37:夜、テラスにて
「――ダーム殿、どうされたのですか?」
まるでタイミングを見計らったように声がしたので、ダームは思わず「わあ」と声を上げてしまった。
振り返るとそこには、メンヒの姿がある。
「そ、僧侶くん!?」
「驚かせるつもりはなかったのですが、申し訳ありません。ちょっと、いいですか?」
遠慮がちにこちらへ寄ってくる少年。魔法使いはそれを快く受け入れた。
「僧侶くんも何か考え事?」
「いえ僕は。部屋で夜のお祈りをしておりましたら、ダーム殿がテラスにいらっしゃるのが見えてどうしたのかな、と」
「ふーん」と頷き、ダームはメンヒの方を見た。きっと昼のこともあり、心配してくれているのだろう。
本当なら、今すぐにでも彼に全てをぶちまけてしまいたい。でもダームにはそれができなかった。
メンヒはこの問題とは全く無関係の人間だ。もし何か迷惑をかけてしまってはいけない。最悪、牢屋にぶち込まれるようなことだってあるかも知れないのだから。
「あたしのことは大丈夫だよ。ちょっと夜風に当たってただけだから」
軽く誤魔化して、笑って見せた。
しかし。
「無理をする必要は、僕はないと思いますよ」
「――へ?」
真剣な顔でそう言われ、ダームは思わず変な声を漏らしてしまった。
ダームを黒い瞳でじっと見つめて、メンヒが言う。
「ダーム殿は大丈夫だとおっしゃいましたが、僕にはそうは見えません。ダーム殿はいつもお強いのは存じ上げております。でも、笑顔が引き攣っていますよ」
指摘され、ダームは初めて気がついた。
自分の浮かべている笑顔が、実は今にも泣きそうな、そんな表情であることに。
「こ、これは違うの。ちょっと。だから」
「慌てなくても大丈夫ですよ。何か悩みがあるのでしたら、僕に言っては頂けないでしょうか」
「う」とまた漏れる声。
いくら隠そうとしても、賢い彼には全てお見通しなのだ。そう思い体が強張る感覚を覚えた。
「ごめん。でも僧侶くんに言ったらダメなの。あたしが解決しなくちゃいけない問題で……」
「差し出がましいようですが。一人で抱え込む必要はないと思います。僕に手伝えることなら、手伝わせてほしいくらいなんですから」
驚いた。
彼の目は真剣そのものだったから。
ダームはなんと言っていいのかわからなくなり、震える声で訊いてみた。
「ねえ。僧侶くんはどうしてそんなに言ってくれるの?」
夜のテラスにびゅうとひときわ強い風が吹き込み、ダームの髪を揺らした。
そのまましばしの間静寂が落ちる。たった数秒のそれが、とても長く感じられた。
そして――。
「決まっています。それは僕が、ダーム殿に救われたからです」
彼は微笑んで、そう言ったのだった。




