93:夢の中で
……ここはどこだろう?
一面、緑が生い茂る場所だ。森だろうか?
「誰かー? 誰かいないのー?」
呼びながら、ダームは森の中を進む。
と、突然、変な声がした。
「シャーッ」
振り返ると、そこには大蛇の姿が。
咄嗟に魔法を放とうとするが、びっくりしてしまい動けない。そこへ、人影が現れた。
「おい。大丈夫かよ?」
次の瞬間、大蛇が真っ二つになって消え失せる。
そして代わりに顔を覗かせたのは――。
「勇者様っ」
ダームはやっと気づいた。ここが、彼と初めて出会ったあの森なのだと。
「ったく危ねえなあ。一人で森に入るなって言っただろうが」
「ごめ〜ん」
そう言って、少女は勇者の方へと駆けた。
そのまま飛びつき、彼の体を抱きしめる。今、彼はゴツゴツした鎧姿ではなく、小綺麗な礼服を纏っていた。
直に伝わってくる温もり。ダームはそれを全身に味わう。
「無事でよかったな。今度から気をつけろよ?」
「わかった。ありがとう」
見れば、カレジャスの顔はすぐそこにあった。
まっすぐに見下ろされて、ダームの頬が赤くなる。胸がドキドキした。
「大好き……」
思わず口から漏れる呟き。
それが聞こえたのか聞こえていないのか、カレジャスはただでさえ近い顔をさらにこちらへ近づけてくる。そして、唇を突き出した。
ダームは彼が何をしようとしているのか、すぐにわかった。
彼が望むなら、受け入れてしまおう。
そう思い、彼女もゆっくり口をすぼめた。
二人の唇が接近する。このまま、口づけを――。
しかし、そうはならなかった。
「やめようぜ、こんなこと」
突き出されていた唇が、固く閉じられる。
それに激突し、少し驚いてダームは見上げた。そこには、首を振るカレジャスの姿がある。
「どうして」
「お前の体は奪わねえ。俺の他に、愛おしいやつがいるんだろ?」
言われてダームは思い出した。
そうだ、そうだった。あたしには、愛する人がもう一人いる。
そっと顔を背けた。あたしはなんて馬鹿だったんだろう、そんなことを思いながら。
しかし顎を掴まれ、顔を引き戻された。再びカレジャスと向き合わされる。
戸惑う少女に、勇者はそっと語りかける。
「お前が俺を選ばなかったとしても、俺はお前が好きだよ。心の底から愛してる。……だからお前は、お前のままでいろ」
言われて、ダームは身動きが取れなくなった。
真剣すぎる青の瞳に魅入られる。彼女は、ああ、やはり好きだと強く、改めて恋情を抱く。
言うべき言葉はただ一つだった。
「うん……。勇者様も。ずっとずっと、勇者様はあたしの憧れの人でいて……」
例え結ばれることが叶わないとしても、ダームの恋心は薄れることがないのだから。




