65:一人で旅立つ愚か者
「違う……。そんなんじゃない。そんなんじゃないのにっ」
これは遅かれ早かれ訪れる衝突だったのだ。それが少し疲れ、不和が生まれたこの時に爆発しただけで。
でもそれをダームは無視しようとした。だから、こんなことになったのだ。
「勇者様待って! あたしは、あたしは……」
「うるせえ! 黙れってんだ!」
その瞬間、カレジャスに頭を触られた。
「あ」何が起こったのかわからぬうちに、意識がぐらりと揺れて一気に闇へ沈んでいく。
最後、目の端に去りゆく勇者の姿を捉えて……。
* * * * * * * * * * * * * * *
メンヒたちはカレジャスを追おうとしたが、間に合わなかった。
カレジャスは猛スピードで山を駆け降りていってしまい、後ろ姿が遠くなり消えていく。
身軽であれば追えたかもしれない。が、ダームが勇者の力で眠らされてしまってそれも足止めの一因となってしまっている。
「カレジャスくん…………!」
一番カレジャスと付き合いの長いクリーガァは、感慨を込めた吐息を漏らす。
それが一体どういう感情なのかはわからない。いつも口喧嘩ばかりしていても仲が良いことはメンヒから見ても明らかだったから、きっと色々な思いがあるのだろう。
それはともかく、今はダームを起こすことが先決だった。
「ダーム殿、大丈夫ですか!」
少女の体を揺する。しかし、彼女はすっかり寝入っていて目を覚ます様子がない。
馬車まで担いで帰る他なさそうだ。でもメンヒにはそのようなことは無理なので、クリーガァに彼女を預けた。
「カレジャス殿を追うのは現実的に無理かと。とりあえずは馬車に戻るべきです」
「そう、だな。……一人で旅立つ愚か者。カレジャスくん、君は」
項垂れるクリーガァに続いて、メンヒは山頂の草原を後にする。
その胸に、確固たる不安を抱えながら。