09:魔術の街へGO!
歩くのはかなりきつかった。
他の三人は平気にしているのに、ダームだけすぐに歩けなくなってしまう。これが貴族令嬢と体を鍛え上げてきた者たちとの違いだろう。
「ごめんね、情けない……」
「いいんだよ。女がこんな長い距離を歩けるわけねえしな。ちょくちょくおぶってやるよ」
「ありがとう勇者様」
時に歩き、時に背負われながら進むうちに色々なことを知った。
旅の仕方や獣の狩り方。そして一番大事なのは、ここがどこであるか、だ。
実はダームが追放された先は、王国の南に位置する帝国であったらしい。
勇者たちは皆帝国出身のようだ。道理で価値観や知識が違うわけである。
そうして歩き続けること五日ほど。
やってきたのは、鮮やかな屋根や壁の家々が立ち並ぶ、色とりどりの街だった。
「ここは魔術の街マジーア。大魔術師マーゴ殿を筆頭に、帝国有数の魔術師たちが集まる都市です」
「僧侶くん詳しいね」
「実は僕もこの街の出ですので」
これは意外。
メンヒは魔法を使えるのだろうかと思いダームが尋ねてみると、
「回復系の魔法が少し。攻撃系の魔法は得意ではありません」と情けなさそうに答えてくれた。
回復というと、傷を治したりする魔法でもあるのだろうか。そうであれば、かなりすごいと思うのだが……。
街には王国では信じられない光景が広がっていた。
あちらこちらで人が空を飛び、物が空中を浮遊し、子供たちが杖から火の玉を飛ばして遊んでいる。
「これが魔法だぜ。さすが魔術の街は格が違うな」
カレジャスがそう言いながら、遊ぶ子供たちに近づいていく。そして、何やらすごい現象を起こした。
剣を振り翳し、稲妻を生み出したのだ。あれも魔法なのかと驚き、息を呑むダーム。子供たちは非常に喜んでいた。
その様子を眺めていると、背後のクリーガァはちょっと残念そうに言った。
「悔しながら私は魔法を使える素質がない!」
「戦士さんはなんで魔法を使えないの?」
「素質がなかったからだ! だからこの見事な肉体を磨き上げた! 魔法と剣術を併用できるカレジャスくんや回復役のメンヒくんとは違い、私はアタッカーを任されている!」
彼の力は、旅の道中で見てきた。
夜中に盗賊に狙われた時、太い棍棒を振り下ろしただけで一気に三人を昏倒させた戦士の姿。あれはもう超人としか言いようがない。
その間呑気に寝ていたカレジャスが後で文句たらたらだったのは割愛しよう。
「皆さん、魔術師の居場所へ急ぎましょう。僕について来てください」
そうこうしているうちにメンヒに呼ばれ、ダームは急いで彼の後に続いた。
* * * * * * * * * * * * * * *
ダームはその屋敷を見上げて、驚愕していた。
これでもダームは王国の公爵令嬢として生きてきた身である。平民の何倍も屋敷というものに慣れ親しんできた自負があった。
が、これはすごい。……なんたって、豪勢な造りの煌びやかな屋敷、それが宙に浮かんでいるのだから。
「これってどういう原理?」
「魔法です」
「魔法に決まってんだろ」
「風の魔法だな!」
魔法とはこんなこともできるのか。かなり万能なんだなとダームは感心しかない。
屋敷の下には大きなカーペットが敷かれていた。不思議な模様が描かれている。後で知ったことだが、それを『魔法陣』などと呼ぶらしい。
「僕が先に確認して参ります。少々お待ちください」
そう頭を下げ、メンヒが魔法陣の上で何かを呟くなり消失した。
不安になるが、カレジャスもクリーガァも平気な顔なので大丈夫なのかな? と考えておく。
そして数十秒後、メンヒは突然戻ってきた。
「うわっ」
「驚かせてしまいましたか? これは屋敷とここを繋ぐ、特別なワープ装置なのですよ。……と、それはともかく。マーゴ殿は不在でした」
なんとタイミングが悪いことだろう。
せっかく来たのに留守では、意味がない。
「心配すんな。じゃあそいつを探しに行きゃあいいだけだろうが。メンヒ、心当たりはあるかよ?」
「街の子供らに魔法を教えているかと。心当たりの場所があります」
「よくぞ言った! さすがメンヒくんは頼りになるな!」
そういうわけでダームたち四人は屋敷を離れ、再び街の方面へ。
そして学校らしき建物までやってきた。
「ここがその心当たりなの?」
「そうです。マーゴ殿は学校の教師もしていますからね」
法衣を翻しながら少年は学校の中へ。
そのまま慣れた足取りで先を歩き、豪華な装飾の小部屋の前で立ち止まる。
「この中にマーゴ殿がおられると思われます。僕だけで話をつけてもいいのですが、皆さんご同行なさいますか?」
ここで同行しないという選択肢はないと思い、ダームは「一緒に行く!」と言った。
他二人も反論はないようだ。
「わかりました」と言って、メンヒが扉を開けた。
そして中に待っていたのは――。
「誰?」
灰色の髪を長く伸ばした、若々しい一人の女性であった。