73:割り込み御免
――カレジャスがいなくなってからというもの、ダームたちは必死で北へ進み続けた。
朝から晩まで、馬を使い潰すのかというくらいに。
その間、不安で泣き出したダームをメンヒが慰めたり、クリーガァに「可愛い」と言われてしまったこと等々は割愛する。
そして魔王城近隣の村へ着いた時、宿の主からこんな話を聞いた。
「勇者? あの全身鎧兜の男性のことですかい? あの人なら先ほど怖い顔で出て行かれましたが……」
一行は慌てて宿を飛び出し、大穴の元へと駆けた。
* * * * * * * * * * * * * * *
大穴はすぐに見つかった。
一体この穴の先がどうなっているのだろうか、どこまでも暗黒で見えない。
「この中に勇者様がいるんだね」
「おそらく。……行きますか?」
「もちろんだ!」
メンヒの問いかけに、クリーガァと一緒になって頷いた。
例え勇者が望んでいないとしても、行かなくてはならない。いや、行きたいのだ。今すぐにでも会いたくてたまらない、そんな気持ちだった。
「せーの、でいくよ。せーの!」
ダームはメンヒとクリーガァとそれぞれ手を繋ぎ、思い切って穴へ飛び降りた。
落ちる。深い穴の中を落下していき、風が下から吹き上がった。
ローブが巻き上がり、見えてはいけない部分が顕になる。
「きゃっ」
でも真っ暗なため見えない。ダームはホッとした。そういうことに疎い彼女でも、さすがにレディのマナーくらいは知っているのだ。
「大丈夫ですか?」と気遣われてしまい、ダームは慌てて「ううん」と首を振る。
それと同時にコツン、と音がして足が地面に触れた。
「着いたの?」
「どうやらそのようだな! ここは廊下だろうか!」
見ると、ランプに照らされた薄明るい廊下が一直線に伸びていた。
左右には扉がずらり。王城を思い出すような光景だった。
「広そうですね。さて、どこを探しますか?」
「勇者様はきっと魔王のところにいるはずでしょ? だから、魔王を探せばいいと思うな」
全員賛成だった。
だが問題はどこに魔王がいるかということ。結局とりあえず探すしかないかと城内を歩き回っていると、変な生物と遭遇した。
「あの、ちょっといいかな?」
二足歩行の黒い影、それにダームは声をかける。
「魔王の居場所を知りたいんだけど」
相手の黒い小人は、ギョッとしてこちらを見た。そして「キィィィ――!」と叫んで、突然、こちらへ襲いかかってくる。
「うわ、やばいっ。『ファイアーΓ』!」
咄嗟に火の魔法を放ち、そいつをうっかり焼き焦がしてしまった。
黒い煙を噴き出して消失してしまったそれに、もう話を聞くことはできない。
「ごめん、せっかくの機会だったのに……」
「先ほどの者は魔物の一種かと思われます。つまり、魔王の手下である可能性が高い。一匹だけではないでしょう」
「え、そうなの?」
メンヒの言葉にダームは驚いた。
名前はなんというのか知らないが、そいつらがたくさんいるのなら厄介だろう。
「用心しなければならないな! 先へ急ごう!」
そしてやはりそいつらは大量にいた。
その魔物――悪魔は、人間と見るなり襲ってくる。が、中には情報を吐くやつもいて、そういう悪魔から話を聞き出した。
もっとも、その悪魔たちは反撃しようとしてきたため、焼き払ってしまったのだが。
「魔王は城の階段を登った先の最上階ね。階段はどこにあるのかな?」
「ダーム嬢、こちらだ!」
クリーガァが指差す先、薄暗い広間の奥に螺旋階段があった。
「行きましょう」
長い長い螺旋階段を登る間、ダームの中で少し躊躇いが生じた。
本当に自分たちが彼の迷惑でしかないとしたら? 不必要だと追い払われてしまったら?
そう思うと怖かった。けれど、ダームは大きく首を振る。
「きっと勇者様はあたしを待ってくれてる。絶対にそうだよ」
そして最上階へ到達し、あたりを見回す。するとそこに扉のような黒い穴があった。
「ここを渡って行くのでしょうか?」
そう言って首を傾げるメンヒ。
「先に行ってみる」とダームは前に出て、穴の中へ身を投じた。
「僧侶くんに戦士さん、あたしについてきて」
この時にはもう、彼女の胸の内に迷いはなかった。
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そして穴を抜けた先に広がっていた光景に、一瞬唖然となる。
手足を黒い何かで縛られ、倒れ伏す勇者。そしてそれに迫る男、奥で嘲笑う化け物。
だがダームは次の瞬間、一体何をすればいいのか理解した。そして、言うべき言葉はただ一つ。
「勇者様、あたしたちが来たからもう大丈夫だよ」
にこりと、最高の笑顔を恋しい人に向けたのであった。




