25:つまらない衝突
雪はたったの一日でかなり降り積もっていた。
最初は楽しんでいたダームだが、やがてその迷惑さを知ることになる。
雪に馬車の車輪が絡み、動かなくなってしまったのだ。
「これではどうにもこうにも進めないな!」
御者台から顔を覗かせた戦士が、困ったように言った。
「そうかよ。ちっ、こりゃ一晩待つしかねえな」
カレジャスは簡単に言うが、メンヒはどうやら反対のようだった。
「この状態で待ったとしても何にもなりません。最悪、ますます積もって完全に身動きが取れなくなる可能性があります」
雪は今も降り続いている。
全然止む気配もないし、彼の言う通りだった。
「あたしも僧侶くんに同意かな。この寒い中、朝まで待つのは無理だと思う」
「じゃあどうするんだよ」とカレジャスは少し不機嫌に問いかける。が、ダームは答えを返せない。
何かいい案はあるだろうか。
「馬車を降り、徒歩で進むのが最善かと」
仕方ないと言った様子で、メンヒが提案した。
「けどよ、外はこの雪だぜ? 男だけならともかく女を連れてる今、俺たちが取るべき行動じゃねえと思うぜ」
「カレジャスくんの反論はわかる! が、メンヒくんの案以外に手はない! ダーム嬢、それでいいだろうか!」
他に良案を見出せるわけでもないので、ダームはこくりと頷いた。
そして渋々という様子の勇者を連れて馬車を降り、一行は雪を舞う中を歩き出した。
* * * * * * * * * * * * * * *
そうして雪に足を埋めながら進んだものの、雪で視界が悪い上、どんどん降雪の勢いが強まっていく一方だった。
恐ろしいほどの寒さに体の芯からぶるぶると震える。歯が激しく音を立てて鳴った。
「もう少し行けば、目的地なんだよね?」
「…………」
みんなぐったりとして、あまり喋らない。
いつも元気なクリーガァも、困った時は頼りになるメンヒも、何かと頼もしいカレジャスも、何も言わない。
しばらく進み続けたのち、勇者がボソリと口を開いた。
「メンヒ。道はこれで本当に合ってんのかよ」
が、メンヒは答えず、ずっと地図と睨めっこしている。
かなり苛立った様子で、彼の肩をカレジャスが揺さぶった。
「おい聞いてやがんのか!」
「……痛いです。聞いてますよ」
「じゃあなんで返事しねえんだよマヌケ」
何かフォローを入れたいが、何を言っていいのかわからず黙ることしかできないダーム。
一方の僧侶は「はぁ」と吐息し、言った。
「非常に申し上げにくいのですが……。現在、どの方向を向いているのかわからなくなりました」
「あぁ!?」
「えっ……」とダームも思わず息を呑む。
方向がわからなくなった。でもおかしいではないか、ダームたちはずっとまっすぐに進んでいたはずなのに。
「ここの地形は独特で、微妙に、緩やかにカーブしているんです。気づけば真反対の方向である可能性もあるくらい。……こんな雪の中、そうなったらどうでしょう? 地図は頼りになりません。周りの景色はろくに見えません。つまり、」
「迷ったんです」少年はそう、はっきりと断言した。
目を白黒させるクリーガァ。
「では、我々はどうしたらいいのだ! もしも北でなく、東や西、はたまた南に向いていたらいつまでもたどり着かない! 馬車に戻ろうにもわからないではないか!」
その通りで、これ以上どうしようもないということではないのか。
メンヒは申しわけなさそうに項垂れる。彼が悪いのではないから責めるのは筋違いだが……。
「どうしよう?」
その時だ。カレジャスが突然、声を荒げたのは。
「だから言っただろ! 馬車から出るなって。いっつもそうだ、俺の意見なんかお前らみんな無視しやがって。だからこうなるんだ!」
びっくりしてダームはそちらを振り向く。見ると兜の下の整った顔は歪み、鬼の形相だった。
「ど、どうしたの勇者様」
「どうしたもこうしたもねえ! 俺の言うことに従わねえからこうなるんだ。ちょっと優秀だからってメンヒばっかり頼りやがって! この旅の長は俺なんだぞ!」
「そんな。僕はただ……」
「黙れ! この後どうすんだ!? 言ってみろよ。何もねえんだろうが。雪に埋まってカッチコチンに固まって、それでおしまいだろうが! 自業自得だ! お前らの自業自得なんだぜ!」
カレジャスが鎧をガチャガチャと鳴らし、激しく怒鳴る。
ダームはどうしていいのかわからない。言うべき言葉を完全に失っていた。
「カレジャスくん落ち着きたまえ! 怒ってもどうにもなるまい! 私たち全員で力を集めてなんとか切り抜けなければ!」
「知るか! 大事な時にぶっ倒れてる役立たずに言われたかねえよ。俺は一人でなんとかしてやる。お前らはお前らで凍り死ぬのも生き延びるのも勝手にしやがれ!」
近寄ろうとした戦士を蹴飛ばして、勇者は叫ぶなり猛烈に走り始めた。
彼の行く先は真っ白な雪の向こう。何が待っているのかなんて全然知れないのに、一人で行くなんて危険極まりない。
「ま、待ってくださいカレジャス殿っ……」
「カレジャスくん」
メンヒは一瞬ためらった後、勇者の名を呼んだ。
悔しげに頭を垂れるクリーガァ。蹴飛ばされたのは平気らしいが、止められなかったことを悔やんでいるのだろう。
そして、ダームはというと。
「勇者様!」
何が何やらさっぱりだ。でも勇者を一人にしておくことはできないと思った。
だから彼女は一人、彼を追って駆け出していたのである。
「ダーム殿!」背後からメンヒの声がする。彼女は首だけで振り返り一言、「待ってて!」と叫んだ。
その頃にはもうすっかり彼らの姿は見えなくなってしまっていた。
冷たい風が徐々に強くなっている。大雪をもろともせず魔法使いは、ただひたすらに走り続けるのであった。




