23:一日だけのお休み
旅というのは、想像以上に大変であることをダームは知った。
まず、朝は早く起きて全員の衣服を洗う。魔法を使うのでこれはダームの仕事。
次は朝ご飯の支度を手伝い、食べたらすぐにテントを畳んで馬車に乗り込む。そして途中途中の街へ寄っては買い物し、ちまちま進まなければならない。
周りへの気配りも大切だ。
カレジャスとクリーガァはあまり仲がよろしくない。大抵は小競り合い程度なのだが、それを収めるのはメンヒか、彼がいない場合ダームがする。
晩、眠る頃にはもうヘトヘトだった。
元お嬢様であるダームにとって、かなりハードな毎日なのだ。
「たまにはお休みしたいな……」
思わず漏れたその一言に反応したのは、意外にもカレジャスだった。
「確かにな。俺も最近ちょっと疲れてたんだ。そろそろ北の国に入るし、一日ぐらい休んでもいいんじゃねえのか?」
ダームはジロリと彼を睨んだ。
実は彼、何もしていないのだ。最初の頃は馬洗いをやってくれていたがそれもダームに任せっきりになっている。
「なんだよその目は」
「いや、勇者様何もしてないのになんで疲れてるのかなって」
「お前らのせいで疲れてるんだろ。一人旅じゃねえんだから。……ったく」
悪態をつくカレジャスはさておくとし、メンヒも休暇には同意のようだった。
「僕はどちらでも構いませんが、皆さんがそれをお望みでしたらそうするのもいいかと」
「私も同意だな!」
そして、勇者パーティーの一日休暇が決定した。
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翌日、ダームはルンルンと鼻歌を歌っていた。
いつもはツインテールにしている金髪を下ろし、背中に流す。長らくしていなかった化粧を施し、すっかり美人のお姉様スタイルが完成。
「これでよしっと」
軽い足取りでテントを出る。
そして外でずベーっと寝転んでいるカレジャスに声をかけた。
「勇者様。ねえ、お願いがあるんだけど」
しかし返事はない。グガグガといびきを立てて眠っているようだった。
「勇者様!」と呼んでもすっかり寝入っている。寝坊助だ。
ダームは意を決し、直後――、彼の腹を蹴り飛ばした。
咳き込んで跳ね起きる勇者。しばらく状況がわかっていないようだったが、やっと理解すると――。
「お前何してんだっ! 死ぬかと思ったじゃねえか」
「あー、ごめんね。だって勇者様ったら全然起きないんだもん〜」
「だからって蹴るな。全く可愛げがねえお嬢様だなおい。休みの日くらいゆっくりさせてくれや」
彼の文句は余裕で無視し、ダームは頼み込むことに。
「勇者様。お休みだからこそ、付き合って欲しいことがあるの」
「なんだよ? 俺は寝てたいんだが」
「それがね……」
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「どうして俺が女のご機嫌とりなんか……。ああ、気に入らねえ」
「もう〜。グジグジ言ってないの。勇者様はもっと堂々とあらなきゃダメでしょ?」
――ここは野営地から一番近隣の町。
ダームたちは今、ちょっと『お出かけ』をしていた。
「それになんで俺なんだ? メンヒのやつとかクリーガァでもいいだろうが」
「勇者様じゃなきゃ嫌なの!」
勇者様と二人での『お出かけ』の目的――。
それは、
「せっかくの休日、遊び倒さなくっちゃ」
町で有名なスポットがあるかどうか聞いてみた。そしてダームはカレジャスをそこへ連れて行く。
「きてきて。こっちに面白いものがあるらしいよ」
一つ目は旅芸人一座のショー。
町の片隅で見たこともない奇怪な踊りを披露する一団に、周囲の目は釘付けだ。ダームも息を呑んだ。
終わった後は拍手喝采。皆、大満足である。
「どうだった、勇者様?」
「まあまあだったが、俺はあんな芸は見飽きてるぜ」
見飽きている?
