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従者曰く、私は悪役令嬢のようです

 とある昼下がりの時間。真っ赤な薔薇で飾られた庭先、そこで三人の少女達が楽しそうに談笑をしていた。小洒落たドレスに身を包み、彼女達の隣には妙齢のメイドが静かに佇んでいる。

 貴族の令嬢達ののどかなティータイムだ。

 そんな彼女達の中心となっているのは銀髪の少女だ。少々キツイ目付きをしているも流石は令嬢、十中八九の男が振り向く美貌を振り撒いている。


「聖女かぁ。まさか本当に現れるなんて」


「でも聖女って生きた国宝って言われてるんでしょ? 王族に娶られる事もあるし、ケリー殿下も……」


 不安そうに話す二人と違い、銀髪の少女ドロシー・ハニカムは余裕綽々といった表情を崩さない。


「あら。いくら聖女とはいえ、パッと出の何も学の無い小娘に王妃が勤まるはずが無いわ。正式な婚約者である私のような厳しい教育と血筋を乗り越えた者以外あり得ない。せいぜい分家に嫁ぐのが関の山よ」


 鼻で笑いながらカップに口付ける。流石は公爵家の令嬢。優雅に冷静に、絶対的な自信に満ち溢れていた。

 彼女は皇太子の婚約者、次期王妃なのだ。今までずっと厳しい教育を受けてきた、家の為に耐えてきた。全て王妃になる為に。それは実を結び、彼女は皇太子の婚約者の座を手に入れたのだ。

