだな〜あの子後輩なのに一番胸おっきいからなー」
「 」
「ん?」
南羽は何かを感じとり振り向く。誰もいなかった
「んー気のせいか♪」
南羽はまた鼻歌混じりに帰ってゆく
「… …?」
その人物はとっさに電柱の影に隠れて疑問に思っていた
でもそんなものはすぐに消え失せ別の感情がその人物を包む
「 ♪」
来た道をまた戻っていった
【ーーーー】
南羽を見つめていたのはその人物だけではなかった
翌日。春の日の早朝であった。玄関から出た南羽は大きく伸びをする
「ん〜いい天気だなー。昨日の夜どしゃ降りだったから心配だったけど無事に晴れたなー。天はこの俺を味方してくれているに違いない☆」
まだ道に多少残っている水たまりを飛び越し軽やかにステップをする
「ふんふ〜、ふんふ〜ん♪」
いつもの鼻歌を奏でながら後輩のいる会場へと向かう南羽
【ーー】
それを見つめる者が徐々に近づいているとも知らずに
【止まれっつってんだろォ!!】
「うおっ!?」
さっきから微かに聞こえるのは天の囁きかな☆と思っていた南羽は急に耳元でドスのきいた男の声を聞き驚いて足が絡まりその場にすっ転んだ
「いって、てめ何すんだおっさん!ぶっ飛ば」
南羽は座ったままその人物を見上げ唖然とする
【おっさんで悪かったな】
おっさんはおっさんだった。頭のてっぺんがカッパの皿のように禿げていて顔中皺だらけで無精髭をたくわえた面もちはどうみてもおっさんだ。だが普通のおっさんにはないものが頭に突き刺さっていた
一本の矢
まぁそれだけならば多少の言い訳がつく。おっさんの着ている鎧、腰に構えた刀、所々こびりついた血だって全部小道具を使っているんだと言えば終わりだ。だがそれでは説明不可能な点があった
なんか全体的に若干透けている。後ろの壁とか見えている
なんだこれ。夢?
頬をつねる
痛っ
【ーー感謝しているぞ男よ。お前が適合者で尚且つあの忌々しい札を剥がしてくれたおかげで現世に再び出て来れたぞ】
「あの……どちら様で?」
腰が抜けて立ち上がれない南羽は引きつった笑顔で問いかけた
【俺か?なあに、戦国の特攻隊長とでも呼んでもらおうか】
落ち武者は懐かしむように語る
【まあこれでもかなり腕の立つ方でな。普通なら特攻隊長なんてすぐおっ死んじまう所だが運も腕も強い味方もあってか、かすり傷程度で済んだわけよ】
落ち武者は笑っていたがやがて醜悪な表情へと変貌する
【だがよ。ある日とんでもねえ事が起こったんだ。いつものように俺の仲間達とともに戦に向かっていったんだ。そしたら相手は予想以上に多くてよ。将軍はこう言ったんだ。
お前が一人先に向かっていけば相手は混乱するだろう。後から我らは続くと。
まあそれでも腕に自信のあった俺は面白えと思って特攻したんだ。だが後ろからの甲冑の音は近づくどころか遠ざかって行ったんだ。
俺は絶望したよ。騙された。俺は逃げるための捨て駒にされたんだ。俺は暴れた。捨て駒どころか敵を全滅してやったよ。それでも深手は負ったし疲労も限界まで溜まった俺はそのまま倒れこんで、空のおてんとう様に向かって願ったわけよ。どうか俺を捨てた奴らに復讐をさせてくれってよ】
落ち武者は嬉しさと悲しさと怒りの入り混じった身震いをし始めた
【なんとおてんとう様は俺を生き返らせてくれた。もちろん元の体じゃなく霊体ってやつだった。俺は喜びと憎しみを抱えて今すぐ殺しに行こうと城に向かったんだ。町に入ると不思議でよ、通りかかる奴らには気づかれず俺を裏切った奴らにだけ俺が見えるわけよ】
【はたから見たら恐ろしかっただろうな。突然奴らは血を吹き出して倒れる。俺は笑った。初めて心の底から笑ったよ。そして最後に残った将軍を殺しに行ったんだ】
【俺はこの時怪しむべきだった。殺したい奴らの居場所が手に取るようにわかる俺は、将軍が城の中の一室から動かないのに気付いたわけよ。やがて俺は部屋にたどり着きふすまを開いた】
【その瞬間俺の体は動かなくなった。見ると部屋には殿様と何人もの将軍と、一人の変な白い服を着た女がいたんだ】
【その白服の女はこう言った。捉えましたと。周りはどよめいた。何もいないではないかと。もちろん俺が憎む奴ら以外には俺は見えないはずだった。だから腰を抜かしてのけぞっている俺の将軍はいいとして、あの白服がどうして俺を見れるのか不思議だった。白服は変な動作をして呟いた】
【周りの奴らは一様に驚いた。つまり俺の姿が見えたんだ。そして気づいた。この白服は陰陽師なんだって】
【俺は必死に叫んだ。待ってくれ!俺はあとそこにいる将軍を殺すだけでいいんだ!!ってよ】
【そしたら白服はこう言った。あなたの憎しみはさぞ大きいのでしょう。この私にも滅することができない程です。ですが私はあなたの憎しみによる殺生を許すわけにはいきません。あなたは正しきお方でした。来世では素晴らしい人生が約束されていました。しかしこの憎しみによる殺生を繰り返したせいであなたの来世、来来世、全てが苦の人生へと変わりつつあります】
【俺は必死に訴えたよ。“じゃあどうしてこの俺は存在する!?おてんとう様が許してくれたからだろうが!!”“許したのではありません。試したのです”俺は愕然とした。“あなたが最後の一人を殺めれば一生、いえ、全ての繰り返される生において最低の道を歩むことになります”“かまわねえ!!俺はそいつを殺しさえできればそれで満足だ!!早くこの縛りを解けェ!!!!!”“ーー仕方ありません。あなたを封印させていただきます。どうかいつの世か自分の過ちに気づいていただけますよう。あなたを極楽浄土へと導く者が現れますように”】
【こうして俺は封印されちまったわけだが、お前が札を剥がしてくれたおかげでまた復讐できるってわけよ】
座ったまま聞き入っていた南羽は疑問が浮かんだので尋ねてみる
「復讐っていっても、もうその将軍は死んでるんじゃ……」
【なに、幸か不幸か、そいつの子孫がこの世界に生き残っていてな。ざっと……一千万人ぐらいだ。あ、安心しろよ。お前は子孫じゃない。ただ霊感ってやつが強いから俺のことが見えてるだけだからな】
「……えっと、その子孫たちをどうするんですか……?」
【ん?皆殺しに決まっているだろうが】
「ーーえ?」
“人が急に血を吹き出して死ぬ”。そんなことが起これば日本中、いや子孫が外国にもいるとすれば世界中が原因不明の見えない恐怖に包まれ、それに便乗する犯罪者も現れ、色々な憶測が飛び交い、皆が疑心暗鬼に落ち入り世界中が殺し合いやがて人類は滅亡する
今すぐ目の前の元凶を止めなければ、世界は終わる
「……子孫たちが悪いことしたわけじゃないんだし……関係ないから……殺すのはどうかと……」
刺激しないように言葉を選びながら、南羽はそう言った。だが、落ち武者は
【ぁあん…?てめえもあの白服と同類かあ!!!!!】
「ひいっ!?」
南羽は座りながら後ずさるが、壁がそれ以上さがるのを阻んだ
【他にもあそこには封印されてる俺みたいな奴らやとんでもねぇ化け物はわんさかいてよぉ……お前が剥がした札が一枚だったから一人しか出てこれなくてよぉ……とりあえず人型の俺がお前を説得して札を全部剥がさせる約束をして先に出させてもらったわけだが……】
落ち武者は刃こぼれをしている乾いた血がこびりついた刀を引き抜く
【予定変更だ。約束は破っちまうがあの白服への憎しみはお前で晴らすことにする。じゃ】
落ち武者は刀を振り上げる
「や………やめ……やめてやめてぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇええええ」
南羽は泣き叫ぶ
落ち武者は雄叫びをあげる
【かーーーーっはっは!!これで記念すべき一人目だぁあああ!!!!!】
う゛いいいいいい
ひゅっ
ずばばばばばばば
南羽は、ああ、これが人間の骨や肉が切れる音か、俺はついに死んでしまうのか。結局、女の子たちとキス以上のことはできなかったなあーーーと目を閉じて感慨深く振り返っていると、違和感に気づいた
切り刻まれる音が前の方、落ち武者の場所から聞こえる
あと、う゛いいいいいいって何だろう…?
南羽はおそるおそる目を開いた
落ち武者が刀を振り上げたまま真っ二つになって立っていた。やがて落ち武者の半身は左右に開くように倒れる
そこから現れたのは、雄々しく唸るチェーンソーを持った一人の美少女だった
「
南くんみーつけた
」
美少女は微笑む
「あ…ああ…
茉梨……」
幼なじみの彼女、茉梨が
日差しの中、光って爽やかに笑って立っていた
う゛いいいいいい
唸るチェーンソーを持った茉梨に見つめられ
南羽は今度は別の意味で動けなくなっていた
「ま……茉梨……」
「“久しぶり”だね〜、南くん☆」
「は……はは……久しぶり……」
茉梨はそのまま近づいて言う
「南くん、今日は一体どんな用事があったのかなー?」
う゛いいいいいい
う゛いいいいいい
う゛いいいいいい
「お……落ち着け……まずそれを止めてから……な?」
「んー、それもそうだね」
チェーンソーの刃の回転を止める茉梨
「……で?私を誘うのを止める程の理由は? 」
チェーンソーをちらつかせる茉梨
「い、いや、それは仕方なくてだな、友達のバレーの試合の応援があって……」
「ふーん、“友達”ねぇ…… 」
「そう!友達!友達!」
「じゃ、仕方ないか☆」
【おい……そこの女……】
「あら?何かしら落ち武者さん?」
振り返える茉梨。二つに別れた落ち武者のどちらの方を見ればいいのか少し迷っていた
「というかどうやって話しているのかしら」
【何……俺らは声帯を使わず思念を飛ばして会話する……そんなことより女、お前はいつから後ろに……】
【んー、最初から♪】
【最初からだと!?この俺が気づかぬとは……って待て何故お前思念が飛ばせる!?】
【さあー?何となく?やってみたらできたみたいな?】
【お前……一体何者だ?ただの人間なのは明らか……将軍の子孫でもなければあの陰陽師の子孫でもない……そして霊感もないのに俺の事が見え且つ攻撃できるだと……?!】
【んー、まああなた達って要するに怨念の塊でしょ】
【……そうだ】
【私も似たようなものだからかなぁ?】
【……まさか生きながらにしてなるとは……一体どれだけの憎しみを抱えて……】
【フフ♪ひーみつ♪】
滑らかな長髪を揺らめかせ後ろの南羽をちらりと見る
南羽はびくつく
そして疑問に思う
(茉梨さっきから落ち武者の片方を黙って見てるけど……何してるんだ……?)
【いやーー待てよ、それだけの憎しみを持ち、且つ俺の話を聞いていたお前なら理解できるだろう!俺の憎しみが!なのに何故俺の復讐を阻む!?まさかそこの男と同じように子孫を殺すなと…】
【勝手に殺せば?むしろ殺したらいいわ】
【…え?】
【別に他人がどうなろうと世界がどうなろうと興味ないし……むしろ南くんにつく悪い虫が減るんなら手伝ってもいいわ……でも】
茉梨は再びチェーンソーを唸らせる
【南くんに手を出した時点であなたは終わりなの……南くんを傷つけていいのは……“私だけ”なのよ……?】
茉梨は黒い影を瞳に宿し、チェーンソーを振りかぶった
【じゃあね☆】
【ふっ……成る程お前の力の源は歪んだ愛というわけか……この俺には理解できぬわけぐふぅあ】
とどめをさされ落ち武者の片方が消滅する
【もう一回☆】
もう片方も切り刻まれ、落ち武者は完全に消滅する
【理解されるつもり、ないから☆】
壁に寄りかかって茉梨が落ち武者を残らず滅殺する様子を見ていた南羽は思う
茉梨に逆らうのだけはやめようと
「ーー南くん☆」
茉梨は笑顔で、いつものように心の中の黒い部分を奥底に沈めて、南羽に近づく
「私、怖かったよー。もう汗で服ぐっしょりだよ」
「え……あ、うん」
今まで動転していて気づかなかったが、確かに茉梨の服は濡れている。何かが頭に引っかかる
(これ、汗か?というより……)
道端の水たまりに目を向け、もう少しで謎が解けそうな所で顔を覗きこんできた茉梨と目が合う
「まさか、南くん、命を救ってもらった彼女をおいて“友達”の応援になんていかないよ、ね☆ 」
「……家まで送らせていただきます」
「うん、さすが南くん、私の彼氏♪優しいー♪」
ぶりっこポーズでくるんと回り、スカートをひらめかせる茉梨
南羽は疑問に思う
あれ?チェーンソーは?
茉梨の家に無理や……いやあがらせていただいた俺は居間で茉梨が来るのを待っていた
シャワーを浴びてから着替えてくるらしい
タオル姿で来ないことを本気で祈りながら俺は思う
今すぐ帰りたい……!!
もう後輩の応援とかいいから帰りたい……!!
帰りたい……!!
