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きっと甘酸っぱくて美味しいジュースになりますよ。

 エデンの園には清らかな小川が流れている。エバは川岸にアダムと並んで座っていた。二人はときどき川の水を手ですくって飲んだ。冷たくて、喉の渇きを癒してくれる。

 空は蒼く、ちらほらと雲が浮かんでいた。アダムはいつものようににっこりと微笑んでいた。エバは満ち足りた気持ちで川の流れを見つめていた。小魚が群れをなして泳いでいた。

「きのう変わった蛇に会ったわ」とエバは言った。

「変わった蛇? どんな?」とアダムはエバの横顔を見つめて訊いた。

「黒い髪の蛇」

「確かに変わっているね。髪の色はふつう金だ」

「それに、知恵の樹の実を食べようって誘惑するの」

「あの樹の実を食べてはだめだよ」

「わかってる。食べてないわ。でもどうして食べてはいけないのかな?」

「神がそう言ったから」

「神はどうして食べてはいけないと言ったのかしら?」

「エバはどうしてってよく訊くまぁ。いけないものはいけないんだよ。理由はたぶん神が知っているよ。人間は神に従っていればいいんだよ」

 エバはアダムの屈託のない笑顔を見て安心した。

「そうね。今がしあわせだからそれでいいわよね」

 禁忌の実を食べたら不幸になると思った。あの前に見た悪夢のように、楽園を追放されて荒野を彷徨うことになるかもしれない。それは嫌だ。

 アダムは昼寝をした。エバは川岸に座り、隣で眠るアダムの愛らしい寝顔を見ていた。

 黒髪の蛇が川岸の向こうから、うねうねと泳いでこちらに渡ってきた。

「こんにちは、エバ」

「こんにちは、デモン」

「知恵の樹の実を食べる気になりましたか?」

「ならないわ」

「私が実をしぼってジュースにしてあげましょう。飲んでください」

「飲まないわよ」

「きっと甘酸っぱくて美味しいジュースになりますよ」

「どんな形であれ、知恵の樹の実を食べたり飲んだりはしないわ」

「エバは強情ですね」

「神とアダムに忠実なのよ」

 エバは隣で眠っているアダムの髪に触れた。柔らかい髪だ。

 蛇は肩をすくめ、頭を左右に振った。

「私は何でも神に従っていればいいとは思いませんけどねぇ」

「神は創造主よ。従わなくてはならないわ。あなたも神に創られたんじゃないの?」

「そうですけど」

「どうして神はあなたのようなあまのじゃくな蛇を創ったのかしら?」

「知りませんよ。とにかく私はあまのじゃくなんです。決まりがあれば、それに逆らいたくなるんです。誰かが上を向けと言えば、下を向きたくなるんです。エバ、知恵の樹の実を食べましょうよ」

「食べないわよ。バナナやみかんで十分満ち足りてるわ」

「ちぇっ」

「あなたはつくづく変わった蛇ねぇ。他の蛇は金髪だし、ほとんどしゃべらないのに」

「私は話すのが好きなんです。特に美しい女の人と話すのが好きです。あなたのような」

「お世辞がうまいわね」

「お世辞なんかしゃありませんよ。心外です。エバは本当に美人です」

 エバはまんざらでもなく、いい気分になったが、ますますデモンが珍しい蛇だという思いが強まった。

「どうしてあなたのような蛇がいるのかしら」

「私にもわかりませんよ。私には考える力が足りないんです。神の考えを推測することなんてできません。知恵の樹の実を食べれば、もっと考えることができるようになるかもしれない」

「そうかもしれないわね。なにしろ知恵の樹だから」

「そう、知恵の樹の実を食べたら、知恵がつくのでしょう。だから食べましょう」

「食べないわよ」

「あなたは強情だ」

「忠実なの」

「ちぇっ」

 蛇は去った。エバはデモンを目で追ったが、木の陰に隠れて見失った。隣ではアダムが眠り続けていた。エバも眠気を感じた。横になって、暖かい太陽の下で昼寝をした。

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