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「……美羅うつら

 磯端信寿が呟く。美羅うつらと呼ばれた少女は、ゆっくりと頷くと両親のもとに歩いてきた。

「驚かせてすいません、刑事さん。こちらは娘の美羅です」娘の肩に手を置いて、信寿は早渡刑事を振り返る。

「自殺した夢の姉にあたります。留守番をしてるように言ったのですが、どうしても妹の捜索をすると言って聞かなくて。しかしこんな夜更けに出歩かせるわけにもいきませんので、車で待たせておりました」

「それはそれは。ご両親を長く拘束してしまい、申し訳ありません」

「いいえ、もうじき終わる話です。さあ美羅、車に戻ってなさい」

「……」

 美羅はまた頷くと、踵を返した。だが、去ろうとする直前。

「怪しい! このお嬢さんはどうも怪しいぞ!」

 またしても帝王院が割り込んできたのである。美羅の浴衣を塞ぐようにして立った帝王院は、自信満々に指を突きつける。

「メイ、出てきてこちらのお嬢さんを見てみろ! なんだか怪しい!」

「す、スバル! やめなさい! 人を指差すな、ほんとやめろ! 失礼だろ!」

「だが奇妙だ! 全体的にな!」

「だからやめっ……! そういうことは人目をはばかって俺に言えと!」

「それもどうかと思いますけど」

 巻刑事からツッコミが入るも、帝王院は怯む様子を見せない。そればかりか、「さあさあ見ろ見ろ」と嫌がる寒咲を美羅の前に引っ張ってこようとする。

 しかし硬直する美羅の前に、信寿が仁王立ちして阻んだ。

「なんという無礼な男だ……! うちの娘を犯罪者扱いするとは!」

「い、いえ、犯罪者扱いはしておりません! 帝王院は『ちょっと怪しいな』と言ったぐらいで」

「概ね同じだろうが! 大体お前は誰だ!? さっきまでいなかっただろ!」

 信寿に怒りの矛先を向けられ首を縮める寒咲は、そっと名刺を差し出した。

「私は、寒咲探偵事務所所長の寒咲と申します。帝王院の上司にあたる者でして……」

「だったら部下の責任問題じゃないか!? こんな屈辱的な発言を許していいのか!」

「面目次第もございません! ところで美羅様は妹の夢さんと同じ学校ではないのですか!?」

「ああ!?」

 隙間に捩じ込むような寒咲の突然の質問に、一瞬信寿は面食らった。が、すぐに立ち直ると「なんでお前にそんなことを答えにゃならんのだ!」と吐き捨てる。

「い、いえ、制服が違うなと思いましてですね。夢さんのほうは存じ上げませんが、美羅さんの制服は僕も知っています。この辺りでは有名な進学校、一世井ひとよい高校のものです」

「……チッ。まあ、そうだ」

「優秀なお嬢様なんですね」

「ああ。出来損ないの妹と違って、姉の美羅は優秀な人間だった。だからこそ何かあってはいけない。おい、もういいだろう。珠美、美羅を連れて先に帰っていなさい。残るのは私一人で十分だ」