「帰りたい?」
「帰りたい……!!」
「 」
「……………いやその」
「 」
「ち、違うんだ、茉梨が怖いから帰りたいとかじゃなくて」
「 」
「愛してるぜ茉梨☆」
「 」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「今日は一日中一緒に居てくれる?」
「喜んで」
「も〜仕方ないんだから☆許しちゃう」
無言の圧力に勝てなかった俺は、今日は茉梨の家で過ごすことになった
茉梨の親は二人とも大手会社で働いていて仕事が忙しく、家に帰ってくるのは夜中どころか何日か帰って来ない時が多い
まあその代わりといっては何だが茉梨の家は金持ちだ
町内で一番家がでかい。三人暮らしでほぼ家には茉梨しかいないのに関わらず三階まである。庭付き
やっぱり、そんな家に一人ぼっちだと寂しいだろうなあと台所でお茶を煎れている自分の彼女を見ながらそんなことを考える
日頃の自分の行為に罪悪感を覚えてくる
……もう少し優しくしてあげなきゃな
「南くん☆」
「うおわあ!?熱ッ!」
いつの間にか後ろに回り込んでいた茉梨は俺の頬にお茶を触れさせてきた
「茉梨……そういうのは冷たい缶ジュースでやってくれよ……」
「ふふっ♪」
茉梨は茶を乗せたお盆をテーブルに置き、俺の座る二人掛けのソファに一緒に座ってきた。距離がすごく近い
俺は何も言うことが出来ない
罪悪感か、恐怖心からか
なんとか沈黙を破るべく口を開く俺
「……テ、テレビでもつけないか」
薄型の大型液晶テレビの方を見る
「あら、私だけじゃ不満?」
「そ、そうじゃなくて、一緒に見ようって」
「今すぐ壊…」
「冗談!冗談だからっ!」
立ち上がろうとする茉梨の腕を掴んで引き戻すと、そのまま俺の力に任せて俺の肩に頭を乗せてもたれ掛かる
「少し……こうさせて」
「………ん、わかった」
静かで穏やかな時間が流れていた
隣でもたれ掛かる茉梨の体温が感じられる。茉梨のかすかな寝息が聞こえる。どうやらいつの間にか寝ていたようだ
大分寝ていたようで豪奢な掛け時計を見るともう夕方になっていた
そろそろ帰らなきゃなあ
でも茉梨の幸せそうな寝息を聞いていると起きるまでこうしていようと思った
だがそれはどうやら長くは続かないらしい。あの感覚が蘇る
玄関の方から唸り声が聞こえてくる
玄関で立ち止まってるってことはすり抜けられないんだろうか
【グルルルル】
一つ自然とわかることがあった
昨日の落ち武者とはレベルが段違いに強い
落ち武者がレベル1なら玄関にいるのはレベル30だ。それに人型ではない感じがする。恐らくは四足歩行の獣
【グルルルルル】
唸り声の強さが増してゆく
どうしよう茉梨起こそうかな。ちらりと茉梨の方を見る
すーすーと心地よさそうに寝ている。……俺だけでやるか
ゆっくりと茉梨をソファに横たわらせる。さてどうするか
居間にはあいつに効きそうな武器は見当たらない
包丁は台所にあるが通用しないだろう。茉梨はどうやって倒したか今朝のことを思い浮かべる。……チェーンソー。……茉梨の部屋にあるのかな
いや、勝手に茉梨の部屋に入るのは悪いし、多分あれは俺に使いこなせない
迷ったあげく下手に刺激するのもあれなので手ぶらで行くことにした
……話通じっかな
【グルルルルルルル】
獰猛な鳴き声が近づくことにより大きくなってくる
【グル……来たか。後少し遅れたら突き破ってやろうかと思ったぞ】
「……そりゃ物騒なことで」
とりあえず言葉が通じて安心する
「てゆうか君喋れるんだ」
こちらの動揺に気づかれないように俺のペースに持っていく
【ふん、あの役立たず、そんなことも伝えなかったのか】
役立たずとは、落ち武者のことだろう
【我々は思念を飛ばすことができる。それによってあらゆる生き物との会話が可能だ】
「へー便利だな。で?この家に何か用?」
【全くあの役立たずは一体何をしていたんだ……そなた昨日変な奴に会わなかったか?】
「変な奴と言うと?」
【鎧を着て、刀を携えたカッパみたいなオッサンだ】
「なんだそれ?口の尖ったコスプレ野郎か?」
【……どうやら本当に知らないようだな】
獣はうなだれて何か苛々しながら呟いている
【あの役立たず……向かう途中で僧か何かに会って成仏させられたか】
俺の彼女です
【仕方ない今から説明をする。無理やりそなたを連れて行って騒がれても面倒なのでな……ん?待て】
獣は疑問を述べた
【何故そなたは私のような存在に初めて会うのに驚かぬのだ。……既に同じ存在と出会ったことがあったのか?】
「そうそう。それもとびっきり綺麗なお姉さんとね。小さい頃だったから忘れてたよ」
危うく嘘がばれる所だった
【ふむ……では何から話そうか】
こちらから促してやる
「君は何者?」
【ぬ……そうかそれがまだだったな。失礼。私は分かり易く伝えるとすると……そうだな。怨霊だ】
「怨霊か……」
【ああそうだ。詳しく説明すると長くなるのでな。そなたが構わぬのなら話しもするが】
できるだけ時間稼ぎをしようと思った。そのうち弱点みたいなものを吐くかもしれない
「じゃあお願い」
【……物好きな奴だな。まあよい。そなたは私いや我らの恩人だからな】
そういうと獣は玄関越しに語り始めた
【あれはもう何百年前の話だっただろうか。私はもとは人間として暮らしていたのだ。それも大分地位の高い、な】
【日々勉学に励み、剣の修行をし、一度たりとも道を踏みはずすことはなく、慎ましやかな生活を送っていた】
【ある日のことだった。私は今まで敷地から出て行くことは許されなかった。まあ、年齢が幼いうえ悪漢に襲われては腕の立たぬ私はすぐに屈してしまうから仕方のないことだったのだろう。たまに出ることが許可されることがあっても数多くの家臣達に囲まれて隣国の殿や姫に挨拶に行くぐらいだった】
【私は生来真面目だったこともあり、年早くしてあらゆる勉学をこなし、腕もかなり上達してきていた。すると父がこう言った】
【まだ時期尚早とは思うがお前もいい年齢だ。剣の腕もいいし、頭もいい。どれ、散歩ぐらいなら外に出ることを許可しよう。数人の護衛はつけるがな。近くに美しい川が流れている。句の一つでも詠むといい】
【私は嬉しかった。護衛付きとはいえ、何の役目も使命もなく、自分の好きなように外に出られる。今まで遠くから眺めるしかなかった美しい自然を近くで、触れることができるのだと】
【早速私は数人の家臣達を引き連れ、父の言う山中の美しい川へと連れて行ってもらった】
【本当に目を奪われた。今まで書物でしか知りえなかった川が、自然が、こんなにも美しいものだったのかと】
【思わず家臣達に訪ねたのだ。この川の水は飲んでもよいのかと。そうしたら最も厳格な家臣、巌二が言ったんだ。“安心してお飲み下さい。この清流は私たちが管理しております。獣の死体はおろか、魚の死体だっておりません”“そうか。ご苦労である”“有り難きお言葉で御座います”巌二が私に微笑みかけてくれる。他の家臣達も同様に微笑んでいた】
【だが私が川の水を手ですくって飲もうとしたところ、急に後ろから巌二が叫んだんだ】
【“お待ち下さい!!!!!”私は驚いて手の隙間からすべての水をこぼしてしまった。何事かと思うと、巌二は私に近づき携えていた手拭いを渡してきた。“早くお拭きください!!!!おい、お前ら”巌二は他の家臣達に何かを促す。川の上流の方で何かあったらしい】
【巌二以外の家臣達は上流に向かう。私は手を拭きながら巌二に尋ねた。“何かあったのか?”“何、若は気にすることはありません。
ちょっとした不届き者が勝手に川を使っていたようで”“なぜだ?どうして使ってはならぬのだ”“いえ、そやつは見たところ汚らしい下民らしく。危うく若はその汚らしい者の触れた水を飲む所でした”“確かにそれは嫌であるが……ではその者はどうやって水を得るのだ?”“それはもちろんその者達の村にある井戸で御座います”“成る程井戸か。絵で見たことがあるぞ。確かにおかしな話だ。
何故わざわざ遠い村からこの川まで”“はは、全くで御座います”そのうち草をかき分ける音が近づき数人の家臣達と一人の老人が現れた。老人は後ろ手に縛られ身動きができないようである。“こやつをすぐ始末いたしましょうか”“馬鹿者。ここで殺……裁いては川が汚れる。それに若の目もある。そうだな。村に行き見せしめに裁くのもいいかも知れぬ”“承知いたしました”家臣達がその老人を連れ去ろうとした時老人は慌てて言った。“ま、待ってくれぇ!話を聞いてくれぇ!”“だまれェ!!!若の前だ!!口を慎めェ!!!”“こ、これは失礼を、ですが……”老人はおそるおそる言う。“私達の村ではもうこの日照り続きで作物はおろか井戸は枯れ果て飲み水の確保もままなりません。ですので、ここに立ち入るなとの禁忌を犯してでも水を確保しなければ生きることができないのです”“知ったことか。禁忌は禁忌だ。どんな理由があろうとも許されることはない”“そ、そんな、では村の者達はどうすれば……”“ふん、新たに深い井戸でも作ればいい。手伝いなどしないがな。それが嫌なら雨乞いでもしたらどうだ”“そ、そんな……”“連れていけ”老人はうなだれ悲しい表情をする。何もかも希望がなくなり、ただ闇がおとずれるのを待つ者の表情だ。私は気づかぬうちに立ち上がって宣言していた“その者を離せ”家臣達は戸惑う。巌二は私に言う。“若。この者達に同情してはいけません。この世には皆それぞれの地位があり、役割があり、運命が御座います。全ての者は平等ではありません。力も体格も違えば、頭の良さも違う。顔も性格も違えば、心も違うのです。全ての者を平等に扱うことなど不可能。だからこそこの世を統制するために上下関係の格差が必要なので御座います。なので同情などしては”“関係ない”私は言い切る。断言する。口からとめどなく言葉が溢れ出た】
【“巌二。我を愚弄するか。我を世間知らずの子供とでも言いたいか”“いえ決してそのようなことは……”“我を侮るな。これでも人一倍勉学に励み、常にこの世の事を世に比べたらちっぽけな敷地内で考えておった。だがまさかここまで格差が酷いものだとは思ってもいなかった。
どの書物にもこのような事は描かれていなかったからな”“若……しかし”“まだ言うか下郎が”“なッ!?下郎だと!!”立場を忘れ厳二は私に怒鳴りかかる。“当たり前だ下郎。貴様が家臣など反吐が出る。貴様の価値は下民以下だ”“ぐ……ぐぐ……!!”厳二が必死で理性を抑えているのがわかる。よほど侮辱がこたえているらしい。構わず私は続ける。“今すぐこの場から消え失せよ。貴様は今から追放だ。おいお前達はどうする?”他の家臣達に問い掛ける。すると慌てて老人を手離す。こちらは聞き分けがいいらしい。だが厳二は】
【“許さん!!許さんぞ小僧ォオ!!”厳二の本性が現れる。厳二は腰の鞘から刀を引き抜いて言った。“粋がるなよ小僧ォ!!!貴様は今ここで殺す……!!!ただで追放されてたまるかよォオオオオ”】
【厳二は私に切りかかった。私も刀を引き抜いて構えたが先に家臣達が前に立ちふさがった。
だが家臣達は斬りつけられ、血を吹き出し倒れる。厳二の方が遥かに強かった。もちろん取り囲んで切りかかればいくら強くても勝てるだろうが、私を守る為に皆前方に固まってしまった。これでは勝てるはずもなくやがて私一人となった。老人は腰を抜かして木に寄りかかっている。目の前に血を流し倒れる家臣達を見ても不思議と恐怖は感じなかった。初めての真剣での実戦、感覚が極限まで研ぎ澄まされてゆく。立場の悪い山地。相手の間合い。呼吸】
【今まで培ってきたものを全て今に集約させる。構える。巌二が雄叫びをあげながら襲いかかってくる。剣の軌道を読み緩やかにかわすと、懐に踏み込んだ。今斬りつければ勝てる だがそれは殺めるということ】
【私は剣を振るった。私は初めて人を殺めた】
【後悔などしていない。私は正しい。】
【だが世間はこれを正しいとしないだろう。父、母、家の者共。私はこれからどうすればいいかわからなかった。そうして呆けて立っていると、木に寄りかかっていた老人が姿勢を正し頭を下げて言った】
【この命を救っていただき心の底から感謝致しております。こんな下民のために若の手を汚してしまうとは、どう償えばよいものか……】
【良い。私はただ正しき行為をしたまで。面を上げろ。それよりも】
私は立て膝になって告げる
【今はそなた達の村の危機を救うのが大事である。どのような手段、嘘を用いてでもそなた達の村を救ってみせる】
私が言い切ると老人は感涙のあまりむせび泣いた
【本当に……!本当に有難う御座います若!私共の一生の恩人であります……!】
【何、そう泣くでない。元はこの世がおかしいのだ。格差が激しすぎる】
私は天を仰ぐ
【この世は私がきっと変えてみせる】
【ふん、来世で出来たらよいな】
【!?】
私はとっさに声のした方を見る
数人の家臣達と父上がそこにいた
【……いつからそこに】
【貴様が巌二を切り倒し老人に語りかけていた所からだ】
【父上ーーいえ、あなたはこの世の現状を見て何も思わぬのですか】
【……どうやら外を見せるにはまだ若すぎたようだな。下民共がどうなろうと知ったことではない。ろくに年貢も納めず、廃れていたあの村なら尚更な】
【…………】
【お前に最後の機会をやろう。お前は頭も良く腕もいい。私の立派な後継ぎになる。ただ】
【その軟弱で生易しい考えを、その下民を捨てる覚悟があるのならという話だが】
【断る!!!!】
【そうかならば今すぐ死ぬがいい。やれ】
私はとっさに老人から離れ川の近くに走り寄る
家臣達が追いかけ、私をとり囲む
この川を背に向けた背水の陣の状態
前方には六人の半円状に並ぶ家臣達
勝てるわけがなかった
それでも死に物狂いで戦った
一太刀を剣で受ければ五太刀が襲う
それでも急所は避けるようにし、一太刀で確実に仕留めていく
やがて六人の家臣達全てを斬り倒した
だがこちらも立っているのがやっとの状態だった
向こうにそびえる父が私に近づく
【やはりお前は強い。その年でそこまでのものとは実に惜しい】
父は刀を鞘から抜く
【終わりだ】
立っていることしかできなかった私から鮮血がほとばしりうつ伏せに倒れこんだ
父が老人の方へ近づいて行くのをぼやけゆく視界で捉える
ーーふざけるな
何故だ何故理解されぬ何故この世はこうまでも狂っている
私に私に力が有れば人の姿でなくともよい私に
ーー我に力を与えよ
【気がつくと私の口は鮮血でまみれていた。私は本物の獣になっていた。前足を見れば紺色の毛が生え渡り、先には獲物を捕らえる三本の爪。その下には血を流し横たわる父上がいた】
【顔を上げれば老人が慌てふためき、山の中を何度も転びながら逃げて行った】
【ーーこれからどうしたものか】
【あの老人の村に行くことは出来ぬ。私の姿は獣だ。逃げられる】
【私の家ならばなおさらだ】
【私はこの山で暮らすことにした。この山に住む他の獣達を食糧とし、日々訪れる私の家の者共を追い払い、訪れる下民達には見つからぬよう身を潜めていた】
【ある日のことだった。私の姿が見慣れぬものだったからだろう。私の家の者共は私を悪霊の類だと思い始めた】
【家の者共が連れて来た僧が私を封印して今に至るというわけさ】
獣の語りは終わりを告げた
すっかり聞き入っていた南羽は目的を忘れていた
やべ。弱点わかんね
いや……まだ聞けることはいくつか残ってるか
【……おいお前聞いていたのか?】
「え、うん、もちろん聞いてたよ。つい感動の余り放心しちゃってさ☆」
【それは感動とは言わぬと思うが……まあよい。これで私の事はわかってもらえただろう?】
「うん、わかったわかった。それで君はこの家に何か用?」
【この家に用はない。そなたに用がある】
「え、俺!?」
驚くふり
【そうだ。そなたは昨日古家の前を通った時に札を剥がしたであろう】
「うん」
【その札は普通の者には見えぬしもちろん剥がすことも出来ぬ。それが出来るのは最高峰の高僧や霊能者、そしてそなたのようにごく稀にいる強い霊感を持った者だけだ】
「へー……俺そんなに凄い奴だったのか」
【そうだ。古家の辺り一帯を探った所、札を剥がせる者はそなたしかいなかった】
……あれ?
「そういえば君の姿って他の人に見えるの?」
【ぬ?見えぬと思うが】
「つまり見えるのは俺ぐらい?」
【ふむ、札を剥がすのとは違い私達の姿を見ることは比較的容易いが……この周辺にはそなたしか出来ぬな】
……茉梨昨日見るどころか攻撃出来てたんだけどな
【これからが本題だ。そなたが剥がした札。あれは私達のような者達ーー憎しみの塊が集まる場所に何枚か存在する。札を一枚剥がすという事は出口が一つ出来ると言うこと。しかし二十四時間に一体しか出れぬ。このような遅い周期では全ての者が出るまでにいずれまた封印されてしまうだろう。その前に全ての者を現世に放つためにも残りの札を全て剥がしてもらう。だから、今すぐにでもそなたに来てほしい】
「……ちなみに」
【何だ?】
「その方々を解き放つとこの世界に影響が出る?」
【別に汚れた人間がいくらか死ぬだけだ。皆何らかの憎しみを持っているからな。復讐が終われば自然消滅する。安心したまえ】
「……君は?誰に復讐するの?」
【私は特には何もせぬ。憎しみを持つ弱き者の無念を一人でも多く晴らすべく、そなたに札を剥がさせるだけだ】
「断ったらどうする?」
【何故断るのだ?……ああ、奴らに聞いた所そなたは殺されぬぞ】
「いや、一応聞いてみたいなって」
【簡単なことよ。そなたをーー】
殺気が玄関越しに澄み渡る
【ーー半殺しで連れて行くまでよ】
俺は固まる
獣はこちらの様子に気づいたようだ。殺気を緩める
【どうした?安心したまえ。そなたは断らぬのだろう?】
……やっぱ戦うしかないのか
さてこっからは俺の話術を駆使して弱点を
「あれー?南くんどこー?……あっいた、もー玄関で何してるの〜〜?」
後ろを振り向くと
寝ぼけ眼で目をこすりながら、こちらにつたない足取りで歩み寄って来る茉梨がいた
…助かった
茉梨は俺の肩に手をかけると静かで眠そうな声色で囁く
「……帰ろうとしてた?」
(違う違う、ほら玄関にいるでしょ?)
茉梨は玄関の方を見やる
「え?何が?」
……ん?
(いやほら今朝の奴だよ。幽霊ってゆうか怨霊。今回は獣だけど)
「南くん何でそんなわかりやすい嘘つくの?玄関には何もいないよ?」
マジっすか
獣はこちらの様子を伺って言う
【どうした?そこにいる女に私の姿は見えぬぞ?その女の霊感は無いに等しい】
俺は素早く玄関に張り付くと小さな声で言う
「あ、いや、ちょっと待っててもらえる?実は今日一日中家に居る約束しちゃってさ。説得するのに手間取っちゃって」
【成る程そういう事であったか】
俺は素早く茉梨の所に戻り両手で茉梨の両肩を掴み、もちろん違う事を説得する
(茉梨頼む今から小声で話してくれ。そして信じてくれ。……いいか?)
茉梨の黒い瞳をじっと見つめる
(……いいよ。南くんの目は嘘ついてない)
よし。まずは一つ成功。次は
(本当に玄関の外の黒い影は見えないのか?)
(うん、見えないよ)
(……そっか。わかった。実は今、昨日みたいな怨霊が外にいるんだ。今回は獣なんだが)
(うん。……ってことは南くんを殺そうとしてるの?)
(いや、獣は俺に怨霊を封印している札とやらを剥がしてほしいらしく、断らない限り傷つけないらしい)
(んー……じゃあ行ってあげたら?)
