62:本物の剣
「第三の試練。それはそこの男の眼を確かめるためにあった。そして、その男は心の眼で物事を見ず、敗れた」
エペはゆっくりと話し始めた。
「エペが握っていた二つの剣。そのうち、金色が死の剣、銅色が狂の剣であった。選んだのが後者で幸いだったな。もしも前者を取れば、命を蝕まれていただろう」
彼女の言葉にダームは首を傾げた。
だって差し出されたのは二本だけで、今の話を聞くとどちらを選んでも不幸が訪れるようにしか聞こえないからだ。
「じゃあ本物の剣は?」
「言っただろう、貴様らの目の前にあると」
そう言われても、目の前には剣らしきものは見当たらない。もしや透明の剣とかがあるのだろうか……?
しかし、その考えはどうやら大きく違っていたらしい。
「気づかぬか? 疎いな。エペこそが伝説の剣よ」
長い銀髪を揺すり、女性が己の胸を指した。
思わず「は?」と声が漏れる。わけがわからない。
「どういうことかちゃんと説明しろ。お前の話は長ったらしくてわかりづらいんだよ」
待ち切れなくなったのか、カレジャスが急かした。
こくりと頷いてエペは話を続ける。
「これでもわかりよく話しているつもりだが。……エペはかつて、剣であった。世界一研がれた剣と呼ばれていた。が、世界の各地に伝説の装備が封じられる時、エペも例外なく封じられることとなった」
「すみません。喋る剣など、耳にしたことがないのですがその原理は一体?」
口を挟んだメンヒを鋭く睨みつけて黙らせ、エペはまるで女王様のようにふんぞり返って喋るのをやめなかった。
「それぞれ、兜には石竜の魔物が、盾には氷獣の魔物が、鎧は王家が守ることとなった。しかし剣は己を己自身で守らなければならない。そこでエペは魔術の力で人の姿と化し、長年己の本当の主を長い間ずっと待ち望んでいた」
――彼女の言う長い間というのは、どれくらいの年月だっただろうとダームは考えてみた。
何年、何十年。きっとそんな単位ではないのだろう。何百年もの間この山頂の草原に縛りつけられ、ただひたすらに待っていた。
それがどれほど辛いのか、ダームにはわからない。けれどきっと孤独な日々だったのではないかと思う。
少し、エペが哀れになった。
「感慨を抱く必要はない。エペは剣だ。錆びぬ限りは時間など関係なく、特別であるエペは錆びることもない。……さて、続きだが。貴様たちは力あるものだ。エペは、力あるものの元で本来の役目を果たすと決めた。貴様らを合格とし、以後は貴様らの守り人となる」
「つまり、大人しく俺の手に収まる気になったってことだな。それにしても女が剣になるなんて現実味がねえ話だぜ」
「女が剣になるのではない。この姿はあくまでも仮初のものよ。術が解ければ本来の姿に戻るだけのこと」
切れ味鋭く答えを返すエペ。
もっと彼女と話したい、そう思ったが彼女は元々剣であるのだ。きっと人間の姿でいるのは好きではないはず。誰かを守る剣になるのがエペの望みなのだろう。
「エペ殿、お話ありがとうございます。古代の大魔術師は剣を人に変えられる力をも持っていたのですか……。驚きです」
メンヒの言葉に頷くエペ。「もっとも、エペが特別だったからというのもあるがな。安物の剣では、そんなことはできなかっただろう」と少し自慢げだ。
「ともあれ、剣を手にすることができて良かったな! これでカレジャスくんを倒した甲斐もあるというものだ!」
「まあね。守り人さんをやっつけるより、イカれ勇者様の方がよっぽど手こずったから」
色々ありつつ、目的が果たせたのならいい。終わりよければ全て良し、そういうことだ。
「そろそろ術が解けるな。……最後にそこの男――カレジャス。一つ、願いがある」
「言ってみろよ。聞けることなら聞いてやるぜ」
「エペは血が好きだ。が、不正なことは嫌う。血で汚れてもいい、ただひたすらに心清くあれ。そうすればエペは貴様を守り続けることだろう……」
すぐ目の前で、パッと光が溢れた。
キラキラと星クズのように輝くそれに、ダームは思わず目を閉じる。
そして恐る恐る開いた後、そこには草原に寝そべる一つの剣があった。
剣は、鋭い銀色をしていた。
「あの女、本当に剣になっちまいやがって。勝ち逃げされたみてえな気分だぜ」
そう言いながらカレジャスが剣を拾い上げる。
それが先ほどまで言葉を交わしていたあのエペなのだ。一言も喋らないし、身動きもしない。ただ鞘に埋め込まれた赤い宝玉がこちらを見つめているように感じられた。
もしかしたら勝手な勘違いかも知れない。だけれど、そうだったらいいなとダームは思うのだった。




