68:心の空白
魔王城が近くなっていた。
今は帝国の北端に近い村だ。この先を行けばまもなく大穴が見えてくるとのことである。
明日は魔王城へ突入となるだろう。それに三日三晩をほとんど寝ずに歩き通したから疲れた。
宿を取り、カレジャスはベッドにダイブをかます。体が鉛のように重く、そのまま眠ってしまいたい。
のに、色々なことが頭の中を駆け巡って全然寝付けなかった。
今頃ダームたちはどうしているのだろう。
まさか俺を追ってきやしないか、とカレジャスは不安で仕方なかった。もし追っかけてきたとしたらわざわざ一人で旅立った意味がない。彼女たちにはもう厄介事に付き合わせたくないという気持ちだってあるのに。
でももし自分を置いてどこかへ行ってしまっていたらと思うとそれはそれで辛くはあった。
また会えるのか、全然わからない。もう彼女らとは一生再会できないのではないだろうか。自分は魔王城の中で屍となり、埋もれていく運命なのでは――?
「行けねえ。ったく、最近思考が暗い方に行っちまう。こんなんじゃ明日の戦いに備えられねえぞ」
自分を叱責し、固く固く目を閉じた。
しかし瞼の裏を少女の美しい金髪がチラつく。魅惑的な笑顔、優しくて純粋な瞳。また触れたいと、その声を聞きたいと切に思う。
自分で切り捨てておきながら? 選択を迫った挙句ほっぽらかして来ておきながら?
同じような思考がぐるぐると回る。
考えても無駄なことだとわかっているのに考えられずにはいられない。
カレジャスは、それだけダームが自分の中で大きい存在となってしまったのだと知った。
「俺はどうしたらいいんだよ。俺は一体何をしたら報われんだ。……なぁ、誰か教えてくれよ」
眠れぬままで、悪夢の如き自責の嵐を受け続ける。
それは朝日が昇り、空が白むまでずっと止むことはなかった。
* * * * * * * * * * * * * * *
結局一睡もできずに宿を出る羽目になった。
今にも倒れそうな体を引きずって歩く。眠気と体力の消耗とその他色々で、自分は生きる屍なのではないかと彼には感じられた。
もしも仲間がいてくれたら彼を励ましただろう。しかしここには誰もいない。カレジャスを元気づけるものなんてなくて、ただただひたすらに何もない。
心に穴が空いたような気分だった。空白とはきっとこれのことを言うのだろうなとまるで他人事のように思う。
心の空白を埋めるものは見つからなかった。
気づくと、帝国の国境ギリギリ、大穴の前に立っていた。
高い壁が築かれていたがそれは破壊した。あとは、飛び降りるだけだ。
「……この先何が待ってるかはわからねえがそれでも構わねえ。あばよ、お天道様」
――もうきっと、二度と地上には戻れないだろうけれど、それでいい。
覚悟を決めて、勇者カレジャスは大穴へと飛び降りた。




