表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

2

 数十分後、早渡にある命が下るのと、一人の青年が現場に到着したのはほぼ同時だった。

「うちの帝王院が! すいません!!」

 長身の青年は、巻刑事の前に来るなり平身低頭した。持ち上げた顔を見て「これは幸が薄そうだ」と巻刑事が思うぐらいには、なんとも冴えない雰囲気の男。細面で、眉尻は気弱な八の字に下がっている。終始落ち着かなさそうにキョロキョロとしており、とてもじゃないが名探偵と呼ばれる貫禄では無かった。

「名探偵さん、お仕事だぜ!」ところが帝王院はというと、そんな彼の気苦労などどこ吹く風である。

「この僕が仕事を取ってきてやったんだ! ありがたく思い丁重に解決するといい!」

「どうも姿が見えないと思ったら、また余計なことに首を突っ込んでたのか……」

「余計だなんてとんでもない。僕は刑事さん達を助けてあげてたんだよ。さあ初仕事だ、張り切っていこうぜ!」

「え、なんて? 初仕事?」

 思いも寄らぬ言葉に驚く巻刑事だったが、上司との電話から戻ってきた早渡に配慮し口をつぐむ。早渡は苦虫を噛み潰したような顔をして、ガリガリと頭をかいた。

「困ったもんだ。アイツら本当に上層部を黙らせてきたぞ」

「え、じゃあ……」

「上から直接指示が出たよ。まず自殺で間違いないだろうから、即刻引き上げてあとは別の警察に任せろだとさ」

「うわあ、マジっすか」

「マジマジ。もっとも、ざっと遺体を見たところで首以外に外傷は無い。首を吊って死んだことには間違いないだろう。事件に巻き込まれた可能性は少ない以上、俺らも粘れないな」

「でも、なんかあの夫婦怪しくないっすか?」

「思ったとしても、絶対口には出すなよ。どんなに怪しかろうが、あの人達は事実として娘を亡くしてるんだ。巻の今の態度じゃ、後で思い違いだったと知れば後悔する。配慮を忘れるんじゃない」

「わ、わかりました」

「さて……あなたが、帝王院さんの仰っていた探偵ですね」

 早渡の凛とした目が、貧相な男に向けられる。寒咲はビクッと身を震わせた。

「夜分のご協力感謝します。聞きましたが、なんでも名探偵だそうで」

「え? ……あ、はい。開業したばかりで恐縮ですが」

「開業したばかり?」

「はい。あの、こちら名刺です」

 丁寧に差し出された小さな用紙を受け取る。そこには、『寒咲名探偵事務所 所長 寒咲名』とスッキリとした明朝体で書かれてあった。

「……」

 その名前を見て。

 早渡刑事は、とても嫌な予感がした。

「……あなたは、寒咲名かんざきめいという名前なのですか?」

「はい。寒咲が苗字、名が名前です。ややこしいでしょう」

「……そう……ですね……」

「お陰でこれまで何度も面倒を被ってきました。女性だと思われるならまだしも、妙な勘違いをされたり……」

 ここで、はたと寒咲は早渡刑事の顔色に気づく。それから、自分の渡した名刺と刑事の顔を交互に見比べ……。

「もしかして、あなたもですか」

「……」

「スバルー! だからあれほど俺を紹介する時は、名前のイントネーションに気をつけろと!!」

「気をつけた。その上で名探偵って言った」

「じゃあ確信犯か! もっと悪いな!」

 どうやら決定的な行き違い(恐らく恣意的)があったらしい。素晴らしい事件解決能力を持った名探偵と、かたや名前が“名”というだけの探偵。頭を抱える早渡刑事を前に、寒咲はオロオロとした。

「ど、どうもすみません、うちの帝王院が。なんとお詫びすればいいか……」

「いや……お気になさらず……」

「どっちでも一緒だろう? メイが片付ければ済む話なんだし」

「黙っててくれ、スバル。……あ、すいません。帝王院スバルは弊事務所の社員なんです。なんでも今回発見者だったそうで……うちとしては全面的に協力させていただく所存です」

