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生まれつきあまのじゃくな性質なんです。神に逆らいたいんです。

 エバは夢を見た。

 蛇にそそのかされて、彼女は知恵の樹の実を食べた。神から食べてはいけないと言われていた実だった。それは甘く、ほどよい酸味があり、信じられないほど美味しかった。

 アダムにも食べさせた。神にばれて、エバとアダムはエデンの園を追放された。エデンの園の外は荒涼とした大地で、木の実は少なかった。二人は彷徨った。お腹がすいて、苦しかった。茶色い実を食べたが、にがくて吐いた。そこで目が覚めた。

 嫌な感じが長く残る悪夢だった。

 エバはけっして知恵の樹の実を食べまいと決心した。

 エデンの園でエバとアダムは裸で暮らしている。暖かい土地で、身に何かを纏う必要はない。恥ずかしいという概念もまだ生まれていなかった。

 エデンの園の中心にある高台には、知恵の樹と生命の樹が生えている。その二本の樹は特別で、たくさん実がなっていたが、エバもアダムも食べなかった。

「神が知恵の樹の実はけっして食べてはならないと言われた」とアダムは言った。

 アダムは最初の人間で、神と会ったことがあるらしい。エバはアダムの肋骨から創られた人間で、神と会ったことはなかった。

「生命の樹の実も食べてはいけないの?」とエバは訊いた。

「生命の樹の実は食べてはいけないとは言われなかった。でも、この樹は特別だから、食べないでおこう」

 エデンの園は緑の木々が見渡す限り生えている豊かな楽園だった。知恵の樹と生命の樹以外にも、たくさんの種類の木が生えていて、そこには食べきれないほどの実がなっている。エバとアダムはその実を食べて生きた。十分に美味しい実だった。バナナやみかんやキウイやヤシ、その他様々な生で食べられる果物があった。エバは夢で食べた知恵の樹の実はもっと美味しかったと思ったが、あれは食べてはいけないのだ。不吉な夢を見たし、神が食べてはいけないと禁じた。けっして食べまいと彼女は改めて思った。

 禁忌の果実。別名をりんごといちじくというのだとアダムは教えてくれた。

 エバはその他の木の実を食べ、アダムとおしゃべりをし、大地を散歩し、昼寝をし、太陽の熱と光を浴び、夕暮れの風景を美しいと感じ、夜になったら眠った。それでしあわせだった。彼女はさらさらした長い金髪をなびかせ、裸のままで堂々と歩いた。彼女の乳房は大きく、腰はくびれ、脚は長かった。目は大きく見開かれ、顔立ちは整っていた。アダムの髪の色も金で、少し癖っ毛だった。彼の容貌も美しく、裸で、逞しく筋肉質だった。エバはアダムと二人でいることを好んだ。

「あなたと私の体はだいぶちがう」

「男と女だからね」

「どうして男と女は体の形がちがうのかしら?」

「さぁ。神が僕たちをそのように創ったからね。どうしてかなんてわからないよ。僕もきみも美しい。それでいいじゃないか」

「そうね。神がそうしたんだから、そうなってるのよね。美しいから、それでいいのよね」

 エバは深く考えるのが苦手だった。ふと思ったことを口にしただけだった。「どうして?」は彼女の口癖だった。自分で考えるのは苦手だから、教えてほしかったのだ。

 アダムはエバよりさらに考えることから縁遠そうで、疑問を持って、「どうして?」と問うこともなかった。

 疑問が解消されなくても、エバは深く追求するつもりはなかった。アダムは力強く、美しい。彼を見ているだけでうっとりする。確かにそれでよかった。彼女は十分にしあわせだった。

 アダムは木の実をもいで美味しそうに食べた。エバを見て微笑んでいた。彼もしあわせそうだった。

 エデンの園にはアダムとエバの他にたくさんの蛇がいた。猿、馬、牛、羊、狼、兎、ネズミ、カエル、昆虫などのいろいろな動物もいたが、言葉を話せるのは人間と蛇だけだった。

 人間は二人だけ。蛇は無数にいて、数えられなかった。

 蛇には人間に似た顔と二本の腕があり、腰から上を直立させ、その下は長い筒のように伸びて地に沿わせ、終端は細い尻尾になっていた。二本の脚はなかった。長い胴をくねくねと這わせて移動する。人間のエバとアダムは二本の脚で立ち、歩く。

 一匹の蛇がエバの近くに這って来て、話しかけた。

「知恵の樹の実を食べませんか」

「食べないわよ」

「どうしてです。とても美味しそうですよ」

「神が食べてはいけないと言った、とアダムが言ったわ」

「いいじゃないですか。アダムには黙って、こっそりと食べましょう」

「だめよ。りんごは食べないわ」

「あの赤く熟したりんごは魅惑的です。食べたくなりませんか?」

「バナナは甘いし、みかんは酸っぱいし、どちらも美味しいわ。それで十分よ」

「ちぇっ」蛇は舌打ちした。

「あなたはどうして私に知恵の樹の実を食べさせたいの?」

「私の名前はデモンと言います。生まれつきあまのじゃくな性質なんです。神に逆らいたいんです」

「蛇に名前があるなんて、初めて知ったわ」

「私は特別な蛇なんです。他の蛇には名前はありません」

 デモンは黒髪の蛇だった。黒い髪は珍しい。

「黒髪の蛇のデモン」

「ええ。私の名前を憶えていてくださいね。またお話しましょう」

 デモンは口角を上げてニタリと笑った。彼は体をくねらせて、エバから離れていった。

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