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 数分後、一同はある高校を訪れていた。

一世井ひとよい高校……」

「はい。美羅さんが通っていた学校です」

 先頭に立つ寒咲は、迷いなく足を奥へと進める。

「実は校舎の裏に、それは美しい桜がありましてね。知る人ぞ知る名所になっているんです」

「桜? だが、どうしてそこだと……」

「行けば分かります」

 早渡刑事の言葉すらピシャリとはねのけ、寒咲は大きな歩幅でどんどん歩いていく。意外にも、帝王院も大人しく後に続いていた。

 そうして、校舎の角を曲がった時である。皆の目に満開の桜が飛び込んできた。

 見事な桜だった。繊細な薄桃色の雲が、夜を覆わんとばかりに腕を広げている。そう錯覚してしまいかねないほど、桜は大きく咲き誇っていた。

 だがそんな光景に対し、少女は人知れずギリと奥歯を噛み締めた。

「……やはり綺麗ですね」

 花が振る中、寒咲はどこか懐かしむような目で桜を仰ぐ。

「昔からこの学校にあり、変わらぬ美しさをたたえているのです。今がちょうど見頃でしょう」

「桜の感想は後回しでお願いします。で、何故ここが本当の現場だと?」

「……最初から、不思議に思っていたんです」

 焦れる早渡に振り向きもせず、寒咲は言う。

「何故、あの少女は三分咲きの桜の下で死んだのだろうと。他にも首を吊る場所はたくさんあっただろうのに、何故あえて桜を選んだのだろうと」

「……」

「そして、こうも思いました。俺が最期の時を桜と共に過ごすとしたら、きっと満開の頃を選ぶのにと」

「は? だから何よ」

 怒りを抑えた声が響く。見ると、美羅うつらの制服を着た少女が拳を握って震えていた。

「ここまで連れてきた根拠が、『満開だから』ですって? 何よ、それ! 満開の桜なら他にいくらでもあるでしょう!」

「今の時期満開になるのは、この桜ぐらいなんです。そしてそれそこが、あなたが磯端美羅さんではないことを示しています」

「どういうこと――」

「エドヒガン」

 寒咲はやっと皆に体を向ける。ふわりと吹いた風が、一斉に花を舞い上げた。

「こちらに咲いている桜の名前になります。偽の現場に咲いていたのは、ソメイヨシノ。エドヒガンはその名の通り春の彼岸頃に咲き始める花で、ソメイヨシノより早いんですよ。よって、この付近で満開になる桜といえばこちらのエドヒガンしか無いんです。加えて、あなたの制服のリボンに絡まっていたのもエドヒガンでした」

 彼はハンカチを取り出し、中にしまっていた花弁を見せる。

「エドヒガンの花弁は、ソメイヨシノのものよりぐっと小さい。ほら、並べてみれば一目瞭然でしょう?」

「た、確かに……」覗き込んだ巻刑事は、素直にうんうんと頷いていた。

「あなたは断言しました。服についた花弁は、帰り道の桜並木によるものだと。ですが、街にある桜は大抵ソメイヨシノ。エドヒガンではないんです」

「!」

「希少なエドヒガンの花弁がここまで服に入り込んでいるとなれば、長くその下にいた人ぐらいでしょう。ですが、あなたはそうじゃないと言う」

「……っ! ち、違うわ! 思い出した! 私、本当は今日の放課後ずっとここに立っていて……!」

「桜には興味が無かったんじゃ?」

「ぐ……!」

「まとめると、あなたはここに来たことがないのにエドヒガンの花弁が付着した制服を着ている。それは何故か? あなたの正体が、自殺した磯端美羅さんではないからです。服を交換しただけでここに来たことは無かったから、エドヒガンのことも答えられなかったんです。

 あなたは――夢さんは、何らかの事情をもって姉と入れ替わっています。ですが、ねぇ、それってれっきとした犯罪ですよ。このまま言い張って生きていくのなら、しっかり罪に問われるでしょう」

「……」

「もっとも、まだ夢さんは引き返す余地があります。……問題は、あなた方です」寒咲の言葉の先が、磯端夫妻に向けられた。

「自分はさほど法律には詳しくありませんが、あなた方は既に犯罪を犯しました。死体損害・遺棄罪に問われるかと存じます」

「は、はは……だが、証拠は」

「ところで、桜の下にかなり足跡がついていますね。はっきりとした靴型です。調べれば、すぐにどんな靴か特定できるでしょう」

「……!」

「美羅さんが亡くなっているのを見つけて、急いで駆け寄ったのでしょうね。そういえば、ここの部分だけ落ちた花弁がぺちゃんこになっています。まるで誰かが座っていたかのように。そうそう、首吊りに高さはさほど必要ありません。適当に引っ掛けられる場所があれば、どこでも……」

「もうやめろ!!」

 太い大声が遮った。一同の視線が、頭を抱えてうずくまった男に向けられる。信寿は、呻くようにして声を絞り出していた。

「……もう、やめろ。クソッ、なんでこんなことに……!」

「磯端信寿さん。では、お認めになるのですか?」

「お前が! お前が全部悪いんだ! この役立たずめ!」

 信寿の叫びに、少女が――磯端夢が息を呑んだ。

「美羅になれるんだぞ! 何故それが分かっていて上手くできない!? なんでそんなに頭が悪いんだ!」

「ご、ごめんなさい……!」

「うるさいうるさいうるさい! もうだめだ! お前のせいで全部台無しだ! こんなことなら産むんじゃなかった……!」

「……ッ!」

 ――動機は、単純だった。有名大学への進学が決まっていた姉・美羅が自殺した。それを知った両親は、妹・夢を美羅として生きさせることにしたのである。夢は学業面で伸び悩んでおり、親から冷たくあしらわれていた。だが姉になれば両親の愛情が向けられると信じ、提案を受け入れたのである。

 だが、結果は散々たるものだった。突然現れた探偵に、全て暴かれてしまったのだから。

「一生恨んでやる! 俺の人生を台無しにしやがって!」

「あなた! もうやめて!」

「無能が! 役立たずが!」

「おいおい、それは言うべき相手が違うぞ、信寿君!!」

 だが信寿の発言権は、あっという間に小柄な青年に取って代わられたのである。ここぞとばかりに、ふんぞり返った帝王院によって。

「僕はこんな言葉を知っている! 頑是ない子供に親が汚い言葉を放つ時、それはただの自己紹介であると!」

「な、なんだその格言は……!?」

「by 帝王院スバル!」

「!?」

「娘の自死は実に悲しいことだ。だが! 自分で指示を出しておきながら、己の反省よりも先に部下を責めるとは言語道断じゃないか!?」

「す、スバル? 相手は娘で部下じゃな」

「ちゃんと謝った分だけ娘さんは立派だ! ところでお前は、さっきから全然謝らずに妄言を吐き散らしてばっかだな! そんなお前にステキな言葉を教えてやるとしよう! 心して聞くがいい!」

 帝王院の大声のせいか、次々と近所の窓に明かりがついている。今SNSを調べれば自分達のことが書かれてるんじゃないかと、ふと寒咲は不安になった。

 しかし、そんな空気などものともしないのが帝王院である。ますますふんぞり返ると、彼は腹の底から言い切った。

「悪いことをしたら、ごめんなさいだ!!!!」

 ――当然、ごめんなさいで済む話ではない。だが一回り以上も年下の青年に謎の正論を吐かれては、信寿も心が折れたらしい。もしくは、これ以上付き合いきれないとうんざりしただけかもしれないが。

 とにかく、信寿はすっかり静かになった。珠美は泣き崩れ、夢は放心している。巻刑事は元の現場で待機している警察官に連絡を取り、早渡刑事は今から自分の上司に冷ややかな報告をする気満々である。

 どうやら、なんとか己の部下と刑事への罰は未然に防ぐことができたようだ。磯端一家の悲惨はさておき、寒咲はホッと胸を撫で下ろした。

「だけど、なんでメイはこの桜のことを知ってたんだ?」

 言いたい放題言ってスッキリしたらしい帝王院が、寒咲の近くにやってくる。彼は小柄ではあるが、いつも謎の自信に満ちているためか妙な存在感がある。そんな青年の頭にちょこんと乗った花びらを取ってやり、寒咲は答えた。

「別に大した理由じゃないよ。単にここの卒業生だったってだけ」

「へー、じゃあ卒業アルバムも持ってるんだな。帰ったら見せてくれよ」

「食いつきどころが独特だな……。嫌だ」

「いいだろ、減るもんじゃないし」

「焼いたから。卒業して最初の秋分の日にさつまいもと一緒に焼いたから」

「食べた覚え無いんだが」

「卒業して最初の秋分の日にゃまだいなかったろ」

「あれ? そっか」

 すんなり納得してくれてよかった。寒咲は大きく息を吐いた。

 見上げた桜は、雪の切片のように花弁を散らしている。花は桜木とはよく言ったものだ。短い間しか咲かぬのに、これほど人の心をとらえて離さない。

 両手を合わせて、目を閉じる。――せめて、桜を見ながら命を終えた一人の少女に、ひとときの幸福があったことを。花の降る夜の中、寒咲は静かに祈っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 帝王院さんのセリフですが、馬鹿親だけでなく『汚い言葉を放つ時、それはただの自己紹介である』は多くの場合に通じそうな気がします。 [気になる点] 名刺は苗字だけにした方は苦…
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