03:地獄に差し伸べられた救いの手
全身に鎧兜を纏った、奇妙な青年だった。
兜の下の顔は整っているというか、かなりの美形である。
腰には長い剣を差しているが、騎士という感じの風貌ではない。
彼の突然の登場に、ダームはどう反応していいのかわからない。
そんな彼女は置いてけぼりにして、青年は腰の剣を抜き出した。
「ちょっと付き合ってくれや」
そう言った途端、彼は大蛇に切り掛かった。
鱗と剣がぶつかり、高い音を立てる。
驚いた大蛇は牙を剥け反撃しようとするが、その瞬間――。
「お前、つまんねえぐらいに弱えな」
青年の長剣に、胴体を真っ二つにされていた。
赤黒い血が飛び散る。
しばらく悶えた後、大蛇は息絶えた。
「まあぷりっぷりの肉が採れたからよしとするか」
まるで何でもなかったかのように剣を納め、満足げに頷く青年。
呆気に取られていたダームはようやく我に返ると、恐る恐る青年に声をかけた。
「あ、ありがとう。えと、あなたは?」
「会って突然名前を聞くとか、どんな教育受けてんだよ。ったくもう躾がなってねえな」
と、軽く舌打ちされてしまった。
ふらふらする足でダームはなんとか立ち上がり、姿勢を正して言った。
「あたしはダーム・コール……。ううん、ダームだよ」
途中でコールマンでないことに気づき、ダームは慌てて言い直した。
追放の際、家名は奪われている。だから今はただのダームなのだ。
「あなたのお名前は?」
「ふーん。俺はカレジャス。旅の流れ者ってとこだな。……それにしても何してたんだ? ここらは危ねえんだぞ。女が一人で歩いていい場所じゃねえっての。馬鹿かお前?」
馬鹿と言われて腹が立たないわけではなかったが、今はそれどころではなかった。
地獄の中に見つけた光明。それを逃すことなど絶対にできない。
「あのぅ……」
簡単に事情を説明すると、青年は「そうか」と頷いた。
「そりゃ大変だったな。ま、どうでもいいけど。今の格好じゃお貴族様なんか想像もできねえや」
「……確かにそうだね。それに、もう貴族じゃないし」
服は破け、金髪は汗や泥に塗れてしまっている。とてもとても綺麗だとは言えなかった。
元公爵令嬢の名が泣くというものだ。
「そんでどうすんだ? 行くあてはあんのかよ」
「ないよ。お腹も減ったし、もう歩けない……」
「ったく、しょうがねえ女だな。ほらよ」
そう言って青年――カレジャスはなんと、かがみ込んでダームに背中を見せた。
どうやらここに乗れというわけらしい。
ダームは遠慮しながら、そろりそろりと彼に掴まる。
立ち上がったカレジャス。「女のくせに重てえな」とかぼやきながら、ダームをおぶって歩き出す。
――なんて優しいんだろう。
カレジャスの腕には先ほどの蛇の亡骸が引っ掛けられていたから臭くてしようがない。
それでも心がやさぐれていたダームにとって、この荒々しい青年の言動すら深く染み入ったのだった。