 ドロシーにとって最大の賛美、ハニカム家に名を残す偉業だろう。正式に婚約が決まった時は己の人生が報われた瞬間だった。



「流石ドロシー様ね。その自信、王妃に相応しいです」


「フフフ。まっ、当然ね」


 彼女の笑みと余裕は決して崩れない。今後の人生は約束されたもの。王妃として忙しい毎日があるだろうが、彼女からすれば望む所。王妃の地位こそ最も欲したものだ。

 そんな談笑の中、友人の一人が周囲を見回す。


「そういえばドロシー様の執事、ゼファーはどうしたのかしら? いつもなら側にいたのに」


 彼女が思い出したのはドロシーの専属執事の少年だ。


「あー。実は二日前に急に倒れて。今療養中なのよ」


 ドロシーは少しつまらなさそうに視線を落とす。

 ゼファーはメイド長の息子。ハニカム家に使えるべくして産まれた人材。ドロシーにとっても最高の従者と言える。

 そんな彼が倒れた。本心では心配してるし彼がいないと色々不便だ。

 気が利き忠誠心も高いが、遊び心が無く少しつまらない所もある。しかしそれを補うくらいに従者として真面目で有能な人物だ。


「本当、早く回復してくれると良いんだけど……」


 カップを置きため息をついた瞬間、屋敷の方から何か声が聞こえた。

 その声はこちらの方へと近づいてくる。


「お……嬢…………様ぁぁぁ!!!」


 一人の少年が走って来る。ヨレヨレのシャツ、くしゃくしゃになった栗色の髪。小さな眼鏡をかけた端正な顔立ちの少年だ。


「ゼファー! 目を覚ましたの?」


 噂の執事、ゼファーだった。

 だが彼の様子は明らかにおかしい。いつもは公爵家執事として身だしなみは完璧、静かに、スマートに物事を片付ける彼とは真逆。服装は乱れ見たことの無いくらい焦っていた。


「ああ、お嬢様。このようなみすぼらしい格好で申し訳ございません。しかし、今は緊急事態でして……」


 チラリと友人達を見る。


「お茶会であり無礼も承知の上ですが、どうか、二人でお話しをさせていただけませんか? 何卒!」


 普通に考えれば従者が主人の邪魔をするなんてあってはならない。物心ついた頃から執事として教育を受けてきたゼファーがこんな事をするなんて、それこそ異常だ。


「…………みんな、今日はここでお開きにしましょ。ごめんなさい。二人を送って」


「畏まりました」


 側にいたメイドに指示を出し友人達を帰らせる。二人もドロシーとゼファーの様子に感じるものがあったのか、すぐにその場から立ち去った。

 席に飲みかけの紅茶とクッキーが残され、ドロシーは座ったままゼファーを見上げる。


「で、どうしたのゼファー。貴方のそんな顔、余程の事があるんでしょ?」


 幼い頃からドロシーの側にいた。彼の事はよく知っている。

 だから信じた。この狼狽はただ事ではないと。


「…………お嬢様、これから話す事は突拍子もなく滅茶苦茶な事です。ですがどうか最後まで聞いてください」


「とにかく話しなさい。まずはそれからよ」


「はい、実は…………」




 ゼファーの話を聞きドロシーは頭を抱える。


「何それ? 貴方、三年後の未来の記憶があるの? しかも私とケリー殿下の婚約が破棄?」


「……はい」


「殿下が聖女に夢中になって、嫉妬に狂った私は彼女に嫌がらせ。その結果…………卒業パーティーで殿下は私との婚約を破棄し聖女との婚約を発表。貴方、正気?」


「正気ですとも。私は確かに未来から時間を遡ってきたのです」


 ドロシーは口を閉ざし考える。普通に考えればこんなの冗談、ただの笑い話として聞き流すだろう。しかしゼファーは冗談の一つも言わない堅物。彼が嘘をつかないのは誰よりもドロシーが知っている。

 嘘をついてるようには見えない。もしかしたら倒れたせいで幻覚を見ていたのかもしれない。だから一つだけ確認をした。


「ねぇゼファー。貴方が本当に未来の記憶があるのなら知ってるはずよ。聖女の名前を」


 聖女の発見は昨日、それに国中に知られてはいる。しかし彼女が誰なのかは発表されていない。それこそドロシーの父のようなごく一部の者だけが知っている。

 そしてドロシーも知っている。偶然父の会話を聞いてしまったのだ。

 もしただの悪夢なら聖女の名前なぞ知らないはず。きっと悪い夢を見ていただけと笑って終わらせる。

 だが現実は違った。


「リィナ。平民の娘です」


「………………嘘」


 世間に公表されていない事実。ほんの一部にしか知られていない情報を知っていた。それだけでゼファーの言葉が本当だと言える。


「まさか、本当に? そんな、殿下が私との婚約を……」


 自分の人生全てを否定されたような気分だった。皇太子の婚約者になるために幼少期から厳しい教育を受けてきた、それに耐えてきた。なのにぽっと出の平民の小娘に奪われ瓦解した。受け入れ難い未来だ。


「……婚約破棄の後の私は?」


「ハニカム家からの追放。教会へ向かう途中の馬車が事故に会い私も……。そしてこの三年前に戻ってきたのです」


「信じ難いけど…………ゼファー、貴方が嘘や冗談を言う人間じゃないのは知ってる。それに聖女の名前も知ってるとなると、本当のようね」


 深いため息を一つ。


「でも、お父様まで……私を見捨てるなんて」


「婚約破棄の原因は国宝である聖女の殺害未遂となっています。旦那様も庇いきれませんでした」


「…………そう」


 まさかそこまでするとは。だが納得はしていた。

 皇太子の婚約者、その地位は自分にとって人生の全て。それを失うのは怖い、今までの全てを潰されるようなものだ。嫉妬に狂うのもあり得る。


「でもゼファー。貴方の話しなら、私が死ぬ時貴方もいたのよね?」


「はい。私はお嬢様のお側に。貴女だけが私の主ですから」


「……ありがたい事。でも、ゼファーは私の行いを知っていたのよね?」


「ええ」


「止めなかったの? 聖女に危害を加えるなんて重罪よ」



 ゼファーは視線を反らす。その横顔はとても悲しそうで、苦悶に満ちていた。


「…………私は幼い頃からお嬢様に使えていました。お嬢様が毎日のように苦しみ必死に学んできたのをお側で見ていました。私は許せなかったのです。お嬢様を裏切った殿下を、誑かした聖女を」