「お待ちください!」

「まだ何か?」

「えっ、と……! 美羅さんのリボンに桜の花びらがついています!」

「ついているから何だというんだ!」

 いよいよ我慢ならず怒鳴る信寿に、寒咲は盛大にビクッとした。しかし神経の図太いことにかけては何者にも負けぬ帝王院が、サッと美羅の後ろに回り込む。

「本当だ、桜だ。しかもかなり小ぶりだぜ」

「娘に触るな、小僧! 早く離れろ!」

「さあ年賀の納めどきだよ、犯人さん。なんせ、これがあなたを追い詰める証拠になるんだ」

「は、はぁ!? 証拠だと!?」

「そうとも、証拠! しかも一切合切動かぬ絶対の証拠だ! あなた達家族を怪しんだ、僕の根拠とも言えるものだよ!」

 言い放つ帝王院に、流石の信寿もたじろぐ。当然刑事二人も、目を丸くして驚いていた。

 ――もっとも、一番驚いていたのは寒咲名探偵本人だったが。

「ちょ、ちょっとスバル! 何を……!」

「ひれ伏せ、犯罪者共! とっとと自らの罪を認めるがいい! この場で洗いざらい名探偵に暴かれたくなかったらなぁ!」

「俺は、まだ何も……!」

「なんだよ、さてはまた自信を無くしているのか? 大丈夫、お前にはこの僕がついてるんだ! 必要な時はサポートしてやるから、大船に乗ったつもりで完全無欠の推理を披露するがいい!」

「もう今にも沈みそうなんだが!」

 豪語を続ける帝王院を止める寒咲は、今にも倒れそうなほど青ざめている。そんな状況に自身の有利を見てとったのだろうか。信寿はいかにもいやらしく笑った。

「……分かりました。万が一名探偵さんのご用意した推理が当たれば、私も前言を翻して出頭するとしましょう」

「!? あ、あなた……!」

「なぁに案ずることは無いよ、珠美。我々に何の罪も無いことは自分達が一番よく知っているだろう?」

「それはそうだけど……」

「痛くもない腹を探られた所で、なんとも思わん。犯罪者扱いされるのは遺憾だが、私の手配した医者が来るまでもうしばらく時間がある。話してみろ、探偵。暇潰しに聞いてやるとしよう」

「え!? いやえっと、その、ご無理なさらず……!」

「無理などは言っていないよ。とはいえ、私にここまでの屈辱を与えたのだ。もしあなたの披露した推理が、まったくもって的外れなものだったとしたら」

 信寿は、鷹揚な仕草で帝王院を指差した。

「そこの君は訴えてやるとしましょうかね。やはり、謂れもなく罪人扱いされるのは心外でしたから。大事な家族を傷つけた罰は与えてやらねばなりません」

「ああ、いいとも。受けて立ってやるさ」

「スバル!」

「そして、そちらの刑事さんも」

 信寿の人差し指の先が、早渡刑事に向けられる。

「こちらの探偵を呼んだのはあなたですね? 娘の自殺に全くの他人を招くなど、市民を守る警察としていかがなものかと思いますな」

「……」

「形式ばったやり方に固執せず、柔軟な判断をすべきでした。あなたに指示を下した上司のようにね。そちらのほうが警察生命も長くなったでしょうに」

「なんだと!? その上司に働きかけたのは誰だと……!」

「巻!」

「早渡さん……!」

「いいから下がれ。これは俺の独断の結果招いたことだ」

 巻はむず痒そうな顔をしたが、結局黙って引き下がった。早渡が自分を巻き込むまいとしているのを、よく理解していたからである。

「では、そろそろ名探偵さんの推理を聞くとしましょうか」

 勝ち誇った顔で、信寿は寒咲に目をやる。

「どんな戯言を聞かせてくれることやら。せいぜい退屈が紛れるものだとありがたいのですがね」

「……」

「どうしました? まさか、何の言葉も出ないなどとは言いませんよね?」

「……はい」

 ――この時、その場にいた者の殆どが、寒咲が負けを認めたのだと考えた。変わり者で思い込みの激しい部下に焚きつけられた男が、窮地に陥りとうとう諦めたのだと。

 しかし、帝王院だけは相変わらず自信に満ちた目で胸を張っていた。

「承知しました。ではこれより、私の考えを述べさせていただきます」

「は……、え、考え?」

「まずは、結論から」

 キッパリと言い切った寒咲は、物静かな瞳を青いビニールシートにやる。

「今回亡くなったのは、磯端夢さんではありません。彼女の姉の、磯端美羅さんです。……そうですよね? 磯端夢さん」

 ――誰かが、ヒッと小さく悲鳴をあげた。

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