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第六章:凶猛と暴虐

【メネルドール視点】

昨夜は本当にひどい目にあった。身動きできない状態でHPをじわじわ削られる快感…いや恐怖を味わうことになろうとは。エステルほんともう許さないっ!俺がエステルの部屋の戸を力任せに叩くと、中からんん〜!!という籠った声が聞こえた。またメイベルが縛り上げられているのだろう。幾許かしてエステルがおはよ〜と爽やかな笑顔で部屋から出てきた。俺にはわかる、この笑顔は昨日の俺を馬鹿にして笑っている顔だっ!

「どう落とし前をつけてくれようかこのサディストめ!」

「昨日はどうだったのw?」

アニキィイイイ!昨晩は人生最良の夜でしたっ!ありがとうございましゅっ!と言う言葉が喉元まで出てきたが、グッと堪えて平静を装った。

「べ…別に普通だっ!」

「事後だね。結局あの娘たちを嫁に迎えることにしたんでしょう?」

「なぜそんなことがわかるのだ!?」

「メネル…両瞼にキスマークがついてるから…w」

「なんだとっ!?くそぅあのエロフめっ!」

「エルフね。おめでとうメネル、後で卒業祝いしないとねっ!」

「結婚祝いと言わんかっ!」

「やっぱ籍入れちゃったんじゃんw」

「ぐっ…!なぜ貴様は襲われなかったのだ?!」

「貴様って人に言うのは良くないよ、とても高圧的に聞こえる。メネルはこの世界の慣習を知らなすぎるんだよ。」

エステルは昨夜エルフ達に見せていた指輪を胸元から取り出した。チェーンで首から下げていたなんて全然気が付かなかった。こんなアイテム見たことないが…。

「それはなんのアイテムだ?」

「結婚指輪だけど?」

「なんだとっ!?いつ結婚したのだっ!?誰とっ?」

「これは龍人族の古代の指輪で、強力なまじないが込められているんだ。魔王城に行くまでの道中で僕は龍人族の王女ビビアラと籍を入れている。この世界では一夫多妻制が認められているけれど、龍人族のつがいは生涯でたった1人と決まっている。だからこの指輪を見せれば大抵の女の子は諦めてくれるんだよ。浮気したら僕死んじゃうからねw」

予想を上回りすぎて笑うしかない。この世界に来て魔王城に来るまでの1ヶ月以内に入籍だと…それも龍人族の王族と…信じられない。全く以ってけしからん奴だ。しかしこの世界の常識については少し学ぶ必要性がありそうなのは、エステルの言う通りかもしれない。

「ところであのエルフの娘達はどうしたの?」

「魔王城に…ゴニョゴニョ…」

「一旦連れ帰ったのね、正しい判断だと思うよ。連れて歩くのは大変だからね。」

「さっさと手発するぞ!」

「はいはい、ともかくおめでとうメネル。」

「ありがとうございましゅっ!…はっ!」

「っっっwwww」

この鬼畜天使はいつか必ず痛い目に合わせてやる!



ーーーーーーーーーー


【エステル視点】

エルラスを出て深森を抜けると、聳え立つ山脈が眼前に広がる。その広大な山々のさらに奥の永久凍土に、アイスロック山脈がある。長く険しい道のりに、メネルは根を上げ始めた。

「エステルぅ〜、フライの魔法で飛んで行こうよ〜、俺もう疲れたよぉ〜。」

「僕は光学迷彩みたいな光の屈折を操れる光魔法をまだ覚えていないから、こんな大所帯で空飛んでたら目立っちゃうでしょう。」

「アイスロック山脈には言ったことあるんだろ〜?テレポートしようよぉ〜。」

「僕が以前アイスロックロック山脈に行った時には、空間魔法を知らなかったから、転移の魔法陣を敷いてないし、君も行ったことがないんだろ?」テレポートは視界に入る範囲外は、あらかじめ転移の魔法陣を特定の場所に置かなければテレポートができない。