「裏切ったか。殿下に向かって酷い言い分ね」


「事実です。王妃になるべく学んできたお嬢様を裏切ったのですから」


「一応聞かなかった事にするわ。でも、そうなると大問題ね」


 公爵令嬢との婚約破棄だなんて大事件だ。普通ならあり得ない。

 相手が聖女なのが問題だろう。例え学の無い平民出の少女であろうと、聖女という立場は貴族よりも重視される。


「ゼファーの知ってる未来なら…………そうね、例え私が聖女を攻撃しなくても、殿下が望めば婚約は解消されるのもあり得る」


「ええ。聖女の存在はこの国にとって最重要ですから」


 恋敵になれば勝ち目は無い。聖女の前では自分の地位も教養も、何もかもが灰塵と可する。

 それ程聖女の名は圧倒的なのだ。

 もし婚約が白紙になれば、ドロシーの価値は地に落ちる。まともな縁談すら来ないだろう。ハニカム家そのものに大打撃となるかもしれない。


「笑えないわ。でも可能性はある」


 恐ろしい。自分の人生が、家が、何もかもが破壊される。たった一人の平民にだ。

 阻止しなければならない。如何なる手段を持ってしても。


「…………お嬢様、これは天啓です。どうか、私を信じ……」


「信じるわ」


 ドロシーは立ち上がりゼファーに歩み寄る。幼い頃は同じ目線だったのに、今では頭一つ以上の差がある。


「だから力を貸して。私はこの国の王妃になる」


「お嬢様……! 勿論です。このゼファー、お嬢様の為に命を捧げる所存。必ずやお嬢様を王妃に」


「期待してるわ。けど……」


 問題は山積みだ。ゼファーの記憶では、ケリー皇太子だけでなく聖女も恋心を抱いている。もし聖女が望めば国王の一存で彼女の意思が優先され、婚約が解消されるだろう。そもそも両想いなら尚更難しい。


「………………そうだ!」


 ドロシーの顔が一気に明るくなる。


「ねぇゼファー、貴方は聖女が殿下に行ったアプローチを知ってるわよね?」


「存じてます。確か手作りのお菓子やら……」


「なら私も菓子作りを勉強しないと。それと彼女を攻撃するのもダメね。むしろ味方に引き入れなきゃ」


 頭の中から案がどんどん浮かんでくる。負けられない、自分の為に、家族の為に。その想いが彼女を奮い立たせる。


「あと聖女が殿下に恋心を抱くのを何としても阻止しない……と」


 ドロシーの視線がゼファーに向かう。頭の天辺から爪先までじっと品定めするように。

 ハニカム家は国内有数の大貴族。当然使用人も厳選に厳選を重ねた有能かつ見目麗しい人材を抱えている。そんなハニカム家のメイド長の息子であるゼファーも、下手な貴族の子息すら霞むような美男子だ。それを利用しない手は無い。


「お嬢様?」


「ゼファー、貴方聖女の恋人になりなさい。聖女がゼファーに惚れればそれだけで未来は変わるわ」


「はいぃぃぃ!? 私が? あの殿下を誑かした女狐に色目を使えと?」


 露骨に嫌そうな顔、こんな表情をドロシーは見た事が無い。余程聖女に恨みがあるのだろう。


「でも妙案じゃない? 聖女が殿下に恋心を抱かないのが一番確実。それに貴方が聖女と結ばれればハニカム家にとっても大きな利益となるわ」


「た、確かにそうですが……」


 ドロシーの言う通り、聖女の心を射止めればハニカム家の評価は爆上がり。聖女を取り込めば国から重宝されるだろう。


「勿論私も殿下の心を射止める努力はするわ。今まで仕事のように付き合っていたけど、それじゃ殿下の心も離れかねない。だから……共同戦線よ!」


「……畏まりました」


 ゼファーも決意したように一瞬目を閉じる。


「ゼファーにお任せください。必ず聖女をハニカム家の為に落としてみせましょう」


「公爵家の執事なんだから美貌も優れている、能力もある。ゼファーなら出来るわ。期待してるから」


 拳を握りしめ心が踊る。

 家の為、自分の為、一世一代の大勝負だ。


「私は……悪役令嬢になんかならないんだから!」


 

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