91:感情の渦巻き
いつからだろう、ダームを好きになったのは。
もしかすると初めて出会った森で助けた時、もう惚れていたのかも知れないとカレジャスは思う。
金髪を泥まみれにして、破けて穴が空いたドレスを着た少女。
目も当てられないほどボロボロだった。
どうして助けようと思ったのか、今になってはわからない。どんな奴でも蛇に襲われていたら命は助けてやっただろうが、普通はそれだけで、何もテントに連れ帰ろうなんざ思わない。
最初からダームは『特別』だったのだろう。
適性検査を行なって陽性反応が出るなり魔術の街へと出向いた。
それから魔法使いになったダームと一緒に行動するようになったのだ。
その頃はまだ気づいていなかった。
でも旅の途中、あの吹雪の小屋で告白された時、初めて知った。
――ああ俺、この女に惚れてんのかよ。
飾り気がなくて明るく、いつもカレジャスのことを何かと気遣ってくれる。そんな彼女のことを愛していたのだ。
馬鹿らしいと自分を笑いたくなった。でもこの気持ちは、もはや後戻りできないくらいに本気すぎた。
『例え勇者様が周りの人全員嫌いだと思ってて、自分のことも嫌ってたとしても、あたしだけは勇者様のことが大好き』
こんなことを言われて、グッとこない男がいるだろうか?
……でも、ダームが本当はメンヒを気にかけているということくらいは知っていた。
「きっとあいつの方がダームに寄り添える。力を貸してやれる。俺なんかより、ずっといい」
毎夜毎夜、そんなことを考え続けていた。
だからあの伝説の剣の山でも彼女に詰め寄ったのだ。
あの時は少し精神的に不安定だったかも知れない。皆に迷惑をかけてしまったことなどなど、色々あったから。
ダームにとっては突然過ぎたのだろう。だから彼女は答えに詰まった。
……あの後怒鳴って逃げてしまったことは反省している。あれもきっと答えが聞きたくなかったからなんだと後で思えばわかる。
わかっているつもりだった。全部わかっている上で、それでもダームは自分を選んでくれると思っていた。
甘かった。それは非常に甘い考えだった。
「あたしね、気づいたの。恋心と愛は違うんだって。だから――」
心をへし折られたような感覚。
申し訳なさそうな顔を向けて、不安げにこちらを見つめてくる少女。彼女に罪悪感を背負わせてはいけない。わかっているのに、カレジャスは何も言葉にできなかった。
愛していた。愛していたのに、こんなにも愛しているのに。
裏切られた、なんて思わない。今でもきっとダームはカレジャスのことが好きなのだろう。ただ、恋心と愛は違うだけで。
……でも、本当に愛しているならば彼女の幸せを一番に考えるべきなのだ。
きっとここで無理やりこちらに引き寄せてしまったら後悔する。
それだけは、嫌だったから。
カレジャスは大きく息を吸う。できるだけ声を震わせないようにと整え、口を開いた。
「お前が、お前がそう決めたなら」