あまり芸事を好みそうな性格ではないだけに、ダームは少し疑問を覚えた。一体彼はどんな人生を送ってきたのか……。
気になるが、それは後回しだ。
「次のメニューは子供たちおすすめの花畑ね」
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ダームは勇者と二人きりで花畑へ来ていた。
風が気持ちいい。色とりどりの花が揺れていた。
「綺麗だね」
「そうか?」といまいち反応が悪いカレジャスをキッと睨みつけると、ダームは花畑に薄布を広げる。そして、こっそり持ってきていたカップを取り出した。
「なんだそれ」
「ふっふっふ。実は、ティータイムと洒落込もうと思ってね」
てっきり喜んでもらえると思っていたのだが……。
「ティータイムって何のことだよ?」
そう、首を傾げられてしまった。
ダームは呆気に取られるしかない。だって彼女にとっては『ティータイム』は常識中の常識で、知らない人間がいるなどとは思っても見なかったのだ。
「ティータイムだよティータイム。もしかして知らないの? 簡単に言えばお茶会のこと」
「ああ、茶会か」とカレジャスはやっとわかってくれたようだ。
彼の出身である帝国では馴染みがないのか、それとも彼の出が下級階級なのか。ともかく驚くことしかできないダームなのであった。
「で、その茶会してどうするつもりなんだ?」
「別に……。どうもしないけどさ、お花畑でティータイムって夢があると思わない? あたし、一度でいいからやってみたかったことの一つなんだよね」
幸い、今は子供らがおらず花畑は二人きり。ティータイムにはもってこいの状況だ。
紅茶を淹れ、渡した。さすが元公爵令嬢だけあって、ダームは礼儀作法をすっかり弁えている。
しかし対するカレジャスはというと……。
「退屈だな」
一口で紅茶を飲み干してしまうと、花畑にごろんと大の字に寝転んでしまった。全くマナーがなっていない。
「ティータイムの時はちゃんと座ってお話しするの。紅茶だってちまちま飲まなくちゃ失礼でしょ?」
「悪いんだが、俺お作法は嫌いなんでな。空見上げとくぜ」
全然聞く耳を持ってくれない。すぐに言い聞かせるのは諦めた。
とにかく楽しまなくては。
「勇者様、花は好き?」
「どっちでもねえけど」
「そっか。あたしは好き。花って可愛いし、匂いもいいし。……心が落ち着くんだよね」
それからしばらく、紅茶を啜りながら色々と談笑した。
まるでお嬢様に戻ったみたいだ。綺麗に着飾ってこんな体験をするなんて、どれほど久しぶりなことだろう。当たり前の日常が戻ってきたような、そんな気がしたのである。
気がつくと陽が傾き始めていた。
「……もう夕方だね」
「そろそろ帰ろうぜ」
しかしダームは首を振る。このままこの休日を終わらせるのはもったいない。
「最後にパーっとやっちゃおうよ」
「何を?」不審げな顔のカレジャスにダームはニッコリ笑い、
「今夜は特別、ね」
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夜空が輝いている。
赤、青、黄色。ただの星の輝きではない。その正体は――。
「綺麗でしょ〜。あたし特製、魔法星をたーんとご覧あれ!」
魔法星、と彼女が呼ぶそれは魔法を束ね、空へ打ち上げるというもの。簡単に言えば、魔法で作った花火である。
魔法星のショーを見上げながら、ダームたち四人はご馳走を頬張っていた。
ご馳走はなんとクリーガァが作ってくれたのだとか。今日は休みと言っていたのに……なんともありがたい。
「美味しいね」
「はい。魔法星、綺麗ですね」
魔法を次々とぶっ放す。氷と炎と風を溶け合わせ、カラフルな星を夜空に描いた。
「さすが魔法使いってとこだな。これには俺も感心するぜ」
「そう? 勇者様にそう言ってもらえてすっごく嬉しい」
「さあ! 今日ばかりは遠慮はいらない! 酒を飲もうではないか!」
クリーガァが酒を持ってきて、全員に手渡した。酒と言っても甘酒なので未成年のダームが飲んでも全然平気。
飲んで食いながら、ダームたちは今日のことを語り合った。
このパーティーを計画したのは勇者を除く三人。カレジャスだけには内緒にしていたが、それを言うと怒るので黙っておこう。
全員でこの先の旅の平穏を願って乾杯した。
夜が更けていき、戦士と勇者が飲み比べをし、一緒に酔い潰れて運び込まれる。
そしてパーティーは幕を下ろし、皆は満足げな顔でテントへ戻っていったのだった。
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「今日は楽しかったなあ」
ダームは薄ピンクの花柄パジャマ姿で、ベッドに身を横たえている。
こんなに楽しい思いをしたのはどれほどぶりか。朝から晩まで夢心地の一日だった。
明日からは旅の再開となる。
国境はもうすぐそこだ。明日には北の国へ着くだろう。
「明日は頑張らなくちゃ」と口のだけで呟き、彼女はやがて眠りに落ちた。
――これからの旅も楽しみである。
これで幕間は終了。
次話から第三章突入です!
ブクマ・評価ありがとうございます。これからもお願いします!