85:ダーム・コールマン、魔法使いを卒業する!
「いや〜、美味しかったね」
ご馳走で満たされた腹をさすり、ダームはやっと食事を終えた。
どれくらい食べただろう? 太ってしまうかも知れないと少し思ったが、今はそんなことは気にしないでおこう。
晩餐会は静かに閉幕する……かと思われたが、
「今夜は特別だ、まだまだ祝い足りぬ。第二弾と参ろうではないか」
皇帝の声とともに、使用人たちが再び現れる。彼らの手には、甘い香りを放つ様々なデザートが乗せられていた。
「うわ、お菓子! 美味しそうっ」
「お前まだ食べんのかよ。腹壊すぞ」
「大丈夫だってば。ご飯とおやつは別腹だもんね」
そんなことを言いながら、一も二もなく出されたデザートをがっつき始めた。
でもさすがに腹が膨れているので、控えめに。
思い出すのは、屋敷で祝ってもらった誕生日のこと。毎年たくさんのデザートが出て、その味を楽しみにしていた思い出が蘇る。
ああ、またあの屋敷に帰りたいな。
「いつでも帰れるし、恋しがることもないんだけどね」
と、その時、皇帝がこんなことを言い出した。
「――ところで魔法使い。そなたはこの先、どうするつもりだ?」
突然だったのでダームはかなり驚いた。
ドギマギしつつも、「王国に帰るつもりだけど」と返す。
「それがだな。実は、この帝城には魔法使いが不足している。マジーアに行けば大魔術師はいるが、そなたのような魔法使いはなんとも好ましい。……そこで、この城にとどまってはくれまいか。望みとあらば、皇子と結婚させてやっても良い」
皇帝の言葉に、この場の全員が唖然となったことだろう。
カレジャスは鋭い眼光で父親を睨みつけ、メンヒは身を固くする。そしてクリーガァは困ったような顔をした。
つまり皇帝が言いたいのは、ダームをなんとしても手元に置いておきたいということだろう。
また何かがあった時に手駒として使えると思っているに違いない。皇子との結婚を認める、この部分は非常に悩ましい点ではあったが、やはりダームは首を振った。
「ごめん。あたし、父様と母様に屋敷へ帰るって約束してるの。それにね、」
思い切って、宣言する。
「あたし――ダーム・コールマンは本日をもって魔法使いを卒業します!」
今度はダームに一同の視線が集まる番だ。
唐突で皆仰天しているだろうが、ダームは前々から思っていたのだ。
魔法を使うのは楽しい。けれど、『魔法使い』という職業が気に入っているわけではなかった。
魔法使いである前に、ダームは王国の公爵令嬢なのだ。その地位を取り戻した今、魔法使いである必要はない。
もう争いごとは嫌だった。だからこれからは普通の公爵令嬢として生きようと思っている。
皇帝に利用されるなら、なおさらと言えた。
「本気かよ」とカレジャスは呆れ顔。
メンヒは残念そうにしていたが、
「大丈夫。別に魔法と縁を切るつもりはないから。この力はきっと、人のために役立てていくよ。……あたしは今から魔法使いじゃないダーム・コールマンってことでよろしく」
この展開が予想外すぎたのか、皇帝はただただ唸っていた。
クリーガァは「ダーム嬢の決めたことだ、私は何も口出ししまい!」と笑って許してくれる。
「ぼ、僕も。例えダーム殿が魔法使いで亡くなったとしても、僕の気持ちは変わりませんから」
「唐突すぎるが、俺は別にどっちでもいいぜ。好きなようにしろよ」
メンヒとカレジャスもやがて納得してくれたようだった。
「ありがとう、みんな」
――自分の人生は、自分で決める。
ダームは魔法使いを辞めて、一人の少女として人生を歩んでいくのだ。それが彼女の意志だった。




