88:約束を果たす時
「約束を果たそうぜ。――結婚しよう」
「…………」
あまりに唐突な発言に、ダームは何を言っていいのやらわからなかった。
今、求婚されたということだろうか?
もちろん前々からカレジャスと約束していたことは覚えている。しかし、まさか今言われるだなんて。
心の準備ができていないというのに、次のカレジャスの言葉はさらに厳しいもので。
「ただし、俺かメンヒか選べ」
「え……」
息を、呑んだ。
これを言われたのは初めてではない。あの伝説の剣の山でも、「はっきりしろよ」とそう怒鳴られた。
しかしあれは気が立っているからだと思った。そう思いたかった。なのに、またぶつけられる質問。
わかっている。ダームだってわかっている。
この世界では一夫多妻、または一妻多夫が認められていない。だから、結婚するならどちらか一人でなくてはならないのだ。
どちらも好き、どちらとも結ばれる。そんな甘い考えじゃダメなのだと、カレジャスは言っている。
でも、
「勇者様。あたし……」
「きっとこれはお前にとっては辛いことなんだと思う。お前としちゃあ、俺もメンヒも大事で、だから決めたくないんだろ。でもな、選んでくれ」
澄み渡った青い瞳でこちらを射抜き、勇者が懇願する。
「ダーム、俺はお前が好きだ。愛してる、そう言ってもいい。だから……お前と、結婚したいんだよ」
「――っ」
今、彼はなんと言った?
信じられない。聞き間違いかと思ったけれど、それは確かに聞こえた。
『好きだ』と、『愛してる』と。
はっきり言葉にされてしまい、ダームはどうしていいのかわからない。
胸が熱い。愛してると言われたことが嬉しくて、心臓が飛び出してしまいそうなくらいに高鳴っている。
しかし一方で思い出すのは、王国の王城、テラスでのこと。
一人黄昏ていたダームに声をかけ、そして自分は救われたのだと、だから恋しているのだと告白したメンヒの姿だ。
目の前の青年にも、あの少年にも。
二人に悲しい顔なんてしてほしくない。ダームがどちらかを選べば、どちらかを捨ててしまうことになる。
そんなの、嫌だった。
「でも……。だからって逃げてて何になるの?」
ダームは、選択しなければならない。
それが二人の男に恋してしまった乙女の運命なのだ。