(駄目だ!そんな事したらたくさんの人が死ぬ!俺が死ななくても茉梨とかあの子とかあの……とにかく世界は大混乱になって怨霊に殺されなくても疑心暗鬼や自暴自棄になった奴に殺されるかもしれないだろ!)
(んー……でもどうするの?確かに昨日は私見えたけど……今は何も見えないから倒したり出来ないよ?)
(ぐっ……確かに茉梨には霊感がないらしいから見えないはずなんだが……そもそも何で昨日見えたうえに攻撃出来たんだ?)
(ん〜……何でだろ?☆……でももう気がすんだし………あっでも待って)
茉梨は変な質問をしてきた
(そこにいる獣って雄?雌?)
(あ〜……実はさっきまであいつの昔話聞いてたんだけどさ、小僧とか言われてたし雄だと思うけど……ちょっと待って)
俺は再び玄関の方に行く
【何だ?】
(いや、ちょっと性別が気になってさ)
【そなたは先程の話を聞いていながらそのような事を聞くのか?把握力が乏しいのか?そんなもの決まって……】
(女でしょ?)
【……何故わかった】
(なんとなく)
【ふむ……実は私が人間の頃、幼いという事もあってか見た目は全くの男でな。よく間違えられていたらしい。そこで父上は私を男として育て、扱ったせいで親と身の回りの世話の者以外、皆私を男と勘違いしておった。それをまさかそなたが、しかもこのような姿であるのにも関わらず女と見抜くとは……ただ者ではないな。そなた何者だ?】
「色男かな☆」
【ほほう、色男とな】
獣は笑う
その面影は人間の頃の少女を映し出していた
【少しの間ならその頃の姿に戻ることもできるぞ?そなたのような色男になら見せてもよいかもしれぬ】
「おお、それなら早く言ってくれよな。出来たら後で見せてくれーー出来たらね」
俺は茉梨のもとに戻って言う
「女だって」
茉梨の笑顔が若干引きつる
「んー……まあでも所詮、獣の雌よね?」
「でも元は人間だって。少しの間なら人間に戻れるらしい。しかも美少女」
茉梨の雰囲気は一変した
茉梨の周囲の空気の温度が急激に下がっているようだ
何が言いたいのかというと今俺は物凄く寒気がする。さすがに美少女とか言わなきゃよかった
(ーー南くん )
(……何?)
(見えたよ玄関越しにいる獣 )
俺はもう茉梨の霊が見える条件について気づいていた
いや気づかされた
要するに恐ろしい事だが本当に恐ろしい事だが
茉梨をこの状態にすればいいらしい
そして茉梨がこの状態になる方法は一つだけ
……俺の女絡みの事
……ってことは今日誰の所に行こうとしてたのか知ってたってことか……
携帯電話盗聴されてんのかな……
(南くんあいつ消すために今から言う事聞いてね )
(うんわかった)
(私は気づかない振りするから南くんは玄関を開けて出る素振りを見せてね )
(わかったーーでもあれは?)
(あれ? )
(……武器みたいな)
茉梨は俺に手をかざしてみせるすると突然
(っ!?)
(ね?こういう事。今回はチェーンソーじゃないわ。色々使った方が楽しいでしょうし♪)
(……行ってくる)
(頑張って♪)
頑張るのは茉梨の方だと思うが
説得を終えて出ることが許可されたという素振りで玄関を押して出る
(……やっと許可が降りたよ)
【長かったな。あの女は彼女とかいう奴か?全く粘着質な女だな】
(はは俺もそう思……)
「南く〜ん 」
俺の心臓が飛び跳ねる
茉梨が走りよってくる
聞こえたのかと思ったがどうやら違うようだった
茉梨の瞳に黒い影が宿っているのが見えたからだ
あれは獲物を殺す目だ
茉梨は何かにつまづくように転んだ
「きゃっ 」
わざとらしく声をあげる
茉梨の転ぶ先
右手は獣の頭をかすめる軌道上を通るようだ
茉梨の右手が獣の頭上に達した途端
鈍く光る鉈が出現した
【ッ!!】
獣はとっさの判断野生的直感でそれをかわす
鉈は下のコンクリートに突き刺さった
獣はとっさに避けはしたがその突然の行動により庭の上を二転三転する
体制を立て直すと威圧的な眼光、鋭利な牙を見せつけこちらを威嚇する
【騙したかのかッ……!!そなたッ!!】
獣は低い体制で紺色の体毛を逆立て唸る
「いや……うんごめん」
「何謝ってるの南くん? 」
茉梨はコンクリートの足場に刺さった鉈が抜けない事を悟ると手放して鉈を消失させ、再びその手に蘇らせる
茉梨はこの状態の時、どうやら望んだ武器をその手に具現化出来るらしい。だがそれは若干透けており生物には当たらないらしく、維持するためには触れていることが条件だそうだ
だから具現化した刃物を投擲したり、銃弾などの発砲は体から離れてしまうため使用出来ないらしい
「この武器無生物かそれに近いものにしか効かないけど多分コレが見える人にも効くと思うなあ南くんねえどっちの味方?☆ 」
「いやお前の味方だから刃をこっちに向けないでくれ」
【何だッ……!!私が見えるだけでなく武具の具現化だとッ!?女、そなたは一体何者だ!!!】
茉梨は黒い笑みで微笑み返す
【南くんの“一番”の恋人だけどなにか?この泥棒猫……いや泥棒狼さん? 】
【ッ!?……念話まで可能とはますますわからぬ……そなたも我らと同じなのか?】
【私は人間よ?そのくらいわかるでしょ?今朝の落ち武者さんも言ってたし 】
【何だとッ!!この男嘘をついていたのかッ!!!!!】
獣は怨みがましい眼光で南羽を射抜く
茉梨は南羽に念話が伝わらないように獣にのみ思念を飛ばす
獣は二人に思念を伝えているため南羽は獣が一方的に混乱して独り言をいっているようにしか見えない
そして落ち武者に会っていないという嘘がばれた事に驚いた
【……私の同胞達には悪いが……どうやら怒りの余り噛み殺してしまいそうだ……ッ!!!】
俺は後ずさる
茉梨は前に出る
【あなたみたいな獣女なんかに私の南くんは殺させないから ☆】
【………言ってろこの人間ふぜいが……我らを相手に戦うなど無謀だと言うことを教えてやる】
【あなたって私より年齢低いでしょ? ふふ、お姉さんが少しの間遊んであげるわ♪ 】
【グォオオォオオオオオォオオオォォオオオオオオオオオオオオォォオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!】
獣は怒涛の慟哭を放って茉梨に襲いかかってゆく
そして俺はようやく、茉梨が変な会話方法で落ち武者やこの獣の女の子と会話していることに気づいたのだった
だって
今、獣の女の子すっごく怖いもん
でも
目の前で嬉しそうに笑いながら鉈を振るう自分の彼女の方が怖かったことは、言うまでもなかった
獣は一直線に茉梨の方へと走り寄る
動きが速すぎてもはや瞬間移動とでも言うべき速さだ
獣は後一メートルという所で跳躍し鋭利な牙の生え揃うその大きな口を茉梨の顔目掛けて開口する
こんな動作俺のように目で追うのが精一杯で動けるはずがなかった
だが茉梨は反応した
「 ♪」
鉈の刃を飛びかかってくる獣に向け左手で鉈の柄、右手をグリップを掴み、左足を後ろに位置させ腰を落とし構えた
このまま獣の口が切り開かれると思った瞬間獣は鉈にかじりついた
「 !?」
茉梨は珍しく驚く表情を見せた
今鉈にかじりついている獣は空中に静止しているとも捉えられる。瞬間的に考えれば。つまり獣の四足は今地面から離れていて身動きが出来ない状態
それに比べて茉梨は武器が掴まれて迎撃が出来ない状態ではあるが、それは通常の武器を使用している場合だ
茉梨は手を離して武器を消失させると再び出現させ獣を一刀両断しようと手の平を天に掲げる
その時獣の口の端がつり上がる
茉梨の武器は現れなかった
茉梨はすぐに気がついた。獣の思惑と具現化の弱点に
具現化した武器を奪われた場合一定時間具現化出来ないこと
そして掴まれた武器を手離すことは奪われたと同義であることに
茉梨がいくら超人的な身体能力や超能力や恐ろしさを持っていようと
所詮はただの人間
地に着地した獣は目の前の茉梨に体当たりを食らわせた。茉梨の細い体は容易く吹き飛ぶ
庭を何度も転げまわると端の草木の茂みに突き刺さった。茉梨は動かない。いや動けないのだろう。苦痛な表情で体を震わせている
それを見た獣は吐き捨てるように笑った後俺の場所へとやってきた
【本当なら二人とも噛み切ってやりたい所だが私は寛大で慈悲深いのでな。あの女の醜態が見れたということで許してやろう。さて、そなた。私と共に来て無事でいたいか?それとも断って今すぐ半殺しに痛めつけて欲しいか?】
……。俺は今何を考えていただろうか
それは獣の問いかけの肯定でも否定でもどちらでもなく、ただ先程の戦いの一つの疑問点だった
茉梨があんなにも簡単にやられるわけがない
今まで何度もあの状態を見てきた俺だ
武器の具現化が出来ないとわかった茉梨がただ呆然と突っ立っているわけがない
つまり茉梨は意図的に獣の体当たりを受けた
獣の行動が体当たりではなく噛み殺すだったらおそらく違う行動に移っていただろう
そして俺にはどうしても茉梨の力が通常の半分以下しか出せていないように思えた
この俺の推測とあの一方的な会話手段が存在することが正しければ茉梨は俺に何らかの指示を出すはず
それまでに今俺に出来る事は時間稼ぎだけだった
俺は嗚咽混じりの苦悶の表情で獣に答える
ふりをする
「わかっ……た……言うとおりに……する……よ」
【ふん、もの分かりのいい事だ。初めからそうすればいいものを。さて早速行くぞ。早いに越したことはない】
「あ……いやその」
【……何だ?】
鋭い眼光を放つ獣
だが茉梨に比べたら怖くもなんともない
「触りたいなあと」
【……は?】
「そのフサフサしたかっこいい紺色の毛を触りたいなあと」
【……そんなもの札を剥がし終えたらいくらでも触らせてやるから後にしろ】
「嘘だ!!!!!」
獣の揚げ足をとりにいく
「さっき君は確か玄関越しに俺が断ったらどうなる?と聞いた時こう答えただろう。目的が終われば我らは消滅すると。そしてこうも言っていた。自分の目的は俺に札を剥がさせる事だと。……何が言いたいかわかるよね?」
獣は少しうろたえる
【い、いや……確かにそうだが……って待て!何故そもそもそなたの願いを聞かなくてはならぬ!?言うことを聞くのはそなたの方であろうが!!】
「ふ〜ん……成る程確かにそうだ。でも君は嘘をついたよね?あんなに俺が嘘をついた事を怒ったのにまさか自分の嘘は見て見ぬ振りするわけがないよね?」
【くっ……!わかった!触らせればいいんだろう!?ならばさっさと触れ!!】
「さ わ っ て く だ さ い だろ?君、嘘ついたのにそんな命令していいと思ってるのかな?」
【ぐうッ……さ、さわって……くださ……い】
「はいよく出来ました」
【くぅ……そなた覚えていろよ……!!】
俺はしみじみと茉梨の影響を受けているんだなあと思った
「じゃあ早速ーー」
【南くん☆ 】
「うおわあ!?」
急に茉梨の声が脳内に響き渡り立て膝になろうとしていた所でバランスを崩し獣の横腹に顔が沈む
【のわっ!?そなた何をしている無礼な!!】
「ご、ごめんちょっと立ちくらみしちゃって」
【南く〜ん聞こえてますか〜〜?聞こえてるなら獣の尻尾を思いっきり引っ張ってみて☆ 】
「……」
【ぬ?そなた後ろに回り込んで何】
「ふんっ!!!!!」
多分大変な事になるだろうけど俺切り刻まれるだろうけど茉梨の方が怖いと自分に言い聞かせ力の限り引っ張った
【ーーッ】
獣は庭の土の上でのたうちまわり悶絶している
脳内で茉梨の笑い声がこだまする
【あーーっはっは!あーーーーっはっは!!あーーーーーーはっはっはっはっはっは!!!!!】
俺は獣が痛みでこちらを認識出来ていないことを確認すると茉梨の方を見やる
一見、痛みで悶絶しているように見えるが、あれは笑いをこらえている体の震えだとわかる。脳内ですげえ笑ってるし
ようやく茉梨は笑い終える
【はぁっ、はぁっ、はぁっ………南くん見直したよ、躊躇なく引っ張るんだもんっ、偉い偉い♪】
誰のせいだよ
【ふー……とにかく一方的だけど話を聞いてね南くん、あの獣女の倒し方がわかったから♪】
俺は首を縦に振る
【私、いつもの力が出せてないって南くん気づいてたでしょ?普段いっぱい見せてるもんね☆それでね力が出せないのは相手の姿が原因だと思うの】
俺は首をかしげる
【つまりあの獣女がいくら女だってわかってても姿形は獣そのものじゃない?だから本気になれないと思うの。ね、だから南くんが説得してあの獣女をもとの姿に戻して欲しいの。あ、拒否権はないわよ☆ 】
……まあそれで倒せるってんならいいんだが……でも
【うんうん南くんの思ってることはわかるよ☆つまり元の姿に戻すってことは獣女の見た目が小娘になるということ。そしてそいつを良い言い方で言うと倒す、悪い言い方で言うと**す♪】
想像してみた
【いやぁっ止めて!】
【ぁっははははははははははははははははは 】
【痛い痛いよ……たくさん血が出てるよ】
【何言ってるのこれで終わりだと思ってるのかなじゃあ次の武器はこれだ☆ 】
【えっ……何それ】
【あれえ知らないあなたの時代にもあると思うけどなぁこれはね拷問って言ってこうやって 】
【……い……いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ】
俺は耐えられなくなってその場で卒倒した
庭でのたうちまわる獣(大多数が見えないけど)
庭で青ざめた顔をして倒れている男(俺)
庭の茂みに土だらけで横たわる女(俺の彼女今内心黒く高笑い)
端から見ればすぐさま通報されるだろういや通報してほしいがうん獣じゃなくて俺の彼女ね
今俺は天を見上げている。いや見ている。目の前にあるから。いいなあ空は穏やかで
【南くん?】
……
【ねえ南くん聞こえてる?】
グオオオオオオオオオ
あ、まだ獣苦しんでる
【ねえ南くん急に倒れたけどさぁさっき私にすごく失礼な想像してたでしょ】
……空綺麗だなあ
【 】
雲一つないや
【 】
一度でいいから飛んでみたい
【 】
風に乗ってどこか遠い所へ
【今すぐ立たないと南くんに想像通りのことしてあげちゃうよ 】
俺は飛び起きた
俺は服についた土を払うと獣の方を見やる
もう庭で転げ回る躍動は止まっており荒く息をついている。そろそろ復活しそうだった
茉梨も
【じゃあ南くんは後でちょっとお仕置きするとして…… 】
茉梨はゆっくりと立ち上がる
服や肌に付いた汚れを払おうともせずただ瞳に影を宿す
【安心して無駄なことはしないから一瞬で終わらすし。それに少しの間しか人間になれないんでしょ?だったら人間の姿の時に弱らせて獣に戻り次第倒せばいいでしょ】
茉梨の黒い眼差しは獣から俺に移りそのいつも通りの笑みを見せてくれる
【南くんの前でそんな想像通りのことするわけないでしょっ ☆】
俺が見ていない所ならばやるという脅しにも取れる。つまり常に一緒にいろということだろう
【グ……ォオ……そな……た】
獣が震えながら立ち上がるまだ足元がおぼつかない
【……そなた……何のつもりだ……私を倒すつもりならば今すぐ噛み切って】
「違うよ」
仕方なく茉梨の言うことを聞いて作戦を実行する
「だって倒すつもりなら君が苦しんでいる間に俺は武器を探しに行くか素手で攻撃するかするでしょ?」
【……確かに……では何故だ】
よく気づかないなと茉梨の方をちらりと見ると元の位置に寝そべっていた
「尻尾を引っ張れば取れるかなって」
【取れるかァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!】
頭に怒声が響き渡りキーンとする
その中に茉梨のこらえる笑い声も混じっていた
【……ほ、本当に痛かったのだぞ……今まであんなに強く引っ張られだこどなんでながッだんだぞっ】
獣の思念が乱れる。多分心の中で凄く泣いている
茉梨に言われたからといっても悪い事したなあと思いつつ俺は冷酷に作戦を遂行する
立て膝になり慰めるように獣の頭を撫でる
「ねえ」
【ーー何だ】
「君の本当の姿が見てみたい」
それはさながら告白のようであっただろう
暖かな春の日差しに包まれ
一陣の風が吹き抜ける
触れた手からは互いの体温が伝わり
辺り一面が二人だけの世界
【……ひどいことしないか……?】
「どうかな。見てみないとわからないさ。君のあまりの美しさに見とれてつい抱き寄せてしまうかもしれない」
【……それ以上はダメだからな】
もし獣が今少女の姿だったならば顔を真っ赤に火照らせていることだろう
「わかった。我慢するよ」
【……そ、そんなに我慢しなくてもよいのだぞ……その……あう】
さっきから茉梨の釘をさす思念が飛んでこないのは一応気を使ってのことだろうか
「じゃあ、見せてくれるかな?」
【……わかった】
獣は二、三歩後ろに下がると深呼吸をする
【……そなただから見せるのだぞ。軽々しく人に見せるものではないからな】
獣のいる地面が円形状に光り光の柱が獣を包む。それは獣を完全に包むと天まで伸びてゆく。光の先が見えなくなると徐々に柱は光りの粒となり散らばってゆきやがて消えてゆく
そして光が完全に消える時
目の前には一人の少女が現れていた
凛とした顔つきに
首もとまで綺麗に切りそろえられた黒髪
しなやかに引き締まった体
そしてそれを包む清楚な着物
ただ美しいと言ってしまえばそれまでだが、美しいとしか言い様のないたたずまいだった
少女が閉じていた目を見開くと俺と視線が交錯する
「どう……であろうか」
思念ではなくその麗しい口から言葉を発する。俺は言葉より先に体が動いてしまいそうになった
今すぐ抱きしめたい
ただ一つの欲望が俺の心を満たす
