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エバとアダムと蛇  作者: みらいつりびと


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19/20

その瞳に知性が感じられなくなってきた。

 システムが回復するのに数日かかった。衛星から映像が届けられた。映されているのは濃く黒々とした雲だった。どの角度に変えても衛星が映し出すのは核の粉塵からなる雲。太陽光をさえぎる厚い微粒子の層が地球を覆っていた。

 ミームの核シェルターには秩序は残っていなかった。酒を飲む者、わめく者、賭け事に興じる者、殴り合う者。プリラはずっと酔っていた。エバは地上に出たいと言ったが、マウン大将に止められた。

「いいじゃないの。私は不死なのよ」

「エレベーターは動かせません。地上には高濃度の放射性物質があります。シェルターを清浄に保つため、今は地上との交通は途絶させておく必要があります」

「地下鉄駅はどうなっているの?」

「核攻撃には耐えられたかもしれませんが、放射能の汚染は避けられないでしょう」

 エバは黙り込み、コンクリートの壁に背をもたせかけて座り込んだ。

 プリラとマウン大将が話し始めた。

「食糧はどのくらい備蓄してあるの?」

「シェルターに避難している人数は二百三十七人です。普通に配給していると二か月でなくなります」

「配給量を三分の一に減らしなさい」

「わかりました。それで半年生きられますね」

 水は地下水を汲み上げているので不足はなかったが、食事は少なくなった。味気ない保存固形食がわずかばかり。酒はプリラ周辺の特権階級が独占した。彼女の周りには常にマシンガンを持った親衛隊がいた。その酒も一か月でなくなった。

 地下にずっと閉じ込められていると、気が狂う者が出てくる。始終ぶつぶつと独り言をつぶやいている者、頭を壁に叩きつける者、幻覚を見ている者。反抗的になる者もいる。プリラに暴言を吐いた蛇人はどこかへ連れられて行き、二度と現れなかった。

 エバはキム大尉と話すことが多かった。

「エデンに帰りたいです。せめて故郷で死にたい」と彼女は言った。

「帰れるわよ。私もエデンに帰りたい。食糧が尽きたら、嫌でも地上に出なくてはならない。そしたら、エデンに向かいましょう」

「帰れるでしょうか」

「まだ動く車を探そう」

「そうですね」

「それと、食料を調達しないと。缶詰とか」

「ありますかね。地上で生きている者が奪い合っていると思いますが」

「確かにそうね。それがネックか」

 オペレーターと話すこともあった。彼は放射能に詳しかった。

「地上には致死量の放射性物質が充満しているのかしら」

「核爆発直後の爆心地は致死的状態だったでしょうが、もう拡散して、多くが地上に降り積もり、雨に流され、大気を吸っても直ちに死ぬほどではなくなっているはずです。癌になる確率は高まるでしょうが」

「私はエデンに帰りたいの。帰れるかしら」

「帰りたければ、帰ればいいでしょう。ミームもエデンも同じくらい危険です。どこへ行っても同じですよ」

 シェルター生活が三か月を過ぎ、少ない食事を続けて来たため、皆が痩せ細って来た。蛇人の行動が変容してきたのにエバは気づいた。蛇人は腰から上を直立させ、腰から下の胴から尻尾までを地上につけ、くねらせて移動していたが、全身を地上につけて、首から下をすべてくねらせて動くようになってきたのだ。

 その変容はしだいに顕著になってきた。全身が痩せているのだが、腕が特に細り、委縮してきた。蛇人は口数が少なくなり、その瞳に知性が感じられなくなってきた。

「キム大尉、大丈夫?」と話しかけても、彼女は二又に分かれた舌を突き出して、シャア、としか答えなくなった。

「プリラ?」

 教皇に話しかけても同じだった。シャア、と舌を出すだけ。

 人ではなくなった、とエバは感じた。ただの蛇だ。人面の蛇。

「マウン大将、エレベーターを使ってもいいですか?」

 マウン大将は何も答えず、くねくねと這って逃げた。もはや大将ではない、と思った。蛇だ。みんな、蛇になってしまった。

 エバはエレベーターに乗って地上に出た。

 ミームは無惨な廃墟になっていた。威厳ある歴史的建造物であったものはへし折れ、砕け、がれきの塊りと化していた。生き残った蛇たちがうねうねと這い回っていた。やはり蛇人から細長いだけの蛇に変化している。

 世界中がこうなってしまったのだろうか、とエバは思った。彼女は西に向かって歩き始めた。エデンの方向だが、今でもそこに帰りたいのかどうか、自分でもわからなかった。

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