「もう歩けない〜、休もうよぉ〜。」

「そこにいる豚畜生にでもおぶって貰えばいいじゃないか。」

「ひゃいっ!ありがとうございましゅっ!」メス豚は普通の服を着せられて萎んでいたが、無駄に悦ばせてしまったようだ。不覚。

「やだよそんな恥ずかしい!…いやほんと大丈夫だからっ!離れてっ!」

すり寄ってくる家畜に拒絶の態度を見せてはいるが、顔が緩みきっている。メネルは相当慣れていないんだろうな。メネルを屈服させる悪い悪戯を考えついたが、また今度試すことにしよう。文句たらたらのメネルが静かになるまで歩いた頃、山の中腹あたりに小さな小屋を発見した。メネルは無言でペースを早め、我先に休まんと確固たる決意をその後ろ姿にチラつかせ、小屋を目指し始めた。僕は何かの気配とただならぬ臭気を感じ取り、歩みを止めた。メス豚も気がついたようで、鼻息を荒くしている。あの小屋の方から血の匂いがする。メネルは呼び止めるには距離が離れすぎている。僕は周囲を警戒しながら早足でメネルの元へと急いだ。

「メネルっ…」僕が息を殺してメネルの背後に陣取ると、メネルは振り返らずに答えた。

「気づいているな?様子がおかしい。」

「うん…警戒した方がいい。小屋で休むのは控えた方がよさそうだね。」

「何を言っている、何かいればぶっ倒せばいいだろう!俺はここで休むぞ!」

メネルは勢いよく小屋の扉を開いた。仰天する声とともに小屋の奥に人影が1つ、そしてその前に臥している人がもう1人視界に飛び込んだ。

「誰っ!?」どうやら普通の人間のようだ。ここの住人か…いや住居としては成り立たない、物置のような空間だ。おそらく歩荷の荷物おきか休憩所といったところだろう。

「俺はここで休むっ!」メネルは埃まみれのハンモックに勢いよく飛び乗ると、エルラスで買ってきた「聖なる泉の美味しい水」を飲み始めた。

「突然お邪魔して申し訳ありません。我々は旅のものですが、山を登る途中でこの小屋を見つけたので、少し休ませてもらおうと…その娘!どうしたんですか?!ひどい怪我だ!」

床に臥している娘には布がかけられていたので、初見では気が付かなかったが、かなりの出血だ。

「私も山に自生している山菜を採りにきただけなの。そしたら小屋の近くでこの娘が倒れているのを見つけて、ここまで運んできたの。」運ばれてから時間はさほど経っていないようだが、かなり危険な状態だ。かけられた布を取ると、左足の膝から下がなくなっている。止血は縄で済ませてくれたみたいだが、肌の色が全体的に変色し始めてしまっている。

「意識レベル200…まずいな。メネル、ちょっと手伝ってくれ!」僕がエルラスで購入し、研究用に持ち歩いていた薬草を並べる間、メネルは渋々とハンモックから降りてきた。

「俺にできることなんてほとんどないぞ。」

「魔力を貸してくれ。僕だけじゃMPが足りない。」

薬草の調合を終えて、小瓶を脇に置いて呼吸を整える。

「いいかいメネル、この娘は見ての通り左足が怪我で欠如している。」

「あぁ、いかに魔力を高めても傷は塞げるが、足を元通りにすることはできないだろうな。」

「いや、理論的には可能だよ。再生能力を持った生物は、傷口を治すときに最初はプラスの電荷を帯びているんだ。その後になぜかマイナスの電荷に変化することで全体を元の通りに再生できている。僕たち人間は傷口が塞がるまでずっとプラスの電荷だから、元通りにできない。つまり…」

「回復魔法に雷の魔法を重ねるのか?」

「そう、黒焦げにしないように調節してね。最初はプラスの電荷で、この縄を解いた後完全に出血が止まった瞬間にマイナスの電荷に切り替えてくれ。」

「そんなやり方知らないぞ俺っ!」

「仮設の段階だけど、最初は右手で魔法陣を描いて、次は左手で魔法を発動してみて!僕の回復魔法の魔法陣の中に合わせるようにね!」

「無茶な注文だな、こんなことなら雷の魔法を事前に教えておくんだった。」

「いくよ、せーのっ!」床に横たわる青ざめた女性の、左足の周りを回復の魔法陣が囲み、そこにメネルが唱えたサンダーの魔法が重ねられる。電光が光り輝き新たな魔法陣が現れた瞬間、僕は止血のために巻かれた縄を解き、メネルに合図した。回復魔法が発動し、細胞が急速に再生し始めたのと同時に、かなりの勢いでMPが消費されていくのを感じた。

