35:夕食
呼ばれて食堂へ出向くと、そこには宮廷料理の数々があった。
久しく食べるどころか目にしていなかったそれらに、この時ばかりはダームも喜ぶ。
「美味しそ、あ……」
しかしすぐに王子の姿が目の端に飛び込んできて、黙らざるを得なくなった。
基本、バレないよう声を出してはならないのもあったし、はしゃいでいられる心持ちでもなくなったのである。
「王族と同じ席に座るのだから、よっぽど重要な客人扱いをされているのだな! ありがたい!」
クリーガァが声を張り上げ、表向き喜ばしいように見せる。きっと彼だって、内心うれしくは思っていないはずだ。
王子は「そうだろう?」と言って、優雅に前掛けをつけている。
胸がむらむらした。
「あの王子、ダームには気付いていやがらねえんだな。腑が煮え繰り返るぜ」
カレジャスがボソリと呟いた。隣の席のダームだけが聞こえた声だろう。
彼女はぎゅっと勇者に身を寄せた。そうでもしていないと安心できないから。
国王が食堂へ入ってくると夕食が始まり、皆が思い思いに食べ出す。
もちろんのこと料理は美味しいし、懐かしの味に浮かれていたい。でも、それをするにはダームの心はあまりにも重たすぎて。
「…………」
いつまでグジグジしているのだろう、とダームは自分に問いかける。
目の前の王子とは完全に赤の他人。赤の他人なのだ。何を気にする必要がある?
でも彼は自身を捨てた男だ。許せるなんてはずがない。ダームは今すぐにでも魔法で焼き焦がしてやりたい衝動に駆られた。
しかしいけない。そんなことをしたら勇者一行の魔法使いとしての名が廃る。でもだからと言って見逃すのか。
頭の中で思考がぐるぐると回転した。周りの時が遅く感じられるほど速く。
一体どうすればいいのか。どうするべきなのか――。
その時、突然国王が話しかけてきた。
「そなた。どこかで見かけたような気がするのであるが、余とは初対面であるか?」
問われ、ダームはドギマギした。
「え、えと。しょ、初対面だよっ」
思わず声が裏返ったおかげで、まさかダームとは思われなかったようだ。
でも息子と違い国王は勘が鋭いようだから気をつけなくては……。
「彼女は、南の帝国の魔術の街、マジーアの出の娘です。恐らく国王殿との面識はないかと」
メンヒがナイスフォローを挟んでくれた。非常に助かる。
「そうであるか。これは失敬」
それからはこれと言って特別な会話はなく、淡々と夕食が進み、やがて終わりを迎えた。
勇者は国王に「また明日、もう一回話をしようぜ」と意味深に言って食堂を去る。
ダームも最後にプリンツ王子を一瞥し、カレジャスの後に続いた。




