01:宣言
「ダーム・コールマン公爵令嬢。君との婚約を、破棄する」
王城に呼び出された途端にそう宣言され、少女は唖然とするしかなかった。
何を言われたかわからない。やっと理解した時、胸に湧き上がったのは疑問だ。
――何故? 何故何故何故?
「不思議という顔をしているな。己の胸に聞け、と言いたいところだが君には伝わらないだろうからはっきり言ってやる。君は、ふしだらな女だ」
そうはっきり、冷たい声音で言い切られて、少女は絶望すら感じたのだった。
* * * * * * * * * * * * * * *
少女――ダーム・コールマンは公爵家の一人娘として生まれた。
母も父も優しく、メイドたちも可愛がってくれて、何不自由ない生活を送っていた。
公爵といえば一番上級貴族だ。他の貴族にも羨まれていたし、国王に目をつけられるのも早かった。
十三歳の頃には第一王子プリンツと婚約を結び、たびたび会っては話し、関係を深める。
十八歳には結婚が決まっていたから、将来薔薇色の王妃生活は確定。そこへ向かって歩み続けるだけだったはずなのに……。
あと一年で結婚するという、十七歳のある日。
突然王子に、王城へ呼び出された。
今までは大抵、ダームの屋敷で会っていたから、少し妙だなとは思ったけれど、そこまで深くは考えずに城へ足を運んだ。
そこで投げつけられたのが冒頭の言葉である。
『君は、ふしだらな女だ』
そう言われても、一体何のことかわからない。
だってダームに王子を怒らせるようなことをした覚えはないし、ましてや、婚約を破棄されるなど。
でもはっきりとした拒絶の意が感じられ、深く心に突き刺さった。
「えっ。ちょ、ちょっと待ってよ王子様。あたし、何もしてない……」
「私を気安く呼ぶな、豚女が」
縋るダームを睨みつけると、王子プリンツは続ける。
「君にも心当たりがあるだろう。君の屋敷の下男との不倫をしたこと。どれだけ法螺を吹いたとて、私にはわかってるんだからな」
おかしい、おかしいおかしいおかしい。
何か誤解されてる。全然話が噛み合わないではないか。
「不倫? あたしは不倫なんかしてないよ! うちの下男とは、普通の関係で」
「そこまで言うなら本人の証言を聞こうじゃないか。……出てこい」
王子がそう呼びかけた瞬間、広間の扉が開き、何者かが入ってきた。
その顔を見てダームは驚く。だって、彼は今話題に上がっていた公爵家の下男だったのだから。
「どうして」
「この女は君との交際を否定している。君に、それが正しいか述べてもらおう」
「はい、殿下」と頷くなり、下男は話し始めた。
「僕とお嬢様は、三年もの間体を重ねていました。同じベッドで、毎夜毎夜ひっそりと。
僕も彼女を愛していたし、彼女も僕を愛していたのであります。……恐れながら、お嬢様は「王子なんかより僕がいい」と言ってくださっていました。
関係はいけないことだとわかっていましたが、ずるずると続いていったのであります。
しかし結婚が近くなったこの頃、お嬢様が僕を殺そうとしたのであります。不倫事実の隠蔽のために。
僕はこれはいけないと思い、プリンツ殿下にご報告したわけであります。お嬢様、申し訳ないであります」
つっかえつっかえ、苦渋の決断というのを演技しながら、下男は頭を下げてきた。
下男が発した言葉は全部嘘だ。まるっきり身に覚えがない。
「冤罪! 冤罪だよ。あたしがいつあなたと恋をしたっていうの? それにあたしはまだ――」
「言い訳無用だ。他の君の屋敷の従者たちからの証言も多数あるのだからな。もう一度言う。……ダーム・コールマン公爵令嬢。君の行動はとても許されたことではない。よって君との婚約を破棄し、その上でこの国を出てもらう。わかったな?」
――なんてことだろう。
勘違いされている。間違っている、嫌、この状況をなんとかして。
頭の中でぐるめまぐるしく思考が回り続けているものの、なんと言えば誤解を解きほぐせるのかわからず、言葉が出てこない。
「無言は肯定とみなす。おい、この女を連れ出してくれ」
「ははっ」
また扉が開いて、衛兵どもが一斉に広間へ足を踏み入れた。
そしてダームを囲み、彼女を捕らえるとどこかへ連れて行く。
必死に抵抗したが、十七歳の少女の細身では叶うはずがなかった。
「王子様! 王子様待って、あたしは」
プリンツ王子は冷酷な視線でダームを見つめ、下男はどこかほくそ笑むような表情でこちらを見送った。
その時ダームは気づいた。
嵌められたのだと。
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