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72：絶体絶命

「やばい」と、カレジャスの中で警報が鳴っていた。

　敵は二人で、こちらは文字通り手も足も出ない状態だ。敵うわけがない。

　先ほど変な気を起こさずに大人しく魔王を殺していたら、と後悔が湧き出た。

「……俺はなんて情けねえんだ」

　王子が近づいてくる。

　きっとこちらを殺すつもりだろう。あんなやつにやられるなんて嫌だ。

　どうしたらこの場を切り抜けられる？　そう考えたが何も浮かばない。

　自分ははこのまま殺されるしかない運命なのだと、カレジャスは思った。

　仕方なかった、と言い訳のような言葉が出てくる。

　王子が大穴の中にいて、しかも魔王の仲間になっていただなんて知らなかった。そしてあの人質の少女が王子の女装姿なんだということも知らなかった。

　だから悪くない、仕方なかったんだ。そう思いたかったが、しかしそれが違うことを勇者は知っている。

　だって注意していればわかったはずだ。あの態度のおかしさ、そして灰色の瞳。気づけたはずだった。ただ、不用心さがこの事態を招いただけで。

　きっとメンヒだったらこんなことにはならなかっただろう。

　クリーガァなら見極めたかも知れない。

　ダームだったら……ダームだったら、魔法でぶっ飛ばせる。

　なのにカレジャスは何の手札も持っていない。剣が使えなければ魔法を込められない。絶体絶命だった。

　魔王が言った。「王子。勇者を抹殺せよ、である」

「了解です」

　いやにかしこまってお辞儀をすると、すぐそこまで来ていた王子がぐるりとこちらを向いた。口角が吊り上がり、美男子顔が台なしになって歪んでいる。

「ふは、は、ははは。死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ねっ！」

　王子の手の中で黒い魔法が生成されていく。ダームの話では王国では魔法が一般的ではないので、きっと魔王から授けられた妖術に違いない。

　カレジャスは自分の死を覚悟した。

「ダーム……」

　愛しい少女の顔が脳裏に浮かぶ。

　また彼女と話したい、彼女に触れたい。しかしその願いは叶わず、勇者は血に沈んで死ぬ。

　もしかすると、存在すら残らず虚無に放り込まれるのかも知れない。

　彼の目にじわりと涙が浮かぶ。その直後のことだった。

　視界の端、大穴の向こうから何者かが姿を現した。そして――。

「勇者様、あたしたちが来たからもう大丈夫だよ」

　今一番聞きたかった声が、カレジャスの鼓膜を震わせたのだ。