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 悲鳴の上がったほうへ全員の視線が向いた。背中まで届く髪の少女――磯端美羅のはずである彼女は、怯えた目で探偵を凝視していた。

「ち、違います! 私は、磯端夢じゃ……!」

「そうよ! この子は正真正銘、美羅うつらよ! 何を言ってるの!?」

「ですよね、普通はそう言いますよね」

 言い返す磯崎夫人に、寒咲はフゥとため息をついた。

「ですが現場に残された全ての違和感が、その結論に至らせました。一から説明させていただきますと……」

「説明などいい! なんだ!? つまり貴様は死んだ娘と不良娘が入れ替わっていると言うのか!?」

「そうなりますね」

「馬鹿な!」

 激昂する信寿は、ペッと唾を吐いた。

「もう少し面白いことを言うかと思えば、これほどの侮辱をぶつけられるとは! 不愉快だ! 珠美、もう聞かなくていい! 先に帰って――」

「俺が先ほど美羅さんについて尋ねた時、あなたは『出来損ないの妹と違って、姉の美羅は優秀な人間だった』と言いました」

「はぁ!? それが何か……!」

「優秀な娘『だった』と。あなたは何故、すぐそこで美羅さんが聞いているにも関わらず、これを過去形で話したのです?」

「……」

 信寿の顔色が変わった。青ざめた額から汗が噴き出る。誰の目にも明らかな取り乱しようだったが、それでも彼は無理矢理唇をひん曲げた。

「なんだ? 今度は揚げ足取りか?」

「まあ、言い間違いだとか、最近成績が落ちてきたからと逃げられたらおしまいですね。ただ、人は何かを隠そうとする時ほど多弁になります。秘密を隠さねばと思う緊張感、嘘を裏付ける為の説明、その説明に矛盾を出さない為の説明……。そして言葉を重ねれば重ねるほど、真実がこぼれる可能性は高くなる」

「……」

「そう、できるなら口数は少ないほうがいいですよ。俺も喋りやすくなりますし」

 寒咲は、小さく笑った。見る者によっては、馬鹿正直に口をつぐんだ信寿に対する嘲笑に見えたかもしれない。

 場の空気は、たった三分でがらりと変わっていた。今や言葉の支配権は徐々に信寿から寒咲に移りつつあった。

「自分が最初に違和感を覚えたのは、折れた桜の枝です」

 寒咲の視線が、つぼみをいくつかつけた枝に落ちる。

「折れた枝は、位置的に少女の身長よりも高い場所にありました。踏み台が無かったのです」

「木に登ってからぶら下がったのでは?」

「その痕跡はあったのですか?」

 寒咲の問いに、早渡は少し考えた後「いや」と否定した。

「制服に木屑はついていませんでした。付着していたのは、せいぜい花弁と土埃ぐらいです」

「それも落下した時のものでしょうね。加えて、あの枝の太さです。人一人ぶら下がって、やっと耐えられるかどうか……少なくとも俺が死ぬとしたら、もっと丈夫そうな木を選ぶものですが」

「しかし現に娘はそこで首を吊っていたんだ! だから自分達夫婦は下ろしてやろうとした! その失礼な男も証言している、そうだな!?」

「おお、そうだとも。メイ、そこはどう説明するんだ?」

「答えは至ってシンプル。磯端夫妻は、死体を下ろそうとしてたんじゃない。吊るそうとしてたんだ」

 いよいよ磯端夫妻の顔は蒼白になった。妻の珠美にいたっては、ガタガタと震え出している。この時点で彼らの身の潔白は失われたも同然だったが、まだ信寿は食い下がった。

「じょ、冗談じゃない! そんなわけあるか! つまりあれか! お前は私たちに殺人容疑をかけているのか!」

「そうじゃありません。俺は、お二人が死体をこの木で首を吊ったように見せかけようとした可能性があると述べているだけです」

「娘は自殺よ! 勝手に死んだのよ! あああアリバイだってあるわ! だって私達、見つけるまでずっとあちこちで聞き込んで探してたから……!」

「はい、そこは真実だと俺も思います。無論裏付けには、それこそ司法解剖による死亡推定時刻の算出や警察側での捜査が必要になりますが」

「本当に殺してないわ! 私達は……!」

「珠美!」

「ええ、分かっています。あなたたちは、別の所で亡くなっていた美羅さんをここに運んできただけですよね?」

 珠美の全身が、雷に打たれたように跳ねた。立っていられず、よろよろとその場に崩れる。

 だが、寒咲は意にも介さない。桜を見上げ、静かに推理を続けていく。

「要するに、この事件には二つの偽装があったのです。死体の正体と、首を吊った場所。そのどちらにも、あなた方家族が関わっています」

「わ、私は磯端夢じゃないって言ってるでしょ!」ここで初めて少女が噛みついた。

「第一ママの持ってた写真はどう説明するの!? 夢の髪はショートヘアだけど、美羅の髪はロングヘアよ! 顔立ちだって全然違って……!」

「ふむ、それも一理ありますね。ちょっと失礼」

 誰の許可も待たず、寒咲は遺体を覆うブルーシートに手をかけた。バサリと中身があらわになる。濃いメイクをしたショートヘアの少女が、目を閉じて横たわっていた。

「まず、髪。切ればどんなにロングヘアの方でもショートヘアになります。顔立ちも……この年にしては、結構濃い化粧が施されていますね。これほど濃ければ、歳の近い姉妹であれば見分けがつかないぐらい似せられるのではないですか?」

