10:大魔術師とのご対面
「こんにちは。あなたが噂の大魔術師さんなの?」
会って早々だが、ダームは女性にそう問いかける。
非常に不思議な女性だ。
腰あたりまでの灰色髪を束ね、黒いローブを纏っている。顔は凛としていて、黒い瞳はキリリと吊り上がっていた。
それでいて優しそうなオーラが溢れているのだ。よく特徴が掴めない。
「私は魔術師マーゴで間違いないけど……。あなた、ノックもしないで失礼でしょう?」
少し怒った様子でそう言われるが、開けたのはメンヒなのだからお門違いだ。もちろん急に声をかけたのは悪いけれど。
「違います。僕がやったのですよ」
メンヒがそう言ってくれると、女性――大魔術師マーゴの視線がそちらへ向いた。
「あらメンヒ。いつ帰ってきたの」
「いましがたです。長らく留守にしており申し訳ありません」
ダームは首を傾げた。
二人は面識があるのだろうか?
いくら同じ街に住んでいたとはいえ、見たところこの街の人口は多い。長年屋敷で暮らしてきて街というものをあまり知らなかったダームには、それはそれはびっくりするくらいたくさん。
その中でどうしてメンヒとマーゴがここまで仲が良さそうなのかが疑問だったのだ。
「難しい話じゃねえよ。メンヒとマーゴが親子だからさ」
カレジャスの言葉に、ダームは耳を疑った。
今なんと言われた?
「親子って……。ええ!?」
「ダーム嬢の驚きもごもっとも! 私も初めてその話を耳にした際は、首を傾げずにはいられなかった!」
話では、大魔術師マーゴは帝国で一番と言ってもいい魔術の使い手。そんな人の息子だなんて、
「僧侶くん、すごすぎじゃない?」
しばらく何やらメンヒと話していたマーゴは、やがてこちらへ向き直ると言った。
「あなたたち、少し待っていなさい。もう少しで仕事が終わるから、先に屋敷に帰っておいて」
微笑む大魔術師。
ダームは「了解」と頷きながら、ふとあることに思い至った。
メンヒが十七、八歳の少年。
だとすればその母親である大魔術師の年齢は三十を越し、四十に迫ろうというくらいだろう。
なのに目の前の女性はあまりにも若い。若いすぎる。これが魔法の威力なのか。
「ちょっと尊敬しちゃう……」
もしかするとダームも魔法を使えるようになったら、若さを保てるかも知れない。そんな想像を膨らませていると背後から声がかかった。
「何ボーっとしてんだよ。さっさと行くぞ」
「はぁい」
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一旦屋敷に戻った一行は屋敷の中に遠慮なく足を踏み入れた。
見たこともない薬品の類、名前の知れぬ動物たちが屋敷のあちらこちらに鎮座している。
ダームはその中央に位置する部屋で、ソファに腰を下ろした。
「僧侶くんのお母さん、なんかすごい人だよね。雰囲気もそうだし、それに若さも。あんな人に教えてもらえるなんてワクワクだよ」
「母上……マーゴ殿は素晴らしい人です。僕と違って、火の魔法や風の魔法などを得意としています。ダーム殿の素質も見抜いて適切に教えてくださるでしょう」
メンヒはなんだか自慢げにそう話す。
が、ダームにはどことなく違和感があった。
「ねえ、どうして僧侶くんは魔術師さんのことを『マーゴ殿』って呼ぶの? お母さんなのに」
しばらくの沈黙があった。
カレジャスがジロリとこちらを睨む。クリーガァは気まずそうな笑みを見せていた。
何か悪いことでも言ったのだろうか?
そして、肩を落としたメンヒは。
「僕は、足りない。足りなすぎるんです。母上の息子を名乗る資格がないくらい、足りない」
悔しそうに俯く彼に、ダームは「でも治癒魔法を使えるのはすごいじゃない」と反論。けれど、
「僕の治癒魔法なんて下の下。僕には生まれ持っての才覚がない。ダーム殿のように魔力が大きいわけでもない。だから城下町の教会でいくら努力して魔法を修練したとて、魔力が小さいから使える容量も大きくはありません。……僕は凡才なんです」
ダームは思わず黙り込んだ。
彼の心の脆い部分に無遠慮に触れてしまったことに後悔を抱く。
でも今からそれをどうすることもできまい。何か励ますことはできないのだろうかと考えた。
しかし、励ましの言葉を口にする機会は失われる。ぎぃと音を立てて扉が開き、深い灰色の髪を揺らす大魔術師が姿を現したからだ。
「待たせたわね。何のお話をしてたの?」
「この女と同列に空気読めねえこと言うなよ」
白い目で彼女を見やる勇者に、マーゴは愉快そうに肩を揺すり、
「あらまあ。強気な男の子だこと。いいわ、じゃあ女の子の横に座らせてもらうわね」
ダームのすぐ横にマーゴが腰掛ける。香水の良い香りがした。
「要件は把握しているわ。メンヒ、悪いのだけれど男の子とお兄さんと一緒に、部屋を出てもらえるかしら」
男の子がカレジャス、お兄さんがクリーガァだと思われる。クリーガァはダーム的には明らかにおっさんなのだが。
「ケチくせえなあ。俺にも同席させろよ」と勇者が文句を垂れるが、メンヒはそれを無視して、
「了解ですマーゴ殿。お二人を連れて、街を歩いて参ります」
と言った。
そんな彼に大魔術師マーゴは一言だけ、「マーゴ殿なんてよそよそしい呼び方、しなくていいのよ」と呟いた。
メンヒがそれに何を思ったのかはわからない。無言で、戦士と勇者を引き連れて外に出て行ってしまった。
「さて。魔法の授業を始めましょう」
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ダームの得意魔法は、炎と風、氷と幅広いことが判明した。
「これは見込みがあるわ」と大魔術師からのお墨付きをもらい、それから猛特訓。
魔法の念じ方、詠唱、本を読んで呪文を脳に刻み込む。
勇者たち他の三人もダームと一緒に屋敷で数日滞在することに。それぞれ悠々とした日々を過ごした。
そして五日目、魔術師の部屋にて。
「『アイスα』」
「『ファイアーβ』!」
「『ウィンドΓ』っ!」
強さ、魔法系統、魔法を放つ場所、全てが調整できるようになっているのを自分でも感じられる。
あれほど縁遠いものだと思っていた魔法が、今この手に宿っているのだ。とても不思議な感覚だった。
きっと公爵令嬢のままで王国にこもっていたら得られなかったであろう力。だからと言って王子に恨みがないわけではないが、なんだか嬉しくなった。
「……合格ね。これほど魔法の習得が早いのは、きっと魔力の大きさと能力が比例しているからなのでしょうね」
合格。その一言にダームは大喜びで飛び跳ねた。
「やったー! それでね魔術師さん、あたし、若さを保つ魔法が知りたい!」
「それは秘術だから、ひ・み・つ。……そうだわ」
そう言って魔術師マーゴがどこからともなく出してきたのは、漆黒のローブ。彼女が着ているのと同じものだった。
「これをあなたに。魔力を高め、魔法から身を守る効果のある特別な服なの。大事にしなさい」
着てみるとサイズもぴったり。
色白の肌に深い黒のローブがとても似合っていた。
「ありがとう、魔術師さん」
ダームは今とても最高に幸せな気分だ。
すぐにこのことを知らせねば、と思い、彼女は漆黒のローブを翻し、仲間たちの待つリビングへと駆けた。




