表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/100

23:一日だけのお休み

 旅というのは、想像以上に大変であることをダームは知った。


 まず、朝は早く起きて全員の衣服を洗う。魔法を使うのでこれはダームの仕事。


 次は朝ご飯の支度を手伝い、食べたらすぐにテントを畳んで馬車に乗り込む。そして途中途中の街へ寄っては買い物し、ちまちま進まなければならない。


 周りへの気配りも大切だ。

 カレジャスとクリーガァはあまり仲がよろしくない。大抵は小競り合い程度なのだが、それを収めるのはメンヒか、彼がいない場合ダームがする。


 晩、眠る頃にはもうヘトヘトだった。

 元お嬢様であるダームにとって、かなりハードな毎日なのだ。


「たまにはお休みしたいな……」


 思わず漏れたその一言に反応したのは、意外にもカレジャスだった。


「確かにな。俺も最近ちょっと疲れてたんだ。そろそろ北の国に入るし、一日ぐらい休んでもいいんじゃねえのか?」


 ダームはジロリと彼を睨んだ。

 実は彼、何もしていないのだ。最初の頃は馬洗いをやってくれていたがそれもダームに任せっきりになっている。


「なんだよその目は」


「いや、勇者様何もしてないのになんで疲れてるのかなって」


「お前らのせいで疲れてるんだろ。一人旅じゃねえんだから。……ったく」


 悪態をつくカレジャスはさておくとし、メンヒも休暇には同意のようだった。


「僕はどちらでも構いませんが、皆さんがそれをお望みでしたらそうするのもいいかと」


「私も同意だな!」


 そして、勇者パーティーの一日休暇が決定した。



* * * * * * * * * * * * * * *



 翌日、ダームはルンルンと鼻歌を歌っていた。

 いつもはツインテールにしている金髪を下ろし、背中に流す。長らくしていなかった化粧を施し、すっかり美人のお姉様スタイルが完成。


「これでよしっと」


 軽い足取りでテントを出る。

 そして外でずベーっと寝転んでいるカレジャスに声をかけた。


「勇者様。ねえ、お願いがあるんだけど」


 しかし返事はない。グガグガといびきを立てて眠っているようだった。

「勇者様!」と呼んでもすっかり寝入っている。寝坊助だ。


 ダームは意を決し、直後――、彼の腹を蹴り飛ばした。


 咳き込んで跳ね起きる勇者。しばらく状況がわかっていないようだったが、やっと理解すると――。


「お前何してんだっ! 死ぬかと思ったじゃねえか」


「あー、ごめんね。だって勇者様ったら全然起きないんだもん〜」


「だからって蹴るな。全く可愛げがねえお嬢様だなおい。休みの日くらいゆっくりさせてくれや」


 彼の文句は余裕で無視し、ダームは頼み込むことに。


「勇者様。お休みだからこそ、付き合って欲しいことがあるの」


「なんだよ? 俺は寝てたいんだが」


「それがね……」



* * * * * * * * * * * * * * *



「どうして俺が女のご機嫌とりなんか……。ああ、気に入らねえ」


「もう〜。グジグジ言ってないの。勇者様はもっと堂々とあらなきゃダメでしょ?」


 ――ここは野営地から一番近隣の町。

 ダームたちは今、ちょっと『お出かけ』をしていた。


「それになんで俺なんだ? メンヒのやつとかクリーガァでもいいだろうが」


「勇者様じゃなきゃ嫌なの!」


 勇者様と二人での『お出かけ』の目的――。

 それは、


「せっかくの休日、遊び倒さなくっちゃ」


 町で有名なスポットがあるかどうか聞いてみた。そしてダームはカレジャスをそこへ連れて行く。


「きてきて。こっちに面白いものがあるらしいよ」


 一つ目は旅芸人一座のショー。

 町の片隅で見たこともない奇怪な踊りを披露する一団に、周囲の目は釘付けだ。ダームも息を呑んだ。


 終わった後は拍手喝采。皆、大満足である。


「どうだった、勇者様?」


「まあまあだったが、俺はあんな芸は見飽きてるぜ」


 見飽きている?