だが残る理性で必死にそれを抑えつける
抱きしめてしまえば
愛してしまえば
別れがつらくなる
第一この少女を騙している自分にそんな権利はない
俺は震える体を悟られないように少女に答える
「可愛くて美しくて本当にーー綺麗だ」
「そっ、そうか。良かった。そう言ってもらえて嬉しいぞ」
少女は笑う。純粋な笑顔で
今から俺はこの笑顔をぶち壊さなければならない。俺は苦悶の表情を隠すようにうつむいた
「ど、どうしたのだ?大丈夫か?」
少女はそんな自分を心配してくれている
罪悪感という邪悪な流れが体中に行き渡る
今から俺は本当のことを告げなければならない
一度嘘をついた相手を再びすぐに信じてしまうほど純朴な少女に
ついに体の震えが抑えきれなくなり顔を上げかすれた声で言う
「俺は君にまた嘘をついた」
「嘘……?だ、抱きしめるということか!?そ、そそ、そんなこと気にしておらんぞ!?」
自分の頬に何かが伝う
俺は気にせず続けた
「違う。そうじゃないんだ。……俺には君を抱きしめる資格なんてない。だって……俺がついた嘘は」
「ーーーー 」
「え?」
バリッ
ドサッ
少女はその場にうつ伏せに倒れる
その背後には茉梨が立っていた
手には火花の飛び散る機械を持っている
「へぇ〜怨霊にもスタンガンって効くんだぁ人間の姿だからかなぁうんそろそろかな 」
茉梨が手をかざすと再び鉈が現れる
茉梨は震える俺を見て言い放つ
「南くん後ろ向いててやっぱり今すぐ消滅させちゃうから復活すると面倒でしょ☆ 」
鉈を振り上げた茉梨はただ俺の返答を待つ
震える体で震える思考で震える心で考えた
茉梨の言うことは正しい
少女はそのうち獣に戻る
鎖でつなごうと
切り刻もうと
獣は止められないかもしれない
獣は憎しみの塊
俺はその憎しみをさらに成長させてしまったのだから
だったら俺はどうすればいい
獣の少女を殺さなければ俺は連れて行かれ
札を剥がすと代わりにたくさんの人が死ぬ
どちらを選べというのだ
そんなもの決まってる
この少女を今すぐ
「茉梨」
「何かな南くん? 今更嫌になったとかーー」
「俺も一緒に見届ける」
茉梨の黒い影で覆われた瞳を見据えて言った
「… じゃあやっちゃっていいのね?」
「ああ」
俺は視線を茉梨から少女に移す
「やってくれ」
茉梨は少女の横、首もとの位置に移動すると鉈を振り上げる
「 」
「 」
「」
茉梨の無言のカウントダウンが終わると
ついに茉梨はその手を少女の首もとに振り下ろ
「やっぱやーめた」
茉梨が鉈を放り投げると鉈は消滅した
俺は意味がわからなかった
「茉梨……何で……?」
茉梨が躊躇などするはずもなく、ただ俺は茉梨の行動が不思議でならなかった
「だってさー。……。南くん自分の顔鏡で見てみたら?すっごくひどい顔してるよ?」
俺は慌てて自分の顔を手触りで確認する
すると今まで言われるまで気づかなかったが
涙はぼろぼろに垂れ流れ
鼻水はだらだらに垂れ下がり
とにかく顔中がぐちゃぐちゃだった
「……まったくもう。そんな顔されちゃやるにやれないじゃないのよ。ほら、ハンカチで顔拭きなさいよ」
俺は茉梨にハンカチを手渡され、気休めではあったがある程度涙や鼻水は拭き取れた
「あ、それ返さないでよ汚いから。あげる。道とかに捨てたらぶっ殺すからね。……まだ顔汚いわね。そんなんじゃ格好いい顔が台無しね。みんなにひかれるわよ。まったくもう……」
茉梨は俺のそばに寄るとしゃがんで唇を合わせてきた
「……ま、今のあなたは私の中で世界一格好いい男だけどねっ」
再び唇を合わせる
俺は全身の緊張が解けて
その場に崩れて気を失った
目を覚ますとそこは見慣れたリビングだった
どうやら茉梨を寝かせていたソファーに今度は俺が寝かされているらしい
起きあがると額から何か落ちた。濡れタオルだった
辺りを見回すと丁度二階から降りてきた茉梨と目が合った
「あ、南くん起きたー」
茉梨は俺に飛びついてきた。元の調子に戻っていた
「南くん大丈夫?痛い所とかない?」
あまり見慣れない少し悲しそうな表情で俺を見てくれる
「ああ、大丈夫大丈夫、ありがと。茉梨の方こそ怪我とかないのか?」
「んっ、ちょっと汚れただけだからお風呂入ったら元通りだよ」
「そうか、よかった」
心から安堵する。二人とも無事で茉梨が元に戻っていたことに
二人?
俺は疑問を浮かべる
「なあ茉梨」
「何かな南くん?」
「あの女の子は?」
「え?何言ってるの殺したじゃん」
……は?
「ちょっと待って……まだ記憶が曖昧だからよくわかんないんだけど……」
「もー何言ってるの南くんちゃあんとあの女の死ぬところ見てたじゃない南くんが自分も見たいって言ったんだからねっ」
いや 待ってくれよ
確かに言ったよ 見届けるって
でも さ
茉梨 殺さなかったじゃん
やっぱりやめた って
言ってたじゃん
え ?
ま さ か
「あはははは!南くんに思いっきり血しぶき飛んで驚いて気絶しちゃったもんねえ私ここまで運んで血を拭き取るの大変だったんだからほら見てっ」
茉梨は俺の膝に落ちている畳まれた濡れタオルを広げて見せた
その内側にはびっしりと赤いものがついていた
血?
てことは
さっきのは
夢?
気絶した俺が思い描いた
都合のいい ユメ?
「う………うっ…うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
茉梨はただ醜悪な表情で笑い続けていたのだった
『恐ろしきは近くに』
【BADEND】
「勝手に殺さないで下さいよ姉さん」
「ああああああああああああああああああああああああああああああ……ああああああ……ああ…………あ?」
後ろを振り返ると一人の女の子がいた
首もとまで綺麗に切りそろえられた黒髪
しなやかに引き締まった体
年齢相応の可愛らしい絵の描かれたTシャツとスカート
凛とした顔立ち
だがどこか照れくさそうな表情をしている
服装は違えど、あの女の子であるとすぐにわかった
あれ?なんで?
というか
姉さん?
「くっくっく……あーっははははははは!南くん!南くん騙された!あーーっははははははははははははははははははは」
「姉さん笑いすぎです。さすがに怒りますよ」
「待って!待って!今笑い終わっ……あーーっはははははははははははははははははははははは」
べしっっっ!!!!!
「ふぐっっっ!!?」
「姉さんと言えども容赦なく叩きますからね。まだ笑い足りない、叩かれ足りないですか?姉さん」
「わ、わかった!止めるから!みやちゃん力強すぎっ」
わいわい、がやがや
一人取り残される俺
何コレ?
え、夢?
「あ、すいません兄さん、姉さんがうるさいものですからつい置いてけぼりにしてしまいました」
ソファーに膝立ちでいた茉梨を軽々と床に引き落とすと女の子はソファーに乗って正座をする
俺もつられて正座をする
女の子はソファーに乗っかった赤いタオルをつまむと
「これ、ケチャップですから」
と言ってそれを引き落とされた際にテーブルの角に頭をぶつけてのたうちまわる茉梨の顔面に投げつけた
女の子は俺に向きなおるとあらためて姿勢を正して頭を下げる
「この度、あなた様の、そしてそこに落ちている性悪女の、妹にならせて頂きました。ふつつか者ですが、どうぞ宜しくお願い致します」
俺もすぐさま頭を下げる
そして顔を上げると女の子が
「……だめ……ですか……?」
と上目使いでこちらを伺ってきた
「いいに……決まってるだろ……」
ついに俺の理性は吹っ飛び女の子、いや自分の妹を抱きしめた
床でおでこをさすりながら恨めしそうに俺を見ているケチャップがいたが気にしない。気にしねえ
俺はしばらくして抱きしめていた腕を放す。女の子は恥ずかしそうに真っ赤になって顔を背ける
女の子は落ち着くとまた俺を見て話す
「えっと、これまでの経緯を説明したほうがいいですよね」
「ああ、うんお願い」
「では」
女の子は自分の顔を俺の顔に近づけると額と額をくっつけた
「今から、私の体験したことを直接兄さんの頭に流します。よろしいですか?」
「え?そんなこと出来んの?」
「はい。私達のような者はいくつかの伝達手段がありまして」
「へえ……凄いね」
「特別凄い能力はこれ位ですけどね。じゃあいきますよ」
俺の視界が光に包まれる。だがそれは一瞬のことですぐに景色が移り変わる。どうやらここは家の一室らしい。辺りは薄暗く月明かりが窓から差す程度だ。部屋の扉が開き誰かが入って来る。茉梨だった
「気分はどうかしら」
俺の視線は勝手に動き自分の手足を見る
鎖で繋がれどうやら首輪までされているらしい
自分の口は開き言葉を発する
「私は……また騙されたというわけか」
あの女の子の声だった。つまりこれは女の子の体験を自分が実際に体験しているということか
「ご名答♪」
茉梨は目の前に立つ
今女の子はいわゆる貼り付けにされているらしい。十字架の形に
「いい光景だわ。気分がすっきりする♪今まで他の女にこれらの道具が使えなかったからねぇ」
この磔道具やそこらに落ちている拷問道具のことだろう
「早く殺せ」
女の子の澄んだ声が部屋中に響き渡る
「私をこのような状態にして蔑むか。そなたの目的は私を滅することだろう。早くしなければ獣の姿に戻りそなたを噛み殺すぞ」
「わー怖ーい☆」
大袈裟に縮こまる茉梨。もちろん顔は笑っている
「じゃあ戻ってみたら?」
「いいだろう……この私をこんな道具などでは縛れぬこと教えてやる」
「♪」
「……戻れぬ……だと……?」
「うふふふふふふふ」
茉梨は黒く微笑む
「実はねあなたの体に私の力を加えておいたの戻れないようにねまっ少しの間だけどあなたで遊ぶには十分☆」
茉梨の姿は月明かりに晒され陰影を際立たし深海のように暗く淀んだ微笑みはより深さを増す
「くっ……好きなだけ持て遊ぶがいい。ひとたびの声もあげずに耐えきってやろうぞ」
「ふうん……大した自信ね」
茉梨の手は女の子の頬に触れる。女の子は一瞬震えを起こす
「ふふ、強がっちゃって……」
茉梨は女の子の顔に近づいてその瞳と瞳を重ねる
「整った顔立ちね。壊し甲斐があるわ」
「……あの男はどうした」
「ああ、南くん?南くんならソファーで寝てるよ?後でちょ〜っとお仕置きするつもり。でもまだ目を覚まさないからなぁ」
「……目を覚まさない?何故だ?寝ているのか?」
「さぁ〜?あなたには関係のない事でしょ?」
こつん、と額で額を小突く茉梨
外で雷でも鳴ったのか、部屋が一瞬光に包まれる
「…………」
「さぁて。どれにしよっかなー☆」
部屋に散らばる物騒な道具を歩きながら物色する茉梨
「あっ♪これがいいーー」
「この性悪女」
「ーーん?」
茉梨は振り向く
「あれれぇ?今なんか変な言葉が聞こえたなあ〜〜〜」
茉梨は女の子に近づき刃物を具現化し鼻先に突きつける
「ねぇねぇもう一回言ってもらえるかな☆」
「“やーめた”」
「…………は?」
困惑の表情を見せる茉梨。だが勘のいい茉梨はすぐに気づいた
「ーー待って、私が悪かっ」
「“……まったくもう。そんな顔されちゃやるにやれないじゃないのよ。ほら、ハンカチで顔拭きなさいよ”」
「きゃふっ」
茉梨は精神的ダメージつまり普段言わない言葉を繰り返されることによって羞恥心を掻き立てられ後ろにのけぞり、持っていた刃物は手から滑り落ち消失する
茉梨はなんとか体制を整えると動揺した声で女の子をなだめる
「……ね?ほら、いい子だから、わかるでしょ?ね?これ以上言ったらあなたを酷い目に合わ」
「“道とかに捨てたらぶっ殺すからね。……まだ顔汚いわね。そんなんじゃ格好いい顔が台無しね。みんなにひかれるわよ。まったくもう……”」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ」
慌てて駆け寄る茉梨
顔がもの凄く赤い。ちょっと涙が出ている
「そ、その、その先は言わないでね、お、お願い」
茉梨の体は震えており足はがたがたと揺れていて立っているのがやっと
「じゃあ今から三つ言うことを聞いて下さいね」
「な、なにかな?」
「私を今すぐ自由にして下さい。カウントダウン、10、9、8……」
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
すぐさま女の子の拘束具は外され茉梨は荒い息を吐く。カウントダウンぎりぎりであった
「はあっ、はあっ、はあっ」
「次はそうですね。私をあなたの妹にして下さい」
「はーーーーへ?」
混乱していてどんな事にもはいと言いそうな茉梨も流石に疑問を浮かべた
「え、えっと……」
「この家の広さは十分にあるでしょう?だって空き部屋だらけですもの。私一人住んでも空間の面なら大丈夫、ね?」
「え、ええ」
「あとは両親への説得や法律上の手続きだけど、まずあなたの両親はあなたに甘い。捨てられた子で記憶喪失になっている、この家に住ませてあげたいとでも言えばすぐに納得してくれるでしょう、ね?」
「うん……確かに」
「で、法律上の手続きだけどーー私にはよくわからない。でもあなたの親になら可能でしょう?」
「……ええ」
「じゃあ最後。あなたの了承。いい?」
「…………」
「えーっとキスした後何て言ってたっけなぁー確か」
「わかった!わかったわよ!住ませてあげるわよ!その代わり一つだけ約束して!」
「何かしら?」
「…………南くんは取らないでよ」
「……ぷっ」
女の子は吹き出す
「ちょ、ちょっと!笑わないでよ!」
「ぷぷっ……うん、ごめん、わかったよ姉さん。姉さんの今までの苦労はさっき額を合わせた時に全部見せてもらったからね」
「へ?……額?」
「うん、姉さんは知らないだろうけど、私達みたいなのは伝達手段が発達していてね。念話だけじゃなくて相手の額と自分の額を合わせることによって、自分の過去の体験を相手に実際に体験させることもできるの。ーーそしてその逆も。さっきの一瞬間で姉さんの人生見せてもらったわ。ノイズが混じって見れない部分もあったけれど」
「……そん……な……」
「ま、誰にも、特にあの人ーーうん、兄さんには言わないから」
「に、兄さん?南くんの事?」
「だっていずれそうなるーーいや、そうする、でしょ?」
「ーーええ、そうね」
「じゃ、決まりっ。よろしくね姉さんっ」
女の子はへたり込んでいる茉梨に抱きつく
「あ、私の名前がまだだったね。私の名前はみやび。優雅の雅って漢字ね」
「うん、よろしくねーーみやちゃん」
「ふふふっ。ほら、いつまでも呆けてないで立ってっ」
雅は茉梨を立たせる
「お風呂入ってくるね姉さん。この着物も汚れちゃったし、姉さんの子供の頃の服用意しといてねっ」
「んっ、わかった」
茉梨の表情はなだらかになっていた。いつもの黒い微笑みではなく、柔らかく優しい微笑み
多分、今までこの広い家にいつも一人ぼっちだったから、妹が出来たことが素直に嬉しいんだと思う
雅は扉を開け出て行く時、少し立ち止まって言った
「あ、そうそう姉さん何か忘れてない?」
「え?何かしら?」
「み っ つ め のお願い♪」
「……」
繰り返すが茉梨は勘がいい
「みやちゃんやめてそれだけは」
「最後まで言わせて☆」
だっ
茉梨は雅に駆け寄る
雅は茉梨の真似をして
「“……ま、今のあなたは私の中で世界一格好いい男だけどねっ”」
ばたんっ
扉は閉じられる
どごっ
扉に激突する
廊下には
笑いをこらえる声と
扉から漏れるすすり泣き
その二つが小さく響いていたとさ
「はいっ終わりです♪」
「ん……ああ」
額と額が離され視界が元に戻った。目の前には女の子、雅が正座を崩して女の子座りになっていた
「……一つ言っていい?」
「はい、何でしょうか」
「これまでの状況説明以外の見ちゃいけないような……プライバシーの侵害まがいのようなものまであったんだけど……」
「カットするのも面倒なのでまるごと見せちゃいました」
女の子は笑う。茉梨のような黒い笑顔ではないけれどこの無邪気な笑顔もある意味同じ様なもんだと思う
「それに、兄さんも姉さんの普段見せない表情や痴態を見れて嬉しかったでしょう?」
「……いやその……何とも答えにくいです」
「姉さん可愛いかったでしょう?」
「……うん」
すると女の子は床に寝そべって何かつぶやいている茉梨に言った
「姉さーん、先程の姉さんの痴態を見せたら可愛いと言ってました」
茉梨は跳ね上がり腕をだらんと下げた猫背の格好で静かな目で雅を見つめる
「勝手に何してんの」
「もっと素直になった方が可愛げがありますよ」
「あんたね…… 」
茉梨はふらつく足で雅に近づくと首の襟を引っ張り上げて宣言した
「あんまり調子のると成仏させちゃうぞ☆ 」
「あれは三年前の夏の夜兄さんが風邪で寝込んでいる時でした」
「ぶっっっ」
茉梨は勢いよく吹き出す
「その寝顔にうっとりとした姉さんはそっと顔を近づけふむぐっ」
茉梨は雅の口を抑えた
「もうわかったからみやちゃんには逆らわないから止めて」
雅は茉梨の手を払う
「ぷはっ……まだまだいっぱい姉さんの可愛らしい痴態があるのになぁ」
「みやちゃん欲しい物ないあったらお姉さんが買ってあげるからお願いだから黙ってて」
「じゃあ兄さんと私の二人だけの時間が欲しいです」
「……一無量大数円になります」
「姉さんが買ってくれるんでしょう?」
「くっ……!!!!」
唇を噛んで悔しそうにする茉梨。さっきから見たことのない茉梨の反応の連続で本物なのか疑わしくなる
雅は髪を振り乱して混乱する茉梨を確認すると立て膝になって俺の方に来た
(どうです?姉さんの扱い方がわかりましたか)
(いや……君、えっとみやちゃん?)
