94:朝、目覚めたら
甘い眠りの世界から抜け出した瞬間に聞こえたのは、少年の声だった。
「ダーム殿、ダーム殿」
うっすらと目を開け、ダームは小さく呟いた。「……夢?」
先ほどまでの触れ合いは、全て夢だったのか。
初めてその事実に気づいた彼女は、少し恥ずかしくなった。
考えてみればあんな状況は不合理極まりない。でもいやに現実味があったなと思う。
でもそれより今は、呼び声に答えなくてはと立ち上がった。
窓から陽光が差し込んでいる。どうやら朝の遅い時間帯のようだ。
「僧侶くん、どうしたの?」
扉を開けた向こう、立っていた少年――メンヒは、いつもの落ち着きをすっかり無くして慌てているようだった。
ただならぬ様子にダームが首を傾げると、彼は言った。
「じ、実は……。カレジャス殿が、カレジャス殿が失踪されたようで」
* * * * * * * * * * * * * * *
目覚めてすぐに知らされた、驚愕の事実。
急いでカレジャスの部屋に行くと、確かにそこにはクリーガァの姿しかなく、勇者は見当たらなかった。
「戦士さん!」
「ダーム嬢、やっと来てくれたか! 大変なことになった! 朝起きてみたら、カレジャスくんがいなくなっていてな! 探し回ったが見つからない! そして、置き手紙が残されていたのだ!」
そう言いながらクリーガァが手渡してきたのは、折り畳まれた紙。
ダームはそれを急いで受け取り、広げてみる。そこにはインクでこう記されていた。
『突然いなくなって悪い。俺はまた旅に出る。俺のことは気にすんな。それで、絶対に追ってこないでくれ。あばよ』
短い文章だった。
けれどそこには、カレジャスの意志が感じられて。
ダームはガックリと肩を落としてしまった。
「ダーム殿、どうされたのです?」
「……ううん大丈夫。なんでもない。なんでも、ないから」
精一杯笑って誤魔化したけれど、きっとメンヒにもクリーガァにもわかってしまっただろう。
カレジャスは、ダームのせいで出て行ったのだ。一体どこへ向かったのか、そんなことはわからない。
ただ、手紙の端に滲んだ涙の跡だけが心に深く突き刺さって。
「勇者様……、ごめん」
そう呟くことしかできなかった。