「ぐぉぉおお何これキッツイ!」

「もう少しだから頑張ってメネル!」

途中電圧が強すぎて電光が強く光ったが、さすがはメネル魔力の調整の対応が早い。足さきまで再生した頃には僕ら2人は疲労困憊で意気消沈していた。

「くあぁ〜もうやらんっ!もうやらんからなこんなキツいのっ!」

「あぁ、ありがとうメネル、おかげで助かったよ。」

足首のあたりが火傷跡のようになってしまったが、初めてにしては及第点といったところか。今までの回復魔法の常識を上塗りできたことに対しては、多少は自信を持つことができた。

「あ…あなたたち…」

「唐突にごめんね…はぁ…君はこの娘とは面識がないんだったよね?」

「え…えぇ、さっき見つけたばかりだから…」

「君の適切な止血があったからこの娘は助かったんだよ。ありがとうね。」

「別にお礼を言われるようなことはしてないわよ。」

看病していた娘は、僕らが避けている王都最短ルート側の麓の村からきた、アルナという。この時期に採れる山菜は村の名産として、拙い収益源として重宝されているらしい。僕は調合した薬草を専用の魔道具でミスト状にして、床の娘の顔の前に置いた。これなら意識がなくても、呼吸さえできていれば吸入できる。念のため全身にも回復魔法をかけておいた。

「アルナ、最近変わったことはなかったかい?」

「特にないけど…今年は動物たちがストレスを抱えていて、畜産業がうまくいってないの。だから私は生活のために山に食材を採りにきたの。」

「動物たちがいつもと違うの?」

「えぇ、急に怯え始めたり、常に気が立っている感じよ。」

王立軍や聖騎士団の動きを予測したが、何やら別の不穏な原因が考えられそうだ。

「メネル。」メネルはハンモックでエリクサーを飲みながら生返事を返してくる。

「んん〜?」

「装備を整えたら出発しよう、夜になる前にこの山を登りきりたい。」

「えぇ〜もういくのかよぉ〜。俺ここに泊まってもいいと思ってるんだけど。」

「じゃあメネルはメス豚の隣で寝てね。」

「行こうっ!」よほど醜態を晒したくないのか勢いよくハンモックから飛び降りた。

「それじゃあ僕たちはもういくね。アルナ、もうしばらくその娘をみててくれるかい?」

「えぇ、元々一度村に連れて行って医者に見せるつもりだったから構わないわよ。」

「助かるよ、それじゃあね。」

表に出ると小屋の中は意外とこもった埃っぽい空気だったのだと気がつく。山の空気はとても澄んでいて、体全体が喜び拡張するように大気を取り込むのがわかる。山の頂上のさらに向こうの1番高い山を目指して僕たちは再び歩き出した。先程休んだ小屋が小指ほどの大きさになり、振り返るとふと頭をよぎる。あの娘はどうしてあんなところであんなにひどい怪我をしていたのだろう。あれは剣などで斬られた切り傷ではなく、猛獣にでも食いちぎられたような傷だったが、あたりには獣の気配は全くなかった。もしかするとどこかに猛獣が潜んでいるかもしれないという危機感を念頭に置いて、山頂を目指す。日が暮れる前に宿にたどり着けるといいのだが。



ーーーーーーーーー


【メネルドール視点】

苦行苦行苦行っ!テレポートもフライも使わずにゴリゴリインドアなこの俺を、ただただ歩かせるなど言語道断だ。こんな山の中腹では休むにも休めないではないか!山登りを好き好んでする奴らの気が知れない。綺麗な景色が見たいならVRで擬似体験すればいいっ、美味しい空気を吸いたいなら女子更衣室にでも潜ってろ!さまざまな文句が頭をぐるぐる回り始め諦めかけたその時、発想の神が俺に舞い降りた。フライの魔法を超低空で発動すれば、歩かないで済むではないか。ペースを上げすぎでエステルを追い越さないように、ゆっくりと歩いているように足を動かす。非常に快適ではないか。ただ、歩かないとなると次に襲いかかってくるのは退屈という名の魔物だ。フライを遅く飛ぶのは逆に神経を使うし、前を歩く2人を見ていると、とても遅く感じる。退屈に耐えかねて後ろ向きに歩くふりを練習してみたり、ボックスステップを刻みながら進行してみたり暇を持て余していると、エステルが振り向いた。