 あまり芸事を好みそうな性格ではないだけに、ダームは少し疑問を覚えた。一体彼はどんな人生を送ってきたのか……。

 気になるが、それは後回しだ。


「次のメニューは子供たちおすすめの花畑ね」



* * * * * * * * * * * * * * *



 ダームは勇者と二人きりで花畑へ来ていた。

 風が気持ちいい。色とりどりの花が揺れていた。


「綺麗だね」


「そうか?」といまいち反応が悪いカレジャスをキッと睨みつけると、ダームは花畑に薄布を広げる。そして、こっそり持ってきていたカップを取り出した。


「なんだそれ」


「ふっふっふ。実は、ティータイムと洒落込もうと思ってね」


 てっきり喜んでもらえると思っていたのだが……。


「ティータイムって何のことだよ?」


 そう、首を傾げられてしまった。

 ダームは呆気に取られるしかない。だって彼女にとっては『ティータイム』は常識中の常識で、知らない人間がいるなどとは思っても見なかったのだ。


「ティータイムだよティータイム。もしかして知らないの? 簡単に言えばお茶会のこと」


「ああ、茶会か」とカレジャスはやっとわかってくれたようだ。

 彼の出身である帝国では馴染みがないのか、それとも彼の出が下級階級なのか。ともかく驚くことしかできないダームなのであった。


「で、その茶会してどうするつもりなんだ?」


「別に……。どうもしないけどさ、お花畑でティータイムって夢があると思わない? あたし、一度でいいからやってみたかったことの一つなんだよね」


 幸い、今は子供らがおらず花畑は二人きり。ティータイムにはもってこいの状況だ。

 紅茶を淹れ、渡した。さすが元公爵令嬢だけあって、ダームは礼儀作法をすっかり弁えている。

 しかし対するカレジャスはというと……。


「退屈だな」


 一口で紅茶を飲み干してしまうと、花畑にごろんと大の字に寝転んでしまった。全くマナーがなっていない。


「ティータイムの時はちゃんと座ってお話しするの。紅茶だってちまちま飲まなくちゃ失礼でしょ?」


「悪いんだが、俺お作法は嫌いなんでな。空見上げとくぜ」


 全然聞く耳を持ってくれない。すぐに言い聞かせるのは諦めた。

 とにかく楽しまなくては。


「勇者様、花は好き?」


「どっちでもねえけど」


「そっか。あたしは好き。花って可愛いし、匂いもいいし。……心が落ち着くんだよね」


 それからしばらく、紅茶を啜りながら色々と談笑した。

 まるでお嬢様に戻ったみたいだ。綺麗に着飾ってこんな体験をするなんて、どれほど久しぶりなことだろう。当たり前の日常が戻ってきたような、そんな気がしたのである。


 気がつくと陽が傾き始めていた。


「……もう夕方だね」


「そろそろ帰ろうぜ」


 しかしダームは首を振る。このままこの休日を終わらせるのはもったいない。


「最後にパーっとやっちゃおうよ」


「何を?」不審げな顔のカレジャスにダームはニッコリ笑い、


「今夜は特別、ね」



* * * * * * * * * * * * * * *



 夜空が輝いている。

 赤、青、黄色。ただの星の輝きではない。その正体は――。


「綺麗でしょ〜。あたし特製、魔法星をたーんとご覧あれ!」


 魔法星、と彼女が呼ぶそれは魔法を束ね、空へ打ち上げるというもの。簡単に言えば、魔法で作った花火である。


 魔法星のショーを見上げながら、ダームたち四人はご馳走を頬張っていた。


 ご馳走はなんとクリーガァが作ってくれたのだとか。今日は休みと言っていたのに……なんともありがたい。


「美味しいね」


「はい。魔法星、綺麗ですね」


 魔法を次々とぶっ放す。氷と炎と風を溶け合わせ、カラフルな星を夜空に描いた。


「さすが魔法使いってとこだな。これには俺も感心するぜ」


「そう? 勇者様にそう言ってもらえてすっごく嬉しい」


「さあ! 今日ばかりは遠慮はいらない! 酒を飲もうではないか!」


 クリーガァが酒を持ってきて、全員に手渡した。酒と言っても甘酒なので未成年のダームが飲んでも全然平気。


 飲んで食いながら、ダームたちは今日のことを語り合った。

 このパーティーを計画したのは勇者を除く三人。カレジャスだけには内緒にしていたが、それを言うと怒るので黙っておこう。

 全員でこの先の旅の平穏を願って乾杯した。


 夜が更けていき、戦士と勇者が飲み比べをし、一緒に酔い潰れて運び込まれる。

 そしてパーティーは幕を下ろし、皆は満足げな顔でテントへ戻っていったのだった。



* * * * * * * * * * * * * * *



「今日は楽しかったなあ」


 ダームは薄ピンクの花柄パジャマ姿で、ベッドに身を横たえている。


 こんなに楽しい思いをしたのはどれほどぶりか。朝から晩まで夢心地の一日だった。


 明日からは旅の再開となる。

 国境はもうすぐそこだ。明日には北の国へ着くだろう。


「明日は頑張らなくちゃ」と口のだけで呟き、彼女はやがて眠りに落ちた。


 ――これからの旅も楽しみである。


 これで幕間は終了。

 次話から第三章突入です!

 ブクマ・評価ありがとうございます。これからもお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