(みやっち、みやみや、みやたんなどと好きなように呼んでも構いませんよ兄さん)
(……みやたん)
(……やっぱりそれはキモいのでやめて下さい)
(なっ!?)
(みやちゃんで)
(……うん、みやちゃんは凄いね。少しの間に茉梨のいろんな姿が見れたし……怖くないの?スイッチ入ると茉梨はすげぇ恐ろしいし強いよ)
(違う方向のスイッチに変えてあげればいいんです。姉さんは暴走が起きる前、そうなる事を事前に報告します。その時こちらは肯定や否定ではなく、姉さんを混乱させるような事を言えば良いのです。まんまと暴走の矢印はそちらに向かいます。しめたものです)
(……例えばどういう事を言えばいいの)
(先程のように恥ずかしい思い出や姉さんが普段または最近気にしている事を言えば良いと思います)
(いや……俺茉梨の恥ずかしい思い出とか知らねえし……気にしている事って言っても完璧超人だからないーーいや一つあるか)
(今度それを言ってみたらどうです)
(気が進まないが……まあ命の危機に晒されそうな時にでも言ってみるよ)
(それがいいですね。きっと顔を赤らめて恥ずかしがる事間違いなしです)
南羽はこの時雅が一瞬みせた瞳の黒い影と復讐(尻尾を思い切り引っ張られた事)の黒い笑みに気づかなかった
茉梨はこちらの世界に戻ってきたようでくっついてひそひそと話している雅と南羽を見て睨む
「というかさ……みやちゃんさっきから南くんと馴れ馴れしくない約束破るつもり?」
「あくまで妹として接しているだけです。……そうですか姉さんは私の事が嫌いですか……そうですよね………私邪魔でしたよね……短い間でしたがありがとうございました」
雅は玄関へと鼻をすすりながら歩いていく
「……どこ行く気みやちゃん」
「そうですね……獣の姿に戻って射殺されてあの世にいくのが正しい事だったんだと思います。さようならーー姉さん」
「っ……」
茉梨は相手が他人だったら死のうが消えようが気にしなかっただろう
でも姉さんと呼ばれ少しでも妹のように感じていた茉梨は躊躇した
俺が茉梨の家にいない時は一人で過ごす事が多くなる茉梨にとってはなおさらだった
「……悪かったわよ」
雅はぴたりと止まる。くるりと振り返り眉をハの字にして問う
「じゃあ兄さんにも姉さんにも甘えていい……?」
「……ちょっとだけね」
照れ隠しにそっぽを向く茉梨
雅は茉梨に駆け寄ると飛び込むように抱きついた
「姉さん大好きっ!」
「わっこら危ないでしょそんな事したらっ」
茉梨はそう言っていたが表情は明るかった
俺には見せない表情だった
みやちゃんも笑っていた
今まで何百年もの苦しみも笑い飛ばせるように
微笑ましかった
ほのぼのとしていた
茉梨が取られた気分になって
少し胸がちくりと痛んだ
とまあいい話で終わりそうな所である事に気づいた
無神経だとは思うが茉梨と戯れているみやちゃんに聞いてみた
「みやちゃん」
「んっ?何ですか兄さん」
茉梨のあるかないかの胸に顔をうずめてぐりぐりしていたみやちゃんはこちらを振り向く。足は床から離れていて茉梨に腕の力だけで抱きついてぶら下がっていた。茉梨の笑顔をよく見ると苦しそうな成分が含まれていた
「……まず茉梨を離してあげて。苦しそうにしてるから」
「あ、ごめんね姉さん」
腕を緩めて床に着地する雅
元々純粋な性格に茉梨の今までの人生を見たことによる影響、茉梨成分が加わった事であらゆる行動がわざとなのか本当なのかわからない
「う、うん……大丈夫よみやちゃん」
「ごめんね。獣の姿よりもこの姿の方が力が強いから、加減が難しくて」
どうやらこれはわざとではなかったようだ
丁度言いたかった話題が出てきたので、すかさず言う俺
「その今の姿だけどさ、確か少しの間しかなれないんじゃなかったっけ?」
「え……もしかして獣の姿の方がお好みでしたか?」
「南くんそーゆー趣味に目覚めちゃったの?」
「違う!ただ疑問に思っただけだ!俺は女の子が大好きだ!」
「ろりこん」
「よくも私の妹をそういう目で……覚悟出来てるのかな南くん」
「だから違う!やめろ!二人掛かりで来るな!茉梨キャラ変わってる!?」
「姉さんーー私を庇ってくれるのですか?」
「待っててね、今あいつを打ちのめしにいくから」
「いえ私もいきます。姉さんには及ばないかもしれませんが……」
雅は豪快に腕を回し空気を鳴らす
「じゃ、一緒にやりましょうか☆」
「はい☆」
近づいてくる茉梨とみやちゃんを見た俺は本能でソファから降り後ろに逃げ土下座をした。絶っっっ対に俺は悪くないが流れ的に謝らないと酷い目に遭う
「変なこと言って申し訳ありませんでした」
「南くん……謝ってすんだら私はいらないんだよ……?」
ひたり……ひたり……と歩み寄ってくる茉梨
「厳しいお仕置きが必要だと思うの。ね、みやちゃん♪」
「夜遅いですしそろそろ小芝居も終わりにして兄さん家に帰してあげましょう」
「あらそれもそうね」
……こいつら……!!
「ふふ、意地悪してすみませんね兄さん。この姿が保てる理由でしたね」
雅は正座になる
南羽は土下座の形から顔だけ上げる
「よく考えたら私は目的、つまり憎しみが消えたらただの人に戻るだけで消滅したりしないんです。死ぬ直前に獣になったので。だから私は姉さんと同じ、生きながらにして憎しみで変貌するタイプだったんです。つまりこの状態が保てるのは、憎しみが全て消え去ってしまったから。いえ、保てるというよりは既に私はもうただの人間です。獣の姿になれるのは、姉さんみたいにキレたときだけです」
「え?……じゃあ、みやちゃんのまだ封印されてる同胞達は解放しなくていいの?」
「はい。約束は破ってしまううえに、敵に寝返る形になってしまいますが……」
悲しい表情を見せたが、すぐに力強い明るい表情へと変わった
「憎しみ、全部消え去っちゃいましたから」
「どうして?」
「秘密です」
「へ?」
雅は茉梨と顔を見合わせ、ねー☆と声を揃えて微笑む
二人は微笑みながら共通の言葉を交わす。念話は今、使えないはずなのに
【【自分の為にあんなに泣いてくれる人がいたら、憎しみなんて愛情に変わっちゃうもんね】】
南羽は立ち上がり帰る支度をする
よくわからんが
二人が幸せならまあいいかと
玄関で二人に見送られながら思う南羽であった
次の日
学校の授業も終わり南羽は自分の家に帰る途中
左を見るとあのボロアパート
柵には無数の札
南羽は何か忘れている
『札を一枚剥がすという事は出口が一つ出来ると言うこと。しかし二十四時間に一体しか出れぬ』
裏を返せば二十四時間に一体出れる
「あああそうか!!一番大事な事忘れてた!!」
急いで家に戻り自分の部屋を捜索する
ない。昨日メモした札が
これじゃ札を元の場所に戻して出口を封じる事ができない
二十四時間まであと約二十分
俺はすぐに着替えて家を出る。向かうのはもちろん茉梨の家だ
焦る指でインターホンを押すと
「はーい♪」と茉梨の呑気そうな声が聞こえた
『俺!俺!!』
『オレオレ詐欺は間に合ってま〜す』
『いや俺!南羽!!南くん!!!だから茉梨キャラ変わってるだろ!?』
この前までの茉梨なら俺が来ただけですぐに玄関開けて飛びついて来るぐらいだったのに
ーー残念ながら南羽はこちらが本当の茉梨の性格だという事に気づいてはいなかった。雅が家に住むようになってから心に余裕が生まれ元に戻ったのだ
玄関が開くとすぐさま俺は言った
「茉梨!!大変……な……」
「あれ?どうしたの南くん?」
茉梨の顔がてかてか光っている。しかもエプロン姿で手にオタマを持っている
いつもの茉梨にはどこかしら黒いもやが漏れていたのに今はどこを見ても光り輝いている
いや確かに良いことなんだけどさ。茉梨がその状態ってことは後で怨霊に襲われたら簡単にやられるってことだよな……
「……あ、とりあえず上がっていい?」
「はーいどうぞ〜〜♪」
玄関を通り靴を脱ぐ俺。前には歌いながらリビングに行く茉梨
南羽は既に怨霊は出て来ており、それが茉梨の姿に擬態しているんじゃないかと思いながらリビングに行った
「あっ、兄さんお帰りなさい」
みやちゃんが茉梨とお揃いのエプロン姿で迎えてくれた
料理を作っている最中らしく香ばしい香りが漂ってくる
「もうすぐ出来るので、ソファーで待っていて下さいね」
鍋をかき混ぜながらみやちゃんはそう言った
言われるままにソファーに座った俺は、続いて隣に座ってきた茉梨に聞いてみた
「なんで料理つくってんだ?まだ夕方だぞ」
「南くんわかってないなー、早めに作って少しねかせて置く料理だってあるんだよ?」
茉梨はそう言うとより一層嬉しそうに笑った
「そして今日はなんと!記念すべきみやちゃんが家族に加わる日っ!」
「おお!てことは茉梨の両親にみやちゃん住んでもいいって言われたのか!」
「うん、実は昨日ね、南くんが帰った後にお父さんとお母さんにメールしたの。もちろん作り話だけど、事情を説明したら、みやちゃん住んでもいいって言ってくれたの♪元々子供はいっぱいつくる予定だったんだけど、お母さん私一人しか産めなかったから、娘が増えるって喜んでた。でね、せっかくだからって二人とも八時頃には帰って来れるようにするんだって。だから、私達は料理をつくって待ってるねって言っておいたの♪だからねー、〜〜」
茉梨は楽しそうに話していた
世界で一番幸せそうに
ようやく南羽は気づく
こっちが本当の、茉梨の姿なんだって
「もー姉さんもくつろいでないで手伝って下さいよー」
「ごめんごめんみやちゃん。じゃ、また後でね南くん☆」
光り輝く太陽は頬を膨らませて待っている小さなお月様の元に戻ってゆく
ってこの例えはおかしいか。両者くっつかないもん
ーーーだがどうやら今の表現は正しかった
雅の元に駆け寄る茉梨は急に何かの力に引っ張られ宙に浮いた
「きゃっ!?」
「茉梨っ!!」
「姉さん!?」
雰囲気に流されて忘れていた。いやそれだけじゃない。近づかれるまで気づかなかった。見えなかった。そして茉梨とみやちゃんにはおそらく今もコイツの姿は見えていない
二メートルはある巨体に、漆黒の翼、羊のような角、獣の顔に人間の筋骨隆々の体躯。全体的に薄い青色。悪魔が存在するのならまさにコイツだろうと思った
レベルは落ち武者が1、獣のみやちゃんが30とするなら、この悪魔のような化け物はレベル100だ
暴走時の茉梨でさえレベル80ぐらい。それにも関わらず今の茉梨はただの人間。多分俺より弱い。暴走させる条件、俺に女絡みの事が起きているは今は無い。相手が女だという条件も無い
そしてみやちゃんに至っては暴走条件すら知らなかった
このままでは終わる
世界ーーーいや、
この二人の幸せが
【ふん】
茉梨は壁に叩きつけられる
「茉梨ぃ!!」
「姉さんっ」
雅は目に姉がやられた憎しみを込める
「見えたっ!!このぉ!!」
雅の姿が獣へと変わり悪魔のような化け物に飛びかかる
悪魔は片手でそれを受けると今度は俺の方、茉梨と反対側の壁に投げつけた
【ぐあああッ!!】
「みやちゃん!?」
俺は獣の姿が解け人間の姿に戻ったみやちゃんの元に駆け寄る
「みやちゃん!!大丈夫か!?」
「ぐッーー難しい、ですね」
「あ、あの悪魔みたいなのも怨霊なのか?!」
「はい……私の封印されていた場所で私が見た限りでは一番強い奴だと……思います」
「まじかよ……ぐッ」
向こう側には横たわる茉梨。全く動かない
こちらには息絶え絶えの、みやちゃん
ちくしょうーー俺にも何か力はねぇのかッ!!!!!
【ーー紺色の獣が敵側に寝返っていたか】
低音の二十に重なったような声で悪魔はこちらを向き言った
【ーー所詮低級の怨霊。我のように気高き者にあらざれば誓いも容易く破るもの。我は違う】
悪魔はこちらに歩み寄る
【ーーわけは聞いているだろう男。すみやかに我と共に来なければ】
指を茉梨に向けた
【ーーあの女を殺す。だがそこの獣はどちらにしろ殺すが】
悪魔はさらに近づき俺の目の前に迫っていた
【早く決めろ。我は気は長くない。我は貴様を無理やり連れてくることが出来ぬ。我の纏う紫の気に触れ続ければ殺してしまうからだ。だから代わりの奴を殺す。あの女を殺したら次は他の者、次から次へと延々と殺すがーー男貴様はどうする】
ーーくそ何だよこれ
了承しようが拒否しようがどちらにしろ人は全員死ぬ
俺も、
みやちゃんも、
茉梨も。
俺はどうすればいい
俺には何もない
顔がいいだけの軟派な男だ
とんでもねえ霊感があるらしいがそんなものこいつらが見えたり札を剥がしたり出来るだけだ
俺には何が出来る
軟派な俺には何が出来るんだ
考えろーー五感を研ぎ澄ませろ南羽ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!
その時
五感の一つがヒントを告げる
ーーー待てよ
スイッチは憎しみだけだと思っていたが
“暴走”の意味ならこっちが正しいんじゃねぇか?
【ーー悩むようなら見せしめにあの女を殺してやる】
悪魔が背を向け茉梨に向かって行く
ーーやるしかねえよな
俺は冷徹にそして軟派に作戦を遂行することにした
「わかりました」
俺は告げる
【ーーそうか】
悪魔は立ち止まる
【我は誓いを守る。その女は殺さん。ただしそこの裏切り者は殺す】
「あっ、それは俺が札を剥がし終えた後にしてもらえないですか?こんな可愛い子が死んでしまったら俺もショックの余り死んでしまいますので」
【ーーそれならば仕方がない後にしてやる。では今すぐ】
「えっとそれがですね」
南羽は腹を押さえる
「実は御飯を食べる前でしてね、お腹がすいて倒れそうなんですよ。食べてからでもいいですか?」
【ーー失礼。確かに見れば食事前のようだ。それならば食べ終わるまで我は待とう】
どうやらレベルの高い奴らは変に礼儀正しいのが多いらしい
「じゃあ早速」
俺は器を取り鍋に入っているものをオタマですくい入れる。シチューのようだった
俺はもう一つ器を用意してシチューを入れる。そしてスプーンを添えて悪魔に差し出した
「俺だけ食べるのも悪いのであなたもどうぞ」
【ーーいや結構】
「遠慮しないで下さい。これ、食べた事ないですよね?」
【ーーまぁ我の時代にはなかったが】
「食べてみて下さい。美味しいですよ?ほら」
安全を示すために他のスプーンを取り、すくって口に流す。上手い
「ほらどうぞ」
【ーー仕方ない】
悪魔は器を受け取り俺の真似をしてスプーンですくい、口に流し込んだ
ーーひっかかった
悪魔は泣き叫んだ
【グゥオアァアァアアアァアアアァアアアアアアオアアァアアオアアアァアアアアアアァアアアアオアアアアァアアアアアアオアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】
器は落とされ音を立てて割れた。中に入っていたシチューが飛び散る。悪魔はもがき苦しんでいた
そりゃそうだ。憎しみの塊、負の感情を纏う悪魔のような怨霊が、優しさと、喜びと、愛情の込められた食べ物を食べて無事なはずがない
でもこれが俺の作戦のメインディッシュではない
「美味しかったですか?」
【ふざけるな!!!何だこの味は吐き気がするぞ!!!こんな不味いものを食べたのは生まれて初めてだ!!!!!】
【【】】
「じゃあ雑草とどちらが美味しいと思いますか?」
【雑草の方が遥かにましだこんなものッ!!!!!!】
【【 】】
「そんな事ないですよ。ほら、まだたくさんありますからどうぞ」
シチューの鍋を持って中身を見せた。ごめん茉梨みやちゃん
【こんな物ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!】
悪魔は鍋を掴んで後方の壁に叩きつけた。中身がぶちまけられる。
【【 ブチッ 】】
その瞬間悪魔の左腕が消し飛び
鍋の投げた方向に背中の凹んだ悪魔も一緒に吹っ飛んだ
【グ……オオ……オ】
悪魔はシチューだらけの壁に激突して床に仰向けに倒れる。これで前も後ろもシチューまみれだ。どうでもいい事だがあれだけの衝撃にびくともしない茉梨の家の壁は凄いと思った
そして悪魔より頑丈な茉梨の家の壁に叩きつけられたはずの二人の狂戦士は俺の目の前に立っていた
左にいる茉梨は例の具現化で出した日本刀を持っていた
腰には鞘まで出して居合い斬りのような事をしたらしい
素人が出来るのかはわからないが暴走時の茉梨なら可能だろう
右にいるみやちゃんに至っては何も持っておらず、獣の姿でもなくただ左手から煙が上がっていた
ちなみに二人とも両利きだったりもする
攻撃時、レベルは二人共1000を上回っていた。だが推測通り今は低下しておりもう50付近になっていた
俺の推測。
暴走条件には感情を一色に染める必要がありその色が濃い程レベルは上昇する
そして色にもいくつか種類があり怨霊、そして今までの茉梨やみやちゃんは憎しみ、例えるなら紫を使っていた
で、俺が今別の色で暴走するように誘導したのが怒り、赤だった
特徴も色によって違い紫は持続性。赤は爆発性。他の色も特徴もあるのかもしれないがまだそれはわからない
でも暴走の名の通り赤が一番攻撃力が上がるのだろうがその持続は短い
茉梨がこちらを振り向く
「南くん、ありがとね」
茉梨はやっぱりわかっていた
みやちゃんは何で?と小首を傾げていた
俺と茉梨の付き合いは長いからね
「……まあ、でもごめん。シチューあんなになっちゃって」
「うん、じゃあ後でこぼれたシチューの掃除と、新しいおかずをつくるのは南くんにやってもらうね」
「ぇえ!?何で!?掃除はともかく俺料理出来ねえぞ?」
「そこはほら私が手取り足取り教えてあげるから♪」
「……変なコトすんなよ」
「あら何を?南くんこそ私のみやちゃんに手を出したら大事な部分切り刻んじゃうからね」
「いや本当に怖いこと言うなよ」
「あの私もいるので痴話喧嘩やめてもらえませんか」
「ごめんねみやちゃんでも痴話喧嘩じゃないのよ?私にはみやちゃんさえいれば十分だから」
「……そうかよ」
「あれあれ?南くん寂しい?」
「ちっ、違えよそんなわけねえだろ。纏わりついてた女が離れてせいせいするよ」
「南くんそういう風に思ってたんだ♪ 」
「うわっ!急に黒くなるな!嘘だよ!強がっただけだから!」
「南くん……うん、ごめんね、私も嘘言っちゃった。南くんも必要だよ」
「茉梨……」
「南くん……」
「やっぱり痴話喧嘩だったじゃないですか」
「「ごめん」」
ゴトッ
前の方から音がした
シチューまみれの悪魔が立ち上がっていた
【くそが!!俺をこんな姿にしただけじゃ飽き足らずさっきから無視しやがって!!今すぐぶっ殺してやる小娘共ォオオオオオオオ】
悪魔は残る右腕で茉梨に襲いかかる
ように見せ掛け雅の喉へと狙いを定めた
【まずはてめぇからだああああああああ……あああ……あ】
悪魔の右手を雅は左手で簡単に受け止めた
【……待て……なんで貴様程度に俺の攻撃が止められるんだ……】
「長年に渡って獣の姿で過ごしていたのですっかり忘れていました」
悪魔の右手が雅の左手の握力で軋む
「私もともと強いんでした」
悪魔の右手が変な方向に曲がった
【ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ】
悪魔は雄叫びを上げた
「うーん消滅させるには全力出さなきゃいけませんが、流石にこの家が壊れてしまいますね」
「大丈夫よみやちゃん、後は私に任せて」
今度は茉梨が前に出る
「南くんもう一回私を怒らせて」
「え?いや無理だよもう。恐いし」
「今すぐやらなきゃ南くんを武器にするけど」
「わかった。わかったから」
俺は諦めてやることにする
みやちゃんの目の前に行って俺は立て膝の格好になった。
「え?何ですか兄さん」
「みやちゃん仕方なくだよ?見た時から気になってて今なら合法的に出来るとかそんなんじゃないからね」
そう言うと雅のとある部分を触った
「きゃああッ!兄さんちょっとどこを触っているんですかあ!!!」
「いや〜みやちゃん子供なのに茉梨より大きいね」
【 ブ チ ン 】
一瞬で悪魔は消し飛んだ。何をしたのかもわからない
いやそれだけなら良かった
ただ、茉梨の姿がどこにも見えない
後ろを振り返ると
茉梨が金属バットを振りかぶっていた
【南くんマジ死ね☆ 】
振りおろされるバット
正直やりすぎたと思った
うんでももう悔いは無い
きっとこれは一生分の幸せを使ってしまった自分への天罰さっ
けど寸前でみやちゃんがバットを拳で弾いてくれたおかげで助かった
と思ったらみやちゃんに思いっきり顔を手ではたかれ俺の体は壁まで飛んで叩きつけられ意識が飛びそうになったが
あの感触は忘れねえと意地で意識を保っていた俺だったが
近くに寄ってきたみやちゃんが頬を赤く染めて
「……忘れて下さい」
と言ってとどめの一撃を頭にもらい俺は気絶し先程の幸せな記憶は遥か遠くに飛んでいったのであった
起きるとデジャヴのように俺はソファーに寝ていた。ただ今回は頭に何かが響いているように痛くこうなるまでの過程が思い出せなかった
「……あ、兄さん起きましたね」
みやちゃんはこちらにくると顔を近付けてきて、確認するように俺の頭をのぞき込んできた
「……何してんのみやちゃん?」
「あ、いえ何でもないです。それより頭は大丈夫ですか?」
「え?ーー痛ッ!あれ?何で俺気絶してんだっけ」
「姉さんがあの怨霊を滅殺した時に肉片が飛んで兄さんの頭に直撃したんですょ」
「そうなのか?そういえば頬も凄く痛むような……」
俺はポケットから手鏡を取り出すと自分の頬を映してみた
「頬が手の平の形に赤くなってるんだけど」
「そ、それはあれです、あの怨霊の手が頬に当たったんです」
「でも大きさ的にみやちゃんの手だと思うんだけど」
「え、えと、その、それは」
「何か隠してる?」
「か、隠してなんかいません!……実はですね姉さんが」
「どうしたの? 」
茉梨がいつの間にか後ろに立っていた
雅は小さく震える
「南くんそろそろ両親も帰ってくると思うし悪いけどまた明日ね」
「あ、うんわかった……ってあれ?まだシチューこぼれたままだったのか」
「うん私南くんが倒れた後すぐに代わりの新しいおかず作ってたからね拭く時間がなかったの」
「そっか、ごめんな。じゃあせめて掃除だけでも」
「ううんいいのこっちでやっておくから」
「悪いな」
俺は玄関に行き靴を履いて扉を開ける
「じゃっ家族みんなで楽しくなっ」
「ばいばい南くんまた明日〜☆」
「じゃ、みやちゃんもまた明日」
俺はみやちゃんにも手を振ると何故か手招きのような振り方をしてきた
何かを途切れ途切れ小さな声で言うみやちゃん
「……たす……わた……し……ぬ」
「え?」
【みやちゃん☆ 】
「ひっ!」
雅は命の危機を感じて慌てて言った
「何でも!何でもないです!また明日!……会えると……いいですね……」
「 ?うん」
俺は玄関から出る
辺りは薄暗くなっていた
歩きながら思う南羽
あれ……?茉梨の両親帰って来るのもう少しあとじゃなかったっけーーまいっか
所々記憶を失った南羽は自宅に帰って行った
〜〜〜
数時間前
「はっ、はっ、はあっ、ちょ、ちょっと落ち着いて下さい姉さん!」
【あっははははは あっははははは あっははははは ははははは ははははは はははははは】
茉梨のとんでもないスイング速度の金属バットの嵐が雅を襲う
それをなんとか拳で弾いていたものの流石に長時間だと体力も減り、拳から血が流れ始めた
「や、やめて下さい姉さん……そろそろ私もう限界で……す」
うつ伏せに倒れ込む雅
金属バットは再び振り降ろされると倒れる雅の顔の横をかすめて床と激しい音を奏でた
「ひぁあっ!?」
その音が自分の頭で奏でられたらと思うと恐れるあまり泣き出してしまった
「ひっぐぅ……えぐぅ……」
(兄さん何てことしてくれたんですかあ!姉さん怒りと憎しみが混ざりあって、とんでもない事起こってるじゃないですかあああ)
解説の南羽が気絶しているため説明すると、本来感情が一つに染まらないと発動しない暴走条件が、長年気にしていた身体的欠点を指摘、そして比較までされた余り歪んでしまったのだ。つまり同時に暴走する事が可能になってしまった。今の状態は怒りと憎しみ、赤と紫が混ざり合い赤紫の能力、レベル1000の持続が続いている
ちなみに普段の雅のレベルは120。暴走も出来なければかなうはずもなかった
コロコロコロ トン
「ひうっ」
金属バットの冷たい表面が雅の頬に触れる
「ね……姉さ……」
「今までよくも散々私で遊んでくれたわね☆だから私もみやちゃんで遊んじゃうこのバットでねみやちゃんを打つのもちろん場所は」
雅の頭を叩く
「コ、コ ♪」
「ご、ごめんなさい姉さんごめんなさい!わ、私今まで封印されてて、まだ子供で、茉梨さんや南羽さんとどう接したらいいかわかんなかったんです!だから、だから……」
嗚咽を漏らす雅
「……脅すような事しか出来なくて、私、本当に、自分が情けないと思っています……」
【 ……】
「私は殺してもらっても構いません。でも南羽さんだけは助けてあげて下さい。悪気はなかったんです。私が生きていたから悪いんです……お願いします」
【…………】
茉梨は顔をうつむいてつぶやいた
「……私より胸のある奴らは死ねばいい……それがすきな南くんも死ねばいい」
茉梨の感情はもはやただの嫉妬になっていた
「……あ、あの姉さん」
「……何?」
「その……伝達能力の一つに印象操作というのがありまして、ある程度なら兄さんの好みも変える事が出来ます」
「……私念話しか使えないんだけど」
「あっいえそれは単に生きてきた時間が短いからです。二百年ぐらいたつと使えるようになります」
「……」
「あと、三百年たつと近いうちの記憶消去も出来ますので……って姉さん?」
「……なんか馬鹿馬鹿しくて元にもどっちゃった」
「あ……良かっ」
「暴走のコツは掴んだけどね? 」
「っ!……何でもないです今からやります」
〜〜〜
今に至る
南羽が帰ったのを見届けると茉梨は雅に語りかける
「やっと二人きりになれたね〜〜みやちゃん。じゃ、やっちゃおうか」
「……覚悟……は……してます」
震える声で答える雅
南羽さんは助けてもらえたんだ
だから、私はもう
「じゃ、一緒に掃除しようか」
「……え?掃除ーーですか?」
「当たり前でしょ。もう、こぼれて大分時間たっちゃってるから簡単に綺麗になんて出来ないんだからね。ほら二人で頑張らないと」
「許してもらえるんですか……?」
「もともとは始めにみやちゃんを脅してた私が悪いんだからね。これでおあいこ。今後二人とも脅すの禁止。いい?」
「は……はいっ!姉さんっ!」
「もー、二人の時ははいじゃなくてうんでしょ。あと姉さんじゃなくてお姉ちゃん」
「うんっ!お姉ちゃん!」
「よしよし」
雅の頭を撫でる茉梨
これで、ようやく他人行儀な雅の性格と、二人の間のいさかいはなくなったと思う茉梨であった
ーーみやちゃんのおかげで、暴走もコントロール出来るようになった。ありがとねみやちゃん。これで、どんな奴が来ても南くんとみやちゃんを守れる
ーーなんて、私の柄じゃないか♪
「じゃ〜〜いっくよーーみやちゃん!大掃除よ!凹んだ壁とか床はポスターで隠して明日業者に頼んでなおす!」
「お姉ちゃん!床にポスター貼ったら不自然だよ!」
「確かに!じゃあどうやって隠そうか!」
「木の葉を隠すなら森の中、凹みを隠すには凹みだらけの床!」
「よ〜し早速って馬鹿!それ全然隠せてない!」
姉妹達は無邪気に笑いあう
今夜はそんな二人の家族記念日だった
暗がりの道を、ただ一人歩く
今は春だが夜はやっぱり寒いと思う南羽
所々消えている記憶の中を模索し何か大事な事を忘れてないか考えていた
「……なんか……なんか頭に引っかかってんだよな……何だっけ」
考える南羽
考えた南羽
考えよう南羽
考えろ南羽
考え…はっ!