「メネル、MPの無駄遣いで強い魔獣が出てきた時に役に立たないなんてことは無しにしてくれよ。」

「馬鹿を言うでない、ポーションもエリクサーもたくさん持ってきたし、俺に敵う魔獣などいるものか。」

俺はエリクサーの瓶を開けて、ちびちび飲みながら寝そべる姿勢で低空飛行を維持した。

 しばらく歩いて山頂について、小さな神殿の前にとてつもなくでかい漆黒の翼竜を目の当たりにして、俺は怠惰な数分前の自分に対して激しい怒りを覚えた。

「なんでこんなところにこいつがいるんだよっ!」ダークネスサンダードラゴン…期間限定イベントで猛威を振るった最凶の裏ボスだ。前回1人で戦った時は亜空間いっぱいのポーションとエリクサーを消費してやっと倒した。今…そんなにMP回復アイテム持ってない…

「メネル…何あれ…」

「あいつはヤバい!お前らは下がってろ!」

刹那の後、禍々しい閃光と共に強大な雷撃が目の前一帯を覆った。

「しまった!間に合わな…」

防御魔法を唱えるまもなく、一瞬何かの影が視界の横を掠めた。次の瞬間、美しい山々に歓喜の叫びがこだました。

「んギもぢぃぃぃぃイイイイイイイイイ!!!」

飛び出したのはメイベルだった。エステルから長い間お預けを喰らって、ついに我慢ができなくなったのか、勝手に敵の攻撃にあたりに行ったのだ。アジリティだけは異常に高いから、肉の壁としては確かに優秀だな。ともあれ命拾いした。タイムアクセラレータを唱え、黒トカゲにきついの一発ぶち込む。

「ホーリージャベリン!」光魔法はからっきしだが、知らないわけではない。しょぼい一撃でも5重に重ねた一撃なら足止めくらいはできるだろう。神々しい光が黒龍を貫き、怒りの咆哮が身体中の細胞を揺さぶった。見境なく破壊を始めた黒龍の足元には、黒焦げになったメイベルが地面を舐めている。やかましいトカゲを黙らせるには、高火力で一気に攻めるに限る!

「エステル、メイベルを回収できるか?」

「あぁ構わないよ。そのまま打って。」

この鬼畜の発言はもはや清々しくすら感じる。そういえばメイベルは何をしても死なないのだった。では遠慮なく…

「ディアデロス…」俺が呪文を唱えている間に、黒龍は青色の激しい業火に包まれた。

「なんだ!?こんな技見たことないぞ!?」俺が一瞬怯んだ隙に背後に気配を感じた。

「おかえり、エステル。」振り返ると龍人族の女の子が立っていた。タイムアクセラレータを発動している俺から後ろをとる…だと…?!

「驚いた、迎えに来てくれたのかい?ビビアラ」

こいつが龍人族の王女…なのか。装備もなく普段着のようなラフな格好で、全く王族らしくない普通の女の子ではないか。しかし目の前では、以前あれだけ苦労して倒したダークネスサンダードラゴンが、一瞬で消し炭となっていた。

「ばかな…」言葉が出なかった。最高レベルの俺ですら苦戦すると言うのに…

「最近、言葉の通じない変な龍が国の周りを荒らして回っとると聞き及んでねぇ、退治しにきたんよ。ウチらのせいにされたら堪らんからねぇ。」

「そうだったのか。助かったよ、ありがとうビビアラ。」

あれ…なんか俺全然出番なかった…?

 山頂の神殿からはアイスロック山脈まで、ビビアラが転移の魔法で飛ばしてくれた。あれこれ考えるのは後にして、俺はもうとにかく休みたい。今夜はたいそうな王宮に泊まれるものだと思っていたが、普通に宿屋に泊まることになった。後にエステルに聞いた話によると、大きな城なんか建てる資金があるなら、教育や医療に回したいと、この国の王族は宮殿を建てなかったらしい。無意味に城を建造した俺への当てつけではないだろうか。鼻水も凍るような凍える山奥で、俺は暖かい布団にくるまり、ようやく眠りについた。明日から本気出す…。


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