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最初に食べるのは怖いんです。

 エバは神に会ったことがない。

 アダムは最初の人間で、神と話をしたらしい。その内容をエバはアダムから聞いていた。

「善悪の知識の実は食べてはいけない」と神は言ったそうだ。「知恵の樹の実、りんごはけっして食べないように」

「はい」とアダムは答えた。

「その隣に生えているのは生命の樹である。その実はいちじくという」とも神は言われた。

 その後、神はアダムの肋骨を取り出して、エバを創造した。

 エバが目覚めたとき、神はすでにおらず、近くには優しく微笑むアダムがいた。

 それが彼女の最初の記憶だ。

 エバは石でヤシの実を割りながら、アダムに訊いた。

「肋骨を取り出されて、痛くなかったの?」

「別に痛くはなかったよ。すぐに治った」

「神はどんな姿をしていたの?」

「神々しかったよ。神は自分に似せて人間を造られた。だから、僕は神に似ている」

「アダムは神に似ているのね」

「神は後光が差していた。疑いもなく創造主だった。全知全能の唯一神だよ」

「どうして黒髪の変な蛇を創造されたのかしら?」

「またどうしてか」

「どうしては私の口癖みたい」

「どうだっていいじゃないか。ここは楽園だ。神が僕たちの住む楽園を創ってくださった。僕はしあわせだ」

「そうね」

 エバはヤシの実を割った。汁を飲み、果肉を食べた。美味しい。何も考える必要はない。ここは満ち足りている。

「ちょっと走ってくる」とアダムは言った。

 彼は走るのが好きだ。楽しそうに走る。裸足で、土を踏んで走る。

 エバは彼ほど走るのが好きではない。アダムが走り去るのを見送った。

 ヤシの木からするすると蛇が下りてきた。黒髪の蛇、デモンだ。

「少し散歩をしませんか、エバ」

「いいわよ、デモン」

 蛇が先導し、エバは後を追った。デモンは高台に向かっていた。そこには知恵の樹と生命の樹が生えている。どちらの樹も他の木とは比べものにならないほど高く、幹は太い。知恵の樹には赤い実がなっていて、生命の樹には緑の実がなっている。

「生命の樹の実は緑で、知恵の樹の実より小さいわね」

「そうですね。生命の樹の実はいちじくというのですよ。神がアダムに伝えているのを聞きました」

「まぁ。あなたは神を見たことがあるのね」

「ありますよ。私は最初の蛇ですから」

「私は神に会ったことはないわ。神々しいお姿なんですってね」

「私は別に神々しいなんて思いませんでしたね。人間に似ているなと思っただけです。二本の腕と二本の脚を持っていました。私とは似ていない」

「あなたの脚は一本だものね」

「そうですね。この長い胴体と尻尾が脚と言えるのかどうかはわかりませんが」

「私もそれが脚なのかどうかわからないわ」

 エバはくすくすと笑った。

 蛇はくねくねと身をうねらせて進んでいる。高台に到着した。

「さぁ、目の前に知恵の樹の実があります。食べましょう」

「あなたはいつもそれね。食べないったら」

「赤いりんごの実はとても美味しいにちがいありませんよ」

「あなたが食べればいいじゃない」

「神が食べてはいけないと言いましたからね。最初に食べるのは怖いんです。エバが食べてください」

「それはひどいわね。私は実験台みたいじゃない」

「ええ。人体実験です」

「絶対に食べないわ」

「食べませんか」

「食べません」

「ちぇっ」

 蛇は残念そうに舌打ちした。太陽の光は二本の特別な樹に降り注いでいて、エバと蛇は木陰に佇んでいた。穏やかな風が吹いていた。エデンの園は常に過ごしやすく、雨が降ることはあったが、嵐になることはけっしてなかった。

「この生命の樹の実は食べてはいけないの?」とエバは蛇に訊いた。

「いいえ、神はそれを食べてはいけないとは言いませんでした」

「じゃあ、いちじくを食べれば?」

 蛇は長い体を震わせた。

「食べませんよ。怖い」

「どうして? 神は禁止しなかったんでしょう?」

「わかりませんが、生命の樹も特別な樹です。食べたら何が起こるかわからない」

「何かが起こるのかしら?」

「生命の樹ですからね。死ななくなるかもしれない」

「ずっと生きていられるということ? それは素敵じゃない?」

「永遠の生命なんて私はいりません」

 蛇は後ずさり、長い胴をくねらせて去った。

 エバは生命の樹の実を見つめていた。

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