「ひ、酷いでたらめよ! じゃあ私の髪はどうなの!? 私が夢だったとしたら、ショートヘアじゃなきゃいけないわよね!? でも見てよ、私のどこがショートなの!?」

「……スバル」

「はいよ」

 次の瞬間、帝王院が少女に飛びついた。少女の抵抗をものともせず、彼はあっという間に髪をむしりとろうとする。

 巻刑事が「え!?」と声を上げた。少女の見事なロングヘアは、ずるりとななめにズレていた。

「……やめてよ」

 彼女は、鋭く寒咲を睨みつけた。

「探偵ってこんなプライベートなことまで暴くのね。最低。最近ちょっとストレスがヤバくて髪が抜けたから、隠すためにウィッグをつけてただけなのに」

「サイズの合わないものをですか?」

「後でちゃんと作りにいく予定だったわ! だから今はママのを貸してもらって……!」

「なるほど、それはお母様のものだったのですね。これで何故ウィッグの用意があったのか、納得できました」

「え……!」

「事件のあらすじはこうです」

 寒咲は、ピンと人差し指を立てた。

「娘の美羅さんを探していたご夫婦は、ある場所で彼女を発見した。ですが時すでに遅し、美羅さんは首を吊って帰らぬ人となっていました。そこでご夫婦は一計を案じた。もう一人の娘である夢さんを、美羅さんに仕立て上げようとしたのです。

 夫婦は夢さんに連絡を取り、ウィッグと化粧品、制服を持ってくるように言いました。その間夫婦は美羅さんを木から下ろし、髪を切りました。それをやったのは、恐らく車中でしょうかね。破れたフェンスの向こう側に、一台の車が止まっているのを見ています。あれ、磯端さんのものですよね?」

「……」

「そして到着した夢さんの制服を美羅さんに着せ、化粧を施しました。幸い二人は背格好もよく似ており、これにて夢さんによく似た美羅さんが完成したのです。あとは夢さんの学校に遺体を吊るせば、終わりだったのですが……」

 肩を落とし、寒咲は帝王院を見る。

「この動物的直感が服を着たような男が通りかかったのが、運の尽きでしたね。あなた達は犯行現場を目撃されてしまった」

「そうとも! この帝王院スバル様とお天道様がいる限り、悪事は成されぬのだ!」

「……!」

 信寿も珠美も、何も言葉を発さなかった。すっかり色をなくした顔で、息を詰めている。成り行きを見ているといっても良かった。

「……認めないわ」

 しかしそんな状況において、やはり少女だけはしっかりと立っていたのである。

「あなたの言うことには何も証拠が無い。全部勝手な憶測ばっかりよ」

「証拠ならいくらでも出てくると思います。例えば車の中を調べさせてもらえば、美羅さんの髪が大量に落ちているでしょうし」

「そんなこと絶対に許さないわ! ねぇ、パパ!」

「あ、ああ……」

「解剖も許さないし、これ以上死体を調べるのも許さない! あんた達、みんな訴えてやるんだから!」

「訴えるならこちらの事情も詳らかにせねばなりません。自ずと俺の推理が公表されることになりますが、それは構わないのですか?」

「それは……!」

「痛くもない腹なら探られても平気でしょう。それに、夢さん。俺にはまだ気になっていることがあるんです」

「え?」

 困惑する少女の隣に行き、そっと制服のリボンに触れる。寒咲が手にしていたのは、またしても桜の花びらであった。

「こちらの制服は、推理の流れから考えれば当然美羅様のものとなります。となれば、自殺した時に着用していた可能性が高いはず」

「……だから、私は本物の美羅だって」

「そういえば、さっきも桜の花びらがついてましたね。ですが、見ての通り桜はまだ三分咲き程度です。服のあちらこちらに花びらをつけられるほど、散る時期じゃありません。だというのに、何故あなたはこんなに花びらをつけているのでしょう?」

「えっと……そう! 私の近所に桜並木があるのよ! 帰る途中で花びらが落ちたんだわ!」

「桜並木……というと、あの川沿いの?」

「そうそう!」

「他に可能性はありませんか?」

「無いわよ! 桜なんて興味ないし、わざわざ見に行かないし!」

「分かりました」

 寒咲は頷くと、もう一度桜を見上げた。無残にも一本枝を無くした木は、しかし夜にぽつりぽつりと桃色の花を浮かび上がらせている。

「では皆さん、一度移動をお願いします」

 背の高い猫背の男から、深い水に石を投げ込んだかのような声が落ちる。

「今より、本当の自殺現場へとご案内しましょう」

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