24:寒い寒い北の国
極寒の風に思わず悲鳴を上げそうだ。
比較的温暖な西の王国の出身のダームにとって、この寒さは未曾有のもの。
ローブの上に厚手のコートを羽織ってさえこんなに寒いのだ。自慢の金髪は凍りついてしまっていた。
「寒い……。この馬車の窓にガラスが貼ってあればなあ」
馬車の窓は外とつうつうで、一切冷たい風を遮るものがない。ダームは「はぁ」と小さくため息を漏らした。
――国境を越え、北の国へやってきた勇者一行。
北の国は少し特別らしい。
まず一つ、王国などと違って国の主がいないこと。王国には王、帝国には皇帝、共和国には首相などがいるらしいが……、ここには国の呼び名もなく国の主も不在だ。これは四国しかないこの世界ではここしかない制度である。
そして二つ目、それはこの身を切るような寒さ。北国特有の気候で、年中こんな風なんだとか。
慣れている人にはいいかも知れないが、ダームにはとてもとても。
「ダーム殿、これを」
そう言って隣のメンヒが差し出したのは、ランプの炎。
微力だが、少しは温まる。ないよりはずっとマシだった。
「ありがとう僧侶くん」
「いえいえ」
カレジャスは「こんなんでグダグダ言うなよ」などと言っている。当然、ぶ厚い鎧を着ている彼は平気なのだろう。いいご身分だ。
ダームは少し腹が立ったものの睨む気にもなれかった。
窓の外を眺める。
緑の少ない殺風景な景色が広がっていた。あるのは街灯のほのかな灯りくらいか。地面はべちゃべちゃな白いもので汚れている。
聞いてみると、カレジャスが「あれは雪っつうんだ」と教えてくれた。寒い地方にだけ降る真っ白な雨のようなもの、ということだ。それが降り積り、溶けるとこういう風になるのだそう。
雪の降るところを一度見てみたいような気にもなったが、それはさておき。
「――着きましたね」
僧侶が呟くと同時に、馬車がゆっくり停車する。雪の話をしている間に今日の目的地の村に着いてしまったらしい。
ダームたちは馬車を降りる。
もう遅いので、その小さな村の宿へ向かった。
* * * * * * * * * * * * * * *
雪国のここでは、何もかもがダームの常識とはかけ離れている。
宿の一室に案内されたが、そこにはこれでもかというほどに布団がもこもこ。ベッドだけでなく、あちらこちらに丸められた布団が置かれているのだ。
「こうすると暖かいんですじゃ」と宿の女主人は言っていた。
確かに布団にくるまるとかなり暖かい。蝋燭の炎が部屋の四方にゆらめいているのを見ると、なんだか眠たくなり、そのまま寝落ちしてしまった。
次の朝は女主人が無遠慮にドアを開けて入ってくる音で目が覚めた。なぜ勝手に入ってきたのかと問うと、これは客人が凍死していないか確かめるための作業であると聞かされた。
たくさんの防寒設備を調えていながらも、ごく稀に凍死者が出るらしい。なんと恐ろしい世界なのだろうか。
宿を出て買い物をしても、別の街とは売っているものが大きく違っていた。
保存食的なものが多く、生の食材が圧倒的に少ない。これも雪国の特性の一つ。
結局、干し肉と乾パンだけ買うことした。
「雪国は料理に不自由だな! 料理好きの私には少々困ったことだ!」
「それはあたしも同意。こんなに寒いし、北の国にはもういたくないよ〜」
冗談半分にそんなことを言いながら、だが長居したくないのは本心。
次の目的地へ急ぐのが賢明だろう。
四人は再び馬車へ乗り込む。
行く先は宿の女主人から教えてもらった。伝説の盾の噂はこの辺りでは有名で、ここよりもさらに北の地にあるのだという。
「伝説の盾を求めるものは多いですじゃ。しかし未だかつて、それを手にできたものはないのだとか。それでも良いのですかな?」
「ここまできて諦めるって手はねえよ」とカレジャス。他の全員も同意だった。
その場所までは少し遠く、丸一日くらいかかりそうだということ。頑張ってくれている馬車馬を後で労ってやらねば。
「それにしても相変わらず寒いなあ……」
そんなことを思いつつ、ダームは窓の外を見やる。
するとチラチラと空から白いものが降ってきた。初めて見るそれにダームは頬を染めた。
「これが、雪なんだね!」
雪が、少しずつあたりを真っ白に染め上げていく。その様はとても美しく、ダームはキャッキャとはしゃいで喜んだ。
……しかしこの雪が、後々の困難を招くことになるなどとは思ってもみなかった。




