58:3vs1
呪われし勇者の追撃を避けた後、ダームとメンヒは戦士の腕の中から解放されて地面に降り立った。
ものすごい勢いでこちらへ迫る勇者カレジャス。彼には今、理性がない。
「……どうしたら」
どうしたら彼を元に戻すことができるだろう。
打ち倒して、それで本当にいいのだろうか? いいやダメだろう。肝心なのは、カレジャスが手にする銅の剣、あれを奪うことだ。
それもこちらが握ったらあれと同じ状態になるかも知れず、方法としては打ち砕くかどこかへ吹っ飛ばしてしまうか、だ。どちらにせよ、今のこの突進に対処する方が先だろう。
「仕方ない、『アイスΓ 壁』!」
先ほど対エペ戦の時に使ったのと同じ氷壁を作り出し、自分の前に展開する。
それに見事ぶつかった勇者は、氷の中に顔を埋めてしばらく停滞した。が、すぐに頭を引き抜くと氷の壁を叩き割り始める。
「この氷壁がいつまで持つかわからない。僧侶くん、どうする?」
「状況は3vs1。エペ殿はどうやら傍観するご様子なので数に入れません。普通ならこちらの方が有利なはずですが、僕は非戦闘員ですし、カレジャス殿はお強い。例え考えなしに行動したとしても、です」
メンヒは至って冷静に見える。が、その実かなり怯えているようにも見えた。
それを言えばダームだって、カレジャスがあんなことになって不安じゃないはずがない。早くなんとかしなくてはと、ただ焦燥感に駆られるばかりだ。
「ともかくやるしかないだろう! もうじき破られる!」
クリーガァの声とほぼ同じ瞬間、メキメキと音を立てて氷壁が崩れ始めた。
ダームは咄嗟に身を引き、他二人もサッと飛び退く。
直後、勇者が壁を突き破って現れ、彼らが先ほどまでいた場所へと噛み付いた。
「危ない、一歩間違えば死んでたよ。勇者様、こっち向いて!」
言葉に反応したわけではないだろうが、ダームの声でカレジャスがこちらを向く。直後、彼へ魔法が突き刺さった。
「『アイスΓ 氷柱』っ!」
無数の氷柱がどこからともなく出現、一瞬でカレジャスの周りに突き立つ。
先ほどの氷壁よりは頼りないが、その数がすごいので勇者をすっかり閉じ込める形になった。
これでもう大丈夫だろう、そう思っていたのだが。
「がぁっ、がぁっ、がぁぁごぉぉぉぉ」
地獄から聞こえるかのような雄叫びを上げて、なんと勇者が氷柱を驚くべきスピードで登ってくる。
新たに生み出した氷柱でそれを阻止しようとしたが、それすらもかわされて、見事登り切られてしまった。
「があぁぁぁぁぁぁぁっ!」
吠えながら落下してくるカレジャス。氷柱の高さは彼の背丈の三倍以上はあるのだが、全然平気らしい。
やたらめったらに剣を振り回して、ダームめがけて襲い来る。氷壁を使い応戦するが、これもジリ貧だった。
「女性ばかりを狙うのはどうかと思うな! カレジャスくん、私が相手をしようか!」
「ぎぃぃぃぃぐぁぁああぁぁあ」
クリーガァが飛び入り参加した途端、勇者の形をした化け物は彼の方をギロリと睨んで甲高い叫びを上げた。
たとえ理性が失われていようと本能的に戦士のことが嫌いなのかも知れない。
すぐさまダームのことなど忘れ、クリーガァと揉み合いを始める。
――3vs1。
数では多くとも、不利なのはこちらの方だろう。
クリーガァは相手と違って武器などを持っていない。
ダームはエペ戦の影響もあり魔力消費が激しくふらふらで、いつまで持つかわからない。
メンヒは完全なる非戦闘員で、今のところ何もできていない。
それでも三人は、この状況で荒れ狂う勇者を打倒しなければいけないのだった。