「いえ、もう帰っていただいて結構ですよ。先ほど自殺として決着させろとのお達しがあったので」

「……決着させろ? どういう意味です?」

 早渡刑事は、少し遠くでこちらの様子を窺っている中年夫婦の姿を顧みた。そして口に手を当て、小声でここまでの状況を端的に説明する。

「……そうですか。娘さんの検視を免れるため、ご両親が刑事さんの上司まで説得されたと」

 事情を知った寒咲は、眉間に皺を寄せて腕組みをした。前髪の長い陰気な顔に、より深い影が落ちる。

「普通に考えれば違和感がありますよね。なのに不当なやり口で見逃さざるを得ないとは……ご苦労様です」

「まあ不本意ではありますが、これも仕事のうちですよ。わざわざ御足労いただいたことを、お詫び申し上げます」

「いえいえ、こちらこそ帝王院がお騒がせしまして……」

「おい、何終わろうとしてるんだよ! だからメイがスパーッとあの夫婦の犯罪を証明すりゃ、一発解決だろうが!」

「スバル、声が大きい!」

 嗜めておいて、寒咲は隣に立つ小柄な青年を見下ろした。臆病そうな彼だが、流石に部下相手なら多少は態度も大きくなるらしい。

「そもそも、どうして君はご両親を怪しいなんて言うんだ? 何か根拠でもあるのか?」

「あるとも! 首を吊った娘を下ろそうとする二人を目撃した時、僕は彼らに普通じゃない動揺を感じたんだ!」

「普通じゃない動揺……?」

「またそれですか。だから娘が自殺して動揺しない人はいないんですって」

 やれやれと首を振る巻刑事だが、意外にも寒咲は真面目な顔で考え込んでいた。

「……じゃあ、スバルがこの高校に侵入した理由は?」

「散歩してて気になったから」

「気になった……とは、何? 声が聞こえたとか?」

「いや、見た目だな」

 スバルは桜の向こうを指差した。そこにあったのは、ツツジの植え込み。

「うまく言えないけど、あの辺が変だと思ったんだ。連れて行ってやるから見てみるといい」

「えええ、俺らもう帰っていいって言われてるんだけど……」

「お前だって少しは気になってんだろ? それに寒咲名探偵事務所の初仕事だ。錦を飾るぞ!」

「どこに? 玄関?」

「あ、ちょっと!」

 巻刑事の制止を完全無視し、帝王院は寒咲を植え込みに引っ張っていく。連れてこられては仕方なくて、寒咲も八の字眉を更に情けなくしながら、長身を折り曲げてツツジを観察し始めた。

「……あれ」

 それから、ふと不思議そうな声を上げた。

「確かに、これは少し妙だな」

「妙とは?」

「うわ、刑事さんも来てたんですか。あ、あちらのご夫婦は放置でいいんです?」

「今彼らは手配した医師の到着を待っていますからね。一応は部下に見張らせていますし、問題ありません」

「はあ……」

「それより、何か見つけたのですか?」

「ええと……こ、ここです」寒咲は、丸く刈られたツツジの一部を指差した。

「植樹されたツツジですが、荒らされた形跡があるんです。まるで足を引っ掛けていったみたいな……」

「はて、誰かが通ったのでしょうか」

「だと思います。ちぎれた葉の断面を見るに、ほんの少し前の出来事のようですね」

「不良学生の仕業では? フェンスも壊れてて、出入りできるみたいですし」

「不良学生って深夜学校に来るもんなんでしょうか?」

「……うーん」

「お、フェンスの向こうには車も停まっているぞ! いい車だ。高いやつだ」

「スバル!」

 一喝しておいて、次に寒咲は磯端夫妻に目をやった。……否、彼らのそばに立つ桜の木に。

「……ん?」

 近くまで行って、落ちた太い枝の前でしゃがみ込む。太さは、大体直径十五センチぐらいか。磯端夫婦の怪訝な視線には気付かぬふりをし、寒咲は帝王院を手招きした。

「スバル、これは?」

「あー、それ? 死んだ女の子がぶら下がってた枝だな。ご両親が下ろそうとした弾みで折れたんだ」

「にしては、えらく細くないか?」

「桜の枝なんてこんなもんだろう。むしろ桜にしては頑張ったほうだぜ」

「違う。首を吊るにしては、だ」

 背後で息を飲む声があった。それでてっきり寒咲は、自分の発言に磯端夫婦のどちらかが反応したのかと思ったのだが。

 夜風に、長めのスカートが揺れている。夫婦は、街頭に照らされるセーラー服姿の少女を見ていた。

「……あの……何が、あったの……?」

 長髪の少女が、戸惑った様子で寒咲らの前に立っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