33:変装、そして王城へ
目的地である王城への道のりは、そう長くはなかった。
いくつかの町を越え、西の方へ行く。
一晩明かした次の朝、一行は城下町へやってきていた。
町の奥、そこには立派な城が聳え立っている。ダームが何度か足を運び、そして……婚約者に絶縁を告げられた場所。
「思い出したくないのに嫌なことばかり考えてちゃう。しっかりしなくちゃ……」
いつもの自分らしくないと、唇を強く噛み締めてみる。
薄く血が滲み出た。けれど心のざわつきはどうにも変わらない。
「ダーム、行くぞ」
「はーい」
呼ばれ、ダームは慌ててそちらへ走って行った。
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王城へ入り込むために、まずは準備が必要だった。
ダームが、元公爵令嬢ダーム・コールマンであると悟られぬよう、変装しなければならないのだ。
「俺とメンヒは色々用意があるから、お前はクリーガァとでも遊んでろ」
「遊ぶという言葉は心外だが、買い物に付き合おうではないか!」
戦士は勢いよく言って、先に行ってしまう。そんな通常運転の彼を見て、小さくため息を漏らし――。
「ありがとう」と小声でダームは呟いた。
とりあえず、店を回って帽子やらブーツやらを買い揃えたダームたち。
早速変装準備開始だ。
「ちょっとワクワクするかも」
「私がとっておきの美人に仕立て上げよう! もっとも、ダーム嬢はそれでなくとも美しいのだが!」
どこまでが冗談かわからないから怖い。「えへへ」とだけ笑っておく。
さて、作業に取り掛かろう。
――まず、いつもはツインテールにしている輝く金髪を、背中の方へ流した。
これだけでも大きく印象は変わる。しかしまだまだ気づかれてしまうだろう。
その上に黒い三角帽をまぶかに被ってみた。顔が隠れ、特徴的な茶色のクリクリ瞳も見えなくなる。
そしてブーツに中敷きを仕込み、普段より背を少し高く見せるようにした。あとは軽く長手袋などはめてしまえば完成だ。
「わあすごい」
水面の鏡に映る自分を見て、ダームはひどく驚いた。まるですっかり別人ではないか。
「これで、誰もダーム嬢に気づくまい! ただの魔法使い、そう思うに違いないだろう!」
クリーガァも自信たっぷりである。
でもどうしてこんなに変装させるのがうまいのだろう?
そう思って訊いてみると彼はニヤリと笑い、「仕事柄だ!」と言った。
何の仕事柄なのか……。気になるがそこは寸手で我慢して。
「よし、これで大丈夫。勇者様たちと合流して、早めに王城へ行こう」
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合流した勇者たち。彼らは馬車の預かり場所について少し話をつけてきたらしい。
それから昼食を頂くと、まもなく王城へ行くことが決定された。
行き交う人々をかき分けるようにして王城へ向かう。かつてはここは馬車で乗り入れた道。皆が大きく避けてくれるのが当たり前だったのに、とても不思議な感覚だった。
――これが庶民の気持ちなんだな。
そんなことを思っているうちに城の門まで着いていた。
入り口を固める数人の兵士たちが、こちらあをジロリと睨む。
「貴様たちは何者だ。入りたくば名と、用件を名乗れ」
「俺はカレジャス。勇者として旅をしてる。どうしても必要な物があって、交渉にきたぜ」
強気の姿勢でカレジャスが言い切った。
「さすが勇者様」とダームがさらに惚れたのはさておき、兵士は「王と話をつけてくる」と言って城内へ消えた。
やがて戻ってきて、一言。
「国王陛下の許可が下りた。くれぐれも無礼のないよう、心しておくことだ」
誰もダームには気づかなかった。
昔なら「ダーム様」と言って歓迎されていたのに……。そう思うと胸が痛くなる。
「今は無視されるのが一番のはずなのに、あたしったらどうかしてるよ」
ダームは己を一喝して、いよいよ城の中に足を踏み入れたのだった。
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美しい絵画や、装飾品の数々があちらこちらに並べられていた。
メンヒはそれらに目を奪われ、ダームも初めてではないのに見入ってしまう。
けれどカレジャスとクリーガァが先先行ってしまうので、慌てて後を追いかける。
廊下を進み、王座の間の前までたどり着いた。
きっとこの扉の向こうに王様がいる。そう思うと、胸の鼓動がいやに激しくなった。
「大丈夫ですか、ダーム殿。お辛そうな顔をしていますが」
「ううん全然平気。あたしのことは気にしないで」
そして、前に出たダームが扉をノックしようとしたその瞬間。
突然背後から声が、した。
「やあ、お客さんか。珍しい格好をしているな」
背筋が寒気に震える感覚を、ダームは初めて味わった。
振り返るとそこには――。