「何で俺家族じゃないのにみやちゃんに兄さんって呼ばれてんだ!?」
遅い!とか気づけよ!とか言われそうな鈍感な男であった
女を愛すことはお手の物でも
女から愛されることは小さい頃から幼なじみの茉梨に過度に与えられてきたせいで感覚が麻痺している南羽であった
よって兄さんと呼ばれる意味について全くわかっていない
だがもちろんこのことが忘れていたことではない
ふと左を見るとボロアパートを発見する。辺りが薄暗いから何か出そうで不気味である。実際出ているわけだが
柵の札を見やる。今日茉梨の家に向かった理由を思い出す
「うんーーま、別にいっか。また明日茉梨んち行くか」
〜〜♪
南羽は鼻歌混じりに帰って行った
その鼻歌を聞いたとある群集はざわめいていた
ここは閉ざされた空間だが、外の様子を見ることは出来なくても音を聞くことは出来た
この外の様子を耳で聞き、時代の移り変わりや情報を手に入れる事がこの者達の日課だった。不定期なラジオを聞くようなものである
他には体を鍛えたり技を磨いたり、話し合ったり道具のいらないゲームをしている者達で賑わっていた
何百年もこんな様子で過ごしていた
もちろん暇を持て余している
いい加減ここから出て復讐を終わらせさっさと成仏したい者達で溢れていた
そんな中最近、この空間に一つの出口が出来た。外の様子を伺うに男の若者が偶然剥がしたらしかった
当然誰が始めに出て行くかわめき合った。何せ二十四時間に一人しか出れない
話し合いの結果、人型の怨霊の中からジャンケンで代表者を決め、札を剥がした男に全ての札を剥がさせるように取り決めた
だがその代表者に選ばれた落ち武者は戻って来なかった
議論の結果きっとあいつは弱く、自分の事しか考えないから失敗したんだということになり、今度は姿は関係なしに強くて仲間思いの者を送り出すことにした
またしても帰って来なかった
流石にこれは近くに何か強い術者がいるに違いないと考えるようになった
痺れを切らしたその空間のボス的存在、悪魔のような怨霊は我が行くと告げる。満場一致だった
次こそ大丈夫だと期待して待っていたこの者達が迎えたのは札を剥がしたと思われる男の口笛だった
別に止まるのならいいのだが男は通り過ぎて行く
ボスが失敗
つまりここで一番強い者でも失敗ということは他の者でも失敗するという意味であった
封印された者達は騒ぎ立てる。やれ俺なら出来るだ、お前より俺が強いだ、あの男に近づかず一人づつ出て行くだ、と、とにかく言い争っていた
五月蝿くわめき散らす話し合いが延々と続く
あまりに不快な罵声を聞いていたせいで眠りから覚める者がいた
どの位広いのか際限のつかないその空間で、騒ぐ者達から遥か遠い場所に置いてあった棺がゆっくりと開く
その声は空間内をどこまでも伝わっていった
【‘最近起きたばかりじゃからまだ寝たりぬというのに五月蝿いぞ。我の前じゃ慎め’】
騒ぎの群集の一人が挑発する
【ああん?何だてめえ?散々寝てた癖に粋がってんじゃねえぞ。文句あんならこっち来て拳で語り合おうや腰抜けが】
そう言い切ったその者の目の前に眠れし者は突如として現れる
【‘これで良いかの。しかし我は殴るなど野蛮な事は好きではないのでな。ほれ’】
眠れし者は手をひらりと払うと、挑発した者が謎の力に当てられ吹っ飛んだ。そしてそのまま地面に叩きつけられ失神する。ざわめく群集
【な!何故これ程の力を!?】
【あの悪魔でさえ遥かに上回るぞ!?】
【救世主だ!この者ならば今度こそーー】
【‘阿呆か貴様等’】
眠れし者は騒ぎを一蹴した
空間内が静かになる
【‘この程度の力は初期の貴様等ならば可能だったはず。それを何だ貴様等の体たらくは。遊び、怠け、ただ無駄に時を浪費する。そのような事を続ければ憎しみも薄まってしまうに決まっている。特にこの期に及んで体を鍛えるだ技を磨くだと修行をする輩は一番の阿呆じゃ’】
【何て事を言う無礼者めが!!!修行をおろそかにするなど愚の骨頂なり!!!!】
真面目な者が反論をする
【‘良いか。我らは憎しみで動いているし生きている。いや存在しているというべきか。つまり我ら個人の強さは憎しみによって決まるのだ。どんなに体の鍛えた男や腕の立つ武士が強いといってもそれは普通の者の間で通用する話だ。では我らが強くなるには何が正しいか。それは日々自分の憎む人物を思い描きながら憎しみを強め来たるときにそなえてただひたすら力を温存することだ’】
【ふん、どうだかな。ならばその体全体を覆う白い布を取り去ったらどうだ。見るところなかなかに身長が高い。どうせ大男なのだろう?】
【‘ならば見るがいい’】
白い布が外されその姿が露わになる。一同は皆息を飲んでただそれを見つめていた
【‘どうじゃ、か細い体であろう?このような我がほれこのように’】
と言うと右手の平を武士に向けたあと、徐々に上に上げると武士の体が上がっていく
【う?!うおお?!止めろ!下ろーー】
【‘ほれ’】
手を下に振ると武士が地面に激突した
【‘下ろしてやったぞ。さてこのように我の力の一つを見せたわけだがーー逆らいたい者は居るかの’】
誰もが沈黙を破ることはなかった
【‘では次に出る者は我で決まりじゃの。あ、そうそう、当たり前であるが貴様等を解放するために男に札を剥がさせるなど面倒な事はせぬからな。むしろ頼んで貴様等を出て来れぬよう封印して貰おう’】
【【【何ィイ!?】】】
一同は抵抗する
【ちょっと待てそれなら話は別だ!】
【そうだ!この反逆者をやっつけちまえ!】
【みんなの力を合わせればこんな奴容易いわあ!!!】
【行くぞお前等ぁァ!】
【【【オオ!!】】】
【‘ーーやれやれ、頭の悪い連中はこれだから困る。我の野望に嵌める気もせぬのだ。それ’】
左手を床を撫でるように空間を往復させる。たちまち襲いかかろうとしていた者達の動きが止まった。足が地面に凍りついていた
【‘貴様等全員の足を粉々にしてもよいがまだ抵抗するかの?’】
抵抗する者は一人もいなくなった
【‘よろしい。せいぜいこの中で聞いておるが良い。これから聞こえてくるであろう世の男共が皆我に恋い焦がれ息絶える悲痛な叫びを な ’】
まさにこの世のものとは思えない程の絶世の美女が、艶声を静まった空間内に響き渡らせ高らかに笑っていた
明くる日の朝
学校へと向かうため玄関から出た南羽は何やらただならぬ雰囲気を感じていた
「……?怨霊が出てくるにはまだ早いよな……気のせいか」
やがて授業も終わり帰宅途中の南羽は不思議な現象を確認した
「ーー何だこれ」
辺り一帯が薄い霧に包まれている。その霧はある一点を起点として広がっているようであった
周りの人達が違和感なく歩いているのを見るとどうやら見えているのは自分だけらしい
つまりこれは霊的な何か。だが不可解な点が一つ
その起点となっているのは方角的に見てあの札の貼ってある柵に囲まれたボロアパート。そこからこの霧が発生しているとなれば、なんとなく理解できる。時間的制約さえ除けばの話
後二十四時間まで一時間程度残っているはずだ
つまりあの場所を起点として広がる半球状の霧は、封印されたままの怨霊が出したということになるわけだ
南羽は思う
朝の違和感といいこれはとんでもない事態だ
あの悪魔でさえ遥かに上回る化け物じゃなければこんなことは出来ない
しかもこんな事をするってことは自分からここに来いって誘ってるようなもんだ
ーーやべえ
本当に今回ばかりは。普通にやって勝てるわけがない
この霧から伝わるレベルが高すぎて計測出来ない
南羽は茉梨の家へと駆け出した
自分の家に帰宅する前よりも先に茉梨の家へと向かう南羽
南羽と茉梨は通っている学校が違う
茉梨は頭が良く、金持ちなため上級の私立学校へと通っているのだ
比べて南羽は頭が悪いわけではないが勉強をしないため学力が低く、普通の家庭なので単純に家から歩いて行ける近い学校に通っている
茉梨の方が電車通学の遠い学校へと通ってはいるが、部活や委員会に所属していない上に寄り道もしないため、部活に入っている南羽よりも早く帰宅している
まぁ南羽は部活をよくサボるのだが。女の子と遊ぶために
最近茉梨が怖いため他の女の子と付き合ったりせずに真面目に部活をしているため多少帰りが遅くなっている南羽
だから茉梨は既に家にいるはずだ。うん多分。いなきゃ死ぬ。絶対。頼むから居てくれーー
茉梨の家の玄関に辿り着き、激しい動悸が収まらず肩を上下させる程の呼吸をしながら、インターホンを押した。頼む。居てくれーー
玄関が開かれる。中から現れたのは知らない男
まさかもう既に怨霊が出て来ていて茉梨やみやちゃんを先に始末し俺をーー
俺は家から男が出て行くのを見た後、慌てて家へと踏み込んだ
「茉梨ッッ無事かッッッ!!!!!」
茉梨は返答代わりに上に手をかざすと、フライパンが現れ南羽の頭を叩いた。廊下にいい音が鳴り響く
「痛ッ!?」
「南くん土足で家に上がらないでね。常識でしょ?」
「あ、ああ……」
頭を抑えながら南羽は玄関に行く。靴を脱ぎながら思った。フライパンって武器なのか?
南羽はズキズキと痛む頭でそんな事を考えていたら、だんだん冷静になってきていた
そうか。あの男は業者か。凹んだ壁と床を直すための下見か、と。茉梨のもとへと戻ってきた南羽は言う
「すまん。取り乱した」
「全くもぅー、慌てる気持ちはわかるけど、そういう時こそ落ち着かなきゃ駄目だぞ南くん♪」
そう言うと茉梨は居間へと向かう。それについていく俺は一つ理解した
今の茉梨は憎しみも怒りも持っていない。さっき武器を具現化した時に一瞬見せた程度だ。完全にコントロールしている。という事は既にあの異変には茉梨も気がついているのか
これから現れる怨霊は強大だが、南羽は今の茉梨を見て心強く感じた
情けない事に俺にはこれから出てくる怨霊を倒す程の強い力はない
でも茉梨がいる。みやちゃんもいる。
俺も微力ながら手助け出来るはず
三人で力を合わせれば、どんな敵でも倒せるんだっ!!!
居間でソファに座り、茉梨の用意したお茶を飲んで落ち着いていたら問いかけてきた
「そういえば帰りにみやちゃん見かけなかった?」
「え?見かけてないけど」
「みやちゃん、朝に南くんの学校の裏山に行ったきり戻ってきてないらしいの」
「……はい?」
茉梨は悲しい表情で告げる
「私には感じ取れなかったんだけど、みやちゃんがあの山から不穏な気配がするって言って行ったっきり戻ってこないのよ」
「……まじかよ……オイ」
戦う前からもう二人になっちまったのか……
ーーいや、
「茉梨、みやちゃんを信じよう。きっとここに戻ってくる。みやちゃんはまだ暴走をコントロールできてないだろうから、霧の発生場所もわかんねえはず。ここにメモを残していこう。俺達二人で先にあの場所に行くぞ」
「うん、わかった」
茉梨は微笑を見せると立ち上がり左手の甲を上に向けて前に突き出した
俺も同じように右手を突き出し茉梨の手に重ねる
「南くんと私。風見屋南羽と火野宮茉梨。二人だけだけど世界で一番のカップルよ。どんな敵にも困難にも負けないわ」
「ああ。今まで気づかねえ俺が馬鹿だったよ茉梨ーーこれがおそらく最終決戦だ。気ぃ引き締めて行くぜッ!!」
「「せーのっ」」
「「オーーッ!!」」
掛け声とともに二人はそれぞれの準備に取り掛かっていく
決戦の嵐もとい怨霊の憎しみの充満した霧は辺り一帯を完全に包み込んでいた
二十四時間まで後十分
南羽より先にボロアパートに到着していた茉梨は既に三十分以上も待たされていた
茉梨は苛々としながら壁に寄りかかりつつ、具現化した光る剣で空間を切っていた
どうやら現実に存在しない武器でも明確にイメージすれば具現化できるらしかった
退屈しのぎに様々な武器の具現化を試していたら、偶然出来てしまった。まさに偶然の産物
茉梨がふと顔を左に向けると遠くの方から南羽の走ってくる姿が見えた
茉梨は光る剣を消し赤い棒を出すと遠方に見える南羽の頭に振り下ろす。何故かその棒はどこまでも伸びてゆき見事南羽の頭に命中する。直撃を受けてすっ転ぶ。一回転すると倒れ伏した
【あ、ごめん南くんつい】
南羽はふらふらと立ち上がって茉梨に近づくと言った
「お前は一人で戦うつもりか」
「まさか〜長い時間待たされてちょっぴりイラっときただけ☆」
「いや、それは謝るけどさ、準備に手間取っただけだっつーのッ!ほら」
南羽は背負っていたリュックを下ろすと掲げて見せる
「茉梨が戦ってる間に俺だけが見てるだけってのは嫌だからよ。茉梨の手助け程度にしかならねえとは思うが色々と持ってきた」
苦笑いを見せる南羽。茉梨も微笑む
「全くもう。南くんは私のそばに居てくれるだけでいいのにぃ」
茉梨の頬に赤みがさす
「んっ、じゃあ南くんにも一緒に戦ってもらうねっ。後ろは任せたっ!なーんてね♪」
「ああ任せろ。そして任せたぜ茉梨。なんせ俺達は」
「私達は」
「「最高のカップルだから」」な!」ね!」です!」
「……」
「……」
「姉さん、兄さん、私の事忘れてましたね?私を置いて二人だけで楽しんでますね?」
「……」
「え、えっとね、ほらカップル、つまり二人なら私と南くん、でも三人なら私と南くんとみやちゃんが最高なんだよ?」
「言い訳は聞きたくありません。そんな事どうでもいいです。それに最高のカップルなら私と兄さんですから」
「……ん?今何て言ったかなあみやちゃん?ちょっと聞こえなかったなあ」
「何度でも言ってあげます。最高のカップルは私と兄さんですから」
「……」
茉梨は南羽に振り返る
「南くんいつから気づいてたの?」
「初めからだな」
「う〜私、みやちゃんのお姉さん失格かなぁ」
「……?どうかしましたか姉さん」
茉梨は向き直ってそれに言い放った
「あなたって幻を使えるのね」
「……私、姉さんの言っている意味が良くわからないのですが」
「おいお前いい加減にしろ」
南羽は低い声で言うとそれを睨みつける。茉梨も瞳に影を宿し睨みつける
「みやちゃんが、この大事な決戦前に私達をかき乱すような事するわけないでしょう?“私じゃあるまいし”」
「俺が女の子、つまりみやちゃんを見間違えるはずがないだろう?“茉梨じゃあるまいし”」
「あれぇ?ここにも南くんの姿をした偽物が 」
「嘘。ごめん。調子乗った」
【‘……バカな’】
それはうろたえた
【‘何故私の幻が効かぬ。完璧に身も心も模倣したはずだ’】
「甘いわね。そんな事で騙されるほど浅い関係じゃないのよ?だって姉妹だもの。ね、南くん♪」
「ああ。こんなタイミング良く現れるわけねぇ。大方こっちが混乱してる隙に不意を突くつもりだったんだろうな。後二分程で二十四時間だしな。ーーそれよりてめェみやちゃんをどうしたッ!!!!」
【‘さてな。獣なら獣らしく山で戯れている事であろう’】
「ッ……!!てめェ!!」
南羽はそれの襟首に掴み掛かる
だがそれは軽々とかわして距離をとる
【‘ーーとある山が昔から残っておった。
その山に流れる川の側にかすかに残留思念、微弱な怨念の欠片も残っていてな。
余程の執念と怒りと屈辱がなければ今まで残り続けることなど到底出来なかったことだ。
だが、それはあまりにも微弱。怨念の塊として再び形づくるためには恨む相手の存在と他の怨霊の強大な力を分けてもらわなければならなかったーーだが、どうだろう。今この時代には強大な力を持つ私がいて、恨む相手も存在する。私が力をほんの少し与えただけで、みるみるうちに成長しておったわ。ふふ、今頃山ではーー’】
「時間だ」
リュックサックから様々な物を取り出し準備していた南羽は逐一確認していた腕時計を見てそう告げる
「ええ、じゃあとっとと本体現してくれないかしら?」
それに冷たい視線を送る茉梨
【‘ーーつまらん。少しは動揺したらどうなのだ?この時代では貴様らまだ子供なのであろう?’】
「あいにく私はとっくに子供を卒業してるわ」
「俺はいつだって子供心を忘れないーーとか言いたい所だがそんな挑発には引っかからな」
雅の姿をした幻が消える
【‘本気で戦わなければならないではないか’】
上半身を布で覆った者が短剣で南羽に切りかかるのと。茉梨が具現化した光の剣でその者に切りかかるのはほぼ同時であった
わずかに茉梨の方が速かったのを白布の者は理解すると瞬時に後方に飛び退き光剣を回避する
茉梨はいまだに状況を理解していない南羽を軽々と細腕で持ち上げると敷地外に投げ飛ばした
間抜けな声をあげながら道に転がる南羽
茉梨に問いただした
「痛ってぇ何すんだ茉梨!意味わかんねーぞ!」
「南くんちょっとあいつ本当にやばいから離れててごめんね」
「……わかった。せめてそこのリュックを渡ーー」
「えい」
茉梨はリュックを中身ごと光剣で焼き尽くす
「え!?いや何してんの!?」
「だってコレ役に立たなーーううん。私には、南くんさえそこにいてくれればいいの。元気無限大よ」
「ーー俺のーー俺のコレクションがーー」
長年大切にしていたモデルガンの破片が火花と共に散ってゆく光景に南羽の目は釘付けだったとさ
【‘……よくわからんがそちには優しき心がないようだ’】
「現実的と言って♪」
茉梨は笑みを浮かべながら再び白布の者に切りかかる
いや、黒こげの残骸を見る限り焼き切ると言った方が正しいだろうか
初めて使う武器のはずなのに手慣れた動作で剣を振るう茉梨
白布の者はただ避ける事しか出来ずにいる
時たま短剣を振るおうとするも光剣を合わせられて焼き切られるのが目に見えているのか、手が出せないようになっている
だがそれは茉梨が優勢というわけではない
白布の者が他の技を見せていないだけであった
【……そろそろ本気出したらどうなの?私凄くイライラしてきたんだけど】
茉梨の剣速が増してゆく
だがそれ故に軌道が荒くなってゆく
【‘ふふ……なあに私も久しぶりに手合わせをするのでな。様子見ぐらいさせて貰おうと’】
【言ってなさい】
茉梨は光剣を投擲した
本来ならば手放した時点で具現化した武器は消えるはずだったが完全には手放していなかった
茉梨は予め柄に糸がくくりつけられた光剣を具現化しその一端を指に結んでいた
避けるのが遅れた白布の者の上半身を覆う白布の端が一瞬にして塵となる。それだけでは終わらない
再度光剣を具現化すると態勢を崩した白布の者に振るった。
今度は見事にその布の中身を焼き切った
ように見えた。
光剣は確かに白い布と服を通過した。だがその体に触れた途端に光剣が抹消された
勘の鋭い茉梨は瞬時に気づき距離を取る
こいつには私の武具が通じない。なら
茉梨は呼吸を整え姿勢を正すと雑草の生えわたる地面を踏みしめて拳を繰り出した
雅には劣るものの茉梨も素手の戦闘には多少の心得があった
顔を隠している白布の者は口の端を吊り上げて囁く
ばぁか、と
白布の者は待ち構えたかのように手の平を茉梨の拳に向けて空を撫でた。茉梨の左手が氷漬けになる
続けざまに手の平を押し出すと茉梨は見えざる力で吹き飛ばされボロアパートに叩きつけられる。その古い木の壁は容易く粉砕され、茉梨は中にまで飛ばされたのであった
どんなに速かろうと強かろうと
茉梨はただの人間
攻撃を食らえば容易く負傷する
体を引きずりながらボロアパートの中から顔を出す茉梨
目の前には可笑しさをこらえながら茉梨の事を見下ろす白布ーー
いや
もう白布は外され
中から絶世の美女が現れていた
白服のスリットから垣間見えるすらりとした白い足
腰は高度な美術品のようにくびれ
余裕のある、気品に溢れた表情は
長い長い流麗な黒髪に包まれ
その女性の存在はこの場一体を完全に支配していた
【ーー‘滑稽、滑稽。頭のキレる手だれは面白い程に勘違いをする。馬鹿と天才は紙一重とはまさにこのことだのう’】
小刻みに震える女性は慎みを保とうと笑いを堪える
【‘初めから《武具ノ現ミ》が効かないのであればすぐにそちを仕留めておるわ。発動に時間を要する上に、一度きりしか使えぬ《力ノ霧散》だからこそあの様な演技をしとったのになあーーくっくーーつまりは、だ。諦めずただ闇雲に剣を振り回す馬鹿の振る舞いこそ賢いやり方だったということだ’】
白服の麗しい女性はついには大笑いを始めたのだった
ー
ーー
あれ?南くんは?
入り口にいたはずの南羽がいない
どこにいるのか辺りを見回していると思いがけない方向から声が聞こえた
茉梨ぃーーッ!!大丈夫かーーー!!!
は?えーー空!?
南羽が地面から二十メートルほどの高さから瓦礫にまみれる茉梨を心配して大声をかけていた。手には白い布を持って旗のように振っていた
いや南くんそこで何してるの!?空だよ?!南くんの方が大丈夫っ!?
思わず叫びながら突っ込みを入れる茉梨。だがすぐに気がついたーーこの状況は私のせいだ。私が読みを誤って左手を氷漬けにされて吹っ飛ばされて。それを見た南くんが慌ててこっちに向かってきて
あの女の白布を掴んで殴りかかろうとしたところで宙に浮かされた
そしてこの状況は
私の負け
だって
この女に勝っても負けても
南くんはあそこから落とされて
しぬ
【‘確かにな。でもそちは私にはもう勝てぬぞ。利き手を封じられれば《武具ノ現ミ》は使えぬぞ?ま、ゆっくりーー
愛する者が死にゆく様を見ているがいい’】
南羽は今まで吊されていた糸が切られたように緩やかに緩やかに。徐々に速度を上げながら落ちていった
私は何をしてるんだろう
こんな所でうずくまってて
好きな男一人守れない
南くんーー!!
ー
ーーー
ーーあれ?
私ーーー
ナンデ、アノオトコガスキナンダッケ?
茉梨の虚ろな目に見つめられながら南羽は無抵抗に降下する
地面に叩きつけられる寸前に南羽の体は空中で固定された
【‘なぁんてな。こやつのような色男を簡単に殺すわけが無かろう。私の計画の為にもな。……なんじゃ?そち、虚ろな目をして。絶望の余り幻覚でこの男が肉片となり飛び散る様でも見たのかの?’】
茉梨は答えない
【‘つまらん奴じゃ。そちのような女が泣き叫ぶ様でも見れれば気分も高揚したであろうに……まぁよい。この男も気絶したことだしそちに私の過去と野望でも教えてやろうかの。似た者同士ーーな?’】
白服の美女は茉梨に近づくと額と額を合わせ過去の自分の体験を流し込んだ
が、当の茉梨自身は放心状態。実際に体験しているように感じるはずなのに今の茉梨にとってはただただショーウィンドーのテレビに映る愛憎渦巻く時代劇を横目で見て通り過ぎるような感覚だった
内容も断片的に単語のみでしか覚えていない
陰陽師褒美男年執着身投げーー
白服の巫女は茉梨から額を放すと自身の決意に同意を求めてきた
【‘男を執拗に愛するそちにならわかるだろうこの私の気持ちが、決意が、野望がっ!ーーどうじゃ?我らは似た者同士。これも何かの縁。そちが望めば不老不死、そして世の男の半分をーー’】
「あなたと私は違う」
茉梨は思考停止状態にも関わらず反射的に言葉を発する
思念などではなく口で、まるで自分自身に言い聞かせるように
「私が愛するのは、南くんただ一人」
白服の者の表情は一瞬怒気を表したが、涼しい顔に変わり茉梨を諭す
【‘まぁ仕方なし、仕方なし。私も始めはそう思っていた。私が愛するのは一生涯この男だけ、とな。なぁに私のように実際失ってみればわかる’】
白服は南羽の方を振り返りそちらに歩みゆく
短刀を具現化させると南羽の胸元に当てた
【‘こやつのような色男を失うのは惜しいがこの時代には遥かに昔より人が、男が多い。一人ぐらい居ても居なくても同じ事’】
白服は力を込めて心臓を一突きにしようとした所で南羽が握りしめる白布に気がついた
【‘ふむ、返り血を浴びても気分が悪い。これを被せてーー’】
南羽の手から白布を取り上げると、はらりと別の白布が地に落ちた
【‘ん?なんじゃこれはーーハンカチというヤツか?’】
興味深げにそれをつまんで眺めるとやがて遠くを見つめているような目をする茉梨に見せて言う
【‘このハンカチからはそちの匂いがする。何故この男が握り締めているのかはわからぬが返してやろう’】
白服がハンカチに空気抵抗を無視させ、離れた茉梨の目の前にほうる
白いハンカチは手前に落ち茉梨はそれに無意識に手を伸ばす
ズキッーー
あ、れ?いま何か思い出し……そう……な……
ハンカチに触れた瞬間
力尽きて瓦礫だらけの地面に沈んだ
こつんっ
額に鏡の破片が触れた
私は自我の発達が異様に早かった
周りの子達に馴染めずに一人でいることが多かった
そんな私にいつも声をかけてくれる一人の男の子がいた
《ねえねえどうしてそんなにかなしそうなかおをしているの?》
……ほっといてよ
《わらったほうがかわいいよ》
……うるさいわね
《みてみてへんなかおー》ぐにー
ーーああもう!!
《私に関わらないで!なんであんたはそういつもしつこいのよ!》
《ほへー》ぐにー
《変な顔やめろ!》
《むー》
男の子は渋々頬を引き伸ばす手を離す
《わらってほしいんだもん》
《……何よ……何よ何よ!笑えるわけないでしょ!》
私は恨めしそうに男の子を睨む
《楽しみにしてたのに……!!弟か妹が出来るんだってお姉ちゃんになれるんだって……もう一人で家にいることはないんだって……》
私は一筋の涙を頬に伝わらせる
《……パパとママが悪いんじゃないのはわかってる。もう産めないのはそういう体質だから。私が一人で家にいるのは仕事が忙しいから。でも……でもね……寂しいのよ……頭でわかってても……寂しいのよ……》
私は涙を拭うと男の子に聞いた
《私のこの気持ち……わかる?》
《わかんねー》
《 》
私は自分の心が冷え切った後に燃え上がるような感覚に陥った
そのとき初めて怒りを覚えた
無我夢中で掴みかかっていた
《私に散々構っておいてなにそれ……喧嘩売ってるの?馬鹿にしてるの?!初めからからかってたって言うの!?ふざけんな……!!私をおちょくるのも大概にし》
私が必死の形相で睨んでいるにもかかわらず
男の子は私に笑いかけていた
《わかんない。わかんないけどね。でもね》
《きみはわらったほうがかわいいのはわかるよ》
私は
もう考えることを止めた
ただただ
涙を流し続けていた
何故かその男の子もいつの間にか泣いていた
しかも私よりも
《なかないで……なかないでよう……ひっく》
《ああもう!わかったから!なかないから!ほら》
ポケットから小さな白いハンカチを取り出すと、自分の涙を拭う。ついでに男の子の涙も拭ってあげる
《こ……これでいいでしょっ》
私はうつむきがちに照れくさそうにぎこちなく微笑んだ
《……へたくそ》
《なっ!》
《にひひー》
男の子は駆け足で逃げてゆく
《ちょっと、こらまちなさーい!》
私は男の子を追いかけた。扉を勢いよく開けて飛び出した男の子は何かにぶつかって尻餅をついた
《いたた……》
《ちょっと大丈夫……!?》
私は駆け寄って無事を確認すると開いた扉の向こうを見た
……?誰も何もいない
脳内に声が鳴り響く
【‘ほう?珍しきことよ。我に触れられる小僧とな’】
何もない空間から声が聞こえる
【‘小僧とはいえいずれ厄介な者になりえるかもしれぬ。なぁに殺しはしない。我と会った記憶を消しておくだけだ……まあ最近の記憶も一緒に飛んでしまうがな。おっと、そちの記憶も消しておかねばな。矛盾が起きてしまう。……ふむ、安心するがいい。記憶は消えても気持ちは残る’】
空間が揺れたかと感じたがそれはすぐにおさまった
【‘さて、僧に追われている身じゃからな。それでは’】
謎の声は途絶える
気づくと私と男の子は何故ここにいたのか思いだせなくなっていた
ただ、私の男の子への思いだけを残して
【‘さあて、色男の息の根を止めーー’】
ドンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ
瓦礫が爆散した
【‘なッーーなんじゃあ!?’】
白服は振り返ってそちらを見る
とめどない黒いオーラを何重にも放つ女がそこに立っていた
消えた
【‘えっ、なーー’】
次の瞬間、今度は白服がボロアパートの瓦礫に突っ込むことになった
それにも関わらず勢いは止まらず瓦礫を抜けると壁に全身を打ち付けられ跳ね返り頭を掴まれ再び瓦礫に叩き込まれる
白服にはどうすることも出来ずただされるがままになっていた
やがて顔を上げた時には黒いオーラに包まれた形容しがたい表情と深く淀みに淀んだ瞳に目があった
「そっか そっか そっか そっか 」
女は全てを理解した
「全部お前のせいか 」
白服は一端を理解した
【‘あー、あの時の娘か’】
何も知らない白服はへらへらと笑う
【‘何だ、こんな偶然もあるとはのお。あの小さき二人がこうして好きあっているのは正に私が情けをかけて殺さず記憶を消すだけにしてやったおかげじゃーー’】
【いっかーい 】
茉梨の持つ右手の包丁から一筋の鮮血が舞った
白服に赤服が混じり始める
【‘うん?言っておくが今までの攻撃は効いておらんぞ、まして小さき刃で小さき傷など’】
【にかーい 】
再び鮮血
【さんかーい よんかーい ごかーい ろっかーい ななかーい 】
鮮血鮮血鮮血鮮血鮮血
あまりに無機質な攻撃。逃げればいいのに逃げれない。避ければいいのに避けれない。白布はとある感情が芽生えるのを感じ。こう聞かざるを得なかった
【‘……なぁ。その。それは何回続くんじゃ……?’】
【あんたのせいでわけもわからずこころがすくわれててなんくんがすきでなんですきかわからないからひっしでこころのおくそこにしまいこんででもいつもふあんにみちてどうすればいいかわかんないからとにかくなんくんをすきであることにしてほかのおんなにとられないようにしてまいにちまいにちまいにちまいにちふあんでふあんだふあんがふあんていなかず】
茉梨は
【ふあんのかずだけ】
無邪気な
【あなたを】
子供に戻り
【きりきざんで あ げ る 】
延々と続く解消の血祭りを楽しみに楽しみに楽しんだ
やがて一人の少女の祭りが終わり周囲の霧も赤布も消えゆく頃。ようやく一人の男が意識を取り戻した
(あれ?俺はいつのまに寝てーー怨霊!!)
「茉梨っ!」
辺りを見回すと探していた女の子は呆けたように膝立ちで夕焼け空を見上げていた
「茉梨……?」
一瞬誰だかわからなかった。容姿は全くの茉梨であるのにも関わらず。まるで別人であるかのように彼女は清々しい表情に満ちている
「ーー南くん」
彼女は呟いた後こちらを振り向く
「大好きだよ」
何故かいつもの茉梨の言葉に恥ずかしさを覚えた俺は
「ああ。初めてみるのに、何故だか懐かしさを感じるな。その涙目の変な笑顔」
とびきりの笑顔で茉梨に返してやった
何故か茉梨の家にあったメモ札をもとの場所に張り直し、茉梨の家に移動していた所で山の方から凄い速度で立ち上る砂煙が見えた
数分後息切れのみやちゃんがやってきた
「はあっ、はあっ……すいません!あの山は巖二と元父上が死んだ場所だったようで、何者かの力によって怨霊として復活したらしくてっ、消滅させるのに時間がかかりましたッ!」
「それはいいんだけど……その耳と尻尾は……?」
「えっ、あっ、はい。思いの外に厳二と元父上が強い、いえうざくて、がむしゃらに戦ってたら獣形態と人間形態が合体していました……その、変ですか……?」
俺は無意識にみやちゃんを抱きしめていた
「可愛い……!」
「やあっ!駄目ですよ!姉さんが見ーーて……」
「……みやちゃん?」
みやちゃんの様子がおかしいのでそっちを見た
とびっきりの笑顔があった
「……」
みやちゃんは逃げ出した
「……茉梨」
「わざとだよね?」
「いや、決して故意では」
「だよね 」
茉梨がこちらに歩み寄って来る
「くそっどうすればーーはっ」
(姉さんが普段気にしている事を言えば〜〜)
「茉梨!俺は
貧乳も“ちょっと”好きだッ!」
「 」
「あれ!?茉梨!?何で!?」
引きずられながら茉梨宅に向かわせられる南羽。玄関の前に到着した茉梨。茉梨は白服の女に消された記憶が蘇ったおかげでようやく決断することが出来た
「南くん、前から言いたかったんだけどさ」
「なんでしょう」
「南くんが他の女の子の事を助けてあげるだけならいいの。でもさあ、その後に何度も会ってるよね?浮気だよね?」
「……」
「去勢しようか 」
「なッ!?」
「あっ、でもそうすると南くんとの子供が出来ないからーー出来たらしよっか♪」
「い……いやだ!だったらしない!絶対しないぞ!」
「みやちゃんが南くんの義理の妹になるんだよ?一緒にお風呂に入ったり出来るのになぁ」
「……ごくっ……ぁ」
「去 勢 決 定 」
拝啓怨霊様。俺の彼女より恐ろしい方がおりましたら是非ご一報下さいませ。丁重にお迎えしたいと思いまーーぐふあっ
南くんは、誰にも渡さない
だって、私のモノだから
ーーううん、違うわ
私の大切な人だから、ね?
ふんふ~、ふんふ~ん、ふふっ♪
『恐ろしきは近くに』
【BADEN…】
「 」
【HAPPYEND!】
ヤンデレ=病んデレ。一人の対象を好きになりすぎて理性が崩壊している人。対象に近づく異性を徹底的に排除する。または対象を××する。
ただしこの作品のヤンデレさんは対象を好きになった理由を忘れていたので排除に踏み出せませんでした。
初めは簡単にヤンデレと怨霊の戦いを書こうと思っていたのに、気がついたら長編になっていました。
くれぐれもヤンデレにはお気をつけ下